〜天宮いよりside〜
「──ばたんきゅ〜……」
「望月〜悪いけど遠坂を保健師まで連れて行ってくれ」
「分かりました」
目の前で遠坂君が眞希ちゃんに連れられて保健室に行った。
それだけなら後で復活するし、いつもの事の事なんだろうけど…。
──最近、遠坂君の事が気になってしまって、意識的に目で彼を追ってしまう事が多い気がする。
最初はただ何と無く、彼の普段の行動が気になっての事だった。
しかし、徐々に彼を目で追っているうちに遠坂君に興味を持ってしまって気になっている自分が居る。
何でだろう……他の男子には特にこう言った興味は無かったけど『彼』にだけ特別な感情を覚えてしまっている自分が居る。
……遠坂君と一緒に居ると落ち着けるし、話していて楽しい。心臓がドキドキするし、気付けば自然と笑みを浮かべている。
けど今は少しばかりの呆れと物凄い心配で心がざわついていた。
──遠坂君、大丈夫だよね?
△ △ △
私は女子達の背後に着いて行く形で女子更衣室に入ると、体育着を脱いで制服へと着替えて行く。
ふと、クラスの女子達の会話が耳に入った。
「つかもう直ぐ聖嶺祭だけどあんたは如何するの?告白とか」
「うーん、今回はパスかな。告る相手も居ないし」
「そう?告る相手なんか適当で良いじゃん。例えばA組の葉山とかにでも、ノリで告って見れば?」
女子達の会話は続く。
葉山君って女子からの人気が凄いよね。
まあ、彼って無邪気で裏表が無い所も人気の秘訣なのかも知れないけど。
「あー……でも私ならC組の草薙とかも良くねーかなって。ほら、天使様とか可愛いし、付き合えたら毎日癒されそう」
「マジ?可愛い弟みたいな感じにしか見れねぇわ」
「まあ、確かに可愛いけどさぁ〜」
草薙君も男だけど、顔が可愛いんだよね。それだけじゃ無くて好きなものを欲しがる所は行動も子供っぽくって可愛いし。
……って私も他の女子と大差無いよね。前に眞希ちゃんが言っていた事だけど──、
──ウチら女子って面食いなんだよねぇ〜。男なんか顔で選ぶ。これ男に限らず女もそんなんだし、恋愛絡みになるとたまに面倒臭くなるのが嫌なんだよねぇ〜、っと。
そんな時だった。
ふと女子グループの何人かが話を聞いていたのか、その話題に乗っかった。
そのグループリーダー格であるB組の橋本さんが口を開く。
「ええ〜何々?葉山君に天使様に告白しようとしてるの?ウケる〜あんたらみたいな陰キャが釣り合うと思ってるの?」
「──は?何?突然?別にウチらが誰に告白しようと橋本さん達には関係の無い事じゃん?」
「ぷっ(笑)コイツらマジで告白する気?(笑)」
女子更衣室でカーストが高い女子グループの橋本さん達が話をしていたカーストが普通の女子達とトラブルを起こしそうにしていた。
あー……1年B組の幾つかあるリーダーを巡る派閥の一角である橋本派ってプライドが高い性格の人達だから何でも自分の都合の良い事に動かないと気が済まないんだよね。
それで多分、体育の授業で行われた球技系の試合で思った通りの結果が出なくて、何処かに八つ当たりしたいのかな…。
私は空気が悪くなるのを察知しながら、かと言って止める度胸は無いので、さっさと着替えてタイミング良く逃げようかと思った時だった。
運悪く橋本さんが周囲を見渡し、近くに居た私を見つけると意地悪な笑みを浮かべた。
……あ、嫌な予感がする。多分狙われたかも。
「そういや、天宮さんって時々他のクラスの男子と一緒に居る事が多いよね?確かC組の遠坂だっけ?アイツのグループの中で誰か好きな人でもいんの?」
「え!?えっとそれは……」
「その反応からしてマジ?ウケる〜……あんたみたいな顔は良くて陰キャ男子共の庇護欲唆るような見た目をしてる奴とか、どーせ顔の良い男とかと性交とかしてるんちゃん?(笑)」
…………。
「確か葉山君とか天使様とかも居たっけ?やっぱその辺?」
「おいおい、そこは遠坂とか他の男子とかも入れてあげなって」
「いや遠坂は……顔はそれなりに良いかも知れないけど、いつも無駄に張り切り過ぎるし、何より男の娘好きな性癖狂ってるじゃん。あんな変態と付き合いたい奴とか居る訳無いって(笑)」
「「「うわぁ〜ひっどい(笑)」」」
……………。
「じゃあ遠坂って一生童貞?大魔法使い確定?やべぇ〜それってもうチートじゃん(笑)」
「きゃははは!男の娘でシコってるマジの変態とかマジで終わってて草」
──何だ
今、遠坂君の事を馬鹿にしたよね?
碌に知らない癖に遠坂君を馬鹿にするこの橋本達を私は決して許さない。
「でもまぁ〜?天宮さんと遠坂なら案外お似合いだったりして?」
「や、天宮さんにも選ぶ権利ぐらいあげようよ?あ、でももし仮に付き合ったら教えてね?きゃはっ」
…………私の事で馬鹿にするなら別に如何でも良い。
だけど私の
「……もう良いでしょ?それ以上余計なクチを開いたら、本気で怒るから」
「え〜何々?もしかして天宮さんってマジで遠坂の事を……あっ」
「……黙れって言ったつもりだけど。私」
私を見ていた橋本達は、息を呑んでいた。
それだけ私の顔が、ドスの効いた声が、怖かったんだと思う。
「な、なに……そんなにキレんなよ……」
制服に着替え終わった彼女達は、そそくさと離れて行く。
「……あの子、大人しそうに見えてヤバいんだって。ずっと遠坂達にべったりだし」
「やっぱり眞希と同じで男好きか。ビッチって嫌だねぇ〜」
──眞希ちゃんの事まで、コイツら馬鹿にした……!
もう良いや。コイツら一発ぐらい……。
私が感情を露わにして橋本達を殴り掛かろうとした寸前──。
「あれ?いよりっち〜まだ着替え終わって無かったん?」
体育着姿の眞希ちゃんが、女子更衣室に入って来た。
眞希ちゃんは体育委員で、さっきまで普段は居る東雲君が今日は休みだったから代わりに連れて行った帰りで遅くなったのだろう。
「よーっす。あ、あんたそこにゴミが付いてるよ?」
橋本の肩をパッパって払って、私に近付いて来る。
眞希ちゃんは恐らく、私達の間に漂っていた不穏な空気を察したんだ。橋本の肩を払いながら、然りげ無く『行け』って感じに押したのが私でも分かったし、わざわざ私と彼女達との間で体育着を脱衣し始めた。そこに自分の制服は置いて無いのにね。
そうして橋本が『チッ』と舌打ちをして残して出て行った後も、眞希ちゃんは気にも留めない。
「てかさ〜樹の奴がまた馬鹿して寝込んだのをウチが連れて行ったと思ったら顔を赤くして『大丈夫問題無い』とか言ってウチから離れてまた無理して倒れたんだよ。大人しくしとけって話だよね〜」
そして何事も無かったかのように、明るく私に話し掛けて来る。
「その……気付いていたんだよね?何か気を遣わせてしまって……その……ごめんね……?」
「ん?何が?それより次の授業さ、苦手な国語があるからさ、後でノート見せてくれない?」
……眞希ちゃんは特に気にした素振りを見せず、飽くまで対等の関係だと無言の主張をした。
眞希ちゃんって凄いな…ただ私を引っ張るだけじゃ無く、私にも引っ張らせる事の出来る凄い配慮の良い持ち主なんだからさ。
ちょっとあざとくも見えるけど、それだって場を和ませる為の計算が入っているのかも知れないけど私の親友は凄かった。
「……うん。良いよ!それじゃ昼休みにでも一緒に居よ?」
「もっちのろん!」
そうして私達は少しの雑談を交わしつつ、制服に着替え終わると一緒に1年B組に戻るのだった。
※ ※ ※
〜望月眞希side〜
いよりっちと雑談を交わしながらウチは先程の事を振り返る。
いよりっちに遅れた風に言ったが、実際は嘘だ。本当はいよりっち達が口論になっている時には更衣室前には居たし、いよりっち達の会話を全て聞いてしまっていた。
……橋本の問い詰めにいよりっちは樹の事を異性として好きか如何かを否定しなかった。
つまり、そこから考えられる可能性としては最悪の一点だった。
──天宮いよりは遠坂樹の事を“異性”として気にし始めている。
これは少なからず間違いは無いだろう。
と、なるとウチといよりっちは同じ人を好きになってしまった訳であり、遠坂樹を巡って醜い争いをしてしまう可能性もある訳だ。
……正直、ウチはいよりっちと関係を壊してまで醜い争いとかはしたくは無い。だけど好きな人を奪われたくも無い…。
そんな矛盾がウチの脳裏でこびり付き、果たして如何すれば良いのか全く分からず、不安に押し潰されそうになっていた。
ただ、この問題を解決するにはウチが早く樹に告白する事こそが答えなのは分かっている。分かってはいるが……此処でも遠坂樹との「友達としての関係」を破壊してしまう恐怖心があった。
だけどこのまま何もして居なかったらきっと──
ウチにとって遠坂樹と言う人間は命の次に大事な存在であった。
だけどいよりっちもウチにとって初めて出来た同性の親友だ。
そんな二人を失うかも知れないと思うと──ウチは大きな恐怖心と孤独感に駆られ、体が震えそうになっていたが……こんな姿をいよりっちに見せる訳には行かなかった。
だからウチは心配そうに此方を見つめるいよりっちに空元気な笑顔を見せる事で強引に振り切るのだった。
※ ※ ※
〜天宮いよりside〜
昼休み、私は更衣室であった事を思い切って眞希ちゃんに打ち明けて見た。勿論、遠坂君の事が気になる事は内緒にしたけど。
「聖嶺祭で告白ねぇ〜……それで樹を悪く言う?馬鹿らし……」
そう言う眞希ちゃんは橋本達に対する怒りが隠されていた事に私は何と無く察しが付いた。
「そもそも、何も知らないアイツらが樹の事を悪く言う資格なんかねぇって言うのにね……まあ、それよりまーた恋愛絡みで橋本が絡んで来るとはねぇー」
「うん……それについては私も思った。確か──」
「あーうん……アイツ、葉山君に振られているからね」
そもそも、橋本が葉山君達の事を話していた女子達に突っかかって来たのは、橋本自身が葉山君に告白して振られているから。
何事もプライドが高く完璧主義な橋本にとって葉山君に振られる事は屈辱だと感じ、それ以来彼に告白しようとする女子に突っかかっている所を何度か目撃した事があった。
今回の件もそれだったのだろうが……傍迷惑である。
「アイツにとって恋愛は完璧で美しいものだと思っているのかも知れないけど……別に恋愛って綺麗なものばかりじゃ無いからね。恋人になれたら幸せ全開、何も問題無しなんてある訳無いじゃんね?そんなものはファンタジーよファンタジー」
「あ、あの、そこまで言う……?」
同意してくれたのは嬉しいけど、正直な所そこまで言うとは思いもしなかった。
「や、だって恋愛って内側から見ると、凄く汚いって言うか、絶対傷があるし。綺麗に見えるのは外野に居る第三者だけ。そんなもの当たり前の当たり前よ」
「言いたい事は何と無く分かるかも知れないけど……全部が全部そうなのかな?」
「そんなものだよ」
眞希ちゃんはそう言って例え話を言ってくれた。
「例えばさ、欲しいアクセサリーを買うとするじゃん?これはお金を失う代わりにアクセを手に入れたって事になるじゃん。バイトでお金を稼ぐ事もそう。時間を失う代わりにお金を得ている訳だし。つまり人は何かを失わないと何も手に入らない。世の中の常だね」
「うん……それで?」
「恋愛も同じって事。恋人を手に入れるのと同時に必ず何かを失っているんだよ。それは時間かも知れないし、将来の選択肢かも知れないし──友達かも知れない」
その刹那、私の胸がズキリっと少し傷んだ気がした。
仮に私が友達の誰かと恋愛をするって事は最悪、眞希ちゃんとの“何か”を失うかも知れないって事?そんなのものは嫌だよ……。
「だから綺麗だって感じるのは、外野に居る第三者か、まだ目先の事しか見えていない付き合いたてのバカップルだけ」
「……例えば一人の男性に二人の女性が同じ人を好きになったとして……何も失う事が無いって事は難しいって事?」
「例えば抽象的だねいよりっち……まるで私達のよう(ボソッ)
……んん!それよりそんな関係でこと恋愛が絡むとなると難しいかも知れないね。恋愛絡みになると全部が全部、丸く治るって、文句無しのハッピーエンドなんて流石にね。ほら、映画とかラブコメの漫画とかって大体負けヒロインが居るじゃん?もしくは最初から出さないとか」
……そんなものなのかな。
私が夢を見過ぎでいて、現実を見えていないのかも知れないけど…それでも“何か”を失う恐怖があった。
「でもさ。もし仮に何も失う事が無い場合、それこそ本当に綺麗な純愛だよね。目指せるのなら目指して見たい気もするけどね」
「そうだよね……全部が全部、悪くなる訳じゃ無いのかも知れないんだから……“それなら私達の中で仮に恋愛が発生したとしても、グループは存続して続けるよね。男女の友情を信じれるなら」
「あー……うん……そうだね……てか、何で男女の友情?いよりっちって誰か好きな人でも居るの?“遠坂”とか藤澤とか」
「ふぇ!?」
何で眞希ちゃんって私の気になっている人を当てれて来るの!?
そんなに私って分かり易い方なのかな……?
「わ、私ってそんなに分かり易い方?これまで友達って眞希ちゃん以外そんなに出来なかったから分からないや……」
「あはは!いよりっちは分かり易い方だと思うよ?反応とか……。まあ、ウチも同性の友達なのはいよりっちが初めてなんだけどさ」
「え?そうなの?」
驚いた。眞希ちゃんなら他にも沢山の友達が出来てもおかしく無いのに……けどそれなら他の女子達との関係って……
「私ってさ、こんな性格だから女子の輪にイマイチ馴染にくいんだよね〜」
……それは何と無くだけど気付いていた。眞希ちゃんは男子のノリに近くて、明け透けに何でも言っちゃう人だから。全員が全員そうとは言わないけど、表面上の絆を大事にするタイプの女子とは、間違い無く反りが合わない。
眞希ちゃんはクラスの女子達とも良く話しているけど、私には何処か一歩引いているようにも感じられた。
「まあ、そんな訳だから比較的男子と一緒に居る方が多かったんだけどさ。だけどさ……その一緒に居た幼馴染の男子の事が好きな女子と付き合うようになってからは、その彼女から嫌味とか嫌がらせとか執拗にされてさ。ウチはやり返されたらやり返す性分でさ?思い切り思い返してやった結果、幼馴染に泣き付かれて絶好されたよ。
それ以来、ウチは恋愛も女子達との関係も一歩引いていたんよ…だけど、中学三年の時にアイツと出会ってから色々変わったんだ」
「それって……」
私が何と無く察しが付き、眞希ちゃんに聞いて見た。
「うん。樹の奴は何か過去にあったようだけど、アイツは基本クラスでは一人で居たけど、何故か周囲を拒絶していたウチに何度でも話し掛けて来てさ。ウチも最初は無視していたんだけど、本音では誰かと仲良く話したかった。だから、樹と話していたらさ。徐々にアイツと仲良くなってた訳よ。
……アイツには色々助けられた上、一緒に同じ高校に行ってやるよと言われたらさ。こっちがその気になってしまうって」
「遠坂君……」
眞希ちゃんは、女の私でも惚れ惚れするような笑顔で頷いた。
「うん。本当のアイツはひたすら明るくて誰とでも直ぐ仲良くなれるコミュ強で、ウチらを引っ張って行ってくれるし、男女問わず友達だと言ってくれる優しい奴だよ」
そして眞希ちゃんは、不意に空を見上げたまま、たまに出る憂いを帯びた横顔を見せた。
「……男女の別とか関係無く、友達をやって行きたいって思っていた筈なのに……でも高校生になったら……駄目だった……結局はウチもただの女で……もう子供じゃ無かった……」
「え?」
それは如何言う意味?
そう聞こうとした所で学園のチャイムが鳴り、私達の昼休みを終えて1年B組に戻らなければならなかった。
「あ、急いで戻らないとね。ほら、いよりっち、行こっか!」
「う、うん……」
私は少しの不穏な何かの正体を掴めず、眞希ちゃんの手に連れられて教室に戻るのだった。