──
天気は快晴。気温は十月にしては温か。
さてさて、これから始まりますはオープニングセレモニー。
一日だけの開催となるこの
校舎内展示、模擬店それぞれの担当者の挨拶や、統括の周々木先生のお話。
そして最後に──実行委員長。葛城先輩の挨拶があって、お祭りは開始となる。
辺りには既にむんとした熱気が立ち込めていた。
壇上を見上げる生徒達の顔に滲む、期待と高揚感。
随分と涼しい季節になったのに、額に汗をかいている生徒も居る。
かく言う俺も……ドキドキと緊張で、全身が何だか火照っていた。
さあ、如何なるだろうか……。
今日は一体、どう言う一日になるんだろう……。
「まあ、此処まで来れば長々と言う事はねぇよ」
葛城先輩はそう言って、はははっと笑う。
「オレから言いたいのは、怪我しないように気を付けろって事とルールは程良く守れよって事ぐらいだな。あんまり難しい事は言わねぇから、其々良い感じに……ん?程々じゃ駄目?ちゃんと守れ?へーい。じゃあまあ、がっつり守る感じで」
舞台下の周々木先生と、葛城先輩のやりとりに笑いが起きる。
そして──彼は小さく咳払いすると。
俺達に、自信ありげな視線を向け──、
「それ以上に──楽しんでくれ」
はっきりとした声で、そう言った。
「一生に一度しか無い今年の聖嶺祭だ。皆、全力で楽しもう!って事で……」
そう言うと、葛城先輩は会場中を一度ぐるりと見回した。
「行くぞ……皆、準備は良いか?」
周囲の実行委員達が、教師達が、フロアの生徒達が頷く。
それを見届けると、葛城先輩は大きく息を吸い込んで、
「これより──第八十七回聖嶺祭を開催します!」
宣言するように──そう言った。
同時に上がる大きな拍手。背後でブラスバンドの華やかな演奏が始まる。
実行委員達が手を振りながら舞台袖へ掃けて行き、高校初となる今年の聖嶺祭が。
新たな青春の1ページを刻む、一日が始まるのだった。
※ ※ ※
〜遠坂樹side〜
いつもとは違う一日は、やはり高揚感を覚える。
遂に始まった聖嶺祭。廊下を歩いているだけで賑やかだ。
各教室は派手に飾り付けをされ、普段とは全く違う場所のように感じる。
校内では主に各クラスの出し物があり、中庭では各部活が主に飲食系の屋台を展開している。藤澤彰人の和太鼓部や福澤泰晴の所属する軽音部もブースでフランクフルトや焼き蕎麦を売っていた。
そうしていっ君さんは現在、1年C組の執事&メイド喫茶で、男性陣は執事服、女性陣はメイド服を着てお客さんに対応していた。
「いらっしゃいませ〜此方の席に如何ぞ〜」
「わぁ〜兄貴が対応してくれてる!格好良いじゃん!」
「おう!サンキュー!」
早速、お客様として来店したのは従妹の遠峰渚だった。
「へぇ〜この人が渚ちゃんの従兄さんなんだぁ〜」
「意外と格好良い〜!」
「あはは……有難う御座いますお嬢様方」
如何やら渚の通うお嬢様学校のお友達も連れて来たようだ。
俺はクラスを見回す。クラスの喫茶店もてんやわんやだった。既に八割の席は埋まっている。
俺の接客を喜んでくれた遠峰渚とそのお友達さん達を、新しい席に案内して行く。
「じゃあホットケーキ三つ!後クッキーも!」
「うん!有難う◯◯ちゃん」
「えっと〜私は兄貴のスマイル一つで!」
「ハハハッ……」
ちょっと渚さん?
俺の営業スマイルがプロで良かったな。
楽し気に笑い合っている渚達を横目に、入り口を見る。
更に新たな客が入って来る所だった。
俺が対応するより前に、緊張気味だが完璧な営業スマイルをする何故かメイド姿の廣仁が対応する。
「え、えっと…いらっしゃいませお嬢様!お席に御案内させて頂きます!」
「「「か、可愛い〜!!」」」
1年C組の執事&メイド喫茶が人気を博している理由は、先ず間違い無くメイド姿の廣仁が可愛らしく接客しているからだろう。
因みに廣仁の性別は男だが、主にクラスの総意でメイドさん姿になる事が確定したので、廣仁はメイドさんになる事になった訳だ。
他学年の女性のお客様や外部からいらしたお客さん達が一斉に廣仁を狙いに入って下さり、万が一の時は俺とかが出向くが今の所は必要無さそうなので良かった。
「良し、交代の時間まで廣仁のメイド姿に癒されながら頑張るゾ!」
そうして俺は本気の覚醒モードに突入するのだった。
※ ※ ※
〜東雲朔夜side〜
「2年E組、占い屋やってま〜す」
「超〜怖い戦慄お化け屋敷、
私立聖嶺學園の校舎の至る所が、楽しげな喧騒に満ちていた。
普段は無味乾燥な學園の廊下も、今日だけは別。紙テープとか貼り紙とかで華やかにデコレーションされていて、ソースの美味しそうな匂いとかも辺りいっぱいに充満されている。
「へぇ〜色々やっているんだねお兄ちゃん?」
「凄い……これが高校での文化祭なんだ」
「……気に入って貰えると嬉しいな」
俺は高校に来てくれた妹の咲希と、その親友の諷歌ちゃんと共に午前中の聖嶺祭を楽しんで回っていた。
特に楽しかったのは2年B組の脱出ゲームだ。教室内に散りばめられた、難しい謎を解いて行く過程が面白かった。後は3年D組のカジノでブラックジャックやルーレット等も面白かったかな。
……さて、次は何を見て行こうかな。
と、その時だった。
聖嶺祭用に放送部が用意した校内放送。
放送部が常に流している校内向けのラジオ放送では──、
『──それでは、次に先生持ち込みのコーナーです。皆さんご存知、家庭科の前園先生がお送りする、その名も『失恋相談のぞみ』〜!』
『前園のぞみです。宜しくお願いします』
──噴き出した。
中庭の模擬店で買っていたタピオカミルクティーを噴き出した。
何やってるんだよ!?
前園先生、いきなり放送に出て何をやっているんだ!?
て言うか『失恋相談のぞみ』。一体何をやるコーナーなんだ!?
俺のそんな疑問に答えるように、
『このコーナーでは、最近失恋してしまった生徒からの相談に、私、前園のぞみが親身にお答えします。恋は終わり際が肝心です。恋に破れてしまったあなた、そんなあなたからの相談をお待ちしております』
失恋の相談!?文化祭で、そう言う話ってハードル高過ぎるんじゃないんですかね……。
それに、何か妙に手慣れた話し方の前園先生……。
……さては、初めてじゃねぇな!?
絶対前にもやって奴だよな、これ!?
あの人、優しくて真面目そうに見ててこう言う所ぶっ飛んでるんだよなぁ……。
だからまあ、前園先生は生徒達からの人気が高いのだろうが。
「……先生、何をやっているんですかねぇ〜」
「あはは!お兄ちゃんの学校の先生って面白いね!」
「くすっ……お兄さん。噴き出して…笑」
「おい、諷歌ちゃん!笑うな!これは先生の放送で…!」
東雲朔夜は妹と後輩ちゃんに暫く笑われるのだった。
※ ※ ※
〜藤澤彰人side〜
午後になり、1年C組での仕事を終えた俺は午後の人達に後を託し、途中で合流した望月さんと一緒に歩いていた。
「あ、彰人に望月さん」
楽しげな声で賑わう廊下を歩いていると、葉山颯吾と出会った。
腕に「聖嶺祭実行委員」の腕章を付けている。聖嶺祭当日だからこそ、副実行委員長の颯吾は大量の仕事があって、ゆっくり見て居られないって話だったかな。
「おう、颯吾。副実行委員長として仕事してるんだな?」
「そりゃね。あ、そう言えばさっき、面白いものが見れたよ」
「面白いもの?」
俺が気になり、颯吾に聞いてみると笑いながら言い出した。
「三年のメイド喫茶の前を通った時にね。丁度遠坂君が泣きながら転がり出て来たんだ。何かその店で激辛メニューに挑戦したらしくて、『あれは催眠兵器だ〜』って」
「あはっ、そんなに?アイツって辛いの苦手だもんね。本当にお子様って言うか……それでそれで?」
遠坂の話になると望月さんは食い付いた。
「あはは、それで遠坂君ね。苦手な分かってる癖に挑戦するんだから救いようが無いよね。その鼻水まで垂らした顔が本当に酷くて横に居た東雲君が吹き出しちゃってね。面白がってスマホで写真を撮ったんだ。そしたら遠坂君、涙でグジャグジャなのに、ばっちりピースしちゃってさ」
「あははっ!アイツってば、本当の意味で鼻垂れじゃんね笑」
少しの間、颯吾と話していたが、軈て時間が来たって事で別れて俺と望月さんは色々と見て回りながら話していた。
「それでさ。望月さんって──」
「あ、ちょっと待って」
急に話を止め、望月さんが前の方を指差した。
俺も意識を前の方にズラして見てみると……
「ハハハッ!このいっ君さんに怖いものなんか無いゾ」
「と、遠坂君……!頼りにしてるよ……」
「何でお姉ちゃんはこんな奴を頼りにするのか…絶対、怖がるに一票〜」
其処には遠坂樹と天宮さん、更には望月さん曰く天宮妹も居た。
遠坂グループは戦慄お化け屋敷に入って行き、暫くすると天宮さんの悲鳴やら遠坂樹のフリー素材で良く聞いた断末魔が聞こえた。
「あはは……アイツら……」
「勝てるのかな……」
「え?」
俺は望月さんの微かに聞こえた呟きに反応した。
望月さんは遠坂グループが入って行った戦慄お化け屋敷の方向を見ながら、不安そうに言った。
「ウチがいよりっちに勝てるか分からなくなって来たよ……」
「──でも、告白しなければずっと後悔する事になるよ」
「………………………………………」
俺は隣で望月さんの言葉に、そう返してしまった。
本当なら話を聞いてあげた方が良いのだと思うのだけれど、それでも俺は逃げ続けようとする望月さんにそう言うしか無かった。
「……分かってる。だけどウチだって不安になって来るよ。もし成功すれば良いけど、失敗していよりっちに奪われたらって思うと今になっても不安でさ……」
「だけど天宮さんとの仲を切り裂くような事も避けたいと」
「うん……だけど何かを得る為には何かを失うかも知れない事を承知の上で、ウチは樹に告白して来る!」
正直、俺は話し相手に適任か如何かは分からんが、本人がやる気になったのなら、まあ結果オーライかな。
……まあ、俺自身もちゃんと向き合わないと行けないよな。
俺は内心にそう思いながら、望月さんを見守るのだった。
※ ※ ※
〜神楽坂雅紀side〜
俺は遠坂君のバースデーバーベキューで知り合った1年E組の
「「「──おおおおおおおおぉっ!」」」
「「なずな先輩〜!」」
──熱気の渦が巻くそのフロアで、俺達は盛り上がっていた。
現在、ステージの上に立つ先輩は聖嶺學園のアイドルと謳われる朝比奈なずな先輩だ。
煌びやかな照明に照らされ、ステージ上で踊る先輩。
可愛らしい身振りや手振り。
自分がどの角度からどう見えるか、どう動けばどう見えるかを熟知し切った、圧倒的に『kawaii』ダンス。
それがスピーカーから流れ出す、人気のボカロ曲にばっちりとハマっていた。
そして何より──客席だ。
なずな先輩のファンらしい沢山の若者達。
彼等はサイリウムを手にそれを曲に合わせて振り、声援を上げる。
その熱量で体育館内はとんでもない熱気が渦巻き、ビートに合わせて床が振動するのさえ感じられた。
──幻想的。
日常から離れた別世界を思わせる空間が、其処に生まれていた。
呆けたように見守るうちに曲が終わる。
大きな声援と拍手が上がり、なずな先輩がマイク越しに彼等に礼を言う。
「皆、有難うー!声援嬉しいよ!踊ってくれる人も有難う!」
鈴が転がるような可愛らしい声。
客席のボルテージも一気に上がって、若い男女の声援が彼女に向けられた。
「随分暑くなって来たから、体調には気を付けてね!熱中症とか起こさないように!」
気遣いの声に、もう一歓声が上がった。
『有難うー!』『気を付けるね!』なんて台詞も聞かれる。
「それじゃあ次の曲!もっともっと盛り上がって行こうね♪』
──はち切れんばかりの歓声。
──割れそうな程の拍手の音。
そして──、
「じゃあ行くよ!青春讃歌』!!」
なずな先輩の紹介で──次の曲が流れ出す。
青春と女の子の恋を歌った、青さと可愛いを織り交ぜたポップな楽曲。
その響きに合わせて踊り出す先輩と──大きく畝る客席。
その熱量は、さっきを遥かに凌ぐ程で。客席後方に立っている俺達が立っているだけで全身に汗が滲む程で。
「東方プロも良いけど……現実のなずな先輩も最っ高!!」
「それな!!なずな先輩!なずな先輩!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
俺達は朝比奈なずな先輩と言う共通の推しに出会えた事に感謝して歓声を上げ続けるのだった。