静筆の魔術師 ~音と秩序の辺境譚~ 作:Magical forest
8歳になった。去年の秋に見つけた毒の無いじゃがいもを切り分けて、新しい畑に大規模に育てる事にした。
ジャガイモの最大のメリットはこれである。一度無害な芋が出来てしまえば、その芋を切り分けて、同じDNAを持った個体を大量に増やす事ができる。
品種として、毒の無い種類を固定化する必要が無いのだ。
春にはジャガイモがすくすくと育って、初夏に一旦収穫。 そして、再度種芋を撒いて、この1年で種芋がかなりの量になった。
ドキドキしながら試食したけど、見事にジャガイモである。救荒作物として中世のヨーロッパの人々を救い、疫病で全滅して飢餓を作り出して、アメリカ大陸にヨーロッパの人々を移住させるという歴史にまで影響を及ぼした栽培植物の巨人が今、僕の畑で生み出されている。
もちろん、このジャガイモも、単一のDNAなので、19世紀のアイルランドのように疫病で全滅する危険はあるけど、それはそれ、これはこれである。
この品種をベースに別の品種を作って行けば良いだけである。
家族に喜びながら報告するけど、これがどれだけヤバイ植物であるのかいまいちピンと来ていないようだ。
ただ、ポテトフライは大好評だった。アルノルト兄さんの大好物となり、街でこれが食べられるようになるなら、何でも協力すると言って来るほどだ。
結局のところ、このジャガイモがルミエール公爵領で育成されて初めて、皆がこの植物の威力を知ることになるのだろう。
8歳のうちに綿密な計画を立てて種芋を増やし、父さんに協力してもらって、9歳の春にルミエール公爵領の16の町村で共同農作物研究事業をする事にした。
16の町村で、公爵家に属する研究用の畑を用意して、各町村の農民に日当を出して、町長、村長の号令の元に農民が共同でこの畑を管理する事にした。
農民の誰かにジャガイモを育ててもらうのが一番早いのだけど、そうなるとじゃがいもが失敗した場合にその農民は飢え死にするリスクがあるし、ジャガイモが広がるペースも遅い。だからこその共同事業だ。
集落の全員が参加する共同農地でのジャガイモ実験。みんな参加するから、共同農地の負担はそれぞれで小さいし、みんなの畑はそのままだ。 そして、みんながジャガイモの効能を知る事となる。
僕は各地を回って農業指導をした。
僕が用意したルミエール公爵領でのジャガイモ栽培方法は以下のようなものだ。
1. 春に雪が解けて、気温が安定したらまずジャガイモを植える。
2. 100~120日程度の初夏にジャガイモを収穫。
3. ジャガイモを収穫した畑に、ソラマメ、エンドウ豆、クローバーなどを植える。
4.夏場に大きくクローバーなどが成長して来たら家畜を入れて、家畜の飼料に。ついでに糞を肥料に。
ソラマメ、エンドウ豆などは食べる分を収穫してもいいよ。
5. 夏の暑さが峠を越えた頃に、クローバーなどをそのまま梳きこんで、畑に窒素補充。ついでにどさくさに紛れて家畜の糞も梳きこまれる。
6. 小麦、大麦の種をまく
7. 冬の前に小麦、大麦収穫
8. 次の年は1から繰り返すか、休耕して、家畜用の牧草を育てる。
こんな感じだね。
この世界では小麦や大麦は春と秋の2回収穫されるけど、肥料なんかは無くて、年々収穫量が減って行くばかりだから、夏場のクローバーなどの植物には期待がかかるね。
そして、9歳の1年で結果が出る
1ヘクタール(100×100m)の畑の収量に直すと、ジャガイモ畑は、ジャガイモ10トンと小麦2.5トン。それに対して、小麦畑は春と秋の2回の収穫で1.5トン×2回のおおよそ3トン。見事に勝負の結果が出た。
次の年には、この効果を見て、関係した農家はほぼ全てこの方法を実践。 特に、暑い夏の季節にクローバーを植えて、畑仕事をしなくてダラけられるのが大好評だった。・・・そこかよ!
そして、僕が10歳の秋に、ルミエール公爵領で食糧が捨てるほど余るという初めての事態が引き起こされるのであった。