ブルアカにドMを生やしただけ   作:ナギサ様の臀部

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エリ・エリ・レマ・サバクタニ

 エデン条約を調印して、トリニティとゲヘナの長い敵対の歴史は、とりあえず落ち着きを見せたように思われました。しかし、万魔殿のマコトさんは適当に脅せば何とかなるのでいいのですが、問題なのは先生です。

 

 条約の締結でトリニティとゲヘナの間の緩衝材というか、潤滑油というか、そんな役割を果たしていたのが、シャーレの先生でした。

 

 そのシャーレの先生が、謎の爆破事故によって意識不明の重体となってしまいました。

 

 シャーレが機能を停止してすぐに、キヴォトスには歪みが現れ始めました。というよりこれは、連邦生徒会長がいなくなった時のような、無秩序さが戻りつつあったと言うべきでしょうか。

 

 それはトリニティもゲヘナも同じこと。先生が毎日生徒からの依頼で各地を回り、様々な問題を解決していたことには、大きな意味があったのだと今更になって気付かされました。

 

 ETOも風紀委員会も正義実現委員会も、当然CHAIRSも、暴動が大きくならないうちに鎮圧しようと努めていました。

 

 しかし無駄なのです。全ては虚しいだけ。ばにたすばにたす……なんてね! 暗いことばかり考えていれば言動も暗くなってしまうものですよ! ほらほら! ルイも、ナギサ様も、ミカ様も、セイア様も笑って! 笑うんですよ! ほら!!

 

「……また、笑ってくださいよ、ナギサ様」

 

 特別な任務だと聞いて、アリウス自治区へ向かったのが三日前のことでした。自治区に着いた途端にカタコンベが爆破されて、私はどこに繋がっているかも分からない他の出口からトリニティに帰らざるを得ませんでした。

 

 しかしそれを邪魔したのが、アリウスの皆さんです。理由を聞いても、誰も答えてくれません。スクワッドだけいませんし、これはおかしいと全員を捩じ伏せて自治区全体を走り回って調べましたが、めぼしいものは見つかりません。

 

 端末に呼びかけてみても、誰からのレスもありません。CHAIRSは何をしているのかと思ったその時偶然目にしたのは、町の電気屋さんにギリギリ生き残っていたテレビでした。

 

『ご覧ください! 現在トリニティでは謎の勢力によるクーデターが勃発し、校舎が半壊してしまっています! えっ、謎の勢力がこっち来て──』

 

 一瞬だけでしたが、私の視力は確かにCHAIRSと書かれた防弾チョッキを着た人が暴れているのを捉えていました。敵の狙いは私をここに留めることだった。そう気づいてトリニティに戻る頃には、全てが終わった後でした。

 

 歴史を感じさせる美しい街並みは瓦礫の山に、毎日勉学に励んだ学び舎は廃墟に、ナギサ様とお茶会をしたあのテラスのある建物も、最早跡形もありませんでした。

 

 それでもCHAIRSなら、皆さんならきっとナギサ様を守ってくれる。私はそう信じながらも──変わり果てた街の中にナギサ様の姿を探していました。

 

『……なぎささま?』

 

 見つかったのは、ナギサ様がいつも使っている椅子の僅かな欠片だけでした。普段、どんな時も私か他の行政官の方が運んでいる、ナギサ様愛用の、椅子。その、欠片。

 

 近くを掘り起こして探せば、見慣れたテーブルや調度品がいくつも見つかります。しかし、ナギサ様は見つかりません。もしかしたら、上手く逃げられたのかも──なんて甘い考えは、その後に見つかったものにすぐに覆されました。

 

 ルイがいました。

 

 寝ていました。

 

 声をかけても起きません。

 

 ゆすっても起きません。

 

 叩いても起きません。

 

 起きるまで待ってみました。

 

 朝が来て、夜になって、また朝が来て、夜になりました。

 

 いつまで待っても起きません。

 

 ……もう二度と、起きることはないのでしょう。

 

 

 

 

 ナギサ様の遺書も見つけました。クーデターは、ナギサ様自身が起こしたことだったようです。セイア様の予知で滅びが避けられないことを知って、CHAIRSを総動員し、本当にトリニティが「終わって」しまう前に、終わらせる。そういう計画だったとのことです。

 

 ナギサ様、ナギサ様、なぜ私をお見捨てになったのですか?

 

 それから私は、各地を転々としました。ゲヘナから不良を一掃したこともありました。ミレニアムの廃墟でオートマタを狩ることもありました。色んな学園で色んなものを見て、経験して──それを知らせる相手がもういないことを思い出すだけでした。

 

 痛いのも苦しいのも、私としてはどんと来いとしか言えないものです。いかなる苦痛も私には快楽にすぎません。ですが、ナギサ様がいなくなってから、なんにも気持ちよくありません。

 

 心にぽっかりと穴が空いてしまったのでしょう。もう戻ることはありません。

 

 ……ナギサ様、ナギサ様、なぜ私をお見捨てになったのですか?

 

「苦しむために、生まれてきたんだ」

「──そうでもないと思いますよ?」

 

 もうどうでもよくなって、アビドスの砂漠を放浪していると、同じように全てに絶望してそうな人がいました。偶然持ち合わせていた、七席の遺した救急箱で手当てをしますが、おそらくこの人はもう助かりません。

 

 私もそう長くはないでしょう。飲まず食わずでかれこれ……何日でしたっけ? まあ、それは何でもいいことですね。

 

 しかし苦しむために生まれてきたという言葉には、私は同意しかねます。それは私だけのことです。他の誰にも当てはまるものではありません。当てはまってはいけません。そんなことは許しません。

 

 最後に人のぬくもりを感じられて安心できたのか……えっと、これ生徒手帳ですかね? 勝手に見ちゃいますよー……砂狼シロコさんでしたか。シロコさんは深い眠りにつきそうになっていました。

 

 ええ、過去形です。なっていた、だけです。

 

 本能が危険信号を発し、すぐに逃げろと警告してくるような、不思議な黒い光。空間を歪めて現れたそれが、シロコさんに接触したのです。

 

 ──これだ!

 

 不思議な力で息を吹き返し、それどころか元気200%なシロコさんを力技でねじ伏せて、私はその光……色彩とかと呼ばれていましたか。色彩に縋りつきました。

 

「あなたなら、私を終わらせてくれますか?」

 

 私はまともに死んじゃいけない。苦しまなきゃいけない。皆とは違う。私は苦しむために生まれてきたけど、皆は違う。それなのに皆が苦しまなきゃいけなかったなら、私はもっとずっとはるかに苦しんで苦しんで悶えて足掻いてその果てに惨めに惨たらしく死ななきゃいけない。

 

 きっと私にはナギサ様の待つ場所に行くことはできないけれど、そんなことは知ったことじゃない。椅子が椅子としての役目を果たせなかったのだ。罪には罰がなければ。

 

 だから苦しませろ。お前を寄越せ。その力を私に使え。

 

 私という存在そのものがひっくり返るような、強烈な苦痛(快楽)。でも、足りない。もっと、もっと、もっと、まだまだ足りない。ぜんぜんたりない。

 

 なぎささまはもっとくるしんだにちがいない。

 

 るいがあんなふうにしななきゃいけないどうりはない。

 

 わたしがくるしむべきだ。

 

 わたしはくるしまなくちゃいけないんだ。

 

 たりない。

 

 たりない。

 

 たりない。

 

 たりない。

 

 たりない。

 

 たりない。

 

 たりない。

 

 たりない。

 

 たりない。

 

 たりない。

 

 たりない。

 

 たりない。

 

 

 

 

 もうないの?

 

 

 

 

 じゃあ、どうしよっか。

 

 

 

 

 とりあえず、せんせいにでもきいてみる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれ? 私、なんでこんなこと思い出してるんでしたっけ?

 

「おや、お目覚めになられましたか」

「……ああ、負けたんですね、私」

「結局、私一人では敵いませんでしたけどね」

 

 色彩を取り込んでから絶えず続く苦痛(快楽)が、私の脳をクリアにしてくれました。私を組み伏せるだけで銃を構えようともしない「私」は、どうやら私を殺す気などないようです。

 

 こんな時のために攫っていたゴルコンダさんに作ってもらったヘイローを壊せる爆弾も、既に没収されて流れ星になりました。ゲマトリアには悪いことをしちゃいましたね……。

 

「あなたの走馬灯、どうなってるんですか? 謎の力で私にも見えましたよ」

「えっ、やだ、恥ずかしいじゃないですか」

「手遅れですよ。先生たちにも見えてしまったようですし」

 

 ふむ……怪我が酷くて抑えきれなくなってきた色彩が溢れ出ちゃったんですかね? 取り込んだ色彩にはまだまだ余裕がありそうですけど……どうしましょう。元々の計画では予め全てを説明しておいた「私」に始末してもらう予定だったのですが……。

 

「『私』は私を殺してくれないんですよね?」

「バカなことを聞きますね。何度聞かれたって答えは一つですよ」

「──じゃあ、私が勝手に色彩と共に消える他にありませんね」

「これは……アトラ・ハシースの箱舟の全エネルギーがムイさんに集まって……!? 先生! ムイさんを止めないと!!」

“っ……ムイ! 一度離れて!”

 

 色彩の力を使えば皆さんを安全に地上に送り返し、私はそのまま適当な別の世界に逃げることは可能です。色彩に絶え間なく苦痛(快楽)を与えてもらって、世界を転々としていずれ来るであろう滅びを待つのもいいでしょう。

 

 しかし、最早それすらもどうだっていい。

 

 何をしても変わりはしません。色彩でも私の心の穴を埋めることはできなかった時点で、諦めて命を絶っておくべきだった。結局私はナギサ様のためと宣いながら無意味に周りに迷惑をかけただけ。

 

 生まれない方が、この世界のために良かった。この世界の先生が大人のカードを構え、様々な学校の生徒さんが私に銃口を向けているのが、その何よりの証拠。

 

 この状況になってようやく「私」も銃を──投げ捨てました。

 

 ……えっ?

 

「──バカッ!!」

 

 銃で撃たれるのとは違う、鋭い痛みが頬を襲います。え、痛い。

 

 想定外のことに、アトラ・ハシースから吸い上げていたエネルギーが霧散してしまいました。

 

「おバカ!!」

 

 マウントポジションから、返す手のひらでもう一撃。色彩にどれだけ苦痛(快楽)を与えられても何も響かなかった私の心が、なぜか鈍く痛みました。というか物理的にも普通に痛い。

 

「大バカ!!」

 

 間髪入れずにもう一発。「私」の表情を見ればすぐに分かります。……これ、しばらく止まらないやつですね。

 

「……っ!!」

 

 四回、五回、六回と、何も言うことがなくなったのか無言で「私」はビンタを繰り返します。待ってください、本当に待ってください。せめて何か言ってくれません? あの、ちょっ、やめっ、ビンタやめてくださいってば!

 

「ナギサ様が! ルイが! 私を! 身勝手に投げ出すわけがありません!! あなたはあなたの信じるものを、心の底から信じてはいなかった!!」

「……じゃあ、なぜ皆さんいなくなってしまうんですか?」

「答えはすぐ側にあります! 端末をよこしなさい!」

 

 私が少し抵抗する素振りを見せると、「私」はようやくビンタをやめました。かと思えば私の体をまさぐって内ポケットに仕舞っていた端末とナギサ様の遺書を取り上げてしまいました。

 

「ナギサ様が! 紛失してしまうかも分からない紙っぺら一枚に全てを書き記すわけがありません!! 少し考えれば分かることです!!」

「で、でも、だって……」

「……私があなたなら、同じことをしていたでしょうね。でもその愚かさがなければ、ナギサ様が一番伝えたかったことは分からないままだったでしょう。ほら、ご覧なさい」

 

 スレッドを立ててCHAIRS同士で情報をやりとりしたり、GPSで位置情報が分かるようになっているくらいしかないはずなの端末には、見慣れない機能が追加されていました。

 

 機能と言っても簡単な、ちょっとしたメモを手書きで残す程度の機能。そこに、最初で最後の書き込みがありました。

 

 

 

 

『生きてください』

 

 

 

 

「……無理ですよ……」

 

「私の命は、ナギサ様のものなんですよ……?」

 

「私はあなたの椅子なんです……あなただけの椅子なんです……どうして……どうしてですか、ナギサ様……!」

 

「せめて見捨ててくださったのなら、ただ絶望して死ねたのに……!」

 

 ナギサ様、ナギサ様、なぜ私に生きろと仰るのですか……。

 

 「私」は私の肩に手を置き、そっと囁きました。

 

「ナギサ様がそれを望んでいるんですよ? まさかそれ以上に生きる理由が必要だなんて、贅沢なことは言いませんよね?」

 

 

 

 

 アトラ・ハシースの箱舟はアビドス砂漠に不時着しました。……私は生きています。

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