とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
高羽式素体
「お父さん、やっぱり本格的に整備受けようよ」
「あぁ?」
居間で茶を飲んでいると、アイリが急にそんな事を言ってきた。
「また身体中軋んでるし、私が油差すだけじゃ足りないよ」
「整備、ねえ……」
ミフネは湯飲みを傾けながら考える。
最後に本格的な整備を受けたのは、軍を退役して完全に離れる前。それからは自身のオートメンテナンス機能と自己修復機能に任せていた。
確かに、そろそろ本格的な整備を受けた方が良いかもしれない。
しかし、あまり気にする必要は無いが問題がある。
「この素体を診れる奴が居るのか?」
ミフネの身体はアイリの両親がミフネ用に造ったもの。言ってしまえばほぼ一点物で、内蔵機能もあの二人が独自に考案したもの。
あの二人が組み上げたこの身体、その辺りの奴には診せたくない。
「居るじゃん。すんごいメカマニアで絶対に手抜きしない人」
「居たか?」
「居るよー」
アイリはこう言うが、ミフネには覚えが無い。
エンゾーかと思ったが、アイリの説明とは違う気がする。
仮にエンゾーならアイリの迎えついでに放り込まれている筈だ。
「じゃあ、行こうよ」
「行くって何処へだ?」
「白祇重工」
「は?」
白祇重工、旧都から続く建築工事を主体とした重工業グループで、建築工事以外にもホロウ内特殊作業重機の生産等、新エリー都のインフラの一角を担う複合企業でもある。
また、その仕事内容から熊のシリオンが多く在籍している事も特徴であり、人よりも熊が多いと揶揄される事もある。
とある事件から倒産寸前まで追い詰められていたが、先代社長の娘を筆頭に古参従業員達の尽力により獅子の如き威風を誇る様になった。
「やっぱりおっきいね」
周りに比べると小柄なアイリが見上げる風景は、普段よりも圧倒される。
なにせ、ミフネと同等かそれ以上の巨体が何十人と居るのだ。160cmあるかどうかのアイリでは毛皮の森に迷い混んだ様なものだ。
「で、話はつけてあるんだな?」
「うん、ノックノックで。文字なのに飛び掛かってきそうな勢いだったよ」
「そうか」
ミフネは溜め息を吐いて、周りを見る。
初めは見分けがつかなかったが、こうして見ると個人差というのが判ってきた。
当然というべきか全員が同じ様な姿でも、身長や体格に微妙な差がある。
その中で一際目立つ、貫禄を発する白い作業着のシリオンを見つけた。
「あ、ベンさんだ!」
「お? おお! アイリさんか! それにミフネさんも。グレースから話は聞いてるよ」
左目が傷に覆われた熊のシリオン〝ベン・ビガー〟。
白祇重工では人事と財務を担当する幹部であり、現場でも活躍する忙しない人物だ。
「それにしても、アイリさん。前より背が伸びたんじゃないか?」
「まあ、あれだけ食っちゃ寝してたら伸びるだろうよ」
「お父さん! デリカシー!!」
「へいへい。それより離れろ。ベンさんの仕事の邪魔すんな」
ベンにしがみついていたアイリを引き剥がす。
アイリは親しい一部のシリオンや人に会うと抱き着く癖がある。小さい頃からの癖だが、一向に直る気配が無いのがミフネの悩みの種でもある。
「まあまあ、俺は別に構わないよ。しかし、ミフネさん」
笑うベンだが、困り眉を更に困らせてミフネに耳打ちする。
「本当にグレースでよかったのか? あ、いや、グレースの技術や知識に問題があるとかじゃなくてだな……」
「構わんさ。ビリーの若造はビビってるが、グレース女史の腕はあの重機を見りゃ解る」
ミフネの視線の先には作業場、ホロウ内へと運ばれていく特殊作業重機が積まれたトレーラーがあった。
意識と人格を持つ白祇重工の重機、それらがこうして大人しく従っているのも、この会社と従業員の人格あっての事だろう。
「そうか。だが、何かあったら呼んでくれよ? 話があってから、グレースはかなり興奮してるんだ」
「ああ、うん。ノックノックでも凄かったもん」
「そりゃまたなんでだ……」
と、ミフネが言ったタイミング。そこで白祇重工の簡易事務所のプレハブ小屋の扉が蹴破られた。
その音に振り向くと、お馴染みの二人が今にも駆け出さんとするある人物を止めようと、必死の形相で絡み付いていた。
「グレース! 止まれ!」
「落ち着け姉貴!」
「アンドー、おチビちゃん。それは無理だよ!! あのミフネさん、高羽式重戦闘用素体の整備!! それを任されたんだ!! 今すぐにでもお迎えに……!!」
「いや、来てるが?」
二人に足を掴まれ、耐えきれなくなって倒れたグレースの視界に革靴とスラックスの太い足が映った。
そして見上げると、その足に見合う鋼の巨体。
グレースが夢にまで見た男が、呆れた様な顔で立っていた。
「ミフネさん……!!」
「はいはい、落ち着け。アイリ」
「はい、グレースさん。これ、私なりにお父さんの身体で気になる所のリスト」
今にも立ち上がって、ミフネに飛び掛からんとした様子のグレースにアイリがルーズリーフのメモを手渡す。
すると、まだ押さえ付けていたアンドーとクレタの二人を振り払って立ち上がり、そのメモを穴が開く程に熟読し始める。
その様子は先程までとは違う。
白祇重工の技術主任〝グレース・ハワード〟。白祇重工の特殊作業重機生産の核と言える人物。
その責任を一手に担う技術者は、素人のアイリのメモからミフネの身体の問題を見抜いた。
「うん、このメモからだとフレームの歪みが原因の様に見えるね」
「ほう、よく解るな」
「まあ、アイリのメモがよく纏まってるからね。さあ、ミフネさん。こちらへ」
グレースの案内に従い、白祇重工社内にある作業重機専用の整備ドックへ入る。
所狭しと並ぶ重機や工具、オイルやその他の薬剤が詰まった缶。だが、散らかっている訳ではない。
その奥にあるミフネは見慣れた機械人用の整備台、そこにジャケットとポロシャツ、ハンチング帽を脱ぎアイリに渡してから座る。
「それじゃ、頼む」
「はい! それじゃ、開けるよ」
胸部装甲のロックを外し、身体の各部にある整備用ハッチも開く。
そして、内部機構を見たグレースは感嘆の吐息を漏らす。
「凄い……」
「なあ、姉貴。オッサンの身体はそんなにすげえのか?」
クレタも職業柄、重機の整備をする事はある。
だが、それでもグレース程の知見は無い。
故にミフネの身体の何処にそれほど感嘆するのかは理解出来ない。
「いいかいおチビちゃん。高羽博士と言えば、機械人素体研究とエーテル工学の権威。その二人が作り上げた素体。高羽式重戦闘用素体、技術者から見たら宝の山だよ!」
目を輝かせるグレース、その様子はまるで本当に好きなものを目の前にした子供のそれだ。
「この動力パイプの位置と伝達ケーブルの配線、それにこのフレームも、なにもかもが夢の技術の集合体と言えるね」
「ふふん」
「いや、なんでアイリが得意気なんだよ? つか、離れろ!」
クレタに抱き着き、頭に顎を乗せたアイリが鼻を鳴らす。
「私のパパとママだもん」
「流石は高羽博士だね。一般の素体には無い食事機能、曖昧な感情表現デバイス。こう言うとあれだけど、人間らしさが他の機械人と一線を画している」
「あいつら曰く、画一化された表現能力は逆に論理コアに負担を掛け、判断能力を低下させるらしい」
「へえ? というと?」
「軍の機械人は命令第一で行動する。それでは論理コアの成長を阻害して、緊急時の判断を誤る。という理屈らしいな」
まあ、俺は知らんがな。
そんな言葉を聴きながら、グレースはミフネの体内の確認を進めていく。進めていく度に、自身の知識が更新されていく感覚がある。
「動力系や伝達系、制御系は異常無し。となると……、やっぱりね」
ゴーグルに付いたライトで胸部から下、脇腹の辺りを照らす。
そこに、やはりアイリのメモ通りにフレームの歪みの様だ。
「脇腹の内部フレームに歪みがあるね。最近、強い衝撃を受けたりした?」
「強い衝撃? ……あ?」
「お父さん? また、なんか無茶したの?」
クレタに抱き着いたまま、アイリが怒気を孕んだ目を向けてくる。クレタはアイリを引き剥がす事を諦めた様だ。
「……いや、なんもしてねえぞ」
「嘘。朱鷺さん達のあれだね」
「あー、それはだな……」
フレデリックのクソガキめ。
どうやら、フレデリックからもらった一撃が妙にいい角度で入っていたらしく、その衝撃から内部フレームにダメージが入っていた様で、そのダメージが全体の軋みに繋がっていたという事だった。
「もう! どうして言わないの!!」
「お前に言ってどうなるってんだ!」
「まあまあ、二人共。とりあえず原因は判ったんだ。あとは治すだけだろ?」
ベンが諫めて、アンドーが力強く頷く。
「しかし、高羽式重戦闘用素体は戦車砲の直撃すら耐えると聞くけど、どうやってこんなダメージを?」
「けっ、昔のツケを払っただけだ」
アイリが凄い目を向けてくるが、話してどうにかなるものではない。
「つか、ミフネの旦那は戦車砲なんか食らった事あんのか?」
「昔、あちこちでドンパチやってた頃にな」
「それも聞いてない……」
「お前が産まれる前の話だからな」
「よし、他に問題は無し。強いて言うならフィルターの掃除かな?」
グレースがミフネの胸部から顔を出す。
その言葉にアイリが眉をしかめた。
「グレースさーん。そのフィルターって吸気フィルター?」
「うん、そうだけどそれがどうかしたのかい?」
「お父さん、やっぱり煙草辞めてなかったね?」
「そんな事ないぞ」
「お父さん……!!」
アイリの怒号に全員が苦笑し、それを聞きながらグレースは工具の用意を進める。
パーツ交換の必要も無い軽い損傷だが、箇所が箇所だ。
これは念入りに診る必要があるだろう。
「とりあえず来月のお小遣い減額ね!!」
「なっ! お前そりゃねえだろ!?」
何処か懐かしさの様なものを感じる会話。
それに笑みを溢し、グレースは作業を進めた。
次の長編はアンビー&11号を予定中。予定としてはタクシードライバーとおでん屋のオッサン二人が動く感じになりそうです。
◯◯年後のミフネさん家
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