静筆の魔術師 ~音と秩序の辺境譚~ 作:Magical forest
「あの演義ですら、肯定的に書くのを諦めた、あのグダグダで決断できないカイル様は、演技だったって言うの?」
「はい。そうです。カイル様は、軍団をまとめ上げると、バルグレイア帝国軍に対して戦いを挑み、連戦連勝で東進を進めました。そして西の大穀倉地帯であるテオラ穀倉帯を占領した後に、一気に王都近くまで進軍して、ザヴェリア盆地の入り口に陣を構えます。」
「そうだよ。そこまではカッコ良かったんだよ。そこまでは。まさに疾風怒濤の快進撃で、帝国軍も対応できずにズタズタになって、後は帝都ファルヴァスを落とすだけだったじゃん。それなのに、ザヴェリア盆地の前に陣取って、敵の準備が終わるまで大論議をして、軍の方針を決められなかったなんて、がっかりだったよ。」
「あれは本当に方針を決められなかったのでしょうか?」
「と言うと?」
「カイル様は、敵が全兵力で決戦を仕掛けてくるのを待っていたのではないでしょうか?」
「まさか!? でも、それだったら、演戯として脚色が入った状態でも誤魔化しきれない、大論争の末に殴り合いに発展したり、反乱がおきそうになったり、決闘や料理対決、終いにはカイル様の前で、メンコ対決で勝った方の言う事を聞くみたいな、本当にどうしょうもないグダグダな事態にはならなかったんじゃないの?」
「逆に、敵から見たらどう思いますか? そんなグダグダな状態なら今がチャンスだと思いませんか?」
「でも、カイル様が待たないで、電撃作戦で帝都ファルヴァスを落としちゃったら、もっとあっさりと勝負が付いたじゃん。」
「電撃作戦? 聞いた事が無い作戦名ですが、まさにカイル様の怒涛の進撃を表現する、素晴らしい作戦名ですね。 それはそれとして、すぐに帝都ファルヴァスを落とす事も可能だと思いますが、それで帝都を落としてすぐに戦争が終わるのか?という話です。」
「あっ。」
「これだけで気が付きましたね。流石はシュウ様です。そうです。奇襲で帝都ファルヴァスを落としても、皇帝に逃げられて、東のセルヴァインなどの大都市などで何年も徹底抗戦されるのが目に見えています。だったら、帝都ファルヴァスに全兵力を集めさせて、それを瓦解させる事で、もう抵抗は無意味だと言う事をバルグレイア帝国側に知らしめる方が有効です。」
「でも、それだったら、あんなグデグデな内紛寸前の不毛な大論争なんて不要だったんじゃないの?」
「いえ、だからこそ帝国側も、まさか全兵力で反乱軍に対峙するのが罠だなんて思わなかったわけです。シュウ様は、演義に書かれたあの惨状の敵を見て、そんな戦略を描いているなんて思いますか?」
「・・・無理だね。演義ですら、匙を投げたあの状況を、カイル様は狙っていたって言うの!?」
「そうです。そもそも、カイル様は自分で決断するのが嫌いな人間で、部下に論議させて決めさせるのを好んでいました。結果、反乱軍では部下同士がいつも論争をしています。」
「カイル様は、どうやってもカッコ良く書けない、カリスマ性ゼロなYESマンだよ。いつも状況に流されているだけで、読者はみんなイライラするんだよ。」
「普通の英雄譚であれば、カイル様は英雄失格ですね。ですが、あの演義は晩年にカイル様自身が作家のリゼル・カンメルにそう言う面を強調して書いて欲しいと依頼しているようで、あの描写は実はカイル様のこだわりポイントなんです。」
「カイル様がわざとそう書かせたって言うの?」
「はい。そうです。そして、意図した物かどうかは証明する方法はありませんが、結果的に帝国軍は20万という兵力を動員して、ザヴェリア盆地で決戦を仕掛けてきます。」
「でも、流石にそんな稀代の戦略家が5倍の兵力に正面から当たられるように愚行を犯すかなぁ・・・。」
「今回に限っては、そんな愚行を犯す価値があると考えたのかもしれません。バルグレイア帝国軍は、20万という兵力に物を言わせて、カイル反乱軍を包囲しようと動きます。それに対して、カイル様はなんと、古代の戦術である方陣を取って対抗します。」
「方陣って、四角形の陣形で、四角の外周に盾と剣を持った騎士をずらっと並べるんだよね?」
「そうです。剣や槍が主体の時代には、360度あらゆる方向からの攻撃に耐えられて突破できない強力な陣形でしたが、魔法攻撃中心の時代になると、魔法を打ち込まれると簡単に瓦解するので全く使われなくなりました。しかし、カイル様が中央に陣取り、飛んで来た魔法を全て無効化した事で、歴史が変わりました。」
「まさに、アリディア独立戦争のクライマックスにふさわしい戦闘だね。」
「はい。帝国軍は20万という兵力で方陣をすりつぶそうとしますが、全く効果的な打撃を与える事が出来ません。バルグレイア帝国側は、正規の騎士が20万なら話は違っていたかもしれませんが、近衛や正規騎士は3万程度で、後は地方農家や冒険者など、武器を持てれば良い者を集めて、大量に水増しをした上で、20万という兵力を抽出していました。こんな人員構成では秩序立った攻撃などできるはずがなく、とにかく方陣に対して兵力をぶつけるだけでした。対して、カイル反乱軍側は、奥様を始めとした魔法使いが周囲に魔法を雨あられとバラ撒きます。結果として方陣の1陣目すら突破する事ができずに、バルグレイア帝国軍は壊滅します。そして、ほぼ全兵力を喪失したバルグレイア帝国軍は降伏し、ここにアリディア独立戦争は終結します。」