とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
あの日から数日、ミフネは中身の詰まった大きめの手提げ袋を片手に森の屋台に再び訪れた。
「よう、やってるか」
「やってるよ」
暖簾を潜ると、何時も通りのニット帽の機械人が鍋の様子を見ている。
「あれからどうだ?」
「どうだと言われたら、そうだな」
森の曖昧な返事にミフネが首を傾げると、小さな手が軽い音を立てて湯飲みを置いた。
「おちゃ、です」
「おお、有難う」
「なかなか優秀だぞ」
あれから、森は廃棄物13号の面倒を見る事にし、彼女に簡単な配膳と皿洗いを任せている。
「お前の方はどうだ?」
「収穫は無し。リェンも情報が少なすぎて、今すぐにはどうにもならんとよ」
手掛かりは少女の外見と服のみ。
いくら元情報部でもこれだけでは、身元不明者の正体はすぐには分からない。
屋台の裏で桶で皿を洗う音を聞きながら、二人は湯飲みを片手に溜め息を吐いた。
「だが、森よ。お前は見当がついてんだろ」
「……大方、な。今は裏取りだ」
「言えねえ事か?」
「言えない。というより、今の段階では言いたくない。だな」
森が軍を抜けたのは、ミフネよりも後。それ以前から親交があり、アイリもよく懐いている。
そして、ミフネが軍を抜けたのが大体十年前。その期間、ミフネも知らない期間に何かがあったと見るべきか。
「たいちょー、おさらおわった」
「ご苦労、〝サティ〟。休憩に入りなさい」
「りょーかい」
廃棄物13号改め〝サティ〟は、頭のニット帽のボンボンを揺らしながらコンテナに座り、ポケットから出した例のスプーンで森がよそったモツ煮を食べ始めた。
「こぼすなよ」
「りょーかい」
「アイリのお古ならまだある。気にするな」
「そうもいかん。行儀はきちんとしなくては」
苦労するのはあの子だ。
森は湯飲みを傾け、茶を啜る。
昔の伝を頼りに色々と情報を探ってはいるが、肝心の情報はまだ手に入らない。
いや、手に入ってくれるなとすら考えている。
もし、森の予感が正しく、あれがまだ続いていたとしたら、間違いなく今を捨てて最悪の行動を取る。
その確信が自身の中にある。
「で、だ。一応、今日も持ってきたぞ」
「すまんな。洗濯しても気付いたら汚れている」
「そんくらいのガキはそんなもんだ。アイリの奴なんぞ、気付いたら整備用の油塗れだったぞ」
「そ、そうか。……ほら、サティ。ミフネが着替えをくれたぞ」
森が声を掛けると、椀に突っ込む様な勢いでモツ煮を食べていた顔を上げる。
この雑に市販の材料を煮込んだだけのモツ煮の何が、ここまで彼女を惹き付けるのか。とりあえず、手拭いで汁塗れの顔を拭いてやると、サティはミフネの方へと駆け寄った。
「じぃじ、ありがと」
「じっ……?!」
「ふははは! ミフネ、じぃじだとよ……!!」
「笑ってんじゃねえ! 大体、てめぇも歳変わんねえだろうが!!」
「ふっふふ……。いや、俺の方がお前より五つ若い」
「変わんねえ!! それに俺が爺ならてめぇは俺のガキか?!」
「ふっ、父さん。そろそろ屋台以外の店を持ちたいんだが?」
「言ってろ。バカが」
茶を飲み干し、そっぽを向く。
偏屈な頑固者、ミフネの性格上機嫌を損ねると面倒臭い。
なので、まだ出来たばかりの大根とがんもどきを差し出す。
「……けっ、牛すじもだ」
「強欲だな」
「じぃじ、じぃじいや?」
「ふっ!」
「……あー、もー、じぃじでいいよ! じぃじで!」
特にサティの表情に変わりはないが、泣く子と地頭にゃ勝てぬと、やけくそにミフネは了承した。
「〝シード〟の奴が今のお前を見たら、なんと言うだろうな」
「へっ、あの堅物の良い子ちゃんの事だ。どうせ、キザったらしく笑うだろうよ」
湯気の立つ大根を割らずにそのまま口に放り込み、二度三度噛んで飲み込む。
懐かしい名だ。最後に会ったのは、旧都陥落の前年だったか。今はどの部隊に居るのか。
「ミフネ」
「んだよ」
「……軍でやり残した事や後悔はあるか?」
「んなもん、両手じゃ足りん。……部下も仲間も、あいつらも救えなかった」
今も時折思い出す。エーテリアスの進攻を止めようと散っていった部下、民間人の救助に向かい帰ってこなかった仲間達。
エーテリアスと化した同胞や同僚を葬り、急いで駆け付けたが間に合わなかった親友二人。
それ以外にも数えだしたらキリがない。
「森、何があったかは知らんし、お前が語るまで聞く気もない。だがな、過去ばかり見るなよ」
「……分かっているさ」
「それじゃ、俺は帰る」
「じぃじ、かえる?」
「ああ、帰る。チビ、森の言う事をちゃんと聞けよ」
「りょーかい」
「良い返事だ」
そう言い残し、ミフネは去っていった。
「過去、か」
見る気は無くとも、過去はこの目に焼き付いている。
この手に染み付いている。
疑うべきだった。例え命令でも、異を唱えるべきだった。
有り得ない少数による軍内部の不穏施設の制圧任務。
当時の上官は何も知らなかったのだろうか。それとも、あの地獄を知っていたのだろうか。
自身の論理コアが一瞬、現実の認識を拒もうとする光景。
何も理解出来ていない様子で、それでも必死にこちらに立ち向かってくる少女達。
森からすれば、まだ新兵程度の者すら居た。
同じ顔の、同じ装備をした少女達。
「たいちょー」
「どうした?」
「どっかいたい?」
「……いや、大丈夫だ」
こちらを見上げる目に邪念の類いは無い。
だが、こちらを見上げる顔も目もあの少女達と同じ。
あの日、自分が斬り捨てた少女達。その少女達を犠牲とした絶望と悪夢の施設。
今でも思い出す地獄。
「サティ、夕飯は何がいい?」
「モツに」
「お前は本当にそれが好きだな」
あの地獄の中、誰も救えなかった。
冷たく、動かなくなった肉の塊の感触。人ですらない肉塊が浮かぶ培養槽。
人の感情を感じない無機質な施設。
あそこは間違いなく、人間という生き物が作り出した地獄だった。
「はじめてたべた」
「そう、か……」
「たいちょー?」
あの地獄がまだ続いているのか。
そうではないのか。
「……さて、夜の営業が始まる。準備をしなくては」
「がんばる」
「ああ、頑張ってもらおう」
万に一つの可能性、ただの迷い子であってほしい。
そんな砂粒の様な可能性を、森は祈った。
◯◯年後のミフネさん家
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