とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
「お父さん、こっちこっち」
「まだ買うのか? これ、この間買ったのと同じじゃねえか」
「全然違う!」
ルミナスクエアのショッピングモール、そこでミフネはアイリの荷物持ちをしていた。
「これは記念限定版、前のは通常版。全然違うの!」
「つっても、中身は一緒だろ?」
「ちーがーうーのー!」
アイリが抗議するが、ミフネにはこのビニール袋の中身の差が分からない。
アなんとかとか言う歌手のCDなのだが、確かに先月同じものを買った筈だ。
「もう、お父さんの石頭」
「特殊合金製の身で石頭か」
「そういうとこが石頭なの! ほら、次は靴買いに行こう」
スカートを揺らし、ミフネの空いた手を引く。
アイリとミフネでは、体格も力も違う。それでも、ミフネはアイリに手を引かれるまま動いた。
――ほら、トシゾー。こっちこっち
――来たか。トシゾー、これを見ろ。僕達の新作だ
一瞬、視界にあの日の二人が写り込んだ。
まだなんでもない、ただの研究者と軍人でしかなかった日。誰も欠ける事は無いと呑気に考えていた。
「お父さん、どうしたの?」
「いや、……二人に似てきたな。とな」
「そんなに?」
「ああ」
本当に似てきた。
赤い髪は愛那、少し垂れ気味な目は理人。よく泣いたり笑ったりするのは二人で、一定以上に怒ると武器を持ち出すのは愛那。
母親の比率が高い気がするが、そんなものだろう。
「へー、ふーん」
「なんだ?」
「お父さんには似てない?」
「俺なんかに似るなよ。ろくでなしになる」
「えー、そうかな?」
そうだ。
どんなに御託を並べても、結局は暴力で解決する以外の生き方をミフネは知らない。
今、アイリに見せている姿も愛那と理人の真似を、出来る限りでしているだけだ。
「私、結構お父さんに似てると思うよ」
「やめとけ。碌な事にならん」
「そんな事ないって」
「……そうかよ」
本当に似ないでいいのにな。
ミフネは口にはしなかったが、本音はそうだ。
「ほら、早く行こ」
「ああ」
手を引かれるまま、モールの靴売場へ向かう。
どこの売場も休日とあって、人でごった返している。
「お父さん、これどっちがカワイイかな?」
アイリが持っているのは、ハイヒールと厚底のブーツの二種類。
ミフネはそれを見て、カワイイとは、と首を傾げる。
「あ? カワイイ? 靴は靴だろ」
「もー! こういう時はどっちか選ぶの!」
「そうなのか? なら、両方やめとけ」
「えー、なんでよ?」
「ヒールも厚底も足首を痛める。捻って喚いても知らんぞ」
前もそれで失敗したろ。
ミフネはそう言い、手頃なスニーカーを親指で示す。
「おめえらくらいのガキは、これで上等だ」
「えー、かわいくない」
「また背ぇ伸びて合わなくなんだからそれにしとけ」
以前もやけに厚底のブーツを履いて、顔からすっ転んだ事を忘れたのか覚えてないのか。
どちらかは分からないが、仕方ないといった感じで不承不承と棚に戻す。
「じゃあ、選んでくる」
「んじゃ、そこで待ってるぞ」
スニーカーコーナーが見える位置にあるベンチに座り、一息つく。
愛那もそうだったが、どうして女の買い物というのは長いのか。
とりあえずまだかかりそうなので、ジャケットのポケットから文庫本を取り出し、ページを捲る。
「失礼。隣、よろしいだろうか」
「ん? ああ、構わない」
文庫本から目を上げると、荷物を抱えたやけに目立つ男が立っていた。
仕立ての良いスーツに金の髪、それをうなじの辺りで細く纏め、左右で違う色の目といやに白い肌。異性同性構わず目を引くだろう整った顔。
まるで、物語の吸血鬼の様な男だった。
「貴公も付き添いかね?」
「ん? ああ、娘が車を出せとせっついてきてな」
「ははは、やはりどこも変わらぬものですな」
語り口は軽妙だが、使う言葉はやけに重く、芝居掛かった雰囲気だった。
若者特有のかっこつけの様な気もしたが、それとは何処か違う。
「という事は、あんたもか」
「ご名答。いやはや、女性の買い物というのは難儀なものだ」
「確かにな」
見ればまだ選んでいる。
まだかかるだろうと、再び文庫本へと視線を戻す。
隣の男も仕事かプライベートか、スマホでなにやら連絡を取り合っている様だ。
「お父さーん、これどう? って、ヒューゴさん?!」
と、思っていると決まったのか。スポーツタイプのスニーカーを持って、アイリがこちらに駆けてくる。
そして、ミフネの隣に座る男の名を呼んだ。
「これはアイリ嬢、本日はお買い物かね?」
「はい、お父さ……父と一緒に」
「アイリ、知り合いか?」
「うん、この人はヒューゴさん。店長達の友達」
「そうか」
ミフネは立ち上がりハンチング帽を胸に当て、ヒューゴに頭を下げる。
「アイリの父、トシゾーです。娘がお世話になっております」
「おお、貴方がアイリ嬢の父君でしたか。こちらこそご令嬢には世話になっている」
「いやはや、落ち着きのない娘で。ご迷惑をおかけしてないようでほっとしております」
「誰が落ち着きのない娘なの?」
「お前だよ。ガキの頃から目ぇ離したらどっか行きやがる」
「はあ!? そんなんじゃないし!」
アイリが叫び、ミフネが片耳を塞ぐ動きを見せる。
「うるせえよ。人様の前で騒ぐな」
「うぅ~……。あ、そうだ。ヒューゴさんが居るって事はビビアンさんも?」
「ああ、彼女ならあちらの店だ」
ヒューゴが指差したのは、モールに最近出店したブランドショップ。
ただの学生には手が届き難いブランドだが、少し背伸びすれば買える。
アイリはそのビビアンの居場所を聞くとミフネにスニーカーを預け、ヒューゴに頭を下げるとまっすぐにそのショップへ駆けていった。
「……落ち着きのない娘で、申し訳ない」
「ははは! 構わないとも。あれも彼女の魅力だろう」
「そう言ってもらえると助かる」
その後、ビビアンとも合流し暫しの歓談を交わし、用があるという二人と別れた。
そして、それからもアイリの買い物は続き、ミフネは両手に荷物を抱え溜め息を吐いた。
◯◯年後のミフネさん家
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