1,再会
ガラガラ。
誰もいないはずなのに、コンパートメントのドアが開く音がした。その瞬間、私は眠気から覚めた。
「ここ空いてる?」
両目を開けると、目の前にいたのは――ヒューゴ……ではなく、幼い頃のロンだった。
「……戻った、のか……」
自分で選んだこととはいえ、再びホグワーツで過ごせる喜びが、思わずこみ上げてしまった。案の定、ロンは怪訝そうな表情になった。
「……あ、ああ、そうだ。戻ったよ。他のどこもいっぱいだったから。
1人がいいなら、他のところを当たるよ」
私のうっかりとした独り言のせいで、コンパートメントから出ようとするロン。
まずい。非常にまずい。
ロンがいないホグワーツだなんて私には想像できないし、そうでなくても私とロンは仲良くなれなかった場合、未来への悪影響は計り知れないだろう。
「待って、今のは、動揺した独り言。別にロンを追い出そうとしたわけじゃないよ。
むしろ、君に一緒にいてほしい」
なるべく、この時のロンが親しみやすい口調で言うと、コンパートメントから去ろうとしていたロンの動きは、ピタリと止まった。
「本当?」
そう言って、ジト目で私を見つめる。
「うん。
僕は今まで親しい友だちがいなかったから、ロンが話しかけてくれて、一瞬動揺したんだ」
「そっか……じゃあ」
ロンは、コンパートメントの席に腰掛けた。
「ところで」
ロンが何かを言いかけたところで、
「おい、ロン」
ジョージが私たちのコンパートメントへ顔を出した。もちろん五体満足、そして若い。
……と、いうことは。
「なあ、俺たち、真ん中の車両あたりまで行くぜ……リー・ジョーダンがでっかいタランチュラを持ってるんだ」
もう何年、彼の声を聞いていなかったんだろうか。
余りの懐かしさと、ホグワーツでの戦いを思い出して、感情が溢れ出した。さっき言動には気をつけようと思ったはずなのに、堪えきれない涙が1筋、2筋と流れ落ちる。
「お、おい!? ハリー、大丈夫か?」
私の豹変ぶりに、フレッドの慌てた声が聞こえた。ロンも心配そうな表情で私を見つめているのが、ぼんやりと分かる。
「もしかしてタランチュラ、苦手だったか?」
「……い、いや、そういうわけじゃないよ。
ただ、ときどき理由もなく、泣き出したい時があるんだ」
ジョージの質問に対し、大急ぎで涙を拭った私は、茶を濁して答えた。もちろん理由はある。けれど、それは当然、例え彼らの前で話せるわけがない。
一瞬の沈黙。
「悪い、
ジョージが謝った。ロンが、まるでセストラルに乗ろうとした時くらい物珍しい顔で見ている。どうやら彼らは、諸悪の根源をヴォルデモートのせいにしようと決めたらしい。……意外と的を射てている。
とはいえ、謝るだけでは彼ららしくもない。私の予想通り、
「だが、俺たちは悪戯仕掛け人だ!」
「そんな君の泣き顔を」
「「笑いに変えてみせよう!!」」
と言うと、フレッドとジョージがポケットをゴソゴソとし始めた。
「あいつらがポケットから出すもの、大体ロクなやつじゃないぞ」
こそっとロンが私に耳打ちした。そのことを嬉しく思いながら、私は軽く頷く。
その直後。
ドッカ~ン!
2人がポケットからクラッカーを取り出し、ピッタリなタイミングで紐を引いた。するとクラッカーからはたくさんのイタズラグッズを中心に、リボンやお菓子も炸裂した。
「良い旅を!」
フレッドがそう言うと2人はコンパートメントの外に出て、ジョージはドアを閉め、揃って前の車両の方へ駆け出した。
「フレッドにジョージ、僕たちにこの片付けをさせようっていうのか!?」
半ば呆れながらも、しっかりとお目当てのアイテムを探し出すロン。
私はというと。
「……流石だ」
すっかり涙の引っ込んだ顔でニヤリと笑い、後片付けを始めた。
───
それからは
「……ペットだって、パーシーのお下がりさ」
そう言って、ポケットから取り出したのは。
ネズミに変身している、ワームテールだった。
「奴」を見た瞬間、私は今すぐにでも彼をアズカバンにブチ込むか、クルーシオの呪文をぶつけたくなるような怒りが湧いた。今だけなら、あの時のシリウスの気持ちがよく分かる。
……でも、当然それはまだ、できない。何度か深呼吸をして、やっとのことで堪えた。
「どうした?」
私の異変に気づいたロンが声をかけるが、
「……いや、大丈夫。気にしないで」
と私が答えると、そういうものか、と思ったのか、それ以上は追及しなかった。ワームテールは、ロンの膝の上に置かれた。
───
「どの寮でもいいけど、あの子のいないとこがいいな」
ハーマイオニーが去った後、ロンはハーマイオニーへの第1印象を言った。
でも、そんな君が将来、ハーマイオニーと結婚するんだよなあ。
そんなことを思っていると、男の子が3人、私たちのいるコンパートメントに入ってきた。間違いない。ドラコ、クラッブ、ゴイルだ。
「ほんとかい? このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって、汽車の中じゃその話でもちきりなんだけど。それじゃ、君なのか?」
「そうだよ」
私はそう答えながら、
ロンが、クスクス笑いをごまかすかのように軽く咳払いをした。
「僕がそんなに変だとでも言うのかい? 僕で変ならば、ウィーズリー家は野蛮だ。
みんな赤毛で、そばかすで、育てきれないほどたくさんの子どもがいるってね」
根はそういう性格ではないと分かっていても、やはりこの頃のドラコにはあまり良い気がしない。良い気がしないし、不器用な子どもの言動に、どこかもどかしさが湧く。
「ポッター君。そのうち家柄のいい魔法族とそうでないのがわかってくるよ。
間違ったのとはつき合わないことだね。そのへんは僕が教えてあげよう」
ドラコは私に手を差し出して握手を求めた。もう、我慢ができなかった。
「ドr……いや、マルフォイ。友達になるのに、そんな言葉はいらないと思う」
「どういうことだ、ポッター」
ドラコは一瞬動揺したような顔を見せ、私に言った。
「僕ももちろんそうだけど、君たちも不安だろう?」
私はドラコたちを見つめた。
「不安だから、心にもないことを言ってしまうんだろう?」
私はどうやら、ドラコの核心をついたようだ。ドラコの頬が、若干赤くなった。
「行くぞ」
ドラコが短くそう告げ、クラッブとゴイルを促す。
「……けど、ここにはまだ」
「行くぞ!」
何かを言いかけたゴイルだけど、その言葉はドラコに遮られた。ゴイルの目線は、まだ片付けきれていないお菓子の小山に向いていたから、十中八九、それを食べようと思ったんだろう。
ドラコたちはそのままこのコンパートメントを去るかと思ったけど、扉のすぐ近くでドラコが振り返った。
「ポッター君。言葉には気をつけた方がいい。
もう少し礼儀を心得ないと、君の両親と同じ道をたどることになるぞ」
そう言った割に、彼らは乱暴に扉を閉めて去っていった。
「いったい誰と話していたの?」
ハーマイオニーが顔を出した。
「マルフォイがすごく不器用な言葉で、僕に話しかけてきたんだ。
『友達にならないか? 君が魔法界を生き抜いていけるか心配だ』って意味で」
少なくとも、私からはそう見えた。スネイプ先生といい、どうもスリザリン生は不器用な性格の人が一定数いる気がする。
「あれだけのことを言われてそう解釈できるハリーは凄いけど」
しばらく何も喋っていなかったロンが口を開いた。
「マルフォイ家は〜」
私はその間、思考の海に沈む。
危うかった。あともう少しで、未来を変えるところだった。あの一件で、時空の改変の恐ろしさを身に染みて分かっていたというのに。
私は自分に言い聞かせる。
私が
けれど。胸に不安がよぎる。
私は、耐えることができるのだろうか? これから目の前で、大勢の人たちが死ぬ。セドリック、シリウス、ダンブルドア先生、スネイプ先生。他にも大勢の死を知りながら、見て見ぬふりをすることはできるのだろうか?
「ハリー、ハリー!」
ロンが私をかなり激しく揺すぶった。
「もうすぐホグワーツに着くって! ここから出る準備をしなきゃ!」
「そうだった。教えてくれて、ありがとう」
私は一旦、邪念を脇に置くことにした。親友が目の前で、心配そうな顔をしていたからだ。