とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
「邪魔をする」
そう言って、ミフネ家の戸を潜ったのはホロウ対策六課課長〝星見雅〟だった。
「え、雅さん? あの、今日はどうしたんですか?」
「アイリか。今日は父君は居るか?」
「お父さん? ……あの、お父さんがなにか?」
「いや、そういう訳ではない。少し、確認してほしい事があるだけだ」
「確認?」
「そうなんです」
「柳さんまで?! ちょっ、お父さーん!!」
ちょうど玄関前に居たアイリが出迎え、突然の来客に戸惑いながらもミフネを呼ぶ。
「へいへい、なんだよ?」
普段とは違う完全にオフといった様子のラフな格好のミフネが、居間から顔を見せる。
そして、雅から柳へ視線を移すと納得した様な様子で、上がれと言った。
「アイリ、茶を淹れてくれ」
「う、うん」
二人を居間に通し、座布団を敷くアイリが台所へ行くと、ミフネは申し訳なさそうな柳に溜め息を吐く。
「駄目だったか」
「あの、駄目と言いますか……、想定外の事が起きまして」
「想定外?」
「これだ」
畏まる柳の隣で、雅が数枚の写真を卓袱台の上に並べる。
急いで撮ったのか、やけにぶれていたりピントが微妙に合っていないが、忘れたくとも忘れられない景色が写っていた。
「エリー都機械人素体研究所、……懐かしいな。懐かしいが、こりゃなんだ?」
ホロウ内特有のエーテル結晶だらけになっているが、その施設郡は確かにミフネが居た機械人素体研究所だった。
ある違和感のある物体を除けば。
「……特撮の怪獣か?」
「いや、違う」
雅が即座に否定する。
だが、確かにその輪郭は特撮によくある怪獣に似ていた。
「エーテリアスだ」
「なら、お前さんがどうにかしろ。一般人を当てにするな」
「それが、このエーテリアスが出現するのは二度目なんです」
「はぁ?」
柳の説明によると、このエーテリアスは出現を確認されると同時に、機械人素体研究所から離れ始め零号ホロウの外縁へと向かい始めた。
通常、エーテリアスはホロウ内でしか存在出来ず、内部で活動する個体はホロウ内で活動する。
外縁、ホロウ外へ向けて移動するエーテリアスなど、ミフネも聞いた事が無い。
それに二度目の出現というのも気になる。
「エーテリアスは人や物がエーテル侵食を受けて成る。同種の個体は出現するが、ほぼ同一の個体。それも、これ程の巨体は初めてだ」
それに、と雅は続けた。
「エーテリアスにしてはやけに機械的だった。もしかすると、この研究所で開発されていた素体がエーテリアス化したのではないか、とな」
「で、あんたらに繋がりがあって、機械人素体研究所に居た俺の所に来たか」
しかしなあ、ミフネは悩む。
確かに愛那と理人の研究を見てはいた。
だが、見ていただけで覚えているかと言われたら、少し微妙なところだ。
なにしろ、あの二人は話がよく飛ぶ。
武装面の話をしているかと思ったら、次の瞬間にはまったく関係ない話題に移るのだ。
しかし、何か見覚えがある気がしないでもない。
「あ、これ、あれじゃない?」
湯飲みを全員分、卓袱台に置いたアイリがミフネの持つ写真を引ったくって言う。
「ほら、お父さん。パパとママがすごい大はしゃぎで研究してたやつ」
「あ? ……おお、あれか! だが、あれは廃止になったろ。なんかフレーム強度がどうとかで」
「あと、倫理コアからの命令伝達速度も」
「ああ、そうだ。確か……、対ホロウ制圧用超大型素体だったか」
いや、懐かしいな。と、笑う親娘だが、柳は違和感に気づいた。
ミフネが知っている事は理解出来る。だがもう一人、アイリだ。
「ちょっと待ってください。……アイリちゃん、その時って多分三つか四つの頃ですよね? まさか、覚えてるんですか?」
「え、うん。パパとママが教えてくれた事は大体覚えてますけど」
堪らず柳は頭を抱えた。
謎の大型エーテリアスについての情報収集のつもりが、向こうから爆弾が来た。
「あれ、言ってなかったですか?」
「……聞いてないですね」
「お前さん達だし、まあ、いいだろ」
「よくないですよ……」
雅は微妙によく解っていない様だが、高羽博士達の研究資料やデータはそのほぼ全てが、旧都陥落時に零号ホロウの中に消えている。
それを断片的とは言え、記憶している人物。しかも実子が生きている。
これが良からぬ者達に知られたら、かなり厄介な事になる。
「お父さん、どうしよう……」
「この二人だ。言い触らす真似はせんだろ。それにもしバレたら、こいつらって事だから責任取らしゃいい」
「そんな事はしない。それで、ミフネ。このエーテリアスはその素体が侵食を受けた結果という事か?」
「あー、どうだろうな。あの素体は結局、設計図止まりだった覚えがあるな」
「んー? お父さんに内緒で作るかとか言ってた様な……」
ミフネの首が隣でコーヒー牛乳を飲むアイリに向く。
何時だったか、何故か上官に呼び出されて妙な嫌味を言われた事があった。
あの時は完全に聞き流していたが、今思うと二人を止めろと言っていた気がする。
「地下ドックで何かやってたのはそれか……」
「あの、話を戻しますけど、その超大型素体がエーテリアス化したという事で?」
「だとしたら、また出現した理由が判らん。流石のあいつらでも二体も造る余裕はなかった筈だ」
「なら、実は倒せてなかったとか?」
アイリの言葉に三人の視線が一斉に向く。
雅が仕留めた筈なのに、再び出現した。
エーテリアスが無機物からも発生するとはいえ、こんな大型個体が発生、生存するには一定以上のエーテル濃度が必要になる。
いくら零号ホロウと言っても、短期間で再発生は不可能だろう。
となると、残る可能性は雅が仕留め損なっただ。
「雅が仕留め損なうとは思えませんが、その可能性が一番高いでしょうか」
「だが、確かに手応えはあった」
「じゃあ、もう一回斬ればいいだろ」
「では、ミフネ。お前も来てくれ」
「あ?」
「は?」
雅の言葉にミフネ家二人が唖然とする。
一体何を言い出すのか。一度倒した相手、虚狩りという最高戦力なら問題無く倒せる。
なのに、何故にミフネの同行を求めるのか。
「このエーテリアス、何か違和感がある。出来るだけ違う目線の見方が欲しい」
「なら、俺以外にしろよ」
「否、あの地に所縁があり、実力も相応な者はお前以外居ない」
違和感、か。
確かにミフネにも違和感がある。
このエーテリアスはあの研究施設郡から出現して、ホロウ外縁へ向かっていたという。
これが分からない上、何か胸騒ぎがする。
「……ナビだけだ。それなら行ってやる」
「お父さん?! 零号ホロウだよ!? 今までのホロウとは違うんだよ?!」
ミフネの了承にアイリが叫ぶ。
二人共、あそこで全てを喪った。
だから、あそこから目を背けてきた。
「解ってる。だが、こいつは何かが引っ掛かる」
「引っ掛かるって……、何が?!」
「それが判らん。だが、これは一つの決着の様な気がする」
「決着って何の!?」
「あの日、軍人の俺が置いてきたもんだ」
あの日、軍人として混乱に抗い、それでも全てを守りきれず、ただのミフネ・トシゾーとして親友の全てを託された。
軍人ミフネ・トシゾーは、まだあそこに置いたままだ。
その置いてきたものに決着を。何故か、このエーテリアスにそれを感じた。
「アイリ、必ず帰る。少し待っていてくれ」
「……やだ」
「アイリ……」
「お父さんがあそこに行くなら、私も行く!」
「おい、待て!」
涙を湛えたアイリの強い瞳がミフネを真っ直ぐに睨んでいた。
◯◯年後のミフネさん家
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