とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
「行ってきます!」
「おう、気ぃつけて行ってこい」
普段と変わらない朝、やはりと言うべきか。
アイリはまた寝坊し、慌ただしく駆け出していった。
流石に今回は不味いと、弁当と握り飯を鞄に詰め込みながら、学校への道を急ぐ。
「ん? アイリじゃねえか」
その途中、コンビニから袋を抱えて出てきたビリーに出会した。
「ビリー兄、おはよう!」
「おーう、おはよう! どうした? 急いでんな」
「遅刻しそうなの!」
「そいつはいけねえな! 乗ってけ!」
「いいの! ありがと!」
ビリーが言うなり邪兎屋の社用車に乗り込み、握り飯を頬張り始めた。
「よし! スターライトナイトばりのテクニック魅せてやるぜ!」
派手な音を響かせ、コンビニの駐車場から飛び出す。
安全運転で。
「そう言えばビリー兄。こんな朝早くにどうしたの?」
「ん? これだよこれ! スターライトナイトのトレーディングカード! いやー、やっと手に入ったぜ!」
えらく上機嫌なビリーだったが、理由はビリーが憧れる特撮ヒーローのグッズ。それを満載したビニール袋だった。
「ビリー兄、スターライトナイト好きだよね」
「おうよ。ヒーローって言ったらスターライトナイト! そして、男の子はヒーローが大好きなんだよ!」
ほら
「アイリだってミフネの大将大好きだろ」
「なぁんで私があの頑固爺を!」
「はぁっはっはっ! んな事言いながら、ミフネの大将手製の握り飯毎日食ってるじゃねえか」
むくれながらも、ソフトボール大の握り飯に齧りつく。
今日は焼いた魚の切り身が丸々詰め込まれている。
「一応、私レディなんだけど?」
「ん? 俺が知ってるレディはデカイ握り飯を平気で平らげたりしねえぞ?」
「ビリー兄!」
「悪い悪い。ほら、着いたぞ」
「あーもー! ありがと!」
「はいよ。勉強頑張れよ」
車から急ぎ駆け、階段を全力で昇る。
時刻は予鈴前、どうにか間に合った。
「アイリ、また急いで来たでしょ」
「しょうがないじゃん。目覚ましが鳴らなかったんだから」
「そんな事言って、ほら米粒」
茶化すミホが指差す頬には、米粒が付いていた。
アイリはそれを取ると、もう一つの握り飯を頬張り始める。
「いやー、ほぼ毎日見てるけど、よく食えんね?」
「む?」
「ほら、お茶飲みなー」
リスやハムスターよろしく、頬袋を作り握り飯を水筒の茶で飲み下す。
「いやいや、ミホもこれくらいイケるでしょ」
「一個が限界。まあ、おじさんの手だとこれくらいになるんだろうね」
そんなものだろうか。
アイリは自身の食卓を思い返すが、割りと最初からこの量だった気がする。
「で、今日の具は?」
「焼き魚と多分お弁当の余りのウィンナー」
「わんぱくセットじゃん」
握り飯を平らげ、アイリは首を傾げる。
「そう?」
「このダイエット知らずの健康優良児め」
まあ、そんなものかと納得する。
ミフネはガキの仕事は勉強と遊びと飯だと、とにかく何かを食わせようとしてくる。
どうやら、ミフネの中では人間の子供は一食抜いたら餓死する認識の様で、昔から事ある事に何かしら買ってきてはアイリに食わせていた。
なので、そんな環境で育ったアイリは自身の食事量が普通だと思っている。
「あ、そうだ。アイリ、今日バイト?」
「そうだよ。どうしたの?」
「いやさ、最近昔の映画に嵌まっててさ。なんかオススメある?」
「んー、例えば?」
「怪獣がバァッーって出てくるやつ」
「んー……」
ミホの言葉にアイリは記憶を探る。
ホラー系はアキラが苦手だが、ミホの言い方ならモンスターパニック系だろう。
そうなると、先週リンが仕入れたビデオにそれがあった筈だ。
「それなら、先週〝怪奇! モンスターボンプVSゾンビーバー〟とか〝激闘! スターライトナイト対カブキメタルマン〟とかが入ったよ」
「あ、ちょうど見たかったやつじゃん」
「じゃあ、借りられてなかったら確保しとくね」
「お願い! 今日塾で遅れそうだからさ」
「はいはい。って……」
なにこれ?
とりあえず教科書と筆記具を仕舞おうと、机に手を入れると白い便箋が入っていた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだい? 妹よ」
「アイリ、今日めちゃくちゃ機嫌悪くない?」
「そうだね、妹よ。今まで見た事ないくらい悪いね」
ヒソヒソとバックヤードで話す兄妹。
視線の先はビデオの陳列を黙々とこなすアイリだが、その様子は暗い怒りに満ちていた。
珍しい、というよりあの手の怒り方は初めて見る。
普段のアイリならはっきりと不平不満を口にするが、今回はそうではない。
なにやら不穏で陰湿な雰囲気がある。
「お兄ちゃん」
「妹よ。流石の兄でもあのアイリに話し掛けるのは度胸が要るよ」
ミフネが何かしたなら、問答無用で鉄パイプだ。
他の面々にも変わらない。
なら、一体何があったのか。
まさか学校でイジメにでも遭ったのか。
そうなれば急ぎ対策を練らねばならない。早く解決しないと、ミフネが学校に怒鳴り込む事になる。
「アイリー、居るー?」
「居るよー」
焦る兄妹を他所に店のベルが鳴り、いくらか見知った顔であるミホが顔を覗かせた。
「あれ? 早くない?」
「今日は授業少なかったから抜けてきたの。で、頼んでたのは?」
「カウンターにあるよ。店長ー」
呼ばれ、すぐさまカウンターに入る兄妹。
そして、ゴムで纏められたビデオをミホに渡しながら、アイリに聞こえない声量で問うてみた。
「ミホちゃん、アイリになんかあったの?」
「あー……、何て言うかアイリにじゃないと言うか……」
んー……。
アイリの親友のミホも言葉を選びあぐねている。
どう説明したものか。ミホが考えていると、また店のベルが鳴る。
「だぁから見てみねえと判んねえって!」
「いやしかしな、病院帰りのあの子の機嫌を取るのは難しくてな?」
「ただの健康診断だろ。だから、ここで見て選べばいいって言ってんだ。店長、チビスケが好きそうなビデオあるか?」
森となにやら言い合いながら、ミフネがやって来た。
「あ、ああ、それならこの辺りとかいいんじゃないかな」
アキラが森を商品棚に案内する途中、ミフネがアイリに気付いた。
「あ? おい、どうした」
「なにが?」
「おん?」
明らかに様子のおかしいアイリに若干面食らうが、すぐに手招きをするミホに気付き、そちらへ向かう。
「おじさん」
「ミホちゃんよ、あいつどうしたんだ?」
「いやぁ、ちょっと、その……」
言い難そうにミホの顔が曇る。
流石に何かに気付いて、ミフネの雰囲気も変わる。
「実は……」
と、ミホは鞄から封が開いて縒れた便箋を差し出した。
それを受け取り中身を読むと、ミフネは大口を開けて笑った。
「がははは! おい、森こっち来いよ」
「なんだ? 良いのがあったのか?」
ビデオカセットをカゴに詰めていた森を呼び、受け取った便箋を見せる。
すると、森まで笑いだした。
「だっははは! また懐かしい手合いだな!」
「だろ? まさかまだ居るのか」
爆笑する二人だが、なにがそんなに可笑しいのか便箋の内容を知るミホには理解が出来ない。
「リン店長も見てみるか?」
リンはミフネから渡されたものを読むが、すぐに眉をしかめ絶句した。リンから手渡されたアキラも同様だ。
そこには口に出すのも憚られる単語が並べられ、それら全てが機械人を否定するものだった。
「なにこれ、胸糞悪い……」
「機械人差別の定型文だな。いやはや、懐かしい」
「……懐かしいって、なに?」
「アイリ……」
そこでアイリが口を開いた。
「こんな事書かれて、懐かしいってなに?」
「聞いた通りだ。俺らが若い頃はこんなもん毎日だった」
「そうそう、朝の挨拶と変わらん」
「…………」
「納得いってねえ顔だな。だがまあ、そんなもんか」
いいか、アイリ。
そう言って、ミフネはアイリの頭に手を置く。
人らしい体温も何も無い鋼の手、温もりなんて無いのに、アイリにとってはこれは両親と同じ血の通った手だ。
なのに、何も知らない誰かが平気で影に隠れてこれを否定した。
それが赦せなかった。
「お前の怒りは有難い。そして、真っ当な考え方だ。だから、そんなもんは抱えるな」
「やだ」
「お前ならそう言うよな。あいつら、愛那と理人もそうだった」
ビリーや森、他の知り合いや同級生の機械人とも違う。古臭い見た目で、感情が読めない目。
でもそれはこの十年、一番近くで見守ってくれた暖かい目だ。
「パパとママも?」
「ああ、そうだ。あいつらもお前と同じ様に怒ってた。だからこそ、お前らはそんなもん抱えるな」
そんなもん抱えても碌な事にならん。
ミフネは知っている。自分達世代の機械人の扱い、今はある当たり前の権利すら無く、物言わぬ兵器と同列だった時代。
だが、その時代はもう終わったのだ。それはもう過去に燃え盛った火の燃え滓でしかない。
だからこそ、今の時代に生きるアイリにそんな燃え滓を抱える必要はない。ただ、知っていてくれればそれでいい。
「忘れろ。なんざ、お前にゃ無理な話だ。だから、知っていてくれ。こういう時代があったから俺や森、ビリーや他の機械人達が人間とシリオンと暮らせているって事を」
「……うん」
「よし。んじゃ、今日は帰るぞ。店長、いいな?」
「ああ、そうだね」
「え、でも……」
そう言おうとしたアイリだが、ミフネのハンチング帽が被され止まる。
「んな面で接客する気か? 今日は帰って飯食って、風呂に入って寝ろ。寝ればすっきりするだろうよ」
「……えいがみる」
「へいへい。店長、とびきりにくだらなくて笑えるやつを頼む」
「ああ、それならこれだ。俳優の棒読みが本当に笑えるんだ」
「そいつはいいな。バカに突っ掛かられた時はそういうのに限る」
ほれ
ビデオを受け取ったミフネが右手を出してくる。
少し大きいハンチング帽で顔を隠して、ミフネの右手を掴まる様に両手で握る。
大きくて冷たい手、鋼の血の通わない手。だけど、ずっと側に居てくれた手だ。
「それじゃあな。森、お前もさっさとチビスケ迎えに行ってやれ。今頃、小僧が参ってるだろうよ」
「ああ、セス君には土産を渡さんとな。サティにも」
「そうしとけ。ミホちゃんも、早く帰れよ」
「はーい。じゃあアイリ、また明日」
「うん、ミホ」
言って、店を出る。
外はもう暗くなり始めている。
「アイリ、気にするな。なんざ言わん。時間を掛けて、ゆっくり飲み込め」
「でも、やっぱり……」
「それも無理なら間違えるな。も言わん。間違えて転んで泣いて怒って、また笑え。お前らガキの特権だ」
「ん」
ミフネの手は冷たい。軍用の身体に体温は無い。
だが、それでも一番暖かい手だ。
「今日は何食うよ?」
「からあげ」
「じゃあ買って帰るか」
「お父さんがつくったのがいい」
「しゃあねえな」
飯は山程炊いてある。好きなだけ食って寝ろ。
そのミフネの声は何時もより優しかった。
◯◯年後のミフネさん家
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