とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
「セス君! ミフネさん!」
「班長、すみません。容疑者を逃がしました」
共生ホロウを出た後、セスは朱鷺に連絡を入れた。
その数十分後、二人が待つコンビニに朱鷺が乗るパトカーが到着した。
「それより、お二人共怪我は?」
「オレはありませんが、ミフネさんは脇腹に」
「気にするな。あの程度、怪我にも入らん」
それよりもだ。
ミフネは携帯灰皿に煙草を押し込み、朱鷺に向き直る。
「小僧からも聞いただろうが、リェンの警護の増強を頼む。あと、警護から機械人は外せ」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「奴は俺が知っている頃より戦力を増やしていた。これ以上戦力を増やさせる訳にはいかん。それに奴は……」
セスを見て、新しい煙草に火を点ける。
「奴はまだ人間やシリオンには手を出さん。その程度の理性は残っていた」
「オレにあまり攻撃が来なかったのって、そういう事だったんですか」
「正義と言ってたろう? 奴はまだあの時代に取り残されたまま、形すら残ってない正義を執行するつもりなんだろうよ」
「あの、ミフネさん。そのフレデリックの言う正義とはなんですか?」
「ああ、そうだな。一応、話しといた方がいいな。移動しながらでいいか」
半ばまで燃え尽きた煙草を灰皿に押し付け、ミフネはパトカーを指差す。
それに頷き、朱鷺の運転でコンビニに後にする。
「……奴が俺の元から離れ、リェンの下に就いた。その時はまだまともだった」
静かな車内でミフネは語る。
「だが、上から極秘に軍内の不穏分子に対する弾圧の任を命じられてから、奴は次第におかしくなっていった」
「不穏分子、ですか」
「あの時はホロウに対抗する為に、あちこちで色々やってたからな。中にはそういうのもあった」
話を続けるぞ。
「リェンも最初は気付けなかった。だが、決定的な事が起きた」
「それは?」
「軍のある高官、その部下に対する意味の無い拘束。そして、その部下が拘束中に自殺した」
そこからリェンがフレデリックの狂気に気付き、個人的に調査を進め発覚した。
フレデリックが拘束していた相手は、七割近くが無実の罪に問われた者達。
言ってしまえば、権力者にとって不都合な者達だった。
「奴はその狂気の中で同じ機械人を拷問、そして、そのパーツを奪い自身のものとしていた。証言では、正義の為と言っていた様だ」
そこからは話した通りだ。
ミフネは少し疲れた声で言った。
「正義……」
「小僧、婦警さん。分かってると思うが言っとく。正義に酔うなよ。正義ってのは、味は上等で気分も良くなれる。だが、酔いから醒めりゃ周りには誰も居ない。そんなガワだけは上等な酒だ」
「そう、ですね」
セスと朱鷺は頷いた。
二人共に治安官という公的な正義の側に立つ者。新人研修でも同じ内容の事を説かれた。
治安官は法という正義の下に、それを執行する代行者に過ぎない。
あくまでも法に則った判断を下し、自己による判断は最低限に留めるべきだ。
無論、心を持つ人間である以上、人情や感情による判断をする事もある。それでも、法の下にある正義を違えてはならない。
フレデリックはそれが出来なかった。否、それに殉じようとして狂ったのだ。
「奴が相手をしたのは、正義ではどうしようもない人の狂気そのものだった。その狂気に抗ってる内に、狂気に飲まれた」
だから
「酔うなよ、小僧。酒なら俺が教えてやる。お前はフレデリックの様にはなるな」
「はい」
丁度、治安局に着いて話は終わった。
二人の顔は暗く、その様子にミフネは溜め息を吐いた。
「いい若いもんが落ち込むな。お前さんらくらいの頃は、少し無鉄砲なくらいが丁度いい」
「ですが……」
「あのな、婦警さん。あんたはえらく表彰されて、皆にも頼られてる。小僧もほれ」
ミフネに促され、セスは顔を上げた。
そこには同じ特務捜査班の皆や青衣達が居た。
「あの連中に恥じない自分を持て。そうすりゃ、お前は大丈夫だ」
「……はいっ!」
「よし、それじゃ作戦会議だ。婦警さん」
「なんでしょう?」
「今から俺が言う物、集められるか?」
「はい? まあ、物によりますけど」
「なら……」
ミフネがリストアップした物に朱鷺が怪訝な顔をし、青衣は眉間に皺を寄せた。
「後は……」
少し考えた後、ミフネはスマホを取り出した。
だが、
「おい、小僧。これ、どうやって電話掛けるんだ?」
「……電話のマークを押して、連絡先を選んでください」
「まったく使い難いな」
スマホをどうにか操作し、ミフネは電話を掛ける。
『はい、もしもし。お父さん?』
「アイリ、済まんがもう少し掛かりそうだ」
『はいはい、そんな事だろうって思ってたよ』
「済まんな」
『あ、そうだ。なら、帰りにお醤油買ってきてよ』
「はいよ。他は?」
『他はお茶葉に卵でしょ。あとは牛乳』
「また牛乳か。好きだなお前」
『いいでしょ、別に。……ねえ、お父さん』
「なんだ?」
『帰ってきてね、絶対』
「ああ、帰るさ。お前みたいな利かん坊、放っておけるか」
『一言余計! じゃあ、絶対に買い物忘れないでよ!』
「はいはい。あと、店長達に迷惑に……って切りやがった」
スマホをポケットに仕舞い、煙草を取り出すが黒い手袋の嵌めた手で押さえられた。
「署内は禁煙です。煙草は所定の喫煙所でお願いします」
「おう、済まんな。婦警さん」
ミフネのリストの手配に関する指示を終えた少し怒り顔の朱鷺だった。
「まったくもう、禁煙してたんじゃなかったんですか?」
「昔の事になると、どうにも落ち着かんでな。バレたらアイリにどやされる」
「アイリちゃんもミフネさんのお体が心配なんですよ」
「まだ心配される歳じゃねえってのに、最近の若いもんは」
「それ言い出したら大分お歳ですよ」
「マジか……」
溜め息を吐くミフネに、朱鷺は苦笑する。
ミフネに初めて会ったのは、件のプロキシ絡みでの一件。そこから馴染みの店だというレンタルビデオ店で娘が手伝いをしていると知り、父娘揃って会えば話をする仲になった。
「しかし、婦警さんよ。一つ聞きたいんだが」
「なんでしょう」
「最近の中学生の間じゃ、牛乳が流行ってんのか? アイリの奴、すぐに飲んじまって買っても買っても追い付きゃしねえ」
「牛乳、ですか……。うーん、身長でも伸ばしたいとか」
「この間も服が合わなくなったって、買い物に付き合ったのにか」
「ま、まあ、アイリちゃんもお年頃というものでしょう」
「そんなもんか」
そ、そんなものですよ。
とりあえず朱鷺は、アイリの名誉の為に誤魔化す事にした。
◯◯年後のミフネさん家
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