静筆の魔術師 ~音と秩序の辺境譚~ 作:Magical forest
10歳の夏、ルミエール公爵領ではジャガイモフィーバー。つまりじゃがいも祭りが至る所で開催されていた。それは公都アルヴェリオンでも同様だった。
突如現れた謎の救荒作物、ジャガイモの威力は凄まじく、畑が3倍以上の収穫量を誇り、ジャガイモだけは、本当に食べたい放題だった。
そして、おそらく秋には小麦と大麦が余る事態が予想された。
現代の地球でこんな事をしたら、賞賛される前に、食糧の価値を暴落させた無能な指導者の烙印を押されることだろうけど、大半が1次産業の従事者で、2次産業、3次産業の従事者数が少ないこの世界では、市場もそんなに大きく無くて、農家も作物の価値が暴落しても、別に自分の家で食べる分があって飢え死にしなければ良いので、農民の間ではそこまで問題にはならなかった。
しかし、それでも2次産業、3次産業の従事者が多い公都アルヴェリオンでは、別の効果をもたらした。
生活費の大半を占めていた食糧費が爆下がりした訳である。そして満腹中枢が刺激されるまで食べる事ができなかった大半の人間が、爆食いできるようなった。
つまり、公都アルヴェリオンは突如として暴飲暴食の街へと変貌したわけだ。
その中心に居るのがもちろん、ジャガイモなのだが・・・。
「安いよ!安いよ~! シュウ芋のフライだ~!」
「そこの嬢ちゃん、シュウ芋煮はどうだい? 味が染みているよ!」
「焼きシュウ芋だよ~! シュウ様がもたらしされた救世の芋だよ~!」
「・・・・・。何だよ!シュウ芋って!」
「それは、シュウ様が創られた奇跡の芋なのですから、そういう名が付きますよ。」
「その通りです。シュウ様が自らの手で領民に施された慈愛の芋なのだから、この名前は当然の事です。」
「何だよ!慈愛の芋って、全然ロマンチックじゃないよ! もう!どうしてこうなった・・・。」
僕の護衛の2人が言う。二人はリセナとバルフと言って、ルミエール公爵家の上級近衛というエリート騎士だ。
エルフのリセナは、長身で軽やかな動をして、森の中に溶け込むような女性の1児の母で、獣人のバルフは大柄で筋骨隆々、威圧感のある佇まいの3児の父だ。
僕はこの二人の護衛を連れて行く事で、わりと自由に外では許されている。
バルフが第一の壁役と前衛で、リセナが僕の逃走サポートと最後の壁役、二人とも近衛として命を懸けて僕を護衛するのが役目である。
つまり、どこかの物語のように、僕が勝手に出歩いて誘拐されたり、街中で襲われたりしたら、この二人は命に代えてでも僕を守る義務がある訳だ。
そして、任務中にこの二人が死ぬか、僕を守れなくて責任を取らされたら、残されたかわいい子供達は、社会保障が安定していないこの世界で、冒険者にでもなって運よく生き延びるか、餓死するかしか無いのだ。
重い。余りにも重すぎる。 城を密かに抜け出して、街中を気軽に歩く皇太子とか姫様とかが、物語に良く出て来るけど、あの物語の陰で、近衛の命や家族はどうなっているのだろうか?
外に出る時でも、護衛対象として僕が守られている認識はとても重要なのである。お互いのために。
しかし、みんな良く食べる。やはり1食で前世の2倍~3倍は食べている。こんなの成人病まっしぐらじゃないの?
「こんなにみんな食べて大丈夫なの? 太ったり、体を壊すのでは?」
「大丈夫ですよ。魔法を使えば脂肪を消耗しますからね。今までは食糧が足りなくて、魔法も十分に使えませんでしたが、今ではいくら魔法を使ってもまた食べられますので、今、ルミエール公爵領では、魔法を使った建設ラッシュですよ。」
「毎日お腹いっぱい食べたいというのが全アリディア王国民の夢ですが、私が生きているうちに、その光景を見る事ができるとは思いませんでした。シュウ様、ありがとうございます。」
感謝されるのはいいけど、どうしてこうなった・・・。