ブルアカにドMを生やしただけ 作:ナギサ様の臀部
ベアトリーチェは倒されました。身柄は正実に引き渡され、そのうち適切に裁かれることでしょう。エデン条約もこれなら無事に締結されるでしょうし、ナギサ様もようやく枕を高くして眠れますね。
しかし、物語はそれでは終わりません。
荒らしに荒らしたアリウス自治区も、つい先日ミカ様の起こしてしまった騒動の分も含めた負傷者の扱いも、先生は見逃しましたが私は見逃さなかったスクワッドも、どうしたものかとナギサ様の頭を悩ませる結果になってしまいました。
えっ、あっ、つまり、それって、騒動を未然に防いだつもりでいた私のせいで、ナギサ様がかえって苦労なさっているということで、あっ、あっ、あっ、もう一回カッター刺しますか? 刺しますね!
「ムイちゃん何してるの!?」
「ミカ、そのままムイを離さないでくれ。私はナギサを落ち着けさせよう……」
「嫌、嘘です、違う、私は、大義を、友情を、ムイさんを、あぁ──」
「ナ、ナギサ様!? いかがなさいましたか!? 一体誰が!!」
「ムイちゃんだよ!」
アリウスを制圧した三日後、しばらく激しい運動は控えるように言われましたがようやく病院から出られた私は、真っ先にティーパーティーに呼び出されました。
辞表と転校届を用意した私は、何を告げられても受け入れる覚悟でここに来て……こんな形になっていました。
ミカ様に宥められ、私たちは今度こそきちんと話せるまでに落ち着きました。
ちなみにミカ様は聴聞会がまだで、今日は特例的に外出を許可されたという形になります。おそらく、ティーパーティーに戻れることは……いえ、私の方でどうこうできる問題ではありませんからね。やめておきましょう。
「ん゛んっ……さて、再びこうして会えたことを、心から喜ばしく思います、ムイさん」
「はい……最後に一目見ることができて、幸せでした」
「ムイ、君がこれから何をしようとしているかは、ルイから既に聞いている」
「ティーパーティーをやめてトリニティからもいなくなるって……普通に機密情報とか握ってるんだから、無理だよ?」
えっ。……あっ、それもそうですよね! 言われてみればその通りでした!
すっかりどこかに消えるつもりで来た私でしたが、そんなことはできそうにありませんでした。に、荷造りまでしちゃいました……。
私が呆然としていると、ナギサ様が話し始めました。
「ムイさん。私は貴女に何も知らせず、補習授業部の試験監督という役割を押し付けました。そのうえで貴女に黙ってCHAIRSを動かし、試験の妨害までしました。言い訳はしません。全て私の犯した罪です」
「っ……」
「許しは請いません。ただ、これからもムイさんにはティーパーティーでいて欲しいんです。サンクトゥス分派に移っても、空席のパテル分派のリーダーになっていただいても構いません」
「ナギサ様、私は……!」
「今更虫のいい話であることは重々承知です! ムイさんが望むなら、同じようにカッターを突き刺しましょう。ムイさんが望むなら、フィリウス分派のリーダーの座を貴女のものにしましょう。ムイさんが望むなら──」
私が入る隙を見せずに、目も合わせずにナギサ様は話し続けました。
「ナギサ様!」
なので、話を途中で遮るなんて失礼ですが、それ以上は言わせませんでした。。たとえナギサ様にも、ナギサ様を否定させません。
「私の夢はナギサ様の椅子になることです! それは今も昔もほんの少しも変わりはしません! ナギサ様のそばにいられるのなら、それが私の幸せなんです!」
「……!」
「でも、分からないんです……私にそんな権利があるのか……そんな資格があるのか……」
あの時の私は必要なことだと判断して行動しましたが、結果としてナギサ様を傷つけてしまったのは事実。
その後もアリウスに攻め入り、後処理を誰がするのかも考えずにCHAIRSまで動員して暴れ……結局自分のためだけに行動し続けていました。
自分がどうしたいのかと聞かれれば、まだここにいたいと答えます。
ですが、その権利があるのかどうか、私には──ナギサ様に抱きしめられた!?!?
「あれこれと言葉を交わす必要は、無かったということですね」
「……ミ゜ッ」
「ムイさん、これからもずっと、ずっと……こんな私のそばにいてくれますか?」
ささやきごえはやめてください、のうみそがとけます。とけました。
暖かく、柔らかく、そして──ナギサ様は震えていました。私のせいで。
「ナ、ナギサ様が望む限り、いつまでだってお供いたします……!」
そっと抱き返すと、さらに強く抱き返されてしまいます。
あっ、ダメです。今泣いたらナギサ様のお召し物が……でも耐えろという方が無理ですよこんなの!! 幸せが決壊します!!!
「あっ、ナギサ様! お召し物が! お召し物が汚れてしまいますからっ!」
「いいんです。今は、我慢なんてなさらないでください」
ナギサ様っ……ナギサ様ぁぁあああ……!!
「私たち、必要だった? というかナギちゃん顔ヤバいじゃんね……」
「二人きりで会うのは無理だと言って聞かなくてね」
「……まあ、皆の顔が見れたから、これはこれでいっか」
「えーっと……それで、どうして連れてきちゃったの……?」
「まだきちんとお話できていないと伺いまして。私ならいざということがあっても大丈夫だろうとのことで、特別に許可をもらえました!」
正式にティーパーティーの行政官として復帰した私は、早速職権を濫用しました。
ミカ様の独房にサオリさんを連れてきたのです。もちろん許可は取りましたよ? ちょっと強引でしたが……。
看守の人にも無理を言って一度退出してもらいました。二人のことはもう心配ないんですけどねー……まあ、事情を知らない方からすれば危険人物扱いも頷けますが。
「錠前サオリ……」
「……聖園ミカ、私はお前の憎悪を否定しない。お前の願いを踏みにじり、こんな結末をもたらしたのは全て私だ……」
「……私はもう、どうもしないよ。貴女を恨んでもない」
あまりこういった話を真横で聞くものではないと理解はしていますが、看守の方がいない以上私が見守るしかなく、少し気まずいですね。
「ムイちゃん見たらさ、何ていうか、ちっちゃく見えたんだ。この子も憎悪の中で生きてる。それなのに、こんなに真っ直ぐに生きてる。それに引き換え私は……」
「土江ムイとは、ここまで来る道中に私もいくらか話をした。眩しい奴だ……だが私も、おかげで何かやりたいことを見つけてみようと思えた」
しかしなぜか突然私の話になり、二人の視線がこちらに向きます。あっ、えっと……こういう時はナギサ様のような微笑みが一番のはず!
「……私は疫病神なんだ。スクワッドの皆も、アズサも、お前だってそうだ。ただ大人に従うだけだった私が、皆不幸にしてきた。アズサは……私から離れて、トリニティにいたから、幸せになれたんだ」
「……セイアちゃんもナギちゃんも、私が何も考えなかったせいで、私がベアトリーチェに利用されちゃったせいで、散々迷惑をかけちゃった。魔女だって言われても否定できない。やっぱり私たちは同じだよ、サオリ」
セイア様が生きていると知る前のミカ様だったら、アズサさんと戦い、先生と話す前のサオリさんだったら、もしかしたら破茶滅茶に険悪になっていたかもしれません。
ですが二人は一度考える時間を経て、苦笑いで話せるようになっていました。
「……でも、もう少し自分の感情を整理する時間は必要かもね」
「そうだな。……また会えた時は、ちゃんと笑って話せるようになりたいな」
「……お話は十分ですか? 伝え忘れたことなどがあれば、私ならメッセンジャーになれますが、どうしてもしばらくかかってしまいますよ」
「私からは何も。こうして話せてスッキリしたかな」
「私からも特には……ああ、いや、これとは関係ないが、スクワッドの皆がどうしているかは聞けないか?」
とはいえまだ完全に割り切れてもいないようで、お話はここまでのようでした。
最後のサオリさんの要望ですが、私が聞いてきてサオリさんに伝えるというのは、手続きに時間がかかりますし私自身多忙ですし、代理を頼める人も心当たりがありませんからね……。
「そうですね……皆さん元気ですが面会は難しいですし、文通も他の方曰く暗号を仕込まれたらというのがあるそうです。とすれば……」
私はふと、形式上は匿名で、通信は記録できて、常にやり取りを監視できる人が複数人いる、そんな連絡手段があることを思い出しました。
今のアリウス生の今後を考えると、これは割といいアイデアなのでは……? 早速戻ったらナギサ様に相談ですね!
ミカ様とサオリさんの面会はそのような形でひとまず幕を下ろしました。……またお会いしましょう、ミカ様。
その日、私はゲヘナの生徒会である万魔殿を訪れていました。
トリニティ生……特にティーパーティーみたいな権力者層はゲヘナ嫌いの傾向が高いですからね。私くらいしかいなかったのでしょう。
しかし用件が用件なので、せめて他に誰かをつけた方が良かったかもですね。ティーパーティーにはいませんが、CHAIRSの誰かでも。
「偶然なんですよ? 決して探していたわけではありませんし、こんなことは想定してもいませんでした」
「……」
「ですがアリウス自治区の整理をしていたら、偶然万魔殿との関わりを示す資料が出てきまして……」
その用件というのは、今言った通りです。
ゲヘナで条約を推し進めているのは、あくまで風紀委員長のヒナさんですからね。
万魔殿の長である羽沼マコトさんが考えていることが彼女と一致しているとは限りませんから、このくらいはあり得る範囲でしょう。
「エデン条約がありますからね、何事もなかったということにした方がこちらとしては都合がいいわけです。ナギサ様からもそう言われて来ています」
私の任務はこれを内密に処理すること。表沙汰になればどうなるかなんて、想像に難くありませんからね。
「それはそれ、これはこれですが」
「……キキキ、脅すつもりか?」
「まさか。それこそトリニティとゲヘナの間の関係が悪化して、条約どころではなくなってしまうじゃないですか」
見つけた資料のコピーを机に叩きつけ、私はいかにも怒っていますという雰囲気をアピールします。
あくまでナギサ様の望みを伝えた上で、私の怒りという形で。
「ですがもしかしたら、何かあるかもしれませんね。うちの工作員は優秀ですから、ゲヘナに忍び込んで誰かを攫うくらい……」
「……」
「そんな目をされたって、先に企んだのはそっちだと答えてやることしかできませんよ。羽沼マコトさん」
丹花イブキちゃんのことは把握しています。もちろんそんなことをするつもりはありませんし、四席にそんなことができるかも分かりませんが……脅しておくに越したことはありません。
「平和的にいきましょう? 何事もなければそれに越したことはありません。そちらが何もしなければ何もしません。それだけです。……くれぐれも、今後の行動には注意してくださいね」
言いたいことは言えたので、私はさっさと万魔殿を後にしました。
この後は風紀委員会の方にも向かって、その後は……できれば給食部にも行ってみたいですね。数千人の食事をたった二人で捌いていると聞きましたから。すごく気になります。
「……イロハぁ! 虎丸を出せ!! 奴を吹き飛ばすんだ!!」
「はぁ、無理ですよ。あの人の話、聞いたことがないわけじゃないでしょう? たかが戦車じゃ話になりませんって。それに、イブキを危険に晒すつもりですか?」
「ぐぬぬぬぬ……!」
さらに別の日は、アリウス自治区まで足を運びました。
全員捕まえてトリニティに……というのは現実的ではありませんからね。ひとまず出入口を一つ以外全て塞いで、この中で歪んだ価値観などを少しずつ直していけたらということで、生活してもらっています。
必要な建物や設備は片っ端から導入したので、私たち基準で不便のあまりない生活ができる水準になっているはずです。
ベアトリーチェの拠点などはきちんと残されていた物資などを漁った後に、負の遺産の処分ということで皆さんを集めて目の前で爆破解体しました。
で、今日はトリニティについて知ってもらおうということで、多少攻撃された程度ではへこたれない私と、補佐として次席が来ています。
「こらこら、いきなり銃なんか撃っちゃダメですよ」
「う、うるさい! 誰がトリニティの言うことなんて聞くか!」
「あ、さては貴女、前も撃ってきた方ですね? 顔覚えてるんですから。そんな人には……あんまりおいしくない飴を食べさせちゃいます!」
「むぐっ……うげぇっ! なんだこの味!?」
「魔女のスープ味だそうです」
「どんな飴だよ!? ぐわぁ、謎の臭いがきつい! 全ての味覚が同時に刺激される!!」
まだまだヤンチャな方もいますが、専門家や先生の協力で少しずつ一般的な教養を身につけてきているはずです。
オイタが過ぎると今のようにおしおきもありますが、それも今くらいのものです。
……というか今までのベアトリーチェの折檻がやりすぎなのであって、普通はこのくらいなんですよ。最近はそう気づき始めた方も増えていますが……まあ、多少時間がかかっても成し遂げて見せますよ! ナギサ様から頼まれたことですから!
「はい! 皆さん揃いましたね! では今日はナギサ様の素晴らしさについて六時間みっちり話させてもらいます!」
「主席、プログラムにないことを教えようとするのはやめてください」
「しかし虚しさを忘れさせるには、虚しくないことを教えなきゃダメですよ? ここは一度ナギサ様で頭をいっぱいにしてですね……」
「そのために書籍やゲームなどの娯楽を導入しているのでしょう……勝手なことをして、またナギサ様に怒られても知りませんよ」
「えー、でも……」
「でもじゃないんですってば! このやりとり何回目ですか!? 最近じゃアリウスを私兵にして何か企んでるなんて根も葉もない噂のまで立ってますし! 大体主席はいつも──」
「最近、本当に虚しいことが何なのか分かるようになってきた気がする」
「ああ。少なくとも毎回設けられるこの時間はただ虚しいだけだ」
「そ、それでも耳を傾けない理由には……」
「「ならねーよ」」
「でもこれのおかげで、生きてることは虚しくないって思えるんだから不思議だよな……」
さてさて、あっという間にあれから数ヶ月が経ちまして、条約は無事に締結されました。
思えば色んなことがあったものです。
最初はただ、ナギサ様の椅子になりたいだけでした。それが気づけばティーパーティーの行政官になり、特殊部隊のリーダーになり、補習授業部の騒ぎがあり、アリウス自治区に攻め入り……。
しかし、これで私の人生が終わるわけではありません。
明日も仕事がありますし、明後日も仕事がありますし、明々後日も明々々後日も仕事です。
そういえば夏休みが終わってしまいましたね。進路はどうしましょうか……ナギサ様の後ろを追うべきか、それとも別の道を探ってみるべきか……先生にでも聞いてみましょうか。先生は先生ですし。
ナギサ様の隣でのお仕事は、ほんの少しも苦痛ではありません。
ですが物足りないものがあるとすれば……まだナギサ様に物理的に椅子にしてもらったことがないことくらいでしょうか。
当然、ナギサ様がそんなことをする方ではないことは理解しています。むしろナギサ様でそんなことを考えてしまう私の脳みそが汚れているというかおかしいというか。
とはいえこのフラストレーションがいつまでも続いては、いつか変な形で爆発してしまいかねませんね……。
特に最近は、行政官に割り振られた執務室よりもナギサ様の側で仕事をする機会が前によりも増えているような気がしますからね。どうにかしなければ。
「ムイさん、どこかに脚立はありませんでしたか?」
「あ、はい。ここに」
おっと、今はナギサ様と昔の資料を取りに来ていたんでした。
あれ、でもこの脚立、随分と古──
「きゃあっ!?」
「ナ、ナギサ様!?」
ナギサ様が乗った途端に壊れて崩れる脚立。
脚立がガタついていることに気づかず、支えることもしていなかった私は、咄嗟のことに床に倒れ込むナギサ様の下敷きになる形で衝撃を和らげるしかありませんでした。
あっ、夢が叶った。
「っ……あっ、ム、ムイさん! ムイさん大丈夫ですか!? ムイさん? ……ムイさん?」
「こ、呼吸が、無い……!?」