静筆の魔術師 ~音と秩序の辺境譚~ 作:Magical forest
エルラ先生は僕に本を見せてくれる。
「カイル・アリディア様も僕と同じように5歳の属性検査で反応しなかったんだよね?」
「そうです。バルグレイア帝国の名門であるヴァルゾン伯爵家の長男として生まれて将来を嘱望されていましたが、5歳の魔力検査で属性無しと判断されて、放逐されました。注意する点は、シュウ様の受けられた属性検査は、あくまで魔力の属性を判断する物であって、魔力量を判断する検査ではありません。アルノルト様のように、属性判断用の魔石がオーバーフローして破裂するなんて事は例外中の例外です。ですので、シュウ様のように魔力はあっても、自然属性に反応しないタイプの魔力の場合には、魔力無しと誤判断されます。」
「でも、僕の場合には、魔力があるってちゃんと周りの人が分かっていたよ?」
「それは、同系統の魔法使いは、大体相手の魔力を感じ取れます。シュウ様の魔力は風の魔術師が感じ取れたので、属性検査に反応しないでおかしいというのは、風の魔法を使う者ならみんな気づいた事です。幸い、ここはエルフの地。風魔法はエルフの代名詞です。風の属性石に反応しなかった時に、かなりの人数が何で反応しなかったのか、疑問を浮かべていましたよ。」
「カイル様の場合は違ったんだよね?」
「はい。カイル様の場合には術式魔法という非常に特殊な属性魔法だったために、どの属性の魔法使いもカイル様が強大な魔力を秘めていると気が付きませんでした。そして、当時は属性判断の検査器具は、属性判断ではなく、魔力判断と誤解されていました。結果、魔力無しと判断されて、伯爵家の世継ぎの立場から一転して、家無しの流民という最下層へと身を落とします。」
「いくらなんでも苛烈すぎない?せめて幽閉するとか、単純に次期当主の交代とか、もっと穏便に出来たと思うのだけど。」
「当時はバルグレイア帝国は、貴族と言えども子供の死傷率が高いので、5歳になるまで正式な貴族の一員としては居ない者として扱われました。ですので、5歳になって音沙汰が無くなる子というのはそれなりに居たようです。特にバルグレア帝国では、魔法が使える事が貴族としてのステータスであり、貴族としての血の証明でした。ですので、魔法を使えない人物が当主となるのは、あり得なかったのです。」
「普人族間で魔力が高い人同士が結婚して、魔力の強い子供を産んでそれを貴族として迎えたのだよね? 純血主義って言うやつだっけ? 今のアルディア王国の常識から考えると、だいぶおかしいよね。」
「そうですね。種族を跨いで混血した方が、魔力も体力も強い子供が生まれるという、現在のアリディア王国の常識からは大分異なった価値観です。ただ、この時代はどの種族も同じ考えで、アルディア王国で、種族を跨いで子を作ってそれを公爵としたカイル様から始まった価値観なので、これについては時代が違うとしか言いようが無いですね。」
「それで、5歳児が無一文で放逐されちゃったんだ。」
「無一文というのはちょっと違うかもしれませんね。放逐に反対した人がいて、それがカイル様付きの侍女であるメイリア様ですね。それで、彼女はカイル様を守ろうとしますが侍女に何が出来る訳でも無く、カイル様と一緒に放逐されます。彼女は前年に唯一の肉親であった弟さんを病気で亡くしており、自分が仕えていたカイル様を放っておけなかったらしいですね。」
「へぇ~。忠義の人だね。僕でもこの状況で、主人に反対して落ち目のカイル様を庇う勇気は無いよ。」
「私も昔はそう思っていましたが、シュウ様を見ていると、なんとなくメイリア様の気持ちが分かる気がします。」
「えっ? それって、僕がルミエール公爵家を放逐されちゃったら、エルラ先生も着いて来てくれるって事?」
「・・・おそらく、そんな未来は無いので、そんな事を考えるだけ無駄ですよ。」
「ちぇっ。嘘でも付いて行くって言ってくれてもいいのに。」
「私の教え子がそんな簡単な嘘でコロコロと転がされる人には、なって欲しくは無いですね。」
「それ、5歳児に言う事?」
「シュウ様だから言っているのですよ。」
「それで、カイル様とメイリア様はどうなったの?」
「ヴァルゾン伯爵の目を光らせている伯爵領では暮らせないので、亜人が暮らす辺境の地へと身を寄せます。そこで魔獣を狩って、冒険者として身を立てます。」
「5歳で冒険者なんて出来たんだ。キラーン。」
「シュウ様、何を思いついたのか、大体想像が付きますが、お願いですから、ルミエール公爵家に黙って、冒険者登録をして、冒険者生活なんて楽しもうとしないでくださいね。」
「なんで? アルノルト兄さんもやっているじゃん。」
「あれは、お世継ぎ教育の一環です。お世継ぎとして、ルミエール公爵領の魔獣防衛や、現場の人や各市町村長との顔合わせを兼ねていますので、護衛もちゃんと居て万全の体勢です。 今のようにお気楽な立場のシュウ様とは意味合いが違います。そもそも、身体強化しか魔法が使えないシュウ様が魔獣に襲われたらどうするのですか? 逃げるか玉砕するだけですよね?」
「確かに、魔獣に僕が美味しく頂かれている未来しか見えない。」
「ルミエール公爵家でシュウ様の評価が高いのは、5歳児なのにちゃんと分をわきまえて居るからです。次男なのに、ワガママし放題なら本当に放逐されますよ?」
「僕の教育者なら、『少年よ大志を抱け』ぐらい言えないの?」
「いい言葉ですね。誰の言葉ですか?」
「今、僕が考えたんだよ。」
「シュウ様は詩人の才能がありますね。」
「ううっ。罪悪感が・・・。」
「?どうしたのですか。」
「何でもないよ。それで、カイル様は5歳で冒険者になったんだっけ。」
「そうですね。今も昔も、冒険者になるのに性別や年齢制限はありません。この理由は、捨てられた子供がお金が無くてアンダーグラウンドな世界で生きるぐらいなら、冒険者として雑用を与えて社会に貢献させた方が良いからですね。」
「カイル様は5歳でバンバンと魔獣を倒していたの?」
「そんな事は無いようです。最初はメイリア様と共に薬草採取などで生計を立てていたようですね。そこから年月を経て、8歳の頃にはカイル様は術式魔法を発現していたようです。それから多くの魔獣を倒すようになって、後にカイル様の妻となる獣人のザリャ様と、そのお父様で、後にアリディア王国初代陸軍元帥となるログス様も、この頃に出会ったようですね。」
「ログス様もこの頃に出会ったんだ。」
「初代ガルディア公爵にして、忠牙の将の異名を取るログス様は国民的な人気がすごく高いですからね。」
「うんっ。戦いでは、後方で固定砲台になっていて、普段も優柔不断なイエスマンの匂いがするカイル様よりもずっとカッコイイよ!」
「流石に、カイル様に対して不敬なので、他の人の前では、ちゃんと取り繕わないとダメですよ。」
「もちろんだよ!」
エルラ先生は、付き合いが長くて、僕がちゃんと必要な時には取り繕える事を知っているので、かなりフランクに接してくれるんだ。