とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
「何故、仕留めなかったの?」
銀の少女は鈍銀の兵士に問う。
スポンサーから送り付けられてきたこの機械人は何も言わない。
ライフルを抱えた鈍い銀に近い鉄色の身体を畳む様に座り、カメラアイのシャッターを閉じたままだ。
明らかに意思を持って、こちらを無視している。
嗚呼、本当に忌々しい。
少女は舌打ちを響かせ、その物言わぬ兵士に背を向ける。
「……まだ、時ではなかった」
その背に、ポツリと短い言葉が当たった。
「……あら、会話する機能はあったのね」
「あれでは、あの二人は獲れない」
「あの二人?」
餌が要る。
少女の疑問に答えず、開いたシャッターの奥、そこにある複眼は少女の背後をただ見ていた。
「ヒュプノス小隊、約二十年程前に存在した特殊部隊だ」
「存在自体も秘密、誰が所属しているのかすら、直属の指揮官以外知らない。狙撃兵だけの部隊だ」
ミフネと森が語るヒュプノス小隊は、かなり特殊な部隊だった。
アンビーからして、トリガーからしても、狙撃兵だけで構成された部隊など聞いた事が無い。
だが、そのヒュプノス小隊は存在した。
「とにかく、あちこちから引き抜いた狙撃手だけで構成されていた。まあ、それだけなら問題は無かったんだがな」
「何か問題が起きたのですか?」
「トリガー君、狙撃手の役割とはなんだ?」
森の問い掛けに、トリガーは一瞬考える。
狙撃手の役割とは、極論で言えば歩兵や砲兵では難しい敵の排除だ。
つまり、周囲に被害を出さず目標だけを排除する。
トリガーがそう答えると、ミフネと森は頷いた。
「そこで連中、……いや、指揮官がやらかした」
「優秀な指揮官だったらしいが、いかんせん出世欲が強すぎた」
「つまり、味方の火力支援を目的としていたヒュプノス小隊の銃口は、外ではなく内に向いてた訳だ」
嫌な話だ。
ミフネが紫煙を吐き出し、森も溜め息を吐く。
マスクで半分が隠れたトリガーの顔も、はっきりと苦い色を示している。
外ではなく内、という言葉が真実なら味方を守る為の銃口は味方に向けられ、ヒュプノス小隊は何も知らない味方を撃っていたという事になる。
仲間意識の強いトリガーには、信じたくもない事実だ。
だが、一つ気になる事があった。
「何故、ヒュプノス小隊はその命令に従ったのですか?」
「従う以外なかった。小隊員は全員、機械人だったからな」
「あの自己監視システムとか言うクソシステムを利用した訳だ」
吸殻を握り潰し、ミフネが吐き捨てる。
「自己監視システムがある以上、軍の機械人は命令に逆らえん。逆らえば最悪、論理コアが焼き切れる」
「そして、もう一つ。連中の素体に積まれた機能が問題を起こした」
森は自身の目と側頭部を指で軽く叩く。
「通常の狙撃用素体に更に高機能な視覚素子、それに加えて側頭部に複眼式カメラユニットを兼任するアンテナを繋げ、互いに監視し合うシステムを構築したんだ」
「お互いに監視し合うシステム……」
「高度なネットワークによる連携とか言ってたが、それが原因で論理コアが暴走した」
「暴走?」
ミフネの言葉に、アンビーが疑問する。
知能機械人の論理コアは一種の自我、魂と言っていいものだ。
機械のCPUとは違う。いくら問題のあるシステムが積まれていたとしても、独立したそれが暴走するとは思えなかった。
そのアンビーの疑問にミフネはこう答えた。
「お互いを監視し合うシステム。これのお陰で連中に死角はほぼ無かった。だが、監視し合うって事は仲間の状況も判る。見ちまったし、体験しちまったんだ。仲間の死を自分の死としてな。もう一つ理由はあるが、一番の原因はこれだな」
「そして、暴走した連中の中には当初の命令である〝軍に不利益をもたらす不穏分子の排除〟。これだけが残り、これで指揮官が死んだ」
「そこから、まだ警護隊じゃなかった俺や火消し役だった森が、そいつらの討伐に就いて全滅させた」
クソみたいな話だ。
本当に不愉快だと、ミフネの首周りの排熱口から白い蒸気が吹き出す。
森もカメラアイのシャッターを降ろし、息を吐いている。
言ってしまえば二人共、人間の身勝手で同胞を討つ事になってしまったのだ。
その心中に渦巻くものは、言葉には出来ないだろう。
「だけど、今また現れた」
「それだ。そこが判らん。リストにあった連中は全員確認した。軍の名簿からもだ」
「他部隊の狙撃手の動向もな。だが、リスト以外で狙撃手に動きは無かった」
「つまり?」
「よく判らん。まあ、ふん縛って吐かせりゃ判るだろ」
と、そこまで話したところで件の施設が見えた。
リェンから貰ったキャロットデータからも、あそこが目的地で間違いないだろう。
しかし、人の気配らしいものが無い。
まるで、防衛軍の都市伝説に出てくる突然無人になった基地の様だ。
「……ミフネ」
「ああ、これは居るな」
「居る? 例のヒュプノス小隊ですか?」
「トリガー君、アンビー君。ヒュプノス小隊の暴走には相互監視システムの他に原因があった。それは狙撃手が息を潜める様に、自身の機能を最低限以下にまで停止する行為だ」
「これを繰り返すと、演算機能に障害が出てくる。特に自我に対する認識ってのにな」
「つまり、その狙撃手はそれをしている?」
「ああ、キルゾーンに入った瞬間撃ってくる。今も射程圏内だろうが、確実な距離はあの辺りだな」
ミフネが指で示すのは、施設の入り口付近。なんらかの搬入口と思わしき空間。
そこに入れば、先程の威力による狙撃が始まる。
「二人共、先に行きなさい。ここは私達が受け持つ」
「大丈夫なの?」
「自分のケツ拭きに行くだけだ。大丈夫もなにもあるかよ」
ミフネはハンチング帽を深く被り直し、森は制帽を正す。
ヒュプノス小隊に起きた事は悲劇と言う他無いだろう。
だが、ミフネ達からすればそれはもう終わってしまった事だ。
身勝手な話だが、ヒュプノス小隊の件は過去に終わり、今を生きる人々には関係無く、関係者のみがそれを背負って生きる。
それだけの話になってしまったのだ。
そして、それはシルバー小隊も同じだ。
「……アンビー君」
「なに? 森さん」
「君一人に背負わせる気は無い。必ず合流する」
「……分かった。待ってる」
シルバー小隊は始まる事すら無く終わってしまった。なのに、それはまた目を覚ましてしまった。
だから、今日ここで完全に終わらせる。
「んじゃ、ちょいと始めるか」
ミフネがキルゾーンに飛び込む。
その瞬間、一斉に砲火がミフネに集中する。
先程以上の轟音が辺りを打ち鳴らし、周囲の廃墟を揺らす。
狙撃手は今、弾幕を進むミフネに集中している。その隙を突き、アンビーとトリガーは廃墟の影を縫い施設内に潜り込んだ。
「……ちっ、重てえな!」
先程の30mm対機械人弾よりも重い。貫通ではなく、着弾の衝撃による内部機構の破壊を目的とした弾種だ。
ミフネの重装甲も流石に軋み始める。
「……一人で突っ走るからそうなる」
衝撃の連続に進む足が止まるタイミングで、太刀を抜いた森がミフネの頭狙いの弾丸を斬り捨てた。
「ペラペラ装甲のもやしが、穴開いて空冷式になりたかったか?」
「ふん! お前こそ、頭の風通しが良くなれば、その石頭も柔らかくなるんじゃないか?」
軽口を叩き合う。だが、その間にも弾幕は激しさを増すばかりだ。
このままでは、ただ消耗するだけだ。
何か策をと森は辺りを観察し、違和感を覚えた。
何かがおかしい。ヒュプノス小隊は長中距離からの精密射撃に特化した部隊。
いくらミフネが常識外れの重装甲でも、この遮蔽物が無い好きに撃ち下ろせる状況なら、あの戦場でやった様に装甲の隙間を撃ち抜ける筈だ。
なのに、それをしていない。
大火力の弾種を叩き付けるだけで、射撃精度はあのヒュプノス小隊には及ばない。
「貴様、何者だ!? ヒュプノス小隊の者ではないな!!」
森は轟音に掻き消されぬ様に叫んだ。
そして、その答えは明らかに苛立ちを隠し切れない弾丸だった。
◯◯年後のミフネさん家
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