とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
「あら、隊長」
「ツイッギー……」
大光量ライトをバックに立つ二人の少女が、森とアンビーの前に待ち構えていた。
「来てくれたのね」
ツイッギーの言葉に、アンビーは無言の答えを返す。
ツイッギーも解っている。
己の悲願は叶わない。今、この場に居るのは悲願を阻む敵だ。
「ツイッギー、私は……」
「見て、隊長。シルバー小隊再興の為に、私、頑張ったの」
光の奥から影が幾重にも現れる。
その影の形から人だと判った。
人だと判ってしまった。
「ツイッギー、あなた……!!」
「頑張ったの。頑張ったのよ、隊長……。シルバー小隊を再興させようと頑張ったの!」
でも、ダメだった。
ツイッギーが顔を手で覆い、慟哭する。
「どうやってもダメ。ようやく完成してもこいつや、そこのガラクタが拾った欠陥品しか作れない……。11号、ハリンのデータも結局……」
隣で森が歯噛みする音が聞こえてくる。
意思が感じられない虚ろな眼、表情も感情というものが見えない。
ただそこにある肉の器。それがツイッギーが辿り着けた結果だった。
そして、その結果が何を意味して、ツイッギーがどうやってシルバー小隊に固執し続けられたのかの答えだった。
行き着いてしまった答えにアンビーは、自身の中に渦巻く感情を言語化出来なかった。
怒り、悲しみ、それらだけではない泥濘の様に混沌とした感情を、どう言葉にすればいいのか。
「……君は使ったのか。姉妹を」
「ガラクタの残党兵が私達を語るな!!」
代わりと、言葉を発した森にツイッギーは激昂した。
「お前が! お前達が! お前達のせいで、私達はこんな目に合ったんだ!! お前達ガラクタの! 鉄屑共のせいで……!!」
「それは否定しない」
冷淡な声だった。
「軍内での派閥争い、それによる弊害と確執。そして、悲劇。君達はそれら全ての被害者だ」
「今更何を……! 私達を斬り捨てた貴様が!!」
「ああ、そうだ。君達を殺したのは、終わらせたのは私だ」
軍人だった。命令に従う軍人だった。
だから、命令に従い年端もいかぬ娘達を斬り捨てた。
これで、この狂気の連鎖を断った。
人ではない機械の身で命を、心ある人を解った気になっていた。
だから、これで終わると思っていた。
一度でも生まれた狂気は消えないと知りながら、目を背けてしまった。
今もそうだ。今の行動も極論で言うなら、嘗ての狂気を人目に着く前に消そうとしているだけだ。
「そうだ。貴様が私達をこんな風にしたんだ!! 隊長……。隊長と私なら、こいつを殺れます。だから……」
「……それでも構わない。と、あなたは言うんでしょうね」
「アンビー君……」
アンビーは真っ直ぐに森を見詰めた後、ツイッギーに向き直る。
その目に迷いは無く、ただ悲愴な決意があった。
「ツイッギー、私もあなたと一緒に居たかった」
「隊長!」
「でも、今のあなたとは一緒に居られない。姉妹を最悪な使い方で使ってしまったあなたとは」
だから
「今度は私があなたを……。いえ、シルバー小隊を終わらせる」
「…………」
アンビーの言葉に隻眼を歪ませ、口を戦慄かせる。
言いたい言葉、叫びたい思い、それら全てが音にならず表情としてしか出せない。
だが、それも一瞬だった。
次の瞬間には表情から色が消えた。
「そう、そうよね。隊長もそっちが楽しいものね」
「ツイッギー……!」
「好きに映画を見て、ハンバーガーを食べて、大事にされて笑って……。シルバー小隊の事なんか忘れて……!!」
「それは違……!」
「違わない!!」
鋼の義手の軋みが、こちらまで聞こえてくる程に髪を掻き毟り、心配する隣の少女すらはね除け、ツイッギーは怨嗟に染まる隻眼を二人に向けた。
「挙げ句の果て、そのガラクタを手を組んで私達の敵になる……。あはっ、まあいいわ。スポンサーの狙いも果たせそうだし」
「スポンサー?」
「言ってなかったわね。隊長を取り戻す手助けの代わりに来た奴は、あの厳ついガラクタの回収の為に来たのよ」
「ミフネを?」
「そうよ。なんでも、あのガラクタが隠してるものが要るみたいね」
森は顔にこそ出さなかったが、事態の重さを認識した。
ミフネが隠しているもの。真っ先に思い当たるのはアイリだ。
だが、アイリは隠されてはおらず、普通に生活している。なら、ミフネは何を隠している。
答えはただ一つだ。たった一つのシンプルな答えだ。
高羽夫妻の遺産、ツイッギーのスポンサーはこれを狙っている。
「まあ、私は興味は無いわ。ガラクタ同士、壊し合えばいいのよ」
「君は、ミフネがあの程度の奴に負けると?」
「言ってるでしょう? 貴様らガラクタに興味は無いって」
「だからだ。君は奴を知らん」
森は知っている。
ミフネ・トシゾーが何者なのか。
奴が防衛軍機械人兵士の暗黒時代をどう生き抜いてきたのか。
その姿を間近で見てきた。
だからこそ言える。
「奴ではミフネは倒せんよ」
森の言葉にツイッギーは忌々し気に睨み付ける。
森の実力をツイッギーは嫌という程よく知っている。
自分達を終わらせた死神、防衛軍内でも指折りの実力者。
その男が手放しで脅威とするミフネ。ツイッギーからすれば有象無象のガラクタでしかないが、今の状況で合流されるのは避けたい。
あの用心棒が勝てるかどうか。いや、もうそんな事はどうでもいい。
一番の大口のスポンサーが失脚し、施設を提供してきた組織からもあの用心棒以来、連絡が途絶えた。
自分達はまた切り捨てられたのだ。
「どうだっていいわ。貴様達を殺せるなら……!」
と、ツイッギーが動きを見せたタイミングだった。
両者の間に瓦礫や構造物を巻き込み落ちてきた姿があった。
ミフネだ。
「ガッハ! あのガキ、味な真似を……」
「おい、ミフネ……。お前、私が折角褒めたのにその様はなんだ?」
「うっせえ! くそ、一張羅と帽子が台無しじゃねえか」
襤褸きれと化したジャケットとハンチング帽を投げ捨て、口から塊の様なオイルを吐き捨てる。
珍しい、あの頑強を絵に描いた様な男がここまでダメージを受けている。
「ミフネ、なにがあった?」
「こっちが聞きてえよ。ったく、最近の若い連中ってのは素体の拡張が平気なのか?」
「なに?」
「二人共、なにか来る」
ミフネが舌打ちをし、森が怪訝に見上げた構造物の上、そこに見覚えのある面影がある機械人が張り付いていた。
「……機械人はあんな風になれるの?」
「勘違いすんな、小娘。あんなめちゃくちゃな拡張、電脳は焼けるし論理コアも破綻する」
咳き込み、またオイルを吐き出す。
ツイッギーも冷ややな目を向ける姿は、一般的な機械人のそれとはかけ離れていた。
胴は裂けて中から這い出てきた腕の群れに引き伸ばされ、本体がどちらなのか判別出来なくなっている。
「なんという事を……」
「あら、ガラクタに相応しい滑稽な姿じゃない」
人か百足か、判別出来なくなったその姿をツイッギーは嘲笑する。
嗚呼、本当に滑稽だ。
結局、ここに居るのは捨て駒しか居ない。
あの時から変わらず、なんと哀れで滑稽なのだろう。
「でも、そうね。そうよね」
「ツイッギー。お願い、もうやめて」
アンビーの言葉に、ツイッギーは一瞬だけ呆けた顔をし、そしてあの日と変わらぬ笑みを浮かべた。
そして、隣で立つ少女を片手で突き飛ばす。
「……ダメよ、隊長。私にはもうこれしか残ってないの」
空いた手に持った注射器、それを見た森はツイッギーに向けて懐の短刀を投げるが、それは伸びてきた狙撃手の腕に阻まれる。
「ツイッギー……!!」
アンビーの声を聞きながら、ツイッギーは注射器の薬液が自身を作り替えていく感覚に沈んでいく。
薄れていく意識の中で、己を抱き締める感覚があった。
「な、にを……?!」
抱き締めていたのは言葉を発せない失敗作、あの機械人が拾った廃棄物と同じ気紛れで生かしていただけの同類。
彼女だけではない。自分が失敗作として、ただの金策としてしか見ていなかった周りの仲間達も同様だった。
「アリガトウ…ワタシ……タチ…ウンデクレテ……ヒトリニ…サセナイ」
ツイッギーはようやく、自分の失敗を悟った。
だが、それは遅すぎた。
自身や姉妹達が変わっていく光の中で、こちらに手を伸ばすアンビーを見る。
――ごめんなさい、隊長……
呆然とするアンビーの視界、その極光の果てに二体のエーテリアスが姿を見せる。
白く長い髪に仮面、手は弓の様な刃に変わり果て、あれが自身と同じ姉妹だと信じたくなかった。
「……アンビー君」
「森さん……」
「終わらせよう」
「……ええ、そうね」
アンビーが二刀を抜き、森が太刀を構える。
「ミフネ」
「悪いが、俺の相手はあのクソガキだ」
両腕の装甲を回転させ、狂った狙撃手に向き直る。
もう正気は残っていない。論理コアも破綻しているだろう。
引き伸ばされた素体のあちこちからオイルが溢れ、こちらを見ているかすら定かではない。
「フレデリックの件、聞き出したかったがな」
ミフネは自身の手を見る。
憎い相手、しかし慈悲の心が無い訳ではない。
だから、今回ばかりは使う。
――愛那、理人。まあ、勘弁な
ミフネの掌、その装甲が展開し、現れたタービンが高速で回転を始めた。
◯◯年後のミフネさん家
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