青春の楽園   作:鷹と暁

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第8話 後夜祭

 聖嶺祭本番は、一旦十六時で終了となる。

 生徒達はそこで帰っても良いんだが、やっぱり大半はまだまだ帰らない。

 十七時からは、お待ちかねの後夜祭があるからだった。

 

 校舎の外にある一階の屋台はそのまま営業を続けたり、バンドの野外ステージがあったり、最後にはキャンプファイヤーを囲んでのフォークダンスタイムがあったり。

 聖嶺祭の終わりを惜しむ為のイベントだけど、寧ろそっちが本番って向きもあるのだろう。

 

 そして、この時間帯に行われる事はもう一つあった。

 それは──

 

 

 

△ △ △

 

 

 

〜望月眞希side〜

 

 望月眞希は1年B組の教室に、一人で立っていた。

 其処は慣れ親しんだ自分の教室なのに、これからの事を考えると流石に少し落ち着かない。だから座る事も出来ずに立っていた。

 

 さっきまで賑やかだった校舎内は、不気味なくらい静まり返っている。模擬店は外の屋台を除いて、もう全て終了しているからだ。

 

 何気無く窓の外に目を向ける。其処は校舎の中庭で、幾つかの屋台と数人の生徒達の姿が見えた。

 この一年校舎からグラウンドの方は見えないけど、其方では5時過ぎからバンドのステージが始まる頃だ。

 その最後のステージだけは、絶対に見に行かなければならない。

 望月眞希にとって二人の親友が、其処に立つ予定になっているからだ。

 

 そして間も無く、少しの時間を貰ってその片方がやって来る。

 

 ───遠坂樹。

 

 望月眞希の人生に於いて、最も気が合った異性の友達。

 いけないと思いつつも、それ以上の感情を抱いてしまった唯一の男の子。

 

 眞希は先程、彼のスマホにメッセージを送っていた。

 『1年B組で待ってる』と一言だけ。

 返信は直ぐにあった。『おう、直ぐに行くわ』と軽い調子の文面で。

 

 十月の日の入りは早く、空の上の方は淡い藍色で、下の方は輝く茜色。

 夜と夕方の狭間の時。空に魔法が掛かると言う、一日で最も美しい時間帯。

 そのタイミングで呼び出されたのに、遠坂樹は恐らく何も気付かない。そう言う普段は鈍感で、変な所で鋭い所が彼らしいと思って、眞希は思わず笑みが溢れてしまう。

 

 だけど最も笑ってしまうのは、自分自身に対してだった。

 基本、男子と肩を並べて来た眞希は、女子達が夢見る恋の伝説なんて一笑に付して来た筈なのに。

 正に今、自分がそれに縋ろうとしている事が、本当に滑稽だった。

 

 ───軈て教室の扉が開かれる。

 

 遠坂樹が普段と何も変わらない笑顔を見せながら、やって来る。

 

 「よぉ?急に呼び出して何か用事か?」

 「うん。急に呼び出してごめんね?」

 「別に少しぐらいなら大丈夫だゾ⭐︎」

 

 実際はとても緊張しているのに、眞希はごく自然に微笑みかける事が出来た。

 いつの頃からか、自分の表情を操る事はそう難しく無くなっていた。

 ……感情だけは如何にもならないけど。

 

 「ウチがあんたを呼び出した理由なんだけどさ」

 「おう」

 「ウチ、樹の事が大好きなの」

 「ああ。俺も眞希や皆の事は大好きだゾ?」

 

 ──ぷっ。

 その余りにも純真無垢な言葉に、眞希はつい吹き出してしまう。

 頼れる時は頼れるのに、恋になると鈍感なのか変に感が鋭くなるか分からないけど、こう言った所も好きな要因になったんだよね。

 

 「や、そう言う訳じゃ無くてさ?樹の事は『異性』として、好きなのっ!!」

 

 別に練習した訳でも無いのに、一切言い淀む事無く伝え切る。

 日本のラブロマンス映画ならもう少し溜めがある場面なのだが、眞希にとって其れは飽くまで演出に過ぎない。そして監督は、この場面での演出は不要だと判断した。

 

 「………………え?」

 

 余計な演出を入れなかったからこそ、遠坂樹はストレートに驚く。目を丸くする。

 この反応は予想通り。後は笑顔を崩さずに、畳み掛けるだけ。

 

 「ウチは樹が好き。子供みたいに純粋な人で、友達を一番に考えられる優しい人だから。ウチを女としてでは無くて、本当にただの親友として扱ってくれた人だから。そんな樹だからこそ、ウチは好きになったんだよ」

 「いや……その……え?それ……マジで、言ってる?」

 「や、当たり前でしょ。こんなのドッキリで言う奴の気が知れるし」

 

 眞希は真っ直ぐに遠坂樹の目を見る。真剣な目つきに遠坂樹は目を逸らしそうになるが、眞希は遠坂樹の顔を両手で正面に正した。

 

 「樹!ウチの目が見れない?」

 「い、いや……眞希が……俺の事が好きって……ええ?いや、ちょっと待って」

 

 勿論、眞希は待たない。先に言いたい事を全部伝える。

 

 「待たない。ウチはもう今の関係じゃ嫌なの!樹と一緒にずっと居たいし、もう誰とも離れ離れになんかなりたくないの!このまま高校を卒業して樹とずっと一緒に居られる保証なんか何も無い。

 いつか樹にいよりっちや別の女があんたの隣に居るかも知れないと思うと怖いの。まるで中学時代の時と同じように……」

 「あ………」

 

 そこで遠坂樹は中学時代の事を思い出したのだろう。

 嘗て一緒に居られると思った相手に別の好きな人が出来た上、勝手に裏切られ、孤独を強いられた過去を。

 

 「け、けど……今の俺達には天宮さんや彰人、他にも廣仁達が居るじゃないか!如何して恋人なんかに拘る必要があるんだよ!?

 お、俺は嫌だ……誰かを本当の意味で好きになりたく無いよ…」

 「逃げるな!樹!ウチだって怖いよ!だけどいつまで経っても『過去』に囚われて逃げ続けたくは無い!なら一緒に進もう?」

  

 眞希は『過去』に怯える遠坂樹の手を握り、目を見つめる。

 一方の遠坂樹は目を合わせようとしない。

 

 「け、けど……俺達が付き合えたとして、他の皆は如何なる?今まで通りの関係では居られないんだぞ!お、俺は皆とも居たいよ」

 「勿論、もしウチと樹が恋人になったら、今まで通りの皆との関係じゃ居られないかも知れない。皆との間にも微妙に距離が出来ると思う。だけどちょっとの変化でウチらの知る皆って直ぐ離れて行く人達だっけ?」

 「そ、それは違う……」

 「でしょ?」

 

 眞希は我ながら卑怯だと思った。

 家族と言う過去を捨て、新しい女との未来へひたすら進もうとする『父親』と言う大人を見て、誰も見ない所で過去に固執する『母親』と言う大人を見て、【大人】を嫌悪していたのに、やっている事は狡賢い大人と同じ権謀術策。

 卑怯で、姑息で、厭らしい。

 だけどこの恋を成就させる為なら、どんな汚い手段だって使う覚悟が眞希にはあった。

 隙があったら、幾らでも付け込むつもりでいた。

 

 「……皆と居たい。だけど『過去』がそれ以上に……」

 「大丈夫。皆は離れないし、何よりウチが一緒に居るからね?」

 

 そうして、現実と理想を織り交ぜる。

 夢だけ見せるより、その方が人の心は揺らぎ易い。

 

 改めて自分は、映画や漫画のような正統派ヒロインにはなれないな、と思った。今言った事は本心だけど、そこには『友達の皆』と『恋人としての眞希と樹』と言う明確な打算も含まれていた。

 しかし恋と言うものは、そもそも打算が無いと始まらないのではないだろうか。

 仲良くなる為に近付く。相手の趣味に合わせて話す。好まれそうな場所を探ってデートに誘う。振られないように配慮して告白する。全て打算だ。

 恋はいつだって汚い。決して綺麗なものでは無い。逆に言えば、汚い手段を使ってでも手に入れたくなるものが本物の恋なんだと、眞希は考える。

 

 「…………分かってる」

 

 そこで、遠坂樹は初めて眞希の顔を見た。

 

 「……正直、眞希の気持ちは凄く嬉しい。だけど今の俺には誰かを幸せにする資格が無いと思っているんだ」

 「そんなの……」

 「ああ、分かってる。本当はそんな事は無いって。だけど俺自身が納得出来ねぇんだ。悪りぃけど──」

 「──ウチはね、今直ぐ答えが欲しいなんて言わないよ?」

 

 至極純粋な気持ちで、眞希は告げる。

 

 「駄目なら駄目でも、ウチは今と変わらない友達のままで居られるから。ううん、寧ろその時は、こっちからお願いする。どうかずっと友達で居させて下さい。だから樹、一緒に『過去』を乗り越えられるように探しつつ、いずれウチの告白の答えをくれませんか」

 

 真正面から遠坂樹の瞳を覗き込んで、全てを伝えた。

 

 「………………………分かった。それと済まない。今の俺だと誰かを幸せには出来ない。だから一緒に『友達』として……今は一緒に居てくれませんか?いつか……告白の返事は絶対にしますから」

 「うん……約束だからね?」

 「……男に二言はねぇ。約束だ」

 

 こうして、望月眞希の一世一代を賭けた告白は保留と言う形でお預けを食らったが、それでも確かに本人に届いたし、今はこれで良いと一応の納得はした。

 

 「……悪りぃ。そろそろ行かないと不味い」

 「あ、そろそろ行かないと不味いよね。ごめん。行って良いよ」

 「……ああ、行って来ます」

 

 そう言って遠坂樹は1年B組を後にするのだった。

 その後ろ姿を見て眞希は自分自身に対して溜め息を吐いた。 

 

 いつから自分は、こんなにも狡猾な『大人の女』になってしまったのだろう。

 異世界からやって来た少年とのロマンスに憧れていた時代だって、きっとあった筈なのに……。

 

 眞希はこれまで、恋愛なんて一度もした事が無い。

 昔から女子の輪に馴染めなかった眞希にとって、仲の良い友達は幼馴染の男子だけだった。

 そんな男子とはずっと友達のままで居たかったし、裏切られた時には悲しかったし、何より他の男子が嘘告白して来た時には本気で吐き気がした。女である我が身を呪って、枕を濡らした事もある。如何して自分は男に生まれて来なかったのだと。

 だから恋なんて一生無縁で良い筈だった。性別なんて無い方が良いとすら思っていた。

 

 しかし神様は時折、本人が望む道とは全く別の才能を与える。

 一度も恋愛をした事が無い筈なのに、決して恋愛音痴では無く。寧ろ言葉巧みに男を誘引するそれは、もはや天賦の才としか言いようが無い。

 

 望んだ恋を掴み取る天才──。

 自覚も無しに、眞希はその才能を確かに持っていた。

 男女の垣根を超えた友情を誰より信じて、誰よりも欲していた筈なのに。

 友達関係の障壁となる「性別」を嫌悪していた眞希にとって、それは本当に皮肉な事だった。

 望月眞希は生まれながらにして恋愛強者で、最初から誰よりも『女』だった。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

〜天宮いよりside〜

 

 ──それから時は少し進む。

 現在、私達はグラウンドに組まれた野外ステージ脇の出演者テントで、みんな本番前の静かな時を過ごしていた。

 

 「……緊張しているか?天宮さん」

 「う、うん……けど割と落ち着いていると言うか」

 

 気を遣ってくれる東雲君に、きっちり微笑みかける。

 実際、私は自分でも驚く程に落ち着いていた。出演者テントに入る前に見た客席には、本当に沢山の生徒達が集まっていたけど、それでも一切動じなかった。

 路上ライブでの経験と、皆に私達の音楽を聴いて貰えると言う嬉しさの方が勝っていたから。

 

 「大丈夫だ。今日まで練習して来たし、路上ライブだってした。今までの成果を観客に見せ付けてやろうぜ!」

 「う、うん…!有難う遠坂君!」

 「それじゃあそろそろ始まるな。俺達は最初だし、やりますか」

 

 福澤泰晴君の言う通り、そろそろ後夜祭のライブが始まる頃だ。

 因みに後夜祭のステージに出演する学生バンドは、私達を含めて全部で10組。

 その10組のバンドで、十七時から十八時四十分までのタイムテーブルが組まれている。

 私達は一応福澤君の所属する軽音部&私達を含めた有志バンドでオープニングアクトをする事になっている。

 

 「それじゃあ成功を祈って、行きますかー!」

 「「「おう/うん!」」」

 

 私はマイクを持ち、遠坂君と福澤君はそれぞれベースとギターを持ち、東雲君は自前ドラムスティックを持って、四人で出演者テントを出る。

 

 ステージに上がった私達は、客席からの歓声を浴びながらチューニング等を始める。

 グラウンドに組まれた特設ステージから見下ろす客席は、本当に沢山の生徒達で溢れ返ていて、流石に知り合いを見つける事はそう簡単な事では無かったけど……、

 

 私はマイクの確認を、遠坂君はベースの弦を触りながら、すー、はー、と深呼吸をしていた。

 福澤君はギターのチューニングをし、東雲君はドラムセットの位置関係を何度も調整している。

 

 そうして諸々の準備が完了し、私はふと開けた空を見た。

 淡い藍色と明るい茜色のグラデーションが美しい空だった。

 

 軈て、私は他の三人の目を合わせ、頷き合う。

 

 ───さあ、此処から私達の青春(音楽)を奏でよう!

 

 そうして東雲君のドラムから始まり、ギターとベースが入り、軈て私は歌声をステージから観客全体に響かせるように歌い続けるのだった。

 

 

 

△ △ △

 

 

 

 ライブは大盛況のうちに終わった。

 万雷のような拍手と歓声が上がる観衆、中にはふざけてアンコールを送る人まで居る。其れらを四人の先頭で受けながら、私は不思議な感覚に囚われていた。

 今までの人生で、これ程誰かに笑顔を向けられた事があっただろうか。

 これ程までに多くの人達に求められた事があっただろうか。

 

 (嗚呼、これが──)

 

 これが本当の「報われた」って奴だろうか。

 ずっと誰にも褒められる事の無い努力を続けて来た。自分だけが自分の努力を認めていればそれで良いって思っていた。だけど……

 

 ──勇気を持って踏み出せば……私を認めてくれる人達がこんなにいっぱい居たんだ……

 

 不意に渡しはまた胸の奥から熱いものが込み上げて来るのを感じた。それを堪えるようにぐっと目元に力を入れ、私達は深々と頭を下げる。

 

 そうして、ますます拍手が大きくなる中、私達は目を合わせ、ステージを後にした。

 

 「う、おぉぉぉ!めっちゃ良かったゾ!!」

 

 舞台袖に降りた途端、遠坂君がもう耐えられないと言わんばかりに身体を震わせ、会心の笑みを浮かべる。それに今ばかりは他のメンバー達も少しテンション高めに頷いた。

 

 「うん、うん……本当に、すっごく良かった!お世辞じゃ無く、今までで一番最高の演奏が出来たよ!」

 「……ああ、本当にそうだな」

 「あれ?朔夜はちょっと泣きそう?」

 「……ああ、皆と最高の思い出が出来て本当に良かったと思っているんだ」

 

 東雲君は少し泣きそうにしていた。

 うん…分かるよその気持ち…今だけは一緒に嬉し泣きがしたいと思ったもん。

 

 「……俺達、最高の演奏をしたんだ。なあ、遠坂。他の皆も此処まで一緒にして来てくれて本当に有難う!今日は最高の気分だ!」

 

 福澤君がそう満面の笑みを浮かべてそう言った。

 

 「ああ、俺もお前と一緒にやれて良かったと思ってる!あー!本当に今日と言う日が終わって欲しく無いな」

 「……俺も楽しかった。有難うな」

 「うん!私からも言わせて。本当にこんな私をメンバーに入れてくれて有難う遠坂君♪大好きだよ!」

 

 そう言って私は遠坂君に抱き着いた。

 遠坂君は突然の事に驚き、他の皆は驚きつつも何処かニヤついていた。

 

 「あ、天宮しゃん!?」

 「えへへ〜♪遠坂君大好きだよ!」

 「!?!?!?!?!?!?!?」

 

 えへへ〜本当に大好きだよ遠坂君!貴方のお陰で今の私が居るんだ。

 本当に貴方が私を認めてくれたから私は勇気を持って今日のライブを成功させる事が出来たんだ。

 ……だから今だけはこうさせて欲しい。

 如何しても貴方にだけはこの想いだけは伝えたかった。

 

 「あ、天宮さん……お、俺……実は──」

 「今直ぐ答えが欲しい訳じゃないから暫く考えてくれないかな?その上で遠坂君の答えを聞かせて下さい」

 「…………あ、分かった」

 

 今すぐ急かして聴いても良くないし、何より本人の意思もちゃんと聞きたかった。

 そう思って私は一旦、保留にする事を選択した。

 

 ────けど、もし叶うのなら……貴方と付き合いたいです。

 

 私は内心でそう思うのだった。

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