静筆の魔術師 ~音と秩序の辺境譚~ 作:Magical forest
僕のパイプオルガンは、日曜日の礼拝で披露される事になった。 前日には、音出しや位置調整と練習までしている。足鍵盤の位置が大人向けなので結構調整に苦労した。
当日は僕を観たい沢山の領民が女神教会の参拝に押し掛けてしまった。しかも、父親と母親とアルノルト兄さんまで居る。これは恥ずかしい家族総動員のピアノ発表会だ。
どうもこのパイプオルガン演奏は、僕の領民へのお披露目も兼ねていたようだ。
そう言えば、記憶があやふやながらも、カイル兄さんは5歳の誕生日にお披露目会を兼ねた誕生日パーティーをした気がしたけけど、僕は屋敷の中の人からお祝いを言われただけだった。公爵領の後継者とスペアの関係。
うーむ。確かにスペアの僕が、公爵領の有力者に顔を売る必要はないからね。そんな訳で、領民にはこれ幸いとお披露目会を兼ねた僕のパイプオルガン発表会が領民へのお披露目会になってしまった訳だ。
オルガリンまで送ってもらって、ソフィア先生まで講師で来てもらった意味がようやく分かったよ。
女神教会の司教様の人生の教訓が満載のありがたいお話を聞いた後に、僕が紹介されて、いよいよ僕がパイプオルガンの演奏をする事になった。
まずはルーンの祈り。領民の歌に合わせて、パイプオルガンを伴奏する。 まんま、前世の教会での讃美歌みたいなイメージだね。 女神教会の礼拝者がみんなで合唱する事で女神様を讃えつつ、パイプオルガンと共に、一体感のある感動を楽しんでいるね。
そもそも、日常的に音楽という物自体を中々聞かない世界だから、教会での合唱は領民の人にとっても非日常的な音楽体験となっているのだろう。
僕の演奏が終わるのと同時に、沢山の人の温かい拍手によって迎えられる。
「こんにちは。僕はルミエール公爵家の次男の、シュウ・ルミエールと申します。5歳になり、正式に皆様の前に皆様の前に立つことを許されました。 今日こうして、女神さまの御前に立てたことを、心より嬉しく思います。」
「僕はまだ、小さくて、わからないこともたくさんあります。けれど、女神さまのご加護と、公爵家に生まれた責任を胸に、これからたくさん学び、正しく生きていけるよう努力します。どうか、これからの僕を見守っていてください。本日は、お集まりいただき、ありがとうございます。」
僕は無難な挨拶をして、拍手で迎えられた。 さあ、今日のメインイベントだ。
「5歳の誕生日として皆様にプレゼントをもらうだけでは寂しいので、僕から皆様にプレゼントを用意しました。まずは最初の曲は、女神マテリア様と僕にパイプオルガンを教えてくれたソフィア先生に捧げます。」
そう言って、僕は予定には無い、曲の演奏に入る。ソフィア先生なんかはすごく驚いているみたいだ。
ちなみに、パイプオルガンはどうやって音を出しているかと言うと、裏にふいごで空気を送る人が居て、ガタイの良い男性が2人でがんばってパイプに空気を送っているのだ。そしてパイプオルガンの鍵盤は、空気のバルブに繋がっていて、鍵盤からの操作でバルブを開け閉めする構造になっている。
このため、僕がいくらもう一曲弾きたいと言っても、裏でふいごを操作して空気を送ってくれないとパイプオルガンは鳴らない。だから、僕が演奏を始める前に、裏のふいご係の人の元に行って、両親達のためにサプライズで追加演奏したいと言ったら、ふいご係の人は快諾してくれた。
ありがとう! ふいご係のアニキ!
そんな訳で、譜面台の部分に取り付けられている伝声管から、裏に連絡して準備OKをもらうと、僕はサプライズの曲を弾き始めた。
最初の曲は、女神教会の敬虔な信徒であるソフィア先生に捧げる曲。 パイプオルガンと言えばこれしか無いでしょう。 J.S(ヨハン・セバスチャン) バッハの『主よ人の望みの喜びよ』だ。
J.S.バッハが遺したこの旋律に指を添えると、空気が震え、ひとつひとつの音がパイプを伝って天井に向かって昇っていく。音はやがて木の梁を伝い、観客の中に降り注ぐ。
合唱と単旋律の曲しか聞いた事の無い観客達は、最初は戸惑うけど、神を讃える神聖な音楽の前に静かになり、目をつぶって音楽を聴いている。
人によっては祈りながらすすり泣く音が後ろから聞こえる。
このシチュエーションでバッハの曲が刺さらない人が居る訳が無い。地球と言う異世界で何億人という人を感動させた超名曲だ。感動しない訳が無い。
単旋律の音楽にしか触れて来なかった人にとっては、とてつもなく大きなインパクトだろう。
世代が違いすぎて突然ロックでもやったら、雑音を奏でたって顔をしかめる人も居るだろうけど、これは、地球で音楽の父と呼ばれた偉人が神に捧げるために作った曲。
女神教会の中で僕がこの曲を演奏して感動しない人など居ないと断言できる!
そこで僕はふと気が付いた。そういえば、この曲の元の意味は「イエスは変わらざるわが喜び」だ。地球に居る?神様のために作られた曲だけど、これを女神様に捧げてしまって良いのだろうか?
何かバチ当たりな事をしていないだろうか。・・・もう手遅れなので気にしないでおこう。地球では別の神様のための曲だけど、この世界では女神マテリア様のための曲だ。そう言う事にしておこう。
許して!女神様!