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涙の旅路の果て
「お姉様……」
「大丈夫だ、私が絶対に何とかしてみせる。だから安心しろ、イーリア」
不安げな妹に、精一杯の励ましの言葉をかける。……それがどこまでも空虚だということは、自分でも分かっていた。
アヴァーナ精霊連邦。東大陸リエンタの西の果て、砂漠地帯に存在するダークエルフの国。
私はその中で、部族長会議を主催することから他国では事実上の国の代表と認識されているヴァス氏族の長女として生まれた。
アヴァーナは閉鎖的な国だ。砂漠という地形が人の出入りを拒んでいるのもそうだが、他の国では珍しいダークエルフが支配する国だということが最大の理由だ。
多くの国で支配的な人間とは寿命が違う。感性が違う。東西交易の中継地として栄える南の港町デンラ以外ではダークエルフ以外の種族を見たことすらない者が多いのだから、排他的になるのも自然なことだ。
『ラヴェルダ。知らないものを恐れることは大切だ。だが恐れるばかりで、知ろうとすることを放棄してはいけないよ』
そんなアヴァーナの中で、私の父上は変わり者だった。
開明派、と言えばいいのだろうか。積極的にデンラを訪れてダークエルフ以外の種族たちと交わり、他国の諸侯とも文を通じて親交を深めた。
そして、その最大の行いは、氏族長として初めて国外から妻を迎えたことだろう。
『生きる時が異なる人間と婚姻を結ぶなど許されざるという話はさんざん聞いた。ならば、エルフとの婚姻ならば何ら問題はあるまい?』
エルフの国であるルフェイム妖精連邦とは同じエルフ種の国同士として尊敬し合う間柄であったが、物理的な距離の遠さから実質的な国交は無きに等しくその繋がりは国の閉鎖的志向になんら影響していなかった。
そんな遠くの国から妻を迎えるとは、父上の手の長さと行動力に誰もが驚いたと聞いている。
『私はヴァス氏族における唯一のエルフ…故に、ヴァス氏族の方々は私の姿にすべてのエルフの姿を見るということです』
…そんな、ある種の針の筵のような立場になることを覚悟で嫁いできたからか、母上はとても心の強い人だった。
差別や嫌がらせを受けることは一度や二度ではなかったはずなのに、そんな人に対してさえ排斥するのではなく、共存できるのだと考えさせることが自分の役目なのだと譲らなかった。
そんな母上が生んだ一人目の子である私はダークエルフだったが、二人目の娘……つまりは私の妹はエルフだった。
『お姉様……どうしてわたしの肌は、みんなと違う色なのでしょうか』
私のたった一人の妹…イーリアはどこか寂し気だった。
母上が早くに亡くなり、ヴァス氏族でただ一人のエルフとなってからは一層孤独を感じるようになっていた。
だが、肌の色の違いが何だ。エルフであろうとダークエルフであろうと、イーリアは私の妹…私の大切な家族だ。
(あの子は私が守る)
イーリアが差別に晒される度、私はそれと戦った。イーリアが疎外される度、私はそれと仲立ちした。
私があの子の為に頑張る度に、あの子は私の想いを理解してくれたのか寂しさを見せることはなくなっていった。
父上の他種族への偏見をなくそうという運動も、他人事ではないと思うようになってからは私も協力に身が入るようになった。
そして、父上やデンラを治めるトコソ氏族の尽力によって隣のズィーラト王国と、同じ砂漠に住まう者同士として協力を誓う協定を結べた時には、家族で大喜びしたものだった。
氏族の若い世代にも理解を示してくれる者が多くなり、このままきっとすべて上手くいく――そう思っていたというのに。
“魔大陸”…あの悪魔のような存在の出現が、すべてを灰塵に帰してしまった。
魔大陸軍の侵攻に対し、父上らはすぐさまズィーラト王国に援軍を送ったが、間に合わずに救援軍は亡命者や敗残兵を伴って帰国することになった。
そして、彼らがアヴァーナへも侵攻を始めると多くのダークエルフは故郷を去るくらいなら死んだ方がマシだと徹底抗戦を選んだが、若い女や子供たちは強引に脱出させられた。
私も残って戦うことを望んだが、
『お前が傍にいてやらなくて、誰がイーリアを守るのだ!?』
と父上に言われては、引き下がる他無かった。
デンラから父上とトコソ氏族の伝手で用意された避難船に乗って西の海へ出航した時、もはや二度と故郷の土は踏めないかもしれないと思ったが、不安げに私を見つめるイーリアの姿にそんな弱音は吐けなかった。
『…アヴァーナの部族長たちは、皆砂漠で玉砕し見事な最期を遂げられたそうです』
命からがら辿り着いたヴェネティ共和国で父上たちの訃報を聞いた時も、妹の前だからと毅然とした態度を崩さなかった。そして、一人だけになった時に思いっきり泣いた。
国を捨ててヴェネティ共和国に身を寄せた後も、私たちに平穏は訪れなかった。
魔大陸軍の軍艦がヴェネティ共和国の沿岸諸都市に艦砲射撃を浴びせ、この国も安泰ではないことを私たちに知らしめた。
流されるままに隣のアルガルヴェ王国へと逃れたが…そこには西大陸じゅうの国々の亡命者たちが集っていた。誰もが、北から迫る魔大陸軍に対して最後に残る国家がアルガルヴェ王国になると感じていたのだ。
そして、それと同時にアルガルヴェもまた滅ぼされるだろうと口に出さずとも感じていた。
『――あるいは、留まって華やかに散った方が楽かもしれません。しかし死よりも辛かろうと、私は国を存続させるのを諦めるつもりはありません』
そんな絶望を抱えていた時に伝えられた、ヴァラド教会とアルガルヴェ王妃が計画した南方への脱出作戦。
“真に必要としたヴァラド信者の前にのみ現れる理想郷がある”“ヴァラド神が作りたもうた世界を犯す者が現れた時、神の権能を与えられた救世主が舞い降りる”等と言った教会が語るヴァラド大陸の伝承は眉唾物だと思ったが、魔族への抵抗の旗印を残す為に各国の王侯貴族の血縁者を引き連れて脱出するという計画には賛同できた。
海に面した王宮の別塔に集まってそれを爆破することで集団自裁したものと思わせ、その前に地下の隠し港から避難船を出航させ密かにヴァラド大陸へと渡る……その計画は上手くいった。
避難してきていた王侯貴族の血縁者が女子供ばかりであったこと、男たちは皆西大陸へと残ってその分女を避難させたいと主張した為に女がほとんどであったが、皆文句を言わずに上陸地点の開拓を始めた。
木を切り倒して森を拓き、大岩を除き、川から水を引いて畑を作った。何とか連れてきた馬や牛が鋤を引いた畑には荒地でも育つジャガイモやサツマイモ、ソバなどを植え、武器を扱える者は奥地に踏み込んで狩りを行った。
私にとってヴァラド大陸は伝説上の土地のようなものだったが、聖地としてヴァラド教会はその情報をきっちり集めていたらしくシスターたちが持ってきた情報はとても役立った。
統率の面でも文の面ではアルガルヴェ王妃であるマリナ様がリーダーシップを発揮し、武の面でも戦死した夫に代わって軍を率い反乱軍を破ったという異色の経歴を持つブレイス連合王国のブランシュ様が上手く纏めていた。
持ってきた食料と採取、狩猟で畑の収穫までは問題なく皆を養えそうで、開拓地が安定してきたら理想郷とやらを求めて内陸へ調査隊を出そうなどと…上手くいっていると思っていた私たちは考えていた。
――平穏など玩具のように簡単に壊されると、嫌というほど理解させられていたというのに。
『ま、魔族だーー!!』
ある日、突然海上に魔族の軍艦が現れた。
単艦で、大して強そうな船には見えなかったが…碌な戦力を持っていない私たちには抵抗のしようがなかった。
迎え撃とうとした私たちは上陸してきた魔族の兵たちに為すすべなく拘束され、洞窟に隠れさせたイーリアたち非戦闘員も皆引きずり出された。
そして、私たちは皆奴隷にされた。いや、それよりも酷い。
『私、男って嫌いなのよね。自分の部下ならまあ我慢できるけど、男の奴隷なんて生かしておくのは無理だわ』
シレーヌとかいう魔族の首領は、ただ嫌いだからというふざけた理由で男たちを皆殺しにしたのだ!
それ以降、私たちは魔族の奴隷としてこき使われた。畑を耕し、鉱山を掘り、シレーヌの為の屋敷の建築にも動員された。
食料だけはたっぷり与えられたから飢えることはなかったが、別に奴らが優しかったわけではない。単にやせ細った奴隷では労働力にならないからだ。
そんなある日、見張りがやる気のない魔族だけの時を見計らって、私はイーリアを連れて逃げ出した。
逃げるも良いだろう、どうせ戻ってくるか、山野で野垂れ死ぬだけさ――そんな見下した視線にいつか思い知らせてやると思いながら、妹の手を取って山へと飛び込んだ。
何の準備もない、手元にあるのはずっと着ていた民族衣装だけでの逃避行は、楽なものではなかった。
使えそうな形の石を削ってナイフを作り、時に山の恵みに頼り時に動物を狩りながら、南へ南へと進んだ。
無駄なことをと頭の中で自分が吐き捨てた。
諦めろと頭の中で自分が呆れた。
それでも、私は足を止めることはしなかった。私は、妹の命を背負っているのだから。
「これは……」
川沿いに山々を進むこと暫く。ようやく山地を抜けて平野に出た私たちの前に、思いもよらない光景が現れた。
故郷はおろか、ヴェネティやアルガルヴェでも見たことがない巨大な建造物が立ち並ぶ、謎の都市。
これが“理想郷”なのか?
ならば、ここに助けを求めれば皆は…私たちは、助かるのか?
「お姉様……」
不安の中に期待を宿した妹に、私は何も言うことが出来なかった。