とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
真っ直ぐに突き進む銃弾の軌跡、本来なら知能機械人のカメラアイでも知覚は難しいそれを、彼女ははっきりと幾重にも視認していた。
――嗚呼、これが隊長が見ていた景色……
高感度視覚補助システム〝アルゴス〟
これがヒュプノス小隊を脅威に到らせ、死地に到らしめた魔の機構。
自身の両目と左右のカメラシステムを合わせて、百基近くの視界。それがそれぞれに情報を取得し、最適な照準を示してくれる。
昆虫の複眼、一度でも獲物を捉えれば逃がす事は無い。まさしくそれだ。
――死ね、死神!!
銃弾は真っ直ぐに森の頭部に向かっている。あの高羽式の装甲なら弾くだろうが、森の身体では弾けない。
瞬きの間にあの忌々しい制帽を貫き、中身の鉄の華を咲かせてくれるだろう。
それが終われば、あの子供にも用は無い。身寄りの無いクローン、身体に巻き付けた爆弾ごとミフネに叩き付ければ、少しは溜飲が下がるだろう。
「死ね!」
万感の意を籠めた言葉を吐き出す。
狙撃手としてあるまじき行為だが、まあいいだろう。
ようやくなのだ。ようやく、敬愛する彼の仇を討てる。
あの人の首を斬り落とし、あの人の首を掲げ高らかに勝利を宣言した死神。
そして、己達の悲願を阻む最大の障害。
〝あの方〟に無理を言って強引に参戦したが、その価値はあった。
これで己の価値を示し、自身の目的と組織の目的を果たす。
そうすれば、きっと彼は帰ってくる。
あの日、ヒュプノス小隊という大鎌で別たれたあの人と、〝理想の世界〟でもう一度銃口を並べる事が出来る。
「森!」
ミフネの叫びも耳によく響く。
その死神の頭が咲いたら、次はお前だ。
狙撃手はスコープ越しに、待望の瞬間を待ち望んだ。
「……見えている」
だが、その瞬間は来なかった。
銃弾が当たるかどうかの圏内に入った瞬間、森はそれを易々と斬り捨てた。
「少し、正確過ぎるな。例のシステム頼りなのがはっきり判る」
刀を払い、刀身の塵を捨てる。
その細長いバイザーから覗く機械の眼は、もう狙撃手を見ていない。
彼女が人質とするサティ、彼女しか見ていない。
「戯れ言を……」
「だから、ミフネの装甲も抜けない。ヨハンなら、もうミフネは両腕を失っている」
「ぞっとしねぇ事言うなよ。しかしまあ、そうだわな」
右肘を撫でながら、ミフネが森の背後から現れる。
この狙撃手が本当にヒュプノス小隊だったなら、今頃は森かミフネのどちらかは行動不能になっていた。
理由は簡単だ。かつてのヒュプノス小隊は〝アルゴス〟をサポートとして使っていた。
だが、彼女は〝アルゴス〟を主軸とした。
言ってしまえば、引き金を自身で弾かずに、システムという意思も技術も無い結果だけを達成する存在に引き金を預けたのだ。
「俺ら機械人はシステムの上に人格があり、意識がある。だから、個体差がある」
「故にシステム任せにするのは、二流のやる事だ。新兵研修で嫌になる程言われた筈だが?」
紫煙越しに見る姿に恐れは無い。ただ、怒りだけを感じる。
だがそれも、ヒュプノス小隊に足らぬ理由だ。
彼らが戦場で感情を見せたのは、ヨハンの自爆の瞬間のみ。それ以外ではただただ機械的に、しかし自身の技術を以て、こちらを狙い撃ってきた。
この狙撃手にはそれが無い。
ただ命令通りに行動を繰り返すだけの機構でしかない。
「……返してもらうぞ」
森が一歩、前へ出る。それを見た狙撃手は銃口をサティに向けようとするが、手にしていたライフルは射出されたミフネの腕に弾き落とされる。
「勝てなきゃ人質か? まあ、間違っちゃあいねえ」
「だが、浅はかだ。その爆弾は、時限式ではなく着火式。スイッチは何処かに隠し持っているな」
まあ、そこか。
と、森が言うや否や、眼前に切っ先が迫っていた。
〝アルゴス〟からの情報すら遅れる速度、しかし〝アルゴス〟が無ければ間違いなく頭を貫かれていた。
だが、
「いっ……!!」
「ふむ、おかしいな。仮にもヒュプノス小隊なら、痛覚系統は切っている筈だが?」
側頭部、左側のカメラを断ち斬られた。
突然の視界の欠如と痛みに一瞬、意識が混濁し人質に巻き付けた爆弾からのシグナルがロストする。
「チビは確保した。爆弾も……、シグナルロスト。反応無しだ」
傍らから眠るサティを抱き抱えたミフネが、彼女から爆弾を引き剥がしながら森に並ぶ。
長身と巨駆の二人からの圧に、狙撃手は自身の敗北を自覚する。
「さて、聞かせてもらおうか。貴様は誰だ?」
「…………」
森の問いへの答えは沈黙。
ヒュプノス小隊のシンパ辺りと当たりをつけているが、それにしても妙だ。
〝アルゴス〟は防衛軍内でも最重要機密となった技術で、ヒュプノス小隊以外に搭載された記録は無い。
反乱軍だとしても、〝アルゴス〟をそのまま持ち出し運用出来る手練れを育成出来るかと聞かれたら、それは不可能に近い。
〝アルゴス〟の運用はヒュプノス小隊の技術と、防衛軍でのアフターケアを念頭に置かれた設計だ。
そして、仮に防衛軍所属だとしても狙撃手を一人で送り出す事は無く、もう既に退役した自分達を襲撃してサティを拐う意味は無い。
つまり、この狙撃手は何らかの組織に属していて、その組織は〝アルゴス〟の運用を可能とする技術を有している。
「黙りか? 防衛軍じゃねえだろ。今の防衛軍にこんな事に関わる余力はねえ筈だ」
「かと言って、反乱軍という訳でもないな。反乱軍に〝アルゴス〟を運用出来るとは思えん」
なら、貴様は何処から来た。
沈黙を続ける狙撃手に二人の問いが重なった瞬間、不意に炸裂音が鳴り響いた。
「なんだ?!」
聞き馴れた炸裂音、それに森は身を屈め、ミフネはサティに覆い被さりながら、爆弾を遠くに放り投げる。
そして、僅かな時間が過ぎた時、もう一つの音が落ちてきた。
固く尖った音、軍が使用する対機械人用スモークグレネードだ。
「しまっ……!!」
森が急ぎ狙撃手を確保しようと手を伸ばすが、機械人用煙幕に含まれるチャフにより視界が歪み、伸ばした手は空を切った。
「落ち着け。俺らが何しに来たか忘れたか?!」
「……すまん」
煙幕の向こう、ノイズが走る視界の果てに消えていく姿を追おうとした森だったが、ミフネに止められ我に返る。
「……サティは……」
「外傷は無し。寝てるだけだな」
「そう、か……。良かった」
安堵の息を吐き、サティに手を伸ばす森だったが、その手が不意に止まる。
「どうした?」
「いや、……なんでもない。アンビー君達に合流しよう。サティを頼む」
伸ばした手を戻し、踵を返して背を向ける。
その背にサティを抱き抱えたミフネが溜め息を吐き、視線を前に向けるとアンビーによく似た姿を抱えたトリガーとアンビーの姿が見えた。
「ま、とりあえずは目的達成か」
「……そうだな」
満身創痍のジャケットから無事な煙草を取り出し火を点け、ミフネはその言葉と紫煙がサティに掛からぬ様に吐き出した。
システム〝アルゴス〟
大元を辿ると、視覚に障害を得た兵士のバックアップを目的とした視覚補助システムだったが、ある士官がその性能に目を付け、ヒュプノス小隊に搭載した。
システム上で繋がった相手と視覚を共有し、多角的に目標を捉え打破するものとなり、ヒュプノス小隊はこれにより多大なる〝戦果〟を挙げる事になる。
ヒュプノス小隊隊長ヨハンは、これに疑問を抱いていたが、軍用機械人の運命か、アルゴスによる監視のせいか。命令には逆らえず、アルゴスのリンクを切って自身の指揮官を殺害し、最期は自爆した。
そう、最期は自爆したのだ。
◯◯年後のミフネさん家
-
◯
-
✕