静筆の魔術師 ~音と秩序の辺境譚~ 作:Magical forest
「結局、バルグレイア帝国は大敗北をして、一部の貴族などは地方に逃げて、抵抗を続けようとしましたが、ほとんどの人間は、帝都ファルヴァスの目先でのあまりの惨状に抵抗する意思を無くしました。そして、カイル様が新皇帝として就任するかと思われたのですが、そんな予想を裏切り、アリディア王国の建国と、ノアの大森林からの以西、正確にはライラ川以西をアリディア王国の領土とする事、移住を希望する亜人や普人をアリディア王国側が自由に判断して、国民として迎えられる事、賠償金を払う事などを条件としました。そして、カイル様は、ノルダ山脈の向こう側に、アリディア王国の建国を宣言します。」
「バルグレイア帝国側は、びっくりしただろうね。」
「はい。ただし、バルグレイア帝国側はこの案に賛成して、戦争の終結と賠償案はトントン拍子で進みました。むしろバルグレイア帝国側が積極的に賠償案を提案してきたぐらいの勢いです。なぜだか分かりますか?」
「うん。ここまで来たら分かるよ。全てを失うと思っていたバルグレイア帝国側は、権力が残された上に、ここまで拗れた亜人問題も解決して、しかも、未着手だった隣を開拓してくれるんだ。 ノルダ山脈は巨大な擁壁だよ。山頂は空気が薄すぎて、超えるだけでも普通の人間は難しい過酷な地だ。賠償金を使った所で、とてもノルダ山脈を越えて開拓に成功するとは思えない。多少、多くの賠償金を払っても、カイル反乱軍が開拓に失敗して、内部から瓦解した後に、再度介入して、亜人達を奴隷とかにすればいいとでも考えていたんじゃないかな?」
「その通りです。ノルダ山脈が簡単に超えられるのであれば、とっくにバルグレイア帝国が開拓していたはずですが、そうなってはいません。 当時は一般人を連れて、ノルダ山脈の向こうに物資を運ぶなど絶対に無理だと考えていました。カイル様の気が変わらないうちに、バルグレイア帝国側がかなり譲歩してでも、すぐに交渉を纏めようとした理由は分かりますね。 そして事情を知らない女神騎士団は、このアリディア王国の建国案には反対しました。」
「貴公らは、この半身不随の老人であるバルグレイア帝国を復活させる魔法を持っているらしい。どのような魔法かを私に教えてもらえないだろうか? だっけ? 世紀の名言だよね。」
「カイル様としては、これだけ国内が荒れた状態のバルグレイア帝国を統治するぐらいなら、最初からしがらみのない新しい国を自由に作った方が良いと考えていました。そして賠償案がまとまった後に、カイル様は術式魔法によって、ノルダ山脈を貫通するトンネルを一瞬で作るという芝居をして、事情を知らない者の度胆を抜きます。演義に書かれている通り、それぞれの国の公式記録では、この時にカイル大隧道が完成した事になります。」
「実際は違うんだね。」
「実際には、すでに完成していたカイル大隧道のノアの大森林側の入り口を塞いで、それをカイル様が派手な魔法で塞いだ土砂を吹き飛ばしたのだと推測されます。これが史実と歴史観にズレが生じている理由です。仮に、バルグレイア帝国側がカイル大隧道の存在を知っていたら、交渉はこんなに簡単に纏まらなかったと考えられます。そして、ノルダ山脈を横断するトンネルを簡単に作るカイル様の魔法に恐れ慄き、バルグレイア帝国はかなりの期間、アリディア王国への干渉を考えなくなります。」
「結局、カイル大隧道ってどのぐらいの期間で作られたの?」
「おそらく数か月はかかっていると思われます。トンネルを作る時には、カイル様だけではなく、かなりの数のドワーフの土魔法士や鉱山技師が参加して、地盤の調査やトンネルの勾配、排水の処理などを詳細計画して、行ったようです。特に巧妙なのは、トンネルの形状で、通常は地面が平の半円形の形状なのですが、カイル大隧道は山からの力が分散するように、完全な円形となっており、その上で土魔法士が平らな地面を構築したようです。また、トンネルを掘ると大量の土砂が出ますが、これをカイル様の術式魔法によって、トンネルの壁面に土砂を圧縮する事によって、トンネル壁面がとんでもない強度を発揮して、今でも問題無く使用できる、世界一長い大トンネルとなっています。正直、一瞬でトンネルを貫通させるよりも、私は遥かに偉大な工事であると考えています。」
「それで、バルグレイア帝国から亜人や女神教の信徒を集めて、ノルダ山脈以西を開拓して、アリディア王国の建国が建国される訳だね。」
「はい。カイル様はそれぞれの種族で、4人の妻がおり、エルフの妻であるセレフィス様の子供は、北東の地を与えて、ルミエール公爵家を作り、ドワーフのグランナ様の子には、南東の地を与えてストラヴェルク公爵家となり、獣人族のザリャ様の子と、ログス様は南西の地を与えてガルディア公爵家となり、普人族の妻であるメイリア様との子は、北西の地を与えて、ヴァルト公爵家を起こされました。そして、それぞれの公爵家がそれぞれの種族の受け皿となり、王都と王領は、全種族の平等の地となりました。」
「そして、カイル様の種族を超えた愛の結果、実は種族間で結婚する事で、魔力と体力に優れた子が生まれて来る事が判明します。その結果、アリディア王国では種族を跨いだ結婚が一般的となり、種族間における争いも無くなって行きます。」
「種族間で結婚しても、両方の種族の特徴が混じった子供が生まれるのではなくて、どちらかの種族が生まれると言うのは面白いよね。」
「なぜそうなるのかは、未だに分かっていないのですが、例えばエルフでは、昔は別の種族との間に生まれた子は、ハーフエルフとして虐待の対象だったらしいですが、別に耳が短くなる訳でもありませんし、エルフはエルフとして生まれてきますね。だから、アルノルト様はエルフ族ですが、シュウ様は普人族であらせられます。」
「カイル様は、意図してこの結婚をしたのかな?」
「分かりませんが、調べれば調べるほど、カイル様というのは、遠くの世代までも見渡す大戦略家だと感じるようになります。」
「あの優柔不断な建国王が大戦略家なの?」
「建国王が偉大過ぎると、比べられる後の王はどうなるのか?、自分がカリスマ的にすべてを決めてしまうと、自分が死んだあとに残された者たちはどうなってしまうのか? 後の代の事までしっかりと考えて行動しているように見えます。」
「優柔不断な王に意見するために、家臣達は種族の壁を越えて、考えぬいて、論議しつくした案を献上していました。もしも、即断即決で、常に正しい判断をする王だったらどうでしょうか? 家臣達はやる気を失い、偉大な王が死んだあとは、アリディア王国は種族別にバラバラの国となっていたはずです。その意味では、カイル様は国を育てるのと同時に、家臣達も育てていたのです。そして、300年続いているアリディア王国の基礎を作り上げました。」
「うん。僕の中で、優柔不断なラノベ主人公ってイメージだった、カイル様のイメージが変わって来たよ。すごく勉強になったよ! ありがとう! エルラ先生!」
「ラノベの意味は分かりませんが、お役に立てたみたいで何よりです。それでは、カイル様、ちゃんと歯を磨いて、いい子にして寝るのですよ。」
「はーい。」