ブルアカにドMを生やしただけ 作:ナギサ様の臀部
「久しぶり、先生。普段ならアイスブレイクでも挟みたいところだけど……今日は気分じゃないから、早速本題に入るね」
補習授業部が合宿を始めて数日。先生はミカから呼び出しを受け、誰にも知らせずにプールまで来ていた。
そこにはミカが一人で待っていた。ここに来ていることは、部下もナギサも知らないとのことだ。
「ナギちゃんに何か言われたでしょ。例えば……トリニティの裏切り者を探せ、とか」
“……”
「当たりみたいだね。補習授業部の目的については? 犯人の目星とかは? ……うーん、そのあたりは教えずにただ探せって言ったんだ」
“その話は断ったよ。私は生徒の味方だから”
「……そっか」
補習授業部の合宿が決まってしまった日の夜、ムイが一人で掃除に勤しんでいたころ、先生はナギサと話していた。
補習授業部が課される学力試験は三回。一回目に落ちると合宿であることは後から知らされたが、三回とも落ちてしまうとどうなるのか、先生はまだ知らなかったためだ。
学力試験に三回とも不合格だった場合、補習授業部は退学になってしまう。
エデン条約……トリニティと長年敵対関係にあったゲヘナ学園との間で結ばれる予定の平和条約を、邪魔しようとする者がいるからだ。
そしてそのトリニティの裏切り者は、補習授業部の誰か。ナギサは先生にそう伝え、裏切り者探しを頼んだのだ。
ちなみにムイはまたしても何も知らされていない。だが試験監督に選ばれたのは疑われているからではなく、いざという時にはそれが例え友人でも撃てると信頼されていたからだ。
「先生が誰の味方なのかとか、どんなことを思ってるのかは、また別の機会に聞くことにするよ。今日は、そのトリニティの裏切り者が誰か教えに来たんだ」
“っ……!”
ミカの言葉は、先生も想定外だった。
教えるという言葉の裏には、ミカの予想や推理などではなく、確固たる確信がある。そう思えた。
「と言っても、裏切り者っていうのは色んな見方ができるんだけどね」
“見方?”
「うん。例えば白洲アズサちゃん。あの子は……色々理由があって、私が書類とかを誤魔化して強引に転校を許可した子なの。本来いるべきではない子……裏切り者ととられてもおかしくないよね」
トリニティ総合学園はかつて、いくつもの学園が集まり、互いに紛争を繰り広げてばかりの学園だった。
それをやめてこれからは仲良くしよう、という話し合いの中で、唯一反発したアリウス分校は、強大な力を持つようになったトリニティに徹底的に潰され、どこかへ逃げ隠れた。
そのアリウスからミカが和解の象徴になることを期待して連れてきたのが、アズサなのだという。
「そのアズサちゃんを引き入れた私もまた、裏切り者だよ。ナギちゃんの説得は無理そうだったからって、勝手に推し進めたんだから」
ミカの顔に、以前のような微笑みはない。
その顔は、徹夜で別館の掃除を一通り済ませたムイのような、疲れたもののようだった。
「でも、ナギちゃん自身だって裏切り者と言えるよ。エデン条約の締結で生まれるETOは、巨大な武力だもん。今のトリニティの形を崩そうとする、裏切り者。今となってはナギちゃんが何をしたいのかは、どうでもいいんだけどね」
大きな力を得たナギサはどうするのか。新興ながら勢力を強めつつあるミレニアム学園を潰すのか、空席の連邦生徒会長の座を狙うのか、ミカは色々考えた。
だが今になってみれば、ETOはナギサの独断で動かせる部隊ではない。
ゲヘナと共に結成するのだから、ゲヘナ側との協議も必要に決まっている。
「……それに、私が教えたいのはどれか一つの見方でしかない裏切り者じゃなくて、全ての黒幕なの」
“全ての……って、どういうこと?”
「全ては全てだよ。その黒幕のせいでナギちゃんは疑心暗鬼になってるし、補習授業部の子たちは退学させられそうになってる。全部全部その子のせいなの。セイアちゃんのヘイローが破壊されたのも……」
“!?”
ヘイローの破壊。キヴォトスにおいてそれが意味することは──死だ。
「……あぁ、そっか。まだ教えてなかったっけ。そうだよ。セイアちゃんはある日、黒幕がけしかけた子に襲撃されて……ヘイローを破壊された」
“……ミカは、どうしてそれを知ってるの?”
先生は、それを聞かなければならないと思った。
同時に、聞けば全てが終わってしまうとも。
「あはは、それは簡単なことじゃんね」
ミカは笑った。ようやく見せた笑顔だが、それは自然な笑顔ではなく、嘲るようなものだった。
「全部全部、私のせいなんだから。私がトリニティの本当の裏切り者。全ての黒幕だよ」
他でもない、自分自身を。
「最初はただ……アリウスの子たちと仲直りがしたかっただけだったの。ついでに、ゲヘナとは近寄りたくなかった……」
ぽつぽつと、ミカは事の経緯を説明し始める。
「セイアちゃんには、ちょっと大人しくしててもらおうと思って……でも、殺したいだなんて思ってもないし、指示してもない! アリウスは、私を利用してるだけだった。私は気が付かずに、ずっとバカな真似ばかり……」
まるで自分にそんな資格はないとばかりに、ミカはぐっと涙をこらえて話し続ける。
「ナギちゃんには嘘を吐き続けて、でも、ムイちゃんには無理してるってバレてて……ある時、ゲヘナと仲良しこよしなんて嫌だって言っちゃったの。そしたらあの子、何て返したと思う?」
トリニティの生徒は、なんとなくゲヘナが嫌いという者が多い。
明確な理由があるわけではない。確かにゲヘナは自由な校風で、不良も多く、危害を加えられたという者もいるだろう。だがそれよりも、長年の歴史があるからなんとなく、という方が多い。
そしてそのゲヘナへの嫌悪が、先輩から後輩へと遺伝してしまうことも多い。
ミカも、その一人だった。
「『私はトリニティの方が嫌いです』って……知ってる? あの子、小さい頃に攫われて、ずっとスラムで暮らしてたんだって……」
だがムイはゲヘナを嫌う嫌わない以前に、今日の食事にも困るような環境で育った。
土江の娘だからという理由で攫われ、わけもわからずに放り出され、しぶとく生き延び、中学生になるころにようやく家族と再会できた。
ゆえに、権力争いや陰湿な虐めが横行するトリニティのことは、実は心の底から嫌っていたのだ。
ナギサと出会わなければ、どこかでクーデターでも起こしてしまっていたかもしれないくらいに。
「ちっぽけな世界で、私の好き嫌いで物事を判断して、挙げ句の果てにはこのザマ……分かった? これが真相」
“……”
「きっと次に狙われるのは、ナギちゃんかムイちゃん。二人の話は私がずっとしてたから……きっと標的にされる」
“……ナギサはこのことを知らないんだね?”
「うん……この期に及んでまだ、話す決心がつかないの」
全てを聞いた上で先生は、ミカと改めて向き合った。
「……お願い、二人のことを守って。アズサちゃんについては……ごめんなさい、よく分からない。だから、ちゃんと監視してて」
今はまず補習授業部が学力試験に合格できないと、皆が退学にさせられてしまう。
時間をかけて話をすることや、支えてあげることはできないかもしれない。
“……ミカも、私が守るべき生徒の一人だよ。困ったことがあったら、何でも相談してほしいな”
それでも、自分は先生であると示すことはできる。
「……わーお。今の話を聞いても、まだそう言えるんだ」
先生ならもしかしたら──ミカはそう思ったが、救いの手を掴むには、自分の手はあまりに汚れすぎていることに気づいてしまう。
「でも……ごめんね。先生だって、助ける生徒は選ばなきゃ」
“待ってミカ、私はっ──”
「私、この後まだお仕事残ってるから! それじゃ、バイバイ!」
ミカはプールの柵を軽く飛び越え、どこかへ走り去ってしまった。
何も掴めなかった先生の手は、虚空へ伸ばされていた。