とあるタクシードライバーの日々   作:サビサビボンプ

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銀の狂気

「で、容態は?」

 

あの場から脱出した四人は訳有りの二人をおいそれと医者に診せる訳にもいかず、とりあえず〝RandomPlay〟に11号とサティの二人を運び込んだ。

 

「……あの程度なら命に問題ない」

「なんかあんのか?」

 

何かあり気なアンビーの様子に、ミフネは近くの自販機で買ってきた茶を飲みながら問う。

 

「あるなら話せ。今更隠し事なんざされても迷惑なだけだ」

 

トリガーと森、店長達が二階で二人を診ている階下で、ミフネは静かにアンビーの答えを待った。

リェンの情報にあったシルバー小隊について、ミフネも噂程度には知っていた。

だが、所詮は噂と切り捨てていた。何故なら、過去にクローン計画自体は有りはしたが、高羽博士達を初めとした研究者達や、その他の者達から猛反発を受けて頓挫していたからだ。

ホロウという目に見えた脅威、何時どうなるか解らないのに、それに依存する形になっている文明。

ミフネの素体も、エーテル物質由来の材や技術で出来ている。

いや、今の世界でホロウやエーテル物質が関係しない物を見付ける事が難しい。

なのに、人類はいまだにエーテル物質をもたらすホロウについて、ほぼ解っていないと言ってもいい現状だ。

恩恵をもたらす目に見えた絶対的脅威、それに対抗する手段を求めて道を踏み外す。

クローン計画はまさしくそれだった。だからこそ、道を踏み外す事を良しとしなかった者達が止めた。

その筈だった。

 

「……私達は高い身体能力とエーテル物質に対する免疫、回復能力を持つ」

「ああ、知り合いからの情報で知ってる」

「だけど、ある一定以上のダメージや損傷を得た場合、記憶の退行や混濁、約24時間以内の記憶を失う」

「つまり?」

「今から終わらせればハリン……。いえ、11号は私の事を知らずに生きていける」

「話が見えねえな。なんで、あの横チョンマゲ娘がお前さんを知らずに生きていける事に悩む?」

 

煙草に手を伸ばしそうになるが、店内は禁煙だと思い出し、代わりに少なくなった茶を啜る。

味覚をほぼ失っているミフネには、ただの水と変わらないが、場を持たせるには丁度いい。

 

「……それは」

「それは?」

「私があの子が嫌う裏切り者だから」

 

アンビーは静かに語った。自身の生い立ちと、何故ニコに拾われ邪兎屋に居るのか。

それをミフネは空になった缶を片手で弄びながら聞き、ただ静かに深い溜め息を吐いた。

 

「だから、あの子の為にも私は憎まれていなければいけない」

「お前さんは本当にそれでいいのか?」

「構わない。シルバー小隊はもう終わった。だから、憎しみでもいいから、あの子には前を向いてもらいたい」

「はぁ……。どうしてこう、若い娘っ子がこんなもん背負うんだか……」

 

空になった缶を何度か握り潰し、手の中で玉にする。

こんな子供を生み出したくないから、軍に長く残った。それでどうなった。

結果はこれか。

 

 

――愛那、理人……

 

 

争いが人の歴史から消える事は無い。だがいつか、争いが一度止まる日が来る。だから、その日に生きる子供達に恥じないものを遺したい。

 

そう言っていた二人の姿は、何をどうしたらそうなるのかと煤だらけだったが、誇らしげだった。

 

「で、お前さん。これからどうする気だ?」

「どうもしない。あの子達を止める」

「そうか」

 

正直な話をするなら、目的であるサティの救出を果たした以上、ミフネが今回の事に関わる理由は無い。

あの狙撃手も程度が知れた。次は森に斬られて終わり。

何も気にする必要は無い。なのに、何かが引っ掛かっている。

それはなんだ。

 

「待つのも飽きたな」

「ミフネさん、何処へ?」

「煙草吸ってくる」

 

凭れていた壁から離れ、店の扉を潜る。

茶と一緒に自販機で買った煙草に火を点け、合金製の歯でフィルターを噛む。

唇に当たる部位も合金製の体、手を広げて見ればもう銃弾の痕は消え始めている。

愛那と理人が造ったこの身体は、部位の欠損以下の損傷なら生身の人間と同じ様に修復される。

二人が言うにはエーテル物質の特性を利用したものらしい。

高羽式か、高羽式の流れを汲む機械人の装甲はこの合金となっていて、高羽研究所以外では精錬不可能だとも言っていた。

それを何故、今思い出したのか。

 

「軍の機械人は汎用型か特化型……」

 

昔馴染みの〝シード〟や森は汎用型で、ミフネは特化型。

ヒュプノス小隊も特化型だった。

そして、特化型機械人素体の技術は門外不出。軍もしくは研究所外に持ち出される事が無い様に、厳重な処置が施される。

 

「なのに、あの狙撃手は〝アルゴス〟が搭載されていた」

 

森も言っていたし、自分もそうだ。

あれは本当にヒュプノス小隊の生き残りだったのか。

ヒュプノス小隊はもう二十年以上前の遺物、復讐ならもっと早くにする筈だ。

ましてや、軍を退役した森やミフネが相手なら退役した十年前、その期間中に来るのが妥当だろう。

なのに、奴は今になってヨハン・ハインドリーの名を出した。

 

「ヨハンの知人だったのか?」

 

軍内部に装備の横流しをする者が居て、そいつと繋がっている組織があの狙撃手に装備を渡したのか。

だが、そうだとすると〝アルゴス〟の特殊なアルゴリズムに必須のバックアップやアフターケアは誰が行っているのか。

いや、まずそうだとしてもあの素体は軍用のもの。何処から来たのか。

頭を回しても答えは出ない。

情報が足りなさすぎる。

 

「お、ミフネの大将じゃねーか」

 

足りない情報から答えを引き摺り出そうとしている途中、やけに陽気な声がそれを中断した。

 

「若造か。どうした?」

「どうしたもこうしたも、邪兎屋が誇るホロウ専門家が行方不明でよ。店長達なら知ってるかなって……。それより大将、ボロボロじゃねえか!」

 

邪兎屋のビリーがやけにコミカルな動きで、自身達の目的を説明してくる。

 

「ジャケットだけだ。お探しの相手なら中に居る。話をしてやれ」

 

続々と店内に入る邪兎屋の面々だが、ニコだけはしかめ面で店の前に立ったままだ。

 

「どうした?」

「別に。アタシから行くより、向こうからが筋ってだけよ」

「あー、話を通してなかったのか」

 

どうやら、アンビーは雇用主のニコに無断で行動していたらしい。

聴覚モジュールが店内の声を拾う感じ、それも長期間。

ミフネは短くなった煙草を携帯灰皿に押し込み、また次の煙草に火を点けた。

 

「ミフネさん、アイリが怒るわよ」

「勘弁しろ。今は煙でも吐いてないとやってられん」

「……もしかして、アンビーが何か面倒かけた?」

「いや、大昔の事が今になって追い付いてきただけだ。あの小娘は偶然だ」

 

いや、両方巻き込みあった形か。

と言えば、ニコはミフネの言葉の真偽を確かめる様な目を向けてくる。

仮にも魑魅魍魎が跋扈する裏社会で生きてきた女傑。金で曇る事は多々あるが、その辺りを見極める目は確かだ。

 

「大昔って軍に居た頃の?」

「ああ。まあ、それも今考えるとよく判らんがな」

「どういう事よ?」

「全滅させた筈の連中の関係者らしき奴が今になって復讐に来た。しかも、あの小娘関連でな」

 

紫煙を溜め息代わりに吐き出す。

こうやって言葉にすると、ますます理解が追い付かない。

何故、今になってなのか。

何故、今回なのか。

どういう繋がりなのか。

全くもって理解出来ない。なのに、何かしらの繋がりが見える気がする。

 

「んー、よく分からないわね。どうしてそいつは復讐なんかするのよ? 一ディニーにもならないのに」

「そこなんだよな。奴らの関係者は徹底的に洗った。だが、そのリストにそれらしい奴は居なかった筈なんだが……」

 

と、そこまで言ったところで足音がこちらに向かってきた。

恐らく、アンビー達の話が終わったのだろう。

 

「俺はもう少し考える。何があったのか聞いてやれ」

「言われなくてもそのつもりよ。お金になる話だったら承知しないんだから!」

 

金か。ミフネはアンビーを連れて行くニコ達を見送りながら、一人呟いた。

一番判りやすいのは、奴が単なる傭兵だったパターンだ。

単なる傭兵が運良く軍から流出した〝アルゴス〟を手に入れて、その手に入れた傭兵が偶然にもヒュプノス小隊の関係者だった。

そして、勢い任せに復讐に来た。

あり得ない話だが、世の中に全く無い話という訳でもない。

問題はヨハンを知っていたという事。

ヨハンは狙撃手。狙撃手はもしもの事態を避ける為、基本はコードネームで呼ばれ、その存在も隠される。

今の世で隠しきれるものではないが、それでもだ。

そのヨハンをただの傭兵が知っていた。

これもあり得なくはない。

 

「ミフネ」

「森。チビはどうだ?」

「一応、スキャンしたが問題は無い。睡眠薬の類いだろう」

「そうか」

 

扉を潜ってきた森に煙草を差し出す。

森はそれに指先に内蔵されたスタンガンで火を点けると、口から溢す様に紫煙を吐いた。

 

「ミフネ、資料は何処まで読んだ?」

「一応、流して最後までだ。それがどうした?」

「讃頌会。これに聞き覚えはあるか」

「無い。とでも言うと思ったか?」

 

讃頌会、これにミフネは苦い顔をする。

ヘファイストス研究所郡警備隊に居た頃も、それ以前も聞いた名前だ。

 

「恐らくだが、連中が絡んでいると私は見ている」

「TOPSはどうだ?」

「この売買に関わっていた者はつい最近失脚している。まあ、そこから追うのは自殺行為だな」

 

ほら、例の怪盗騒ぎの奴だ。

と、森が名前を思い出そうとするが、二人して横文字は苦手でなかなか出てこない。

 

「あー、ロッキンバンドとかいう奴だったか」

「ああ、確かそんな奴だ。音楽もやりつつ怪盗もとは、フィクションさながらだな」

 

二人の何度目かの溜め息が落ちる。

かつては死神やら鬼やら呼ばれても、流石にこの歳であの鉄火場は堪えた。

特にミフネはこの最近鉄火場の連続で、はっきりと疲れ切っている。

 

「で、やるのか?」

「ああ、終わらせる。せめて、彼女達だけでも終わらせねばならない」

 

短くなった煙草を握り潰す森の声色は苦い。

それもそうだ。二回目になるのだ。森がシルバー小隊を終わらせるのは。

産まれてきただけ、ただ必死に生きていただけの少女達を、命令のまま斬り捨てるしかなかった。

そしてまた今回、今度は自身の正義の為に斬る。

どこに荷を置こうとも今後、森に安息は訪れないかもしれない。

だが、それはミフネも同じだ。

 

「一人で背負いすぎだ。チビを一人にする気か? 前も言ったが、俺ぁ面倒見ねえからな」

「ミフネ……」

「乗り掛かった船だ。せめて、見届けてやる」

「すまんな」

「気にすんな。……あの狙撃手がどうにも引っ掛かるだけだ」

 

そう、どうにも引っ掛かる。

なにか嫌な予感がする。

ミフネはただそれを確かめたいだけだ。

 

「では、準備と行こう。丁度、話も終わった様だ」

 

こちらに戻ってくるアンビーの、どこか晴れやかな色を感じる表情、あれは決意を新たにした顔だ。

なら、老兵が出来る事は目的を果たし、あの少女を無事に帰す事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「判ってるわ! しつこいわね!」

 

常人には理解出来ない機械が並ぶ施設の中、機械めいたヒステリックな声が木霊する。

 

「隊長は戻ってこない。そう言いたいんでしょう?」

「…………」

「喋れないなら、その喧しい目をやめて! 欠陥品の癖に……」

 

自身とそっくりな姿を責め立てるが、言葉による返事は無い。

それもそうだろう。相手は新しく生まれた姉妹の中で、一番ましな欠陥品なのだ。

 

「でも、まだ終わりじゃないわ。13号は結局は欠陥品だったけど、何故か生き延びた」

 

そう、あれを再び捕まえれば、あの廃棄物がどうやって培養槽から這い出て、ホロウから抜け出せたのかを解明出来れば、もしかしたら……。

 

「……だから、貴様にはまた働いてもらう」

 

少女、ツイッギーが睨む先に、それは蹲っていた。

欠けた身体で、愛用のライフルを放り出し、譫言を呟きながら頭を掻き毟っている。

 

「ああ、そうです。隊長、ヨハン隊長は私はあなたの為に、ヒュプノス小隊の為に総隊長、奴を奴らがあなたの首を斬り落とした瞬間をあなたが見たというから……」

 

ガリガリと装甲やコーティングが剥げる事すら厭わず、ただひたすらに頭を掻き毟る様は異常以外何者でもなかった。

だが、それがどうした。

これはスポンサーから好きに使えと渡された消耗品でしかない。

これも結局は自分達と同じ欠陥品でしかないのだ。

 

「隊長、総隊長……。私は、俺は、僕はだからこうなって……。嗚呼、そうです。私は使命を果たすのです」

 

ノイズ混じりの声が止み、外套に覆われた狙撃手の背中が蠢いた。

まるで蟲の羽化前の様な姿に、ツイッギーは嫌悪感を隠さず扉を蹴りつけ閉めた。

◯◯年後のミフネさん家

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