異世界パラド   作:ヒャル

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”エデンの蛇狩り”

「…やっぱり貴女たちと一緒だと、いっそう食事が美味しく感じるわね」

 

「そう言っていただけるのは光栄だ、姉上」

 

「ルクシェも、お姉さまたちと一緒のご飯は大好き!」

 

 シレーヌ王国の中枢、ゲユル宮。

 そこではシレーヌ王国を支配する魔族、ネグス氏族の長であるシレーヌとその妹分である最側近2人が昼食を取っている。

 人に近い姿をしたネグス氏族たちの姿は一見人間の貴族たちが食事をとっているようだが、足首の先が猛禽のような形になっており、彼女たちが人外の存在であることを主張していた。

 

「姉上、このカーペットは北から買い付けてきたのか?」

 

「ええ。いずれこの地でも、こういった工芸品の類も生産できるようにしたいものだわ」

 

 王城と呼ぶにはささやかな屋敷だが、持ち込まれた装飾品によってシレーヌの居住空間は他とは一段違う華やかさに彩られている。

 

「それでラオペ、銃器の備蓄計画は順調なのね?」

 

「ああ。幸いここを制圧して以降は戦闘は起きていないし、奴隷どもも従順だ。消耗がない分生産できた銃火器はそのまま備蓄に回せているから、そのまま行けばはぐれ者どもを組み込んで兵を増やすこともできるだろう」

 

 妹分の片割れ、ラオペはシレーヌ王国の軍全体の管理を任されており、その職権は軍装備の備蓄にも及んでいる。

 小部族の出故に纏まった部隊との会戦の経験はないが、村落の襲撃など格下相手の戦歴は豊富であった。

 

「そうなれば、北から奴隷を追加で買い付けて土地を広げることもできるわね…奴隷の管理については、私たちの自慢の末っ子がとても上手なわけだし」

 

「農地も鉱山も、奴隷の子たちはおとなしく一生懸命働いてるよ!シレーヌお姉さまの為に、ルクシェも頑張って頭を使って考えたんだから!」

 

 もう一人の妹分、ルクシェの管轄は奴隷に落とされた人間その他の管理である。

 彼女は幼い容姿同様に童女のような精神性を有していたが、魔族らしくと言うべきか無垢故の残虐性も宿していた。

 

『そもそも、暇があるから悪いことを考えちゃうんだよ。だったら、ひたすら働いてもらえば悪いことを考える暇なんてなくなるよね?』

 

 1日の労働時間は16時間で休日は月に1回あるかないか。しかし食事は質はともかく量は十分に与えられ、たまに甘味の配給も行われる。

 豊富な食事によって飢えという本能的な欲求は満たされ、それ以上のことを考えることを厳しい労働で辞めさせられた奴隷たち…それは人ではなく家畜への扱いの如くであったが、ある意味では合理的であった。

 

「ルクシェはやっぱり賢いわね…ご褒美に、今晩は一緒にベッドに入りましょうか」

 

「姉上!平和なせいで戦果を上げられないだけで、私も私なりに努力しているのだが…!」

 

「あら、焼き餅かしら?ふふっ良いわよ、今夜は3人で楽しみましょう」

 

 笑い合う魔族の三姉妹。

 シレーヌも、ラオペも、ルクシェも、奴隷たちの苦役に支えられたこの時間はいつまでも続くものだと思っていた。

 かつて自分たちが、人間たちの平穏を一瞬にして砕いたということも忘れて――

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……時間だ」

 

「“エデンの蛇狩り”作戦を開始せよ!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「…よお、相変わらず異常はないか?」

 

「こんなところで何が起こるってんだよ、熊でも出るのか?」

 

「まあ、そう言うなよ。一応異常がないか確認しておくのがあたしらの仕事なんだから」

 

 シレーヌ王国国境警備隊。

 その名の通りシレーヌ王国領と無主地である内陸部との境界線を守る部隊だが、そもそも必要最低限にすら達しない兵力で国境を守れという無茶振りと、そもそも何から守るというのだというモチベーションの低さから点在する粗末な拠点に小数の監視兵が駐屯するだけというスカスカの警戒網と化していた。

 

 だが、それで問題が発生したことなどないのだから文句を言われる筋合いはないと兵士たちは考えていた。

 そもそもこの先は、そんな労力があるなら資源のひとかけらでも掘れとの命令から自分たちで調査したことこそないが、人間たちがかつて行った調査でただ荒地が広がるだけの無人の地だと判明しているのだ。

 そんな来るはずもない脅威に備えるという仕事に、形だけでも業務を遂行しているだけ褒められるべき行為だと真面目に思っていた。

 

 そう、人間たちの伝説に言う、“理想郷”とやらが突然出現でもしていない限り――

 

 

「ん?何か妙な音が――」

 

 それが兵士の遺言となった。

 爆音と共に破砕される監視哨。それが見張るはずだった山地からは、瞳に強い意志を宿した軍装の男たちが湧き出始める。

 山岳戦に特化した編成が行われた精鋭、第一山岳猟兵師団の兵士たちだ。

 

「…敵拠点の沈黙を確認、前進を開始せよ」

 

 

 

 

 シレーヌ王国近衛軍……多くの兵が奴隷の監視に割かれているシレーヌ王国では唯一の纏まった兵力を持つ陸軍部隊。

 唯一の遊撃戦力であるが故にどこで騒乱が起きても急行できるよう国土のど真ん中に駐屯し、反抗的な奴隷の小細工を受けないよう周囲に奴隷が近づくことも禁止していた。

 

「突然襲撃なんてなぁ…見間違いじゃないのか?」

 

「どうせ酒でも飲み過ぎたんだろ。あるいはクスリでもやってたか…」

 

「ハッハー!もしそうなら、手間賃代わりに分けてもらわにゃ釣り合わないな!」

 

 そんな近衛軍では南の国境警備隊から途切れ途切れの急報が入り出動準備を行っていたが…その動きは明らかに緩慢だった。

 突然内陸部から有力な陸軍部隊が生えてきたなど、誤報か冗談だと思っていたのだ。それでも出動準備を行っていたのは、形だけでも反応しておかなければ後でラオペに叱責されると考えていたからに過ぎない。

 

「……あれ、何だ?」

 

 しかし、南の空から彼らにとっての死神が飛来すると、全てが現実であると思い知らされる。

 

「行くぞガーデルマン!蛮族どもを蹴散らすぞ!」

 

 無防備に姿を晒している近衛軍に、近接支援航空機…CASの群れが襲い掛かる。

 

 CASは懸架爆弾をばら撒きつつ、自衛用の機関銃座で機銃掃射を行う。如何に剽悍な魔族といえど、航空機用の大口径機関砲の直撃を受ければひとたまりもない。

 小数の輸送用トラックなどは恰好の標的となり、ロケットレール搭載型のCASによって次々に火達磨となっていく。

 

「目標、敵部隊基地!」

 

 CASが暴れ回る傍らで、戦術爆撃機が爆弾や対地ロケットを地表に叩きつけ、近衛軍の司令部諸共基地を廃墟へと変えていく。

 

「痛ぇ、痛ぇよぉ……!」

 

「足が、俺の足が……!」

 

 思い込みから実質的な奇襲攻撃を受けた魔族兵たちは、碌な対空戦闘もできないままに血まみれになって転げまわる。

 だが如何に魔族が醜態を晒そうと死神……パラド空軍第一航空艦隊にとっては手加減する理由になどなりはしない。シレーヌ唯一の陸上戦力が消滅するまで、容赦のない攻撃が続けられる。

 

 かつて女王シレーヌの下で避難民たちを一蹴した近衛兵たちは、その時以上の速度でヴァラドの大地に溶けていくこととなった。

 

 

 

 

「な、なんだこいつら、一体どこから湧いてきやがった!」

 

 シレーヌ王国唯一の湾港にもパラド海軍航空隊……いずれ海に出て航空母艦を建造する日に備えて、空軍基地を間借りして訓練に励んでいた艦載機の群れが姿を見せていた。

 シレーヌ唯一の軍艦である仮装巡洋艦“ネグス”は慌てて湾外に脱出しようとしたものの、この地を制圧して以来一度も戦闘に参加していないフネが臨戦状態にあるはずもなく。ボイラー圧が十分に高まるまでは身動きすることすらできない。

 

「畜生、これじゃなぶり殺しだ!」

 

 たった一隻に無数の艦攻、艦爆が群がり、数多の魚雷と爆弾を叩きつけられてネグスは為すすべもなく沈められる。

 その傍では、この地へ魔族たちを運んできた輸送船たちが次々と炎上していた。

 

「漁船といえども容赦するな!一隻でも北の海に逃がしてはならん!」

 

 すべての船が停泊しているタイミングが狙われたこともあり、朝のうちに漁を終えて昼には帰還していた漁船たちにも随伴してきた艦戦の機銃掃射が行われ、次々と撃破される。

 艦載機の群れが去った後も、足の長い重戦闘機隊が監視の為に港の上空を舞ったが…もはや海に出る能力を残した船は残されていなかった。

 

 

 

 

 各地のシレーヌ王国軍が潰えた頃、中枢たるゲユル宮も陥落の時を迎えていた。

 

 降下猟兵の大家であるクルト・シュトゥデント将軍自ら率いる降下猟兵師団は、空挺兵12個大隊を中核に大型輸送機の搭載量にものを言わせて砲兵や対空砲、軽火炎放射戦車まで装備した重武装の空挺部隊だった。

 

 女王の居館だけあって相応の警備兵が配置されていたが、想定外に過ぎたのか多数の輸送機から無数の落下傘が花開くのを口をぽかんと開けて見上げるだけ。

 空挺兵たちは降下の際にある程度散らばってしまったものの、効果的な抵抗がないので素早く集結することができ、ようやく動き始めた魔族兵が家具などを積み上げて作り始めた即席のバリケードを砲撃で粉砕した。

 

 抵抗は微弱と見た降下猟兵はそのまま王宮への突入を開始する。一部の兵はゲユル宮への道の封鎖に動いたとはいえ、兵員13,700人を有する重武装部隊に軽武装の王宮警備隊では対抗できず。

 

 

「道理を弁えない愚か者め……人間風情が、この私に……!」

 

「繰り言は牢の中で好きなだけ言えば宜しい。我々が聞きたいのは降伏の意思があるか否かだけだ…あくまで抵抗するならば貴女も、貴女の妹分たちも残らず射殺することになるが、返答は如何に?」

 

「……っぅ」

 

 

 女王シレーヌは2人の妹分共々、降下猟兵師団に降伏。

 外には変事を聞きつけた魔族たちが長を救わんと集まって来ていたが、道を封鎖する戦車や砲兵に撃たれ、空爆で蹴散らされ。

 拘束された女王シレーヌの姿が晒されると、魔族たちも次々と降伏していくこととなった。

 

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