静筆の魔術師 ~音と秩序の辺境譚~   作:Magical forest

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シュウはパイプオルガンを披露する2

 

地球の神様のために作った曲を女神様に捧げてしまって、何か罰当たりな事をやらかしたみたいで、ちょっと後ろ暗くなった僕だけど、異世界の人がそんな事情を知る訳もなく、演奏が終わると万雷の拍手と、歓声、声援が響いて来た。

 

明らかに、自己紹介前に弾いた3曲とは反応が違う。女神教会のシスターが「この場に居合わせた奇跡を女神様に感謝します。」とか祈っているぐらいだ。

 

やはりバッハはすごい。異世界人ですら、多くの人を癒す不変なメロディーは、彼だからこそ成し得た奇跡だろう。

 

さあ、畳みかけよう。2曲目はさらに刺激的な曲だ。

 

「続いては、私の家族であるルミエール公爵家の父と母、そして敬愛するアルノルト兄さんに捧げる曲です。」

 

そう言って、僕は同じくバッハの「トッカータとフーガ ニ短調 BWV565」を演奏し始める。

 

ちなみに、BWV565は、バッハの作品目録(Bach-Werke-Verzeichnis)の565番目の曲という事である。バッハは生涯に1000曲以上を作曲したスーパー巨匠で、このBWVは1120まである。

 

この曲は、番号と題名ではいまいちピンと来ない曲だけど、イントロを聞いた瞬間にみんな分かる。 ショックを受けた時に流れる曲と言うか、ある年齢以上の人は「鼻から牛乳」のメロディーで分かると思う。

 

公爵家に捧げても問題無いような、死ぬほど格調の高いこの曲を、よくパロディーにできたなと思うけど、それでも揺るがないクラシックの奥深さよ。

 

曲のインパクトと荘厳さ、そしてストーリー性は他には代えがたいし、曲のインパクトのわりに実は、演奏難易度が低めなのもいい。5歳児の子供の手でもなんとか運指できるよ。

 

あまりに荘厳な音の洪水と、音で公爵を表すような力強いインパクトに観客席は静まり返る。帽子を脱いで天を仰いでいる人も居る。

 

これまでの音楽とは全く違った様式に観客は呆然である。それはショックを受けるよね。異世界人よ! 地球の音楽の神、バッハに感謝の祈りをささげるのだ。 

 

決して音楽室に飾られた怖い存在で、学校の七不思議で、夜の音楽室の目が動くだけの人じゃ無い事を、僕はちゃんと釘をさしておくぞ。

 

あと、学校でバッハの目に画びょうを刺した君! バッハは見ているぞ!

 

そんな事を考えながら、曲の演奏を終える。 途中、明らかに思考がずれていた気もするけど、ものすごい拍手を浴びた。

 

次が最後の曲だ。神に捧げる曲、公爵家に捧げる曲と来たからには、最後は人の魂に捧げる曲だ。

 

「最後の曲は、いつも僕に色々な事を教えてくれるエルラ先生と、観客の皆様の魂に捧げる曲です。」

 

そう言って、僕はパッヘルベルのカノンを演奏し始める。

 

パッヘルベルは、バッハのお父さんと交流があって、間接的にバッハに音楽を教えた人だね。

 

カノンは、まさに魂のための癒しの曲。

 

D → A → Bm → F#m → G → D → G → A

 

のループして永遠に繰り返されるコード進行は安心感と癒しそのもの。

 

同じ和音の繰り返し、それだけなら退屈なはずなのに、少しずつ変化を帯び、重なり合い、安らぎの空間が広がる。

 

まさに調和の奇跡。観客達も、度重なる音楽の奇跡を目の当たりにして情緒はぐちゃぐちゃだ。

 

エルラ先生も涙を流しながら、上を見上げて、天井のステンドグラスから差し込む七色の光を見つめている。ちらっと見ると、何かに驚いているみたいだけど何だろう?

 

カノンの破壊力の前に、全員が各々の感情を揺さぶられて、ついに自分の人生や、自分の罪を告白する者まで現れる始末だ。

 

久しぶりに音楽に触れた僕の情緒もぐちゃぐちゃだ。感動で涙が止めどもなく流れる。喉が詰まって嗚咽が漏れる。

 

この世界に存在しなかった異界の音楽に触れて、魂がカノン砲によって吹き飛ばされたあわれな異世界人達は、この日、空から、この音楽を聴きに来た女神マテリアがパイプオルガンの上に降臨した集団幻覚を見るのであった。

 

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