〜藤澤彰人side〜
――9月。残暑は残っている時期だが、もう少しすれば青々しい葉の色が変わって静かに落ちて行くのだろう。
そんなある日の放課後だった。
「よっしゃ!俺達のクラスは執事&メイド喫茶だぜ!」
遠坂樹を中心としたクラス全体の意見の出し合いで、圧倒的に(主に男性陣)からコスプレの模擬店が多数決で決定した。
それから聖嶺祭(文化祭)の実行委員になった草薙廣仁と女子の藤崎詩織さんと共に出て行った。
「……それにしても執事とメイドか。衣装作りやメニュー決めとか色々する事が多そうだな」
「んまあ、そこら辺の準備を含めて青春っぽくねぇか?」
「……そうかもな」
すっかり東雲朔夜は遠坂樹と仲良く駄弁っており、そこにクラスの陽キャや様々な人達が彼等の話に混ざって盛り上がっていた。
……に、しても草薙廣仁は実行委員で、遠坂樹と東雲朔夜は天宮さんとバンドで忙しいから、俺一人か。
「じゃあ俺達はバンドの集まりがあるから行くわ」
「……じゃあな」
そう思ってる間にも遠坂樹と東雲朔夜の二人は廊下に出て、直ぐに天宮さんと合流して軽音部の方に向かって行った。確かアイツら有志の方で出るとかって聞いたから一体如何なるんだろうか。
――さて、帰るか。
俺は帰りにMAX Donaldに行こうとした所、教室の前で見覚えのある人物が壁に持たれ掛かっているのを発見した。
――と言うか望月さんだった。
「あれ?望月さんじゃん。樹達と行かなかったの?」
「あ、藤澤君。んーウチは結局、バンドには参加しない事にした。カラオケには遊び感覚で行っただけだしね」
ふーん……まあ、本人がそう言うんならそうなのだろう。
「それでさ?藤澤君ってこの後暇だったりする感じ?」
「まあ、暇だけど……ん?」
「マジ?良かったぁ〜皆、それぞれ忙しくてさ?一人になる所だったわ〜」
少し望月さんの様子がおかしいような気がしたが気の所為か?
別に友達だからっと言ってそこまで気にするつもりは無いのだが…何と無く寂しそうな表情をしているように感じた。
「それで何処に行くんだ?少しぐらいなら付き合ってやっても良いけど余り遠くは勘弁してくれよ?」
「大丈夫だって〜気分転換に学校内を少し見て回らない?例えば樹達の演奏を遠目越しから少し見たりとか」
「まぁ、別にそれなら良いか。……んじゃ行っこか」
「うん」
そうして俺と望月さんは気分転換に放課後の學園を見て回る事にした。特にこれと言った目的も無く、俺達は駄弁りながら歩く。
放課後の廊下は、まだまだ喧騒に満ちている。聖嶺祭の話をしている女子達や、これから遊びに行く場所の相談をしながら俺達の傍を駆け抜けて行く男子達。
俺達もそんな喧騒の一部な訳だが、何処か周囲が煩いように聞こえるのは俺の気の所為なのだろうか。
望月さんともう少し静かな場所で話していたい気がする。
……これも普段、グループで一緒に居たから寂しい所為なのか?
「……ん?どした?」
「いや、別に。確か草薙達が居るのはこの辺だったかなって」
「あー廣ちゃん?真面目にしてるんだろうな〜」
何処か旧知の人間を求めるような思いで、聖嶺祭の実行委員が会議をしている視聴覚室の前を通り掛かる。引き戸の窓から中を覗いて見ると、会議中の草薙廣仁が同じクラスで実行委員の藤崎詩織さんと真剣に話し合っているのが見えた。
……ふーん、意外と仲良さげなのは見間違いかな?別に俺には関係無いから然程興味は無いが、遠坂樹が見たら『俺の廣仁は簡単に渡しません!』とか言いそうで怖いな。あのガチ勢…あ、此処にも居たけど今は落ち着いているな。
「ふーん……廣ちゃんにウチら以外と仲良さげな女子が出来たんだね。気の所為か耳が赤くなっている気がするけど……」
「あ、本当だ。女子慣れしてない感じがしてるなぁ〜」
「それな〜」
あ、廣仁がこっちに気付いた。顔を真っ赤にして手を払う仕草をしている。早く立ち去れって言いたいのかな?はいはい。
「恥ずかしそうにしてる廣ちゃん、可愛い〜」
「確かに……けどこれ以上は会議の邪魔だから行くよ」
「うえ〜ん……廣ちゃんを見ていたいよぉ……けど行かないと」
俺達は視聴覚室を後にし、今度は音楽室の前に来た。
やっぱり引き戸の窓から中を覗くと、遠坂樹が東雲朔夜と天宮さんを引っ張って楽器を演奏していた。
「相変わらずいっ君さんってリーダー気質な所があるよな」
「でしょ?アイツって明るくて自然と皆を引っ張る力はあるんよ。だからウチみたいな女でもアイツのお陰で引っ張って貰えてさ…。
……今回はいよりっちみたいだけど…本当はウチを見て欲しいと言うか何て言うか(ボソッ)」
「…………………」
残念ながら難聴系主人公では無い俺にはそれなりに望月さんの言葉が聞こえてしまったが、聞かなかった事にした。
……何て言うかいっ君さんって良くモテるなって事は思った。
と、俺が思っていると――、
「あれ?お前らって……」
背後から声を掛けられた。
振り返ると金髪に髪を染めたエセイケメン野郎が居た。背中にはギターケースを担いでいる。
……確かいっ君さんの話で出ていたエセイケメンの福澤泰晴?って名前の奴だったか。話によると今回のバンドでギターを担当するらしいとか言う。
「あー樹が言っていたエセイケメンってあんたの事か」
「そーゆーお前は中学時代にアイツと一緒に居た女か。その隣の奴は良く知らんが…廊下ですれ違った時にアイツと居た友達だろ?」
「はぁ…そう言う貴方はいっ君さんの話に最近出て来る福澤泰晴さんでお間違い無いです?」
俺が確認でそう言うと『ああ、そうだが?』と少し偉そうに言っていた。
「俺は藤澤彰人。一応貴方と昔馴染みの遠坂樹とは仲良くさせて頂いておりますわ」
「そうか。んじゃ俺は名乗らなくて良いな?どうせアイツから俺の事は聞いているだろ?そんで此処に何の用か?」
「いや、別に少し様子を見ていただけだ」
俺がそう言うと福澤泰晴は『ふーん』と何か言いたげな様子で返事していた。軈て――、
「つかさ、こんな所で突っ立って無いで中入れば?この後、練習するし、良ければチラッと見て行けば?」
福澤泰晴はそう言って進めて来るが、
「あー…今日はいーや。そんな気分じゃ無いし」
「……そんな訳で本番を楽しみにさせて貰いますわ」
望月さんがそう言うので、俺もそう言った。
無論、本当の事は言っているので俺は本番まで楽しみにとって置く派だ。
「ふーん……?まあ、熱いステージにしてやるから期待しとけ?」
そう言って福澤泰晴は音楽室へと入って行った。
最後にもう一度窓を覗くと、それぞれの練習を止めた遠坂樹達に福澤泰晴が身振り手振りで何か熱く語っていた。
そうしてそのまま聖嶺祭に向けたライブの練習を始めていた。
天宮さんがボーカルで、遠坂樹がベース、福澤泰晴がギターで、その背後に東雲朔夜がドラムをそれぞれ担当していた。
「……楽しそうだね」
「だな。……本当に見て行かなくて良いのか?」
「別にウチはその時になれば見に行くし、今日は気分じゃ無いの。
……ほら、次は屋上に行くよ」
そう言って屋上に向けて先導する望月さん。
因みに屋上は立ち入り禁止にしている所が多いが、ウチの所は解放されている方である。
屋上に到着し、望月さんはフェンスの前に来ると夕焼けの景色を見て『綺麗だね…』と呟いた。
俺は望月さんの後ろからそれを見ていたのだが…
何て言うか…残暑が残る九月の夕焼けの景色を眺めている女子。何処か憂いを帯びたその後ろ姿を際立たせる為に、この斜陽か存在しているような──。
そんな錯覚さえ覚えてしまう、とても絵になる立ち姿だった。
「はぁ……。何て言うか皆、楽しそうで良いよね」
「確かにな。……望月さんはそうじゃ無いのか?」
「別にウチも楽しい日々を送ってはいると思うよ?けどさ…正直、皆が文化祭に向かって頑張っているのに対し、ウチは何処か違う事を考えてしまうの」
「……違う事?」
俺がそう言うと望月さんは『……うん』と答え、
「最近、樹がいよりっちと一緒にいる時間が多くなっている気がしてさ。もしかしたらこれを機会に二人が良い感じになって二人だけの時間が多くなって、付き合い出しちゃうかも知れないって思うと少し……ううん。とても不安に感じちゃうんだ」
「……望月さんは二人の事が好きなんじゃ無いの?」
「うん、好きだよ?けどいよりっちのは『友達』としての好き。
……だけど樹に対する“好き”は『異性』としての好きなの。だから友達で一番好きないよりっちに“大好き”な樹が取られちゃうかもと思うと内心複雑でさ。どうしたら良いのか分からないよ……」
……望月さんは天宮さんの事は友達として好きで、遠坂樹に対する“好き”は『異性』としての好きによる違いな訳か。
何て言うか複雑な問題だよな。好きな人達が付き合い出す事を応援したいけど、その片方を異性として好きなら言うか如何か…か。
「……正直に告白とかってしないの?俺が言うのもアレだけどさ…しない後悔より、した後悔の方が後でその比率が減ると思う…けどそう思うのは俺だけかな?」
「……言えるのならもう既に言ってるよ。言えないから想いを今日まで秘めているんだからさ。確かにあんたの言うそれは正論なのかも知れない。けどそれが出来る人間ばかりじゃ無いんだよ」
「……まぁ、大多数の人間は行動出来るかと言うとそうでは無いよな。少数の人間が成功するか失敗するかの何方かって話だよな」
「うん……」
まぁ、難しい問題だわなと俺は内心で思った。
「それにさ。グループ内でカップルが出来ると必然的に今の関係が変わってしまうからそれも怖いのもある」
「何言っているんだ……と言いたいが、変わるもんは変わるのか?正直実感は湧かないが…正直ずっと一緒にいるもんだと思うがな」
「変わるよ。それにずっとは有り得ない。例えいよりっちと樹の事が無かったとしても」
「何でだ?」
俺は思った事をそのまま望月さんに投げ掛けた。
「人は出会いと別れを繰り返す生き物だから。そうだね、例えば中学時代の友達と離れ離れになったら、高校で新しい友達が出来る。でも高校を卒業したらきっと皆とは離れ離れになる。進学して大学に行ったら、そこでまた新しい友達が出来て、社会人になると同僚が出来て……それまで毎日のように会って来た人達とは、月に一度だけ会う関係になっちゃうんだろうね。それもいずれは結婚とかで年に一度会えるか如何か……そのうちそれさえもきっと──」
「……余り先の話し過ぎてイメージが付かないな」
「だろうね」
望月さんの話は現実的過ぎて、俺はまだそこまで考えられる訳では無かった。
「ウチも寂しいとは思うよ。けど人間って都合が良いって言うか、環境に適応出来ちゃうんだよ。最初は友達と離れて寂しいって思ってても、そのうちきっと馴染んで来る。寂しいって気持ちも忘れてしまえる。だから“今”を大切にしたいと思っちゃうんだよ」
……今日の望月さんはやけにセンチと言うか、寂しい事を言うなと、ふと思った。
それ程までに何か心境の変化が彼女を襲った訳なのだろうか。
「ってごめんね?まだまだ先の話だって言うのに、何か嫌な話をしちゃったって言うか……はぁ、本当にウチって駄目だな」
風に吹かれる髪を掻き上げた望月さんが、儚く微笑みかけた。
「……まぁ、実際の所、そんな事になるのかも知れないよな」
そう。ずっと一緒に居られるかと言うとそんな訳が無いのだ。
俺達はいずれバラバラになって、それぞれ別の友達を作って徐々に疎遠になって行くのだろう。
ただそれでも――、
「だけど……いっ君さんは離れ離れになろうとしている俺達を何やかんやいって繋ぎ止めてくれそうな気もするけどな。だってアイツは友達思いの良い奴だし、自分を犠牲にしてまで動こうとする。そんなアイツが望月さんを放って置く気がしないとは思うがな」
だって『中学時代から今に至るまで一緒なのだから、アイツなら特に望月さんの事を見ていそうな気がする』が、と俺は言った。
「ふふっ……」
望月さんは夕暮れの空を仰いで、「あははっ!」と笑った。
「アイツならそうしそうな気がするよねー!!」
そこにさっきまでの憂いは微塵も無い。完全に何時もの望月さんに戻っていた。
「……有難うね。正直、少し一人ぼっちな気がして心細かった。だから話を聞いてくれただけでも嬉しかったよ」
「……そうか」
きっと今日の俺達は何時もの皆がそれぞれ忙しくて居ないから『ひとりぼっち』で、少し臆病で、何か繋がりを求めてしまって居たからなのだろう。
少し俺も誰かと一緒に居たかったから救われた気がした。
「……なぁ、俺達が部活じゃ無くて暇な時さ、また放課後に二人で何処か近くに遊びに行ったりしないか?」
「……いーね、それ。それじゃあまた藤澤君に話に乗って貰おうかな」
「俺で良ければ」
こうして俺と望月さんは暫く夕焼け空を眺めるのだった。