静筆の魔術師 ~音と秩序の辺境譚~ 作:Magical forest
教会での演奏後に一躍時の人となってしまった僕は、逃げるように家に帰って、また引きこもり生活を始めた。
その間に、アルノルト兄さんがマテリア様の加護を授かったと、城中で大騒ぎである。
そんな訳で、今日もエルラ先生の居る図書館に行ってこの世界のお勉強をする事にした。
「あら?シュウ様、オルガリンの練習はもういいのですか?」
「ソフィア先生の僕を見る目がガンギマリしていて怖いからいいよ。」
「レディにそんな事を言ってはいけませんよ。音楽の深淵に触れたのですから、演奏家として当然の態度だと思いますよ。」
「みんなが僕を邪神の遣いだって言うんだ。どんな罰ゲームだよ。このままじゃ、女神マテリア様から加護を受けた正義のアルノルト兄さんに僕が駆除されちゃう未来しか見えないよ。」
「女神マテリア様の加護を持つ人はそれなりに居ますが、邪神ゼルナヴァス様の加護を持つ人は数十年に一度ぐらいしか現れませんからね。皆が期待するのも当然です。」
「別に、僕は邪神ゼルナヴァス様から加護をもらった記憶が無いのだけど?」
「黒髪に黒目というシュウ様の濡れカラスのような美しい容姿だけで証明は十分です。それに女神マテリア様が演奏を聴きに来られた事で、それが決定的になりましたね。」
「そもそも、自分を邪神とか言っちゃうゼルナヴァス様はどうなの? 昔は本当に邪神みたいだったけど。」
「そうですね。今日はその辺も踏まえて、創生神話と、父神である邪神ゼルナヴァス様と創造神である女神マテリア様のお話をしましょうか。」
「エルラ先生、よろしくお願いします!」
エルラ先生は神話関係の本を風魔法で手元に取り寄せると、僕はいつも通りエルラ先生の講義を受ける事にした。
「創生神話なのですが、その前にこの世界であるマテリオンより前の、滅びた世界であるオルグレアと滅びた世界の神であったエルデザルの話から始める必要があります。」
「うん。このマテリオンの前の世界であるオルグレアを邪神ゼルナヴァス様は滅ぼしたのだよね?」
「そうです。前の世界であるオルグレアは魔法と文明が極度に発達した世界で、その世界の人口はなんと100億人を超えていたそうです。そして魔獣のような外敵も無く、欲しい物はなんでも手に入り、食べたい物は何でも食べる事ができる理想郷だったそうです。」
この辺の話はなんか地球の話と被るのだよね。極度に発達した文明は欲望の元に同じ形を目指すのか、邪神ゼルナヴァス様が滅ぼしたのが前に住んでいた地球であるのかは、全く判断できない所だけど、この世界は月が2つあるから、おそらく未来の地球じゃないと思うのだけど。
ちなみに、今のマテリオンはおそらく人口は数千万程度で、前の世界の人口には遠く及ばないね。
「そんな中で、前の世界のオルグレアは資源が限界に陥り、それを調整して適正な人口にするために、前の世界の創造神であったエルデザル様は邪神ゼルナヴァス様を生み出されます。」
「うん。邪神ゼルナヴァス様は、増えすぎた人類を調整して、前の世界であるオルグレアを存続させるための必要悪だった訳だね。」
「そして、困った事に邪神ゼルナヴァス様は、生まれたばかりで神の職務に忠実すぎました。ゼルナヴァス様は、自らを讃える邪教を作り、人類の選別行動を行いました。」
「当然、選別される側の人類も黙っていないよね。」
「はい。人類を2つに分けて、生存権を競い合う本当に悲惨な大戦争に発展したようです。」
ちなみに、ここで言う人類とは、普人族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族の四種族を統合して指す言葉だ。まさしく人に類する生き物の事を指しているね。
「そして、ゼルナヴァス様の勢力が勝ったんだ。」
「そうですね。同時に、前の創造神であったエルデザル様をして修復不可能だと言うほどに世界が荒廃したそうです。」
「結果として、エルデザル様とその配下の神々は新天地を目指して居なくなり、オルグレアにはゼルナヴァス様が責任を取って、一神だけ取り残される事になりました。」
「その後の人類はどうなったの?」
「ゼルナヴァス様の権能は破壊と調整であり、何かを生み出す事ができませんでした。そして残った人類も徐々に死滅して行き、生物は居なくなり、岩は崩れて砂になり、やがて、オルグレアはただの真っ平で何もない砂の世界へと変わったそうです。」
「ゼルナヴァス様は自分を慕ってくれた人間も救う事ができずに、ただ全てが砂に変わっていくのを見て絶望しただろうね。」
「はい。ゼルナヴァス様が父神でありながら、邪神と自らを呼んで、この創世記を偽らない形でマテリオンの人々に伝えているのも、その絶望を繰り返したくは無いからでしょう。」
「そして数億年という長い間、砂しか存在しない世界でゼルナヴァス様は絶望し続ける訳だね。話の流れを見ると、ゼルナヴァス様だけが悪いという訳では無さそうだけど、やりすぎたゼルナヴァス様の自業自得という面もかなりあるね。」
「そう言った間違いを繰り返さないために、ゼルナヴァス様は自らこの神話を私達に伝えらえているのだと感じます。」