とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
イネルバ・ハーシー、ホロウ災害被災者リストにも名前がある。職業は機械人素体研究員で、高羽研究所に務めていた猫のシリオンの女性。
よく気が利く性格で、研究所内で高羽夫妻の世話役の様な立場だった。
ミフネも、よく禁煙しろと叱られていた記憶がある。
『本当にイネルバさんなの……』
「あのボイスログはコクピットからしてる上、ハッチをぶち抜いて〝ギガントマキア〟と同化したエーテリアスが出てきた。……そう、なんだろうな」
アイリもよく覚えている。研究所でよく面倒を見てもらって、いたずらが過ぎたら叱られた。
よく笑う優しい人だった。
「これを頼む」
ミフネはハンチング帽をイアスに預けると、壊滅した居住区へ向かうエーテリアスに向き直る。
『お父さん……』
「終わらせて、やらにゃあならん」
見上げるコクピットから垂れ下がる様にして、ただ居住区を見ているエーテリアスが、本当にイネルバなのか。生前の面影の欠片も無い以上、そんな事は判らない。
だが、ボイスログから聞こえる悲鳴と惨劇の音から、あれがイネルバ以外の誰でもないと解ってしまう。
「アイリ」
『なに? お父さん』
「最近な、ちょっとばかり腰が軋む。帰ったら油注してくれ」
『……分かった。だから、絶対に帰ってきてよ』
「ああ、行ってくる」
ミフネはエーテリアスと並走する。
こちらの足で並走出来る程度の速度だが、巻き込まれたら一堪りもない。
コアのあるコクピットは見えているが遠い。掴まってよじ登る手もあるが、落ちたら最後だ。
「ミフネさん!」
「おう、なんか手はあるか?!」
問うが頭を横に振る。相手は巨大で、常に動いている。落とし穴でも掘れれば、どうにか動きは止められるだろうが、そんな事が出来る爆薬の類いは無い。
救いなのは、こちらに対して特に何かをしてくる気配は無い事か。
「しかし、改めて見ると本当に特撮の怪獣ですね」
「映画の撮影なら、いくらか気楽でしたね」
本当にそうならよかった。
だが、映画は映画だ。結局、どんな悲劇も喜劇も自分自身で幕を引かなければならない。
「雅は?」
「今、あちら側で様子を見ています。何か違和感があると」
柳の視線の先、眉をしかめる雅が居た。
彼女なりに何か考えがあるのか、それとも攻めあぐねているだけか。
だが、意を決した様に雅がエーテリアスの腕を斬り落とし、続けざまで首をもう一度斬り落とそうとした瞬間、違和感の正体が現れた。
「ボスが斬った腕からエーテリアスが生えたよ?!」
蒼角が驚愕する。否、蒼角だけではない。全員がその異常な光景を見て驚愕する。
雅が切断した左腕、その断面から出血するかの如く、先程の謎のエーテリアスと同型の個体が湧き出してきた。
「帰る……」
「ユーリィ、約束……」
その有り様はボイスログと合わさり、物語に出てくる亡者の群れの様だ。
「エーテリアスの集合体とでも言う気か?」
苦々しくミフネが吐き捨てる。
今のところ、移動による被害はホロウの構造体が変異する程には出ていない。
だが、あれが居住区へ辿り着いた時、何が起きるか予測出来ない。
「……あのエーテリアスの群れを頼めるか」
「構いませんが、ミフネさんはどうするのですか?」
「奴を、イベルナを解放する」
言うなり、右腕を射出して巻き取り背中の辺りに取り付く。
歩く度の揺れに振り落とされそうになるが、歯を食い縛り耐える。
あの日、何が起きたのかすら理解出来ず、ただひたすらに成り果ててしまった仲間を葬り、どうにかアイリと数人を救出出来た。
だが、それだけだ。たったそれだけ、探し出す事すら出来なかった。
だから今日、あの日出来なかったそれを終わらせる。
「無事か」
「雅か。お前さん、よく立てるな」
急な山肌の様な装甲にしがみついてよじ登るミフネに、一体どういう仕掛けなのか平然とした雅が隣に立つ。
「話は柳から聞いた。活路を開く」
「助かる……、なんだ!?」
突然、〝ギガントマキア〟が咆哮する。
一体何が起きたのかと、ミフネは辺りを観察するとある事に気づく。
「居住区が視界に入ったのか?!」
「一つ聞きたい。……あの居住区、生存者は居たのか?」
「……軍や治安局が来た時には、手遅れだった」
「そうか……」
まるで、歓喜の咆哮だ。
エーテリアスのおぞましい叫びに、雅ですらそう思ってしまう程に、〝ギガントマキア〟の咆哮には色があった。
「ユー…リィ…あなた…やく…そく…」
「斬るぞ」
「頼む」
それだけ言うと、雅は〝ギガントマキア〟の背を駆け、再び首を斬り落とした。
「行け!」
咆哮は止まり、突然の変化に〝ギガントマキア〟が身を捩り、切り口からエーテリアスが湧き出す。
雅はそれら全てを斬り払い、ミフネは射出した腕で自らを引き上げ、一気に肩まで登る。
「ユーリィ……ママ……」
「ああ……、そうだな」
ミフネの視界、そこから見える景色。
あの壊滅した居住区の中央辺り、そこがハーシー家だった筈だ。どうにか形を保っているだけの家屋、報告では夫のケリーはユーリィを庇う様に倒れていた。
「ユーリィ…あなた……」
「イネルバ……」
もう、眠れ。
ミフネは左腕を〝ギガントマキア〟の肩に打ち込み、それをアンカー代わりにコアの側まで降り、右前腕の装甲を展開、高速で回転させて薙ぎ払った。
「よく、頑張ったな」
消えていくエーテリアス、崩れていく〝ギガントマキア〟の残骸。自由落下の中、それらを見送りながらミフネは黙祷を捧げる。
恐らく集合体ではなく、そういう能力だったのか。周囲の湧き出したエーテリアスも消えていく。
雅と共に着地し、最後の残骸が地に崩れ落ちると最後のボイスログが流れた。
掠れて、途絶え途絶えのそれは最後の声だったのだろう。
しかしそれは、死に向かう悲壮のそれではなく、誰かの誕生を祝う歌だった。
「誕生日おめ…でとう……ユーリィ……」
それを最後にボイスログは終了し、エーテリアス〝ギガントマキア〟も完全に消滅した。
強大な存在を討ち果たした達成感もあるが、今は全員がもの言わぬ残骸に黙祷を捧げた。
「……任務完了。皆、帰ろう」
誰もが黙って帰路に着く中、ミフネは煙草に火を点け、小さくぼやいた。
「すまんな、イネルバ。禁煙はまだ無理そうだ」
そして、全員が零号ホロウより帰還し、六課の面々は報告の為にH.A.N.D庁舎に戻り、月明かりの下でミフネは自宅の前に立っていた。
小さな二階建ての家には灯りが点いて、アイリが戻っている事が分かる。
あの日、誰もがこれを見たかった。ここに戻りたかった。だけど、誰も見られず戻れなかった。
「……ただいま」
ミフネは意を決して、自宅の扉を潜る。
「おかえり。お父さん」
エプロンと手袋を着けたアイリが出迎えた。
気丈に振る舞っているが、顔には涙の跡があった。
「ご飯とお風呂は?」
「飯はいい。風呂は、向こうで借りた。スゴいぞ。俺が入ってる間に、洗って乾かしてくれた」
「凄いね。やっぱりお金がある所は」
「ああ、そうだな」
靴を脱ぎ、居間に向かうと座布団ではなく、シートが敷かれていた。
「ほら、上着。ついでに帽子も。腰、軋んでるんでしょ?」
「ああ」
ジャケットとハンチング帽をアイリに預け、シャツを脱いでシートに座る。
少しして、アイリが油差しと厚手の布を持って戻ってきた。
「あー! また適当に差したでしょ! 滲んでるじゃん」
「す、すまん」
「まったくもう! 腰とかは私がやるから、勝手にしないでっていつも言ってるのに」
「いや、どうにも気になってな」
気になったなら言って。と、見えないが確実にむくれながら言っているのが判る。
十年、いや十年以上の付き合いだ。それぐらいは判る。
「アイリ」
「動かないで。垂れたらズボンに染みちゃうから」
「泣きたいなら泣けばいい。お前の事だ。店長達の前じゃ我慢してたろ」
「………お父さん」
アイリの手が止まり、背に頭突きの勢いで額が当たる。
「イネルバさんね、私が研究所で迷子になったら一番に見つけてくれたの」
「ああ、それで思いっきり叱られてベソかいてたな」
「お父さんもじゃん」
「そうだった。お前から目ぇ離してキレられたんだったな」
懐かしい。
あの後、結局は研究にかまけていた愛那と理人が悪いとなって、二人もついでに説教されていた。
「それから、いつかユーリィ君に会わせたいって……」
「そうか」
「ねえ、お父さん。……イネルバさんは会えたかな」
「会えたさ。会えなきゃおかしいだろう」
だよね。
と、アイリの啜り泣く声が止むまで、ミフネは黙って背中を貸していた。
イネルバ・ハーシー
高羽研究所所属の研究員。旧都陥落の日、突如現れたエーテリアスから他研究員や職員を連れて、頑強な地下ドックまで避難し、そこで試作されたまま保管されていた〝ギガントマキア〟を使い、他避難者と共に脱出を図るも、あと一歩のところで重篤なエーテル侵食を受けてしまい、他避難者と共にエーテリアス化する。
十年間出現しなかったのは〝ギガントマキア〟に搭載された対エーテル侵食機構によるもの。
一度目の出現でエーテリアス化した他避難者のコアを破壊された為、イネルバがコアとなった。
家庭では強くも優しい母であり、ユーリィの入院する病院と研究所を行き来する毎日を送りながら、研究所でも頼れる副所長としても活躍していた。
ケリー・ハーシー
ホロウ研究所警備員。
旧都陥落の日は息子ユーリィの三歳の誕生日であり、パーティーの準備をしていた。
息子ユーリィをエーテリアスから庇い、命尽きるまでユーリィを守り続けた。
ユーリィ・ハーシー
ケリーとイネルバの息子。
生まれつき体が弱く、入院生活が続いていたが、三歳の誕生日を機に退院が決まり、退院後に誕生日パーティーを迎える予定だった。
エーテリアス〝ギガントマキア〟
高羽研究所制作の対ホロウ制圧用超大型機械人素体がエーテリアス化した。
エーテリアス化した際に、他避難者も取り込む形になっており、コアが複数存在する様な不安定な存在であり、生前に抱えていた思いに関係した行動を取る様になる。
また、制圧用とは銘打たれてあるが、実質ホロウ内の移動拠点の様な造りとなっており、人員・物資輸送や救助救命装置を目的とした機能を内蔵していた。
しかし、巨大さ故に論理コアからの命令伝達速度の問題や負荷、そして素体自体のフレーム材の強度問題等、様々な問題から試作機が造られて終わった。
高羽両博士曰く、予算もう一桁と時間があれば完成したらしい。
◯◯年後のミフネさん家
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