とあるタクシードライバーの日々   作:サビサビボンプ

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ミフネ家の秘密¦ミフネさんの握り飯は時々塩辛い


機械のバラード
機械の送迎


窓ガラスを軽く叩く音がして、視線を向けると見知った桜色の髪が見えた。

 

「ミフネさん、少しよろしいですか?」

 

〝月城柳〟、〝ホロウ対策六課〟という市民に近い立場でありながら、ホロウに対する最高戦力でもある。

その副長的立場の女性が何用かと、読んでいた新聞を畳み、パワーウインドウを開ける。

 

「ホロウ六課、鬼の副長さんがなんだ?」

「いえ、ちょうど見掛けたのでついでにH.A.N.D庁舎までお願いしたいのです」

「だったら乗ってきてくれ。いきなり窓小突くな」

「すみません」

 

苦笑し、柳は後部座席に乗り込む。

しかし、こうして一対一の状況は久し振りだ。

現行の軍用機械人素体基準から見ても厳つい重装甲の後ろ姿。バックミラー越しに見えるブリキの玩具の様な口と、ボンプに似た画面に映る双眸。

あの時とまったく変わらない姿だ。

 

「じゃ、H.A.N.D庁舎までな」

「ええ、お願いします」

 

指示器を出し、通りに出る。

若干の荒さを感じる運転だが、ミフネがミスをする事は無いと知っている。

 

「……最近はどうですか?」

「あ? 貧乏暇なしってやつだよ。あんたの方こそ、なんか大変だったみたいじゃねえか」

 

新聞見たぞ。

と、ミフネが言う。

この最近、店長達も何か考え事があるのか。呆けている事が多い。

それも、最近の新聞やニュースを騒がせる一件が起きてからだ。

 

「まさかブリンガーの奴がなぁ」

 

ヴィジョンの不祥事に関わり、その他にも色々と不正の事実が発覚し、今の治安局は信頼回復に大騒ぎになっている。

無論、それに深く関わったホロウ六課もだが。

 

「偉くなって肝っ玉が縮んだなって思ってたら、変な方向に肝が太くなりやがって」

「あれは本当に驚きました。それでミフネさん」

「なんだ?」

「アイリちゃんは最近どうですか?」

「お転婆だよ。まったくあれは愛那の奴に似たな」

 

昔を懐かしむ様に、ミフネの目が細くなる。

柳も軍属時代に話に聞いただけだが、夫婦揃ってかなり破天荒な人物だった。

 

「ジャケット破けただけで脳天に鉄パイプ落としてきやがって、俺じゃなかったら頭割れてたぞ」

「それはまた……」

「愛那も気に入らねえ高官が何か言ってきたら、鉄パイプちらつかせてたが、遺伝ってのは厄介だな」

 

がはは、と笑う。

高羽愛那、理人夫婦、機械人素体の開発と研究に関して天才と謳われた二人であり、二人の死はエーテル工学の歴史を十年遅らせたという学者も居る程、影響力のある二人だった。

そしてミフネは、その二人の専属警護役であり親友でもあった。

 

「まあ、小賢しいというか勘が良いのは理人譲りか」

「そうなんですね。でも、アイリちゃん。もうすぐ受験でしたよね」

「おお、そうだ。最近は気合い入れるって帰ったら部屋に籠りっぱなしだ」

「初めて会った時はまだ小学生だったのに、時間が経つのは早いですね」

「がはは。その歳でそんな事言うなんざまだまだだな」

 

その二人を目の前で亡くし、二人から託された一人娘をたった一人で十年守り育ててきた。

軍を退役して、タクシードライバーになったと聞いた時は心底驚いたが、こうしているところを見ると天職だった様だ。

 

「そういや、あの鬼の娘はどうしてるよ?」

「蒼角ですか? 毎日お腹すいたって賑やかですよ」

「よしよし、若いもんは食い気が一番だ。ほれ」

 

牛丼屋のクーポン券だ。

信号待ちついでに、ミフネが渡してきたのは大手チェーン店の割引クーポン券だった。

 

「そんな、いいんですか?」

「かまやしねえ。俺が持ってても仕方ねえからな」

「あの、ミフネさん。……まだ治ってないんですか」

「ああ、味覚モジュールはイカれたまんまだ」

 

十年前の旧都陥落の日、ミフネは高羽研究所に出現した二体のエーテリアスとの戦闘で負傷し、味覚に関する感覚の殆どを失っている。

何度か軍施設で治療は受けたが、ミフネの身体は高羽博士の特製のものであり、どうにか本来の一割程度に回復するのが限界であった。

 

「苦労したぞ? まともに味が判らん舌でアイリの飯を作るのには」

 

がははと、気軽に笑うミフネだが、その苦労がどれ程のものか。蒼角の保護者役として、まだ柳には周りの助けもあったが、ミフネはそうではない。

高羽両博士の一人娘、このブランドだけですり寄ってくる者、博士達の遺産を狙う者。それらからアイリを守るだけでなく、ただのミフネ・アイリとして未来へ送り出す為に身も心も砕いて生きてきた。

 

「ミフネさんは、すごいですね」

「あんたこそ、よくやってるじゃねえか」

「いえ、そんな……」

「謙遜するな。なんだかんだ言いながら、俺らはあいつらを見守るしかねえんだ」

 

見守って、背中を押して、時に手を引いて、そうやって未来へ送り出すしかない。

 

「ガキ共にしてやれるのは、それくらいなもんだ」

「そう、ですね」

「しみったれんな。ほれ、近所のパン屋の引き換え券」

 

ミフネはアイリが福引きか何かで貰ってきたという券を手渡す。

柳はそれを受け取りながら、昔を思い出し微笑む。

 

「変わりませんね。ミフネさんは」

「この歳でそう変われるかよ。お前さん、仕事でミスしたら分かり易く凹むからな」

「そ、そんなに分かり易いですか?」

「はっ、年の功でやつだ。着いたぞ」

「あ、はい。いくらですか」

「5800ディニーだ」

「では……」

 

支払いを済ませようと財布に手を伸ばした時、不意に柳の専用端末が鳴った。

 

「す、すみません」

「構わん。先にそっちに出な」

 

ミフネが促すと、申し訳なさそうに柳は電話に出る。

そして、一言二言簡単な返事を返し端末を仕舞った。

 

「……すみません。こちらお代です」

「はい、5800ディニーちょうど。……どうした?」

 

ミフネの問い掛けに、柳は眉尻を下げた顔で答えた。

 

「……ミフネさん。もしかしたら、貴方のお力をお借りする事になるかもしれません」

「何が起きた」

「今はまだなんとも……。ですが、もしかしたらですので」

「ああ、そうか。なら、アイリが居ない時にしてくれ」

「そうならない様に努力します。……では」

「ああ、またのご利用を」

 

H.A.N.D庁舎に入る柳を見送り、ミフネは深く息を吐く。

六課絡みという事は間違いなく零号ホロウ関係だろう。

 

「理人、愛那。……アイリ」

 

あの日、全てを喪って今日が始まった日。

願わくば、二度と関わる事が無い様に祈っていたが、そう上手くはいかないらしい。

穏やかな昼下がり、ミフネはハンチング帽を深く被り直した。

◯◯年後のミフネさん家

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