とあるタクシードライバーの日々   作:サビサビボンプ

35 / 59
銀の未来

「で、あっからどうなったよ?」

 

真新しいジャケットとハンチング帽を身に付け、咥え煙草で現れたミフネが暖簾を潜り問うてきた。

 

「どうなった? 何がだ?」

「チビスケ共の事だ」

 

長椅子に座り、煙草に火を点ける。

そして箱を揺すり、その内の一本を森に差し出す。

 

「一応、仕事中、なんだがな」

「どうせ、この時間は閑古鳥だろ。チビスケも寝てるじゃねえか」

 

仕方ない。

森は鍋に蓋をして煙草を受け取り火を点け、二人で紫煙を吐き出す。

二、三度紫煙が屋台の中を舞い、周囲を煙草の香気が満たした頃、酒が入ったコップと共にポツリと話が始まった。

 

「……とりあえず、サティの養子縁組は完了した」

「通ったのか? 出が出だから、かなり渋られると思ってたが」

「そこはまあ、あれだ。役所の書類関連部署にあった伝を頼った」

「昔とった杵柄か」

「お前も同じだろうに」

「俺は二人の遺言書もあったからな。で、他は」

 

酒を呑み、話を促す。

こいつは、と思いはするが、ミフネもミフネで気にはなっているのだろう。

 

「シルバー小隊絡みの連中は全員がお縄になった。……直接の繋がりがあった連中だけだが、な」

「そうか」

 

だが

コップを半分程一息に呑み、森は続けた。

 

「彼女、ツイッギーが言っていた例の狙撃手。奴が所属していたスポンサー、これはまるで尻尾が掴めん」

「お前もか。俺もリェンに頼んだが、金の流れからは無理だった」

「幾つもの企業を通していてな。引き摺り出せたのは、元TOPSのレイヴンロック家。ほれ、あの、あれだ。あのなんとかって怪盗の」

「あー、確か木琴バンドとかだったか?」

「確かそんな名前だ。怪盗と音楽活動とは、天下の義賊はなかなか精力的だな」

 

また名前が変わったモッキンバードだが、老骨二人はそんな事は気にしない。

煙草を森が出してきた灰皿に押し付け、酒を呑む。

 

「で、そのレイヴンロックが一番の大口だった。本人は否定しているらしいがな」

「しかしまあ、この新エリー都で臓器と人身売買とは、血迷ったもんだな」

「人間には人間の理由がある。そういう事だろう」

 

そんなもんか。

ミフネはコップを傾け、味の判らない酒を呑む。

しかし、まったく理解出来ない訳ではない。

ミフネもあの旧都陥落の日、味覚をほぼ失っている。

替えのモジュールがあれば解決するが、この素体の合うモジュールは一般ではそうそう流通していない。

それを考えると、臓器の密売が消えない理由も納得は出来ないが理解は出来る。

 

「……問題の軍の動きだが……」

「どうなった?」

「黙りだ。知らぬ存ぜぬを貫くつもりらしい」

「表沙汰になってねえ以上、それが賢明か」

 

案外、イゾルデ辺りが嗅ぎ付けてそうだがな。

ミフネは次の煙草を燻らせ、鼻で笑った。

 

「しかし、あのイゾルデが今は大佐か」

「上からは割りと厄介者扱いだった筈だが、まあ順当か」

 

しかし

 

「イゾルデが大佐なら、あの〝泣き虫〟オルフェウスは少佐辺りになってるか。なあ、森少佐」

「少佐相当官、だ。ミフネ大尉。しかし、彼女が素直に出世出来るか?」

「いや、実力的にはあるが奴はイゾルデとセットだからなあ。尉官で止まるか」

「下手な昇進はせんか」

 

ミフネから煙草を受け取り、森も紫煙を踊らせる。

 

「しかし、ミフネ。もし、オルフェウスに会っても〝泣き虫〟と呼んでやるなよ」

「やーだね。訓練中、俺から一本取れなくて泣く様な奴は泣き虫が妥当だ」

「またナイフ振り回して追い回されるぞ」

「上等だ。この特殊合金鋼の身体にナマクラが通るかよ」

 

ガハハと笑うミフネだが、森は気になる事がある。

だから、話を軍の内容に寄せた。

 

「ミフネ」

「なんだよ」

「……あの、武装の事だが」

「聞くな、語るな、忘れろ。って言ったろ」

「昔馴染みのよしみで一つだけ問わせてくれ。あれを悪用する気はあるか」

 

液晶に映るミフネの目が森に向く。

感情の見えない目だが、そこにあるのは警戒と怒りだ。

ミフネは煙草を灰皿に押し付けると、溜め息と紫煙を吐き出し答えた。

 

「……んなもんねえよ。こいつは愛那と理人が俺に預けたもんだ。墓まで持っていく」

「そうか。それならいい」

 

森の記憶にある雷、あれは今の世界に存在してはいけないものだ。

理屈は分からない。だが、あの日自身のセンサー系が捉えた情報から察するに、あれはエーテル物質に干渉して破壊を起こす。

この世界はエーテル物質、ホロウ由来の技術に依存している。そこであれが表沙汰になれば、それを手にした者は実質支配者となり得る。

救いなのは、この偏屈な頑固爺がそういった事にまるで興味を示さない事か。

 

「それだけか?」

「ああ、これだけだ」

 

しかしまあ

 

「お前、よく無事だったな」

「お前が言うな! あの後、アイリの奴に何回どつかれたと思ってやがる!」

「ジャケットも帽子も駄目にして、あんなボロボロで帰ればアイリちゃんも怒るだろ」

「にしたって殴り過ぎだろ。鉄パイプ三本駄目にするまでどつかれたぞ」

 

さもありなん。

あの後、〝RandomPlay〟に戻った四人を待ち構えていたのは、鉄パイプを構えた怒髪天のアイリと憔悴しきった店長二人と邪兎屋達だった。

ミフネと連絡がつかない。

何故か邪兎屋がアンビー以外揃って〝RandomPlay〟に居る。

噂に聞くサティが奥で寝ていた。

そして、何故かそれを誤魔化す様な発言をする面々。

これらの状況から、またあの頑固爺が厄介事に首を突っ込んだと、アイリはキレた。

それはもう、今まで類を見ない怒髪天で店長達に会いに来たビビアンやヒューゴ、朱鷺達が何も言わずに退散する程だった。

 

「だが、まさか二刀流まで身に付けていたとは、教えた甲斐があった」

「妙に見覚えのある筋かと思ったらやっぱりてめえかよ!」

「ははは、気にするな。娘の成長を喜べ」

「くそが! もうちっとばかりおしとやかにならんもんか」

「無理だろ。父親はお前だぞ」

 

そして、ボロボロな姿で帰ってきたミフネを見るや否や、鉄パイプを思い切り振りかぶり、ミフネの脳天にこれでもかと振り下ろしていた。

 

「子は親の背中を見て育つ。言っちゃ悪いが、高羽博士とお前を見てきた以上、おしとやかには無理だろ」

「あーあー! うるせえお喋り爺だな!」

「お前に言われたくないぞ。頑固爺」

 

二人で酒を呑み干すと、そのタイミングでサティが動き出した。

まだ寝惚け眼だが、手にはしっかりとスプーンが握られている。

 

「ん、たいちょー」

「飯か。少し待て。今沸かしている」

「ん」

 

涎を拭き甲斐甲斐しくサティの世話をする森の姿に、お互い変わったものだと煙草を吹かす。

防衛軍の死神、そう恐れられた男が今はおでん屋の店主で子持ち。軍で生きて、戦場で死ぬだけだと思っていたが、人生はどう転ぶか判らん。

 

「あ、じいじ」

「へいへい、じいじだ。どうしたチビスケ」

「ねえちゃたちがありがとうっていってた」

「あ? 姉ちゃん?」

「ん、ついっぎーねえちゃをとめてくれてありがとうって」

 

サティの発言に目を見開く二人だったが、サティはそう言うとまた眠ってしまった。

 

「おい、今の……」

「……私が斬った、あの子達はきっと天国に行けたのだろうか」

「だろうよ。じゃなきゃ、恨み節だ」

 

目のバイザーが降り、ニット帽を被り直す。

あの日の事は今も夢に見る。消そうとしても消せない記憶。

だが、今のサティの言葉でいくらか救われた。そんな気がする。

 

「そういや、お前なんで隊長って呼ばれてんだ?」

「うむ、あまり要領を得んが、聞いたらしい」

「聞いた?」

「ああ、もし目が覚めた時、迎えに来た奴が君の隊長だと」

「よく判らんな。だが、チビスケにそんな事言える奴は限られてる」

「ああ、託された。そういう事なのだろう」

 

まったく、下手な三文小説みてえな終わり方だ。

ミフネはそう言うと、酒代の小銭を置いて屋台を後にした。

託された。素直じゃない終わり方だ。

 

「まあ、私にしては上出来だろう」

 

沸いた鍋の火を止め、サティの側に座る。

静かな寝息は今まであまり聴かなかった音だ。

 

「早く起きねば冷めるぞ」

 

そう言って、サティに手を伸ばすが触感センサーが何かに弾かれた。

急ぎ周囲を見るが、誰も居ない。

そう誰も居ない。その筈なのに、記憶に刻み付いた姿が一瞬だけ見えた。

 

「まさか、な」

 

自身は機械だ。

人間やシリオンの様な魂は無い。

だから、サティに寄り添うあの少女達とマスクの少女、そして中指を立てる眼帯の少女の姿は視覚素子のバグだろう。

そう思い、森はサティの隣で目を閉じた。




次回から単話を挟み、頑固爺の老いらくの恋?編が始まります。

◯◯年後のミフネさん家

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。