逆行ハリー・ポッター   作:C E L I C A

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3,対話

 スネイプ先生に連れられたのは、ガーゴイル像の前だった。

 

「蛙チョコレート」

 

 スネイプ先生が迷わずそう告げると、像が音もなく動き、螺旋階段が現れた。私たちは階段に乗り、静かに上へと昇っていく。

 

 ……前回の人生では、入学早々に校長室へ呼ばれることなどなかった。まさか、ダンブルドア先生はすでに、私が『二度目の人生』を歩んでいることに気づいているのだろうか。分からない。だが、その可能性は否定できない。

 

 とりあえず、変に疑われないように閉心術は解除しておいた。ダンブルドア先生であれば、開心術で私の記憶に触れることもあるだろう。

 

 そうこうしているうちに、私たちは校長室の扉の前へとたどり着いた。スネイプ先生が扉を軽く叩く。

 

「お入り」

 

 扉の向こうからダンブルドア先生の声がし、私たちは室内へと入った。

 

 先生は椅子に座り、机の上で何かを書いていた。肖像画の歴代校長たちは、興味深そうにこちらを見ている。フォークスは、金色の止まり木で大人しく羽を休めていた。

 

「校長、ポッターを連れてきました」

 

 ダンブルドア先生は執筆の手を止め、まずスネイプ先生の方を見やる。

 

「うむ。ではセブルス、君はもう行ってよい。ここからは、ハリーと話すことがあるのでな」

 

 スネイプ先生は一瞬、私に視線を向けたが、すぐに逸らした。

 

「……では」

 

 そう言って、彼は静かに校長室を後にした。残ったのは、私とダンブルドア先生、そしてフォークスだけである。

 

 先生は微笑みながら、これまでで一番優しく、それでいて鋭く輝く目で私を見つめた。少しの間をおいて、口を開く。

 

「……さて、ハリー。どうやら君は、なかなか特殊な体験をしているようじゃの」

 

 私は黙って頷いた。しかし先生の笑顔は、なぜかその瞬間ふと消えた。

 

「ハリー」

 

「はい」

 

 先生の真剣な眼差しに、自然と背筋が伸びる。

 

「君は一体、魔法界をどう変えていくつもりかね?」

 

 唐突な問いに、思考が一瞬凍りついた。すぐに頭は再び動き始めたが、動揺が心を満たす。

 

 先生は、一体何を考えているのか。私は、どれほどの犠牲があろうとも……『前』と同じように、やり遂げるつもりだった。そうでなければならない。

 

「……先生。私は、この世界を変えるつもりはありません」

 

 はっきりとした口調で言い切る。

 

「ハリー」

 

 先生が、重みのある声で私の名を呼ぶ。

 

「はい」

 

 応じると、先生は言った。

 

「実は君がこの世界にいる時点で、すでに君の『記憶』とは乖離が始まっておる」

 

 覚悟はしていた。つもりだった。

 

 その道を選んだ以上、そうした事態も起こり得ると分かっていたはずだった。しかしそれを、現実として突きつけられると、不安が胸を締めつける。

 

 ……今思えば、あの若かった頃が懐かしい。グリフィンドールだからではない、あの頃の無鉄砲なまでの勇気。今の私が、当時の私であれば、きっと迷わず突き進んでいただろうに。

 

 だがその一歩を、慎重になるあまり踏み出せない今の自分が、もどかしい。

 

 私がそんな葛藤の中にいる間に、先生は杖で記憶を取り出し、それを憂いの篩へと注いだ。手招きに応じて、私は額にしわを寄せながら近づく。

 

「では、行こうか」

 

 先生はそう言って、篩の中へ頭を沈めた。私もそれに続く。

 

 ───

 

 そこは、見覚えのある光景だった。薄汚れた部屋に、今と変わらぬ姿のダンブルドア先生と、トレローニーがいる。先生は立ち上がろうとし、扉に手をかけていた。

 

 ……これは、予言の場面だ。

 

 『前回』はトレローニーの声だけを憂いの篩で聞いたが、今回は場面ごと映像として見られるようだ。

 

「闇の帝王を打ち破る力を持った者が近づいている……七つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる……そして闇の帝王は、その者を自らに比肩する者として印すであろう。

だが彼は、誰も知らぬ記憶を持ち、帝王の知らぬ力を持つであろう……一方が他方の手にかかって死なねばならぬ。

双方が運命に抗うならば、一方が生きる限り、他方の運命は変えられぬ……闇の帝王を打ち破る力を持った者が、英雄が死ぬときにまた、生まれるであろう……」

 

 トレローニーのざらついた声が消えると同時に、私たちは現実へと戻された。

 

 『前』と少し異なるその予言に、頭の中が騒がしくなる。

 

───

 

「先生、スネイプ先生は予言をどこまで聞いていましたか?」

 

 戻ってきてすぐ、私は問いかけた。

 

「君の『記憶』通りじゃ」

 

 短く、そう答えられる。

 

「……そうですか。よかった」

 

 思わず、安堵の息を吐いた。ヴォルデモートが今なお、私の『記憶』について知らないのは、大きな優位だ。あの時、念のため閉心術をかけておいてよかった。

 

「では、わしからも一つ。君に聞きたいことがある」

 

「はい?」

 

 先生は、どこか厳しさを含んだまなざしで問いかける。

 

「君は一体、なぜ『二度目の人生』を送ろうと決めたのか……教えてくれんかの?」

 

「……後悔のない人生にしたいからです」

 

 私はぽつりぽつりと、想いを語り始めた。

 

「アルバス……ええ、息子の方です。先生のことではありません。

彼や親友、家族とともに両親の死を見送ったとき、そして自分自身が本当の死に直面したとき、ふと思ったんです。

後悔なく、心を整理した状態で、大切な人たちの死を見送りたかったと。

だから、私はあの白い空間で、過去へ向かうホグワーツ特急を選んだんだと思います。

未来を変えるつもりは、今も全くありません。ただ……」

 

気がつけば、私は心の内をさらけ出していた。

 

「それでも……フレッドと話し、肖像画ではないスネイプ先生を見て、そして今、先生とこうして話していると……決意が、少しずつ揺らいでしまいそうで……それが、不安なんです」

 

 先生は私の言葉を、最後まで遮らずに聞いてくれた。そして静かに、口を開いた。

 

「これはあくまで、わしの予想じゃが」

 

 ダンブルドア先生の『予想』――それは、予言よりも信じるに足る言葉だ。私は耳を澄ませた。

 

「仮に君が未来を変えたとしても、トムが世界を支配するとは限らんと、わしは思っておる」

 

「でも……アルバスたちは、セドリックを負かしただけで、ヴォルデモートが……!」

 

 つい声を荒げる私を、先生は手を上げて静かにたしなめた。

 

「すみません、熱くなってしまいました」

 

「無理もないことじゃよ」

 

 先生は微笑んでから、続けた。

 

「そもそも、アルバスたちと君とでは、状況がまるで違う。分かるかの?」

 

 私は記憶をたどりながら答える。

 

「アルバスはそのまま過去に戻ったけれど、私は……幼い身体で戻っています。

それに、私はタイムターナーも使っていません。

アルバスは過去を変える目的でしたが、私は違う……ただ、過去を直接見たかっただけです」

 

「その通り」

 

 先生は大きく頷いた。

 

「君は『時間の異物』ではない。むしろ、この世界に再び根ざした存在じゃ。

だからこそ、最悪の未来を防ぐ力が君にはあると、わしは信じておる」

 

 ……何か、狙いがあるのだろうか? そんな思いを胸に、私は尋ねた。

 

「つまり、先生は……私に未来を変えてほしいと?」

 

 先生は、静かに首を横に振った。

 

「いや。わしはあくまで、『後悔のない選択肢』を君に提示しているだけじゃ。

どちらを選ぶかは、君次第。わしはもう、君の人生を束縛したくはないんじゃよ」

 

 その言葉の最後、先生の声がかすかに震えていた。

 

「……少し、考える時間をください」

 

 先生に釣られて感情があふれそうになる中、私はなんとか言葉を絞り出した。

 

「もちろんじゃ。わしは君より老い先短いが、それでも君の判断を待つ時間はある」

 

 そう言うと、先生は懐中時計を取り出して時刻を確認した。

 

「もうすぐ就寝時間じゃな。入学早々、罰則を受けるのは堪えるじゃろう。

話したいことはまだあるが……今日はここまでにしておこうか。

続きは、これから毎週月曜日の夜八時。ここに来てほしい。返事は、いつでも良いからの」

 

「……はい、分かりました」

 

 私は頷くと踵を返し、扉へと向かった。扉を少し開け、振り返ってもう一度先生の顔を見る。

 

「今夜はありがとうございました。また来ます」

 

 先生が柔らかく微笑むのを見届けてから、私は扉を静かに閉めた。

 

 閉めた瞬間、ふぅっと大きな息を吐いた。

 

 返事を今すぐ求められなかったのは、本当に助かった。考えなければならないことが、山ほどある。

 

 とりあえず、ベッドの上で考えを巡らせよう。

 

 そう思いながら、私は幼い足を懸命に動かして、懐かしきグリフィンドール寮へと戻っていった。

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