とあるタクシードライバーの日々   作:サビサビボンプ

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銀の後悔

「隊長、お久し振りです」

「ああ、久しいな。……首尾は」

「……まだ確定ではありませんが、限りなく黒かと」

 

渡された資料を見る。

そこには政財界の重鎮の名と、使途不明の金の流れが記されていた。

 

「収益の一部が恐らく……」

「ご苦労。……郊外に話は通してある。そこに行け」

「はい」

 

元部下をそれとなく見送り、森は再び資料に目を落とす。

 

クローニングによる兵力増強計画

発案者並びに実行者¦処分済み。担当医官は追放

注釈¦処分済みとあるが、個人的所感ではまだ何処かで生きている可能性は高いと見る。

生存者¦〝11号〟は現在、オブシディアン大隊オボルス小隊所属。小隊内の人間関係は良好。同小隊隊長〝鬼火〟は信頼できる人物と判断。

実験部隊〝シルバー小隊〟は壊滅済み。

尚、情報における成功個体の一人〝0号〟の安否と行方は不明。

 

「いかんな。目が滑る」

 

否定してほしかった内容に、流石の森も嘆息する。

自分が殺した〝シルバー小隊〟。彼女らに生存者が居て、新設のオボルス小隊に所属しているという情報に森は安堵すると同時に、〝0号〟の安否が気に掛かる。

資料によると、採用されるのは〝11号〟ではなく〝0号〟の予定だったが、〝0号〟の突然の自傷により廃棄したとある。

しかし、森は彼女達の生命力を知っている。体力や身体能力に優れるシリオンならまだしも、人間、それも十代後半辺りの女性の体力では、行動は不可能な致命傷を与えても彼女達は極短時間だが戦っていた。

資料から、森が戦った少女達は不採用個体であり、その不採用個体でもあの生命力なら、間違いなく〝0号〟は生存している。

 

「生きていてほしいと願うのは、身勝手が過ぎるか」

「何が身勝手なんだ?」

 

独り言に答える重い声。

ミフネだ。

 

「よう、森。チビは?」

「サティならここで眠っている」

 

森が指差す先には、コンテナを組んでクッションを敷いたベッドで眠るサティが居た。

 

「……森、ちょっと場所変えようや」

「いや、サティから離れる訳には」

「そこだ。そこなら、ここも見える」

 

ミフネに従い、道を挟んだ正面にある自販機の側へ行く。

ここならなら屋台が見え、仮に何か起きても一足飛びに向かえる。

 

「リェンからの情報だ。まあ、お前が持ってる情報と被るだろうがな」

「そうか。感謝する」

 

封筒を渡す。中身はやはり、同じ情報だった。

元部下と元情報部、これで完全に裏付けが取れた。

取れてしまった。

 

「森」

「なんだ?」

「逸るなよ」

「ああ、理解している。だが……」

 

見れば見る程、最悪な情報だ。

否定したかった。あってほしくなかった現実だけがそこにある。

 

「恐らくだが、チビ助は名乗った通りの扱いだったんだろうよ」

 

軽く言うミフネだが、その判り難い顔が示す感情は不快と怒りの色に染まっている。

 

「ああいうガキを出したくないから、軍人やってたんだがな……」

「どうにもならん話だ。ミフネ、煙草あるか?」

「あるぞ」

 

懐から煙草を取り出し、軽く揺すると丁度二本頭を出す。

二人はそれに火を点け、重い煙を吐き出す。

理想に燃えた時期は確かにあった。だが、現実は簡単に理想を押し潰す。

 

「で、どうするんだ?」

「これはもう、軍から離れた案件だ。報せても今の防衛軍は動かんだろうな」

「仮に動いても隠蔽か、最悪は囲って再利用か」

 

反吐が出る。

ミフネは煙草を握り潰すと、足元の排水溝に放り捨てる。

普段はやらない事だが、こんな事でもしたくなる。

 

「……今、考えているのはサティを連れて郊外へ行く事だ。あそこならTOPS連中でも、気軽には手を出せん」

「なら、俺に伝がある。実力もあるし、郊外での立場もしっかりした連中だ」

「そうか。なら……」

 

と、森が屋台に戻ろうとした時、二人の目の前に一台の車が止まった。

二人には見覚えのある車体。昔、軍で使用されていた装甲車だ。

 

「森!!」

「しまった!」

 

二人が動きを見せた瞬間、装甲車の覗き窓から消音器付きの銃口が幾つも飛び出し、全てが二人に向けて火を吹いた。

 

「この……!」

 

銃弾の雨の中でミフネは拳を構えたが、車体の位置と強度、自身の出力から振り抜けばサティが眠る屋台へ向けて横転すると、一瞬の躊躇いが生まれた。

その一瞬の躊躇いの中、足元に転がってきたものがあった。

 

「くそっ!」

 

固く尖った音を立て、転がった筒は直ぐ様濃霧の様な煙を吐き出し、二人の視界を遮った。

 

「森、無事か!」

「ああ。だが、この歳で銃弾は少し堪えるな」

 

煙幕が晴れ、視界が正常に戻る。

既に装甲車の姿は無く、屋台にも変化は無い。

 

「一体、なんだってんだ?」

「判ら……、サティは?!」

 

森の気付きに屋台へ走る。

荒らされた形跡は無い。だが、そこには確かに居ない。

屋台の裏で眠っていたサティの姿が。

 

「わ、私とした事が……」

「落ち着け。口調戻ってんぞ」

 

サティが使っていたタオルケットを手に呆然とする森だが、すぐに我を取り戻す。

 

「ミフネ、連中の居場所は判るか?」

「リェンが用意したキャロットデータが入った端末がある。……行くぞ」

「ああ。その前に家に寄ってくれ」

「分かった」

 

少し離れた駐車場に停めていたミフネの車に乗り込み、森の自宅へ向かう。

その間、暫くは無言の二人だったが、森が口火を開いた。

 

「……ミフネ、あの資料は読んだか?」

「触りだけな」

「あの子、……サティは軍の実験で生まれたクローンだ」

 

俺達、機械人兵に対する反対派閥によるな。

嘗ての昔、鬼族を始めとする異民族との抗争が具体的になる気配を見せ始め、いまだにホロウに対する有用な手立てが無かった時代。

防衛軍では二つの派閥が争っていた。

 

知能機械人を中心とした戦力の拡充を勧める機人派

あくまでも人間を中心とした戦力を勧める人心派

 

アイリの両親、愛那と理人もこの流れで軍の研究員として採用された。

最初は両派閥共に手を取り合えてはいた。だが、次第に人間と機械人の差が出始めた。

人間の兵士は長い訓練が必要だが、機械人の兵士は短い訓練で済む。

人間はエーテル物質に対する耐性に個人差があるが、機械人にそれは無い。

ホロウという絶対的な脅威を前にして、防衛軍内で機人派が支持率を伸ばしてきたのだ。

 

「まあ、伸ばしてきたと言っても、軍という組織がそれ一辺倒になるなんて事はない。だが、連中は逸った」

 

それを理解していた機人派や人心派は、表向きは互いに争う事をしなかった。だが、それでも一部の連中は暴走した。

元々、機械人やシリオンに対して差別的な思想を持つ連中が、どこからか金と人材を秘密裏に集め、人心を越える研究を始めた。

 

「それがチビ助か」

「サティ達、だ。ミフネ、俺は上からの命令でその計画を潰した。サティと、同じ顔をした少女達を斬り捨てたんだ」

 

ハンドルを握るミフネは何も言わない。

ただ、無言で煙草に火を点けた。

 

「そして、その潰した筈の計画はまだ動いていた。一番最悪な形でな」

「………」

「クローンによる臓器売買。連中はクローンを使い、臓器売買を始めた。サティもそのクローンだ」

「森」

「まだ尻尾は掴めてないが、確実にTOPSが絡んでいる」

「一応、言っとくぞ。俺はお前の骨は拾わんぞ」

 

紫煙を吐き出し、車を停める。

ミフネが親指で指し示すのは森の自宅だ。

 

「俺もお前も、もう軍人じゃない。過ぎた事に対する償いのつもりなら言ってやる。調子に乗んな」

「……っ?!」

「どうせ、刺し違えてでもとか考えてんだろ。馬鹿かてめえ。てめえが死んだらチビ助はどうなる? 俺は面倒見ねえぞ」

「だが、私は……」

「私も綿菓子もねえんだよ。てめえの償いをチビ助に背負わせんな。さっさと準備して来い」

「………すまん」

 

一度歯を軋らせ、深く深く息を吐いて、森はミフネに頭を下げて、車から降りる。

そして、家賃の安さ以外に取り柄の無いアパートの階段を上がり、自室の一番奥の押し入れを開ける。

 

そこにあるのは特務憲兵の制服。

全てが黒に統一された制服と外套に着替え、平穏の象徴のニット帽を制帽に替える。

そして、押し入れの最奥。そこに眠る様に安置された一振の太刀。

機械人が振るう為に特殊エーテル合金で鍛造されたそれ、もう二度と手にする事は無いと思っていたそれを森は手にした。

 

「……待たせた」

「おっ、決まってるじゃねえか」

「茶化すな」

 

ミフネの元に戻ると、軽い調子でミフネが煙草を差し出してくる。

それを受け取り、火を点けてから後部座席に乗り込む。

 

「さて、お客さん。どちらまで?」

「うちの従業員を迎えに行く」

「はいよ」

 

リェンから受け取った端末を車のナビに繋ぐ。

森は目を閉じ、愛刀の鞘を握りしめる。

償いを背負わせるな。

ミフネの言葉に思わず笑いが溢れる。

車が法定速度ギリギリのスピードで走る中、ミフネがこちらに振り向いた。

 

「どうした? さっきまでの辛気臭さがねえじゃねえか。なあ、森少佐」

「ふっ、迷いが消えただけだ。運転は前を向け、ミフネ大尉」

「へいへい、イエスサー」

 

紫煙漂う車内、二人の古兵は凶悪な笑みで目的地へ向かった。

◯◯年後のミフネさん家

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