とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
「それにしても、いきなり人員と弾薬を用意しろなんて、何事かと思いましたよ」
「済まんな。婦警さん」
「それに自分を囮にする。まったく、若者の無鉄砲には呆れるものじゃな」
「あんたに言われたら何も言い返せんな」
治安局内部にある拘置所、その最奥にある飛び抜けて危険な容疑者を収監する区画にミフネは居た。
あの後、簡単な聴取と手続きを済ませ帰ろうとしたのだが、再起動したフレデリックからの要求で結局ミフネは帰れず、フレデリックと対面する事になった。
「で、フレデリックはなんて?」
「とにかく話したいの一点張りの様です」
「そうか」
ミフネとしては、もう話す事も無いと考えていたが、フレデリックはそうではなかった様だ。
「それに逮捕時の様子とは一変しておるそうじゃ」
「割りと思いきりぶん殴ったから、切れた頭の回路がちゃんと繋がりでもしたか」
「かもしれぬ」
軽い様子で笑うミフネと青衣。どうやら、機械人特有のジョークの類いの様だ。
「っと、ここか?」
「はい」
「二人は待ってろ」
「大丈夫ですか?」
「拘束された上で手足もねえんだ。何が出来るよ」
二人を廊下で待たせ、ミフネは面会室に入る。
「……隊長」
「おう、酔いは醒めたか」
「はい……」
強化ガラス越しだが、フレデリックの様子は見るからに鎮静化しており、迂闊なミスをして凹んでいた懐かしい日を思い出させる。
「隊長、僕は……」
「いい。何も言うな」
「でも、僕は罪の無い人々を! 皆を……!」
「フレデリック二等兵!」
また、興奮の兆しを見せ始めたフレデリックに、監視役の治安官がテーザーを引き抜こうとした瞬間、ミフネの怒声が面会室を揺らした。
「……貴官は軍人として、人としてもあるまじき行為を行い、守るべき市民を危険に晒した」
「はい……」
「しかし、貴官は人間とシリオンの市民だけは狙わなかった。そこに俺は貴官が語った正義があると感じている」
「隊長……?」
「だから、俺はここに来た。話があるなら話せ」
それからポツリポツリとだが、フレデリックは話を始めた。
それはミフネがリェンから聞いた話とほぼ同じ内容だったが、ミフネは黙って相槌を打つ事に留めた。
しかし、その中で違和感のある言葉があった。
「すまん。もう一度頼む」
「え? はぁ……。僕の記憶機能が確かに機能していたのは、トリンセン夫妻を拘束……」
「そこだ。記憶機能が機能していたってのはどういう意味だ」
「そ、そのままです。トリンセン夫妻を拘束して、拘置所に送った後から記憶が定かではないんです」
ミフネは監視役に目を向けるが、監視役も怪訝な顔でこちらを見ていた。
とりあえず、この監視役はシロと見た上で、ミフネは廊下の二人を呼び出す。
「……つまり、フレデリックさんの記憶は何年も前から定かではないと?」
「はい、信じて貰えないでしょうけど、任務に就いていた記憶はあるんですが、それ以外の詳細な記憶が……」
「青衣先輩」
「うむ、フレデリックよ。他に覚えている事はあるか?」
「他、他は……。……とにかく、不穏分子を捕まえないといけないっていう焦燥感ですかね」
受け答え自体ははっきりしている。
だが、内容が曖昧過ぎる。
記憶の欠如にしても、自身がしてきた事自体は認識しているのに、何故誰から命令されたのかがはっきりしていない。
ただ上からの命令としか記憶が無い。
「ミフネさん、トリンセン夫妻とは?」
「あー、災害前の旧都で有名な富豪夫妻だったか。確か、建設業で一山当てた成金だった」
「はい、そうです。隊長、僕は……」
「フレデリック、今はとにかく自分を見つめ直せ。……青衣さんよ」
「信用出来る機械人専門の医師を手配しよう」
監視役も事の異変に気付いたのか、黙って自身の腕時計を指差して合図を送っている。
「フレデリック、じきにお前の裁判が開かれる。真っ直ぐ正直に罪を受け止めろ。お前なら出来る筈だ」
「はい」
「……時間です。お早く退室を」
「あの、最後に一つだけ許してください。隊長」
退室を促し、フレデリックの座る車椅子のハンドルを握る監視官が動きを止め、朱鷺に目を向ける。
その視線に朱鷺が頷くと、監視官は自身の腕時計を弄った。
「あー、こちらの計測ミスだ。あと一分だけ時間がある」
「助かります」
朱鷺の謝礼を聞き流し、監視官は目を閉じたまま直立不動の体勢を取る。
言うなら早くしろ。という事だ。
「隊長、隊長の正義は何処にありますか」
「正義なんてもん、とっくに捨てた。ただのタクシードライバーにゃ重すぎる」
だから、
「正義は無いが、守るべき帰る場所はある。ここだ」
ミフネは手帳に挟んだ写真を見せる。
アイリと初めて撮った大事な思い出。そこがミフネの帰る場所で、守るべき存在だ。
「この子は高羽博士の……」
「そうだ。だから、お前もいつか見つけろ。正義以外のなにかを」
「時間です……」
今度こそ、面会の時間は終わり、三人は面会室を出る。
「ミフネさん」
「こっからはあんたらに任せる。……ただのタクシードライバーにゃ、本当に重すぎる」
「了解した。お主も早く帰って家族を安心させてやるがよい」
「はいよ」
朱鷺と青衣に見送られ、ミフネは嫌味なまでに透けた青空を見上げる。
「まるで出所したての容疑者だな、こりゃ」
正直、気が重い。
事件自体は容疑者逮捕の形で解決した。
しかし、その影に潜む謎はいまだに姿すら見えず、闇の中を蠢いている。
「はあー、気が重い……」
「何が重いの?」
懐から煙草を取り出し火を点けようとした時、この瞬間だけは聞きたくない声が聞こえた。
「ア、アイリ」
学生服のアイリが仁王立ちで、治安局前に居た。
しかも、ミフネが持つ煙草に気付いてこれでもかと青筋を浮かべている。
「ねえ、お父さん。煙草辞めてって言ったよね」
「いや、これはだな。というか、お前なんで治安局に? 学校はどうした?」
「話を変えないで! 学校なら今日は半日、だからビリー兄に頼んでここまで来たの」
見れば〝RandomPlay〟の車に乗るビリーが、両手を合わせて謝り倒している姿と、何故か助手席にのるひしゃげた鉄パイプが見えた。
「あんの、若造が」
「お父さん? ビリー兄じゃなくて、お父さんに話してるんだけど?」
「お、おう」
「あれから連絡は無いし返信も無い。だから店長達問い詰めたら治安局に居るとか、一体何したの?!」
「何もしてねえよ!」
「じゃあなんで?!」
「仕事だ。昔の軍関連のな」
そう答えると、ぶっすりとむくれた顔で睨まれた。
昔からこうなると機嫌が戻るまで時間が掛かる。
さあ、どうするか。
ミフネが考えていると、車内のビリーから助け船が来た。
「おーい、大将、アイリー! とりあえず昼飯にしようぜ!」
「……アイリ、若造もああ言ってる。まずは昼飯にしようや」
「じゃあ、〝メフィストフェレス〟のランチセット、ケーキとドリンクバイキング付き」
「お前、ケーキで腹張らそうとしてねえか?」
「してない!」
むくれた顔のまま、ビリーが待つ車へと歩くアイリ。
その後ろ姿を眺め、手帳の写真を思い出す。
「随分、でかくなったもんだ」
「何か言った?」
「何も。ってどうした?」
アイリが立ち止まり、こちらを見ていた。
顔は相変わらずむくれたままだが、これはどうしたものかと、ミフネは思案する。
そして、あの日からの約束を思い出した。
「アイリ、ただいま」
「……おかえり!」
少し機嫌は戻った様だが、これはまた時間が掛かりそうだと、ハンチング帽越しに頭を掻きながら、ミフネは車へ乗り込んだ。
◯◯年後のミフネさん家
-
◯
-
✕