とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
新エリー都、その街区の一つ六分街にある二階建ての小さな庭付き一軒家。
そこがミフネ家だ。ミフネが新エリー都発展の折りに、どさくさ紛れで安く買ったものだ。
退役時の恩賞があってよかった。あれが無ければ、まだ安アパート暮らしだっただろう。
居間で胡座をかいて新聞を広げながら、ミフネは茶を飲む。
「ほーん、ホロウ六課が活躍ねえ。忙しいもんだな」
湯飲みを傾け、ミフネはやけに騒がしくなった二階に目を向ける。
そして少しすると、また喧しい足音と抗議の声が階段を駆け降りてくる。
「お父さん! なんで起こしてくれなかったの?!」
「お前、この間起こしに行ったら部屋入るなって言ったじゃねえか」
「それはそれ!」
制服に着替え、洗面所へ駆け込む。
それに溜め息を吐いて、ミフネは立ち上がり台所へ向かう。
「おい、これくらいは食ってけ。あと、弁当」
「行ってきまふ!!」
「いってらっしゃい」
時計を見る。全力で走れば間に合うだろう。
急ぐアイリに握り飯と弁当を渡し見送り、居間に戻り新聞を広げる。
流石に今日は休みだ。
「本日白祇重工は……」
「衛非地区では現在……」
テレビを点けても、特にこれといった内容の番組な無い。洗濯も既に干して洗い物も済ませた。掃除も昨日休みだったアイリが終わらせている。
さて、久々の休日をどう過ごすか。
とりあえず散歩でも行くかと、何時ものジャケットとハンチング帽を身に付け、外に出て鍵を閉める。
「さて、何処に行くかね」
宛もなく彷徨くのも悪くはない。
だが、久々の休日。少しばかり目的地があっても良い気がする。
そんな事を考えながら、開いている喫茶店に入り、香りの強いコーヒーを飲みながら外を眺める。
「平和なもんだ」
視界の端に見知った治安官が誰かを追って走っていったが、まあよくある事で平和には変わらない。
サービスで付いてきた豆菓子を噛み、コーヒーを流し込む。
一人の時は知り合いの店以外では長居しない事にしている。
理由は特に無い。ただ、そうしているだけだ。
そして、また宛もなく活気のある街並みを歩く。
さあ、何処へ行こうか。
ミフネの交遊関係は広い様で狭い。
かつての仲間の大半は十年前に散り、生き残った連中も軍に残るか散り散りになるかだった。
ちら、と手の平を見る。
あの日、ミフネの親友であるアイリの両親の研究所がホロウに飲み込まれ、部下や仲間が次々とエーテリアスに狩られ、または成り果てていった。
あの日、アイリを救出して生き残れたのは奇跡だ。
「ふぅ……」
公園のベンチに座り、一息つく。
あの日の戦いの爪痕は目には見えないが確かに残り、人々を蝕んでいる。
リェンから聞いた話では、防衛軍はまだ遺族補償金の支払いを渋っているらしい。
長く培い蓄積してきた物や人が、たった一回の災害でほぼ全て消えたのだ。それも当然と言えば当然だが、こんな言葉に意味はない。
喪った者は帰ってこない。だから、その悲しみを埋める為、遺された者達が生きる為に金やその代わりになるものが必要なのだ。
「なのに、何も無い。か」
ミフネの視線の先には、小さな手押しの屋台を引いて飲み物を売る子供達の姿がある。
年の頃から見ても、ホロウ災害関係の孤児と見える。
ミフネは立ち上がり、屋台へと向かう。
「いらっしゃ……」
「一つ、おすすめをくれないか」
「は、はい!」
一人の少年がミフネの巨体に驚きながらも、慣れた手つきで果実ジューサーで潰し、果汁を紙コップに注いでいく。
「はい! 100ディニーです!」
「有難う」
中身の入った紙コップを受け取ったミフネは硬貨を一枚手渡し、少し離れたベンチに座りちびちびと果汁を飲む。
香りが良く、果実の爽やかさが暖かな日によく合う。
見れば、常連の客も居る様で子供達は忙しく硬貨を受け取り、果実を絞っている。
「行くか」
飲み干した紙コップをゴミ箱に捨て、あの硬貨一枚があの子らの一助となる事を願いながら、また宛もない散歩を再開する。
しかし、このまま目的も無く散歩をするというのも寂しいものだ。
だが、目的らしい目的も思い付かない。
暫く考えながら街中を歩いていると、気づけば見知った陸橋下に来ていた。
「ミフネ、休みか?」
「おう、やってるか?」
「今日は閑古鳥が鳴いてるよ。なんか頼め」
「仕方ねえ」
屋台の側で鍋を洗っていた森に誘われるまま、屋台の長椅子に座り、適当におでんを頼み酒を呑む。
「そういや、アイリちゃんはどうだ?」
「どうだってなんだよ」
「もうすぐ受験だろ? 大丈夫そうか」
「ほれ、あのヴィクトリア家政のとこに居るって娘と同じ高校受けるって気合い入れてるよ」
「ヴィクトリア家政の? ああ、確かサメのシリオンの娘が居たか」
「ほう? そりゃまた珍しいな」
また幾つかとりとめの無い話をして日が傾き始めた頃、そろそろかとミフネは財布を取り出す。
「ほれ」
「なんだ?」
「厚揚げ。アイリちゃん、これ好きだったろ。土産に持ってけ」
森から渡されたのは、タッパーに入ったおでんの厚揚げ。
煮込まれ続けて出汁で黒くなったそれがアイリの好物で、森の屋台に連れて来る度にこちらが心配になる程に食べていた。
「そういや、最近は連れて来てなかったか」
「そうだ。あの子の成長は俺も楽しみなんだ。たまには連れて来い」
「ああ」
「あと、全部で3000ディニーな」
「……高くねえか?」
「材料費値上げついでに一人で来た罰金だ」
「この野郎……。次の休みはどっか連れてけって言われてるから、連れて来てやるよ」
「じゃあ、2800ディニー」
「大して変わらねぇ……」
とりあえず支払い、屋台を後にする。
思いの外、財布が軽くなる休日になった。
タッパーの入ったビニール袋を片手に、夕焼けを背にミフネは帰路に着いた。
そして、その途中で思い出す。
「しまった。洗濯物を忘れてた」
また、喚くだろうな。
ミフネの予想通り、家の戸を開けると待っていたのは、仁王立ちのアイリによる説教だった。
ちょっとミフネさんの伏線張ったり
◯◯年後のミフネさん家
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