とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
『お父さん、聞こえてる?』
「ああ、聞いてるよ。そっちはどうだ?」
『聞こえてる。……お父さん』
「なんだ?」
『絶対に帰って来てよ』
「ああ、必ず帰る」
必ずだ。
押し問答の果て、〝RandomPlay〟にてサポートをするという事で、どうにか落ち着いたアイリに返事をしたミフネが見上げるのは零号ホロウ内部。
見知った、悲喜入り雑じった思い出の地。
もう二度とと思いつつ、しかしまた何時か足を踏み入れる事になるかもしれない。とは考えていた。
だが、まさかこういった形になるとは思っていなかった。
「ミフネさん」
「ああ、この先だ。気を付けろよ」
「付近のエーテリアスは以前殲滅している。だが、これは……」
ミフネ、柳、雅の三人は異変を感じていた。
『皆、この付近にエーテリアスの反応は無い。だけど……』
サポート役を買って出てくれたアキラとリンも、同じ違和感に気づいた。
零号ホロウは言ってしまえば、エーテリアスの国だ。
それだけの数と危険性を持ったエーテリアスが闊歩する地。
なのに、エーテリアスが見当たらない。
「課長、月城さん」
「ナギ姉」
「二人共、どうでしたか?」
離れて偵察をしていた〝浅羽悠真〟〝蒼角〟の二人も同様だった。
「居るには居ましたけど、数が少ないですね」
「うん、前より全然居ないよ」
「ですが、ちょっと気になる事が」
悠真が少し首を傾げながら言う。
「戦闘の跡?」
「ええ、何かが戦った様な跡がちらほらと。……軍ですかね?」
「防衛軍ならもう少し大規模に動く筈だ。だとすると、まさかホロウレイダーか?」
「いや、ここはホロウレイダーが簡単に入れる場所ではない」
「……嫌な予感がしますね」
柳の言葉通り、ホロウ内部で戦闘行為を行える者は限られる。
空間のエーテル物質に対する耐性、エーテリアスに対抗し得る戦闘能力。それらを持ち合わせた者だけだ。
それに加え、ここは嘗ての災厄の地。
入れる者は更に限られる。
防衛軍、雅達の対ホロウ六課、その他の限られたホロウ調査員達。
迷い混んだ者の可能性も無い訳ではないが、その可能性は限りなく低い。
『皆、エーテリアスの反応だよ!』
思案に落ちていた全員が一斉に戦闘体制に入る。
リンの警告通り、瓦礫を掻き分け数体のエーテリアスが飛び出してきた。
だが、様子がおかしかった。
「今の、なに?」
想定外の事態にいち速く復帰した蒼角の疑問に、誰も答えられなかった。
それもそうだ。一部の例外はあるが、エーテリアスはエーテリアス以外の生物に対して、無情の敵意を向ける。
まるで、自身以外の生物の存在を認めない。そんな排他的な意志が姿形を持った存在。
それがエーテリアスだ。
なのに、
「同士討ち?」
飛び出してきたエーテリアスは、デュラハンタイプ。
人型の強力な個体だが、それに数体の人型エーテリアスが纏わり付き、自身のブレード状の右腕を突き刺したかと思ったら、デュラハンタイプと共に自壊して崩れ去った。
皆、エーテリアスとの戦闘は巧者だ。戦闘中、流れ弾が他エーテリアスに当たる事は経験しているが、それは戦闘の流れや自分達がそう仕向けた結果だ。
自分の意志で他エーテリアスを襲うエーテリアスは聞いた事が無い。
『お父さん、今のなに……?』
「判らん。俺も初めて見た」
イアスを介して見た光景に、アイリすら驚愕する。
ホロウやエーテリアスと関わりの薄いアイリですら、今のは異様だと解る。
「先を急ぐぞ。もし、今のが例のエーテリアスの影響なら、一刻も早く討たねばならん」
雅の言う通りだと、一同はミフネの案内の元、機械人素体研究所へ向かう。
その道中、やはりと言うべきか。エーテリアスの姿は無いに等しかった。
「楽なのはいいんですけど。これ、一体何が起きてるんですかね?」
「判らんが、気を緩めるなよ。小僧」
見えてきた機械人素体研究所、そして件の大型エーテリアス。
話では外縁に向かって移動していたというが、今は動きは無い。
まるで、研究所を象徴するオブジェの様に屹立している。
「アイリ、やはりそうか?」
『んー、よく見えない。店長、イアスの目ってズーム機能無いの?』
『ズームかい? ちょっと待ってね』
イアスから聞こえる声を他所に、ミフネは自身の目にある望遠機能でエーテリアスを観察する。
「確かにエーテリアス化してるな。あと、首の辺りに切断痕」
「私が斬った痕だな」
「あんなもんよく斬ったな。しかし、そうなるとやはり同一個体か」
あの巨体、あれは確かに二人が研究していた対ホロウ制圧用超大型素体。それがエーテリアス化している。
しかし、何か違和感がある。
エーテリアス化すれば身体はエーテル物質で再構築される。それにしては、やけに装甲が残っている。
だが、それが違和感の正体かと言うと違う気がする。
「ミフネさん、何か分かりますか?」
「いや、何も分からん」
柳の問い掛けに、ミフネは首を傾げる。
何も分からないが、こうしていても分かる事は無い。
ミフネはエーテリアスに接近する事にし、機械人素体研究所郡に入る。
懐かしい。随分と寂れ、あちこちが崩れている。
「ん? 何か聞こえません?」
悠真の耳が何かを捉えた。
それに合わせて全員が耳を澄ませる。
確かに何か聞こえる。
微かでノイズ混じりだが、それは人の声だった。
「生存者、な訳ないか」
「総員、戦闘準備。声はあのエーテリアスからだ」
「エーテリアスが喋ってるんじゃないよね?」
蒼角の疑問は正しく、人体から発されている音声ではなく、スピーカーから発されているものだ。
「まさか、まだ電源が生きているのか?」
ミフネの疑問も尤もだ。
研究施設郡は、電源が生きているとは思えない程に荒れ果てている。
それもそうだ。ここで起きた事、ここであった事、あれは全てを奪い去った。
だから、そんな事はあり得ない。
しかし、そんなあり得ない事を望んでしまう。
「いや、違うみたいですよ」
全員が見上げる巨体、声はそこからだった。
ノイズ混じりの微かな声は、この距離になって初めて明確に耳に入る。
『これって……』
「アイリ、お前は聞くな」
ミフネの歯が軋みを上げる。
気楽な悠真や蒼角、鉄面皮の雅ですらその表情が曇る。
死にたくない
助けて
あの日、この研究所で死んだ者達の最後の声。
それがエーテリアスが纏う装甲、その隙間から響いていた。
「研究所のボイスログ機能か」
ミフネが見上げる巨体の腹部辺り、そこによく見た機材が巻き込まれていた。
「前回はこんな事は無かった」
「多分だが、再生する時に設備を巻き込んだかだろう。……雅さんよ」
「ああ」
妖刀〝無尾〟に手を掛ける。
散った者は二度と帰ってこない。
だから、ここで確実に終わらせる。
「首を斬って駄目なら胴、胸部に動力炉がある。狙うならそこだ」
「了承した」
構えるのは居合い、狙うのは大型エーテリアスの胸部。
〝無尾〟の力が雅に伝わり、やがて臨界に達した瞬間、エーテリアスが動き出した。
「動いた!?」
「なんで今のタイミングで!!」
悠真が矢をつがえ放つが、巨体の前に威力が足りない。蒼角、柳もどうにかしようと動くが、相手はビル並みの巨体。
現状、取り付く隙を窺う事しか出来ない。
「何に反応しやがった?!」
イアスを肩にしがみつかせて走るミフネが辺りを観察しても、あのエーテリアスが反応しそうなものは無い。
両腕を射出し研究施設の壁を掴み、チェーンを巻き上げ施設の屋上へ這い上がる。
そして、エーテリアスの進行方向を見た。
「居住区?」
建物が倒れた形跡がある。あれが雅達が前回遭遇した跡だろう。
その痕跡も壊滅した
居住区に向かっている。そして、今も同じく居住区へ。
「……る……ィ」
まるで、何かに引き寄せられるかの様な足取りが起こす風に乗って、何かが聞こえてきた。
またさっきのボイスログかと思ったが違う。
明確に目的のある声のログだ。
「……え…る…ーリィ」
『お父さん、この声って……』
「……コクピットに逃げ込んだんだな」
懐かしい声だった。
嘗ての日々、ミフネと同じく愛那と理人に振り回されていた。
二人のすっとんきょうな発言と発想に、呆気に取られたり笑ったりと忙しい毎日を過ごした同僚。
「……ユーリィ、ママ絶対帰るからね」
イネルバのボイスログがホロウに落ちると同時に、対ホロウ制圧用超大型素体〝ギガントマキア〟の胸部。
そのコクピットから女型のエーテリアスが顔を覗かせた。
◯◯年後のミフネさん家
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