とあるタクシードライバーの日々   作:サビサビボンプ

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イオ・フレミングとしなかった私を褒めてほしい




目が覚めた時は何も無かった。

あったのは、名と立場と一枚の写真だけ。

他には何も無い、誰も居ない。

だから、見てみたい。

だから、会ってみたい。

だから、話してみたい。

だから、外へ出た。

それ以外、何も無かったから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まったく、なんだってこんな事になったんだか。

ミフネはジャケットのポケットに手を突っ込み、空を見上げる。

子憎たらしい程に透けた空は、近くにある生きた災害の気配を感じさせない。

紫煙を深く吸って吐き出せば、風に巻かれてこちらを小馬鹿にした様に踊って消える。

 

「トシゾーさん」

「なんだ? 買い物は終わったのか」

「いえ、どちらを選ぼうか迷ってまして」

 

イオが土産物の定番であるキーホルダーを掲げて見せてくる。よくある縁起物を象ったものだが、ミフネには色の違い以外分からない。

 

「どっちも変わらん」

「いえ、変わりますよ」

 

なにやら解説を始めるイオだが、ミフネはやはり違いが分からない。

 

「例えばこっちは学業成就で……。聞いてますか?」

「気になんなら両方買えばいいじゃねえか」

 

ミフネは言うが、イオはどうにもどちらかを選びたいらしい。

最初の仕事の時からそうだったが、この娘は必ずどちらかを選びたがる。欲しいのなら、大したものでもないのだから両方選べばいい。と、ミフネは思うのだがやはりそうはいかない様だ。

煙草を店先の灰皿に押し付け、ミフネは再度言う。

 

「欲しいなら両方買え。早くしねえと、お目当ての場所に間に合わんぞ」

「え? あっ! はい!」

 

イオはミフネの言葉に慌てて会計へ向かう。

アイリもそうだが、どうしてこうも年頃の娘の買い物は長いのか。

 

「ミフネ様?」

「ん? おお、ライカンか。久しいな」

「こちらこそご無沙汰しております」

 

現れたのは買い物袋を抱えたライカンだった。

 

「おう、今日はどうしたよ。ここ観光地だぞ」

「実は現在お仕えしているご主人様の要望で、こちらでのみ販売している菓子の買い付けに」

「ほーん、菓子っつっても饅頭ぐらいだろうに」

「いえいえ、なかなかに奥深いものですよ。ミフネ様は、お仕事ですか?」

「ああ、ちょいと客待ちだ」

 

ほれ

と、ミフネが指差す。

その先から小さな紙袋を抱えたイオが小走りで戻ってきていた。

 

「お、お待たせしました」

「おう、さっさと行くぞ。そんじゃまたな。都合がついたら森の所で呑もうや」

「あの、トシゾーさん。こちらの方は?」

「申し遅れました。私〝ヴィクトリア家政〟で執行役を務めさせていただいております。フォン・ライカンと申します」

「これはご丁寧に。私、トシゾーさんに此方の案内をお願いしておりますイオ・バーンスタインと申します」

 

堅苦しいなぁ。

実に慇懃で恭しい態度の二人が挨拶を交わす横で、ミフネは今日の晩飯の事を考えていた。

適当に野菜炒めでもするかと考えたが、二日続けて同じものを出すとアイリの機嫌が悪くなる。

ただでさえ、最近は何かと考えこんでいるのだ。イオの関係で最近実入りがいい。たまには高い肉でも食わしてやるか。

と、そこまで考えた辺りで話は終わった。

 

「それでは、私はこれで」

「ええ、御会い出来て光栄でした。良き旅を」

「終わったか」

「はい、ではお願いします」

「はいよ」

 

愛車の後部ドアを開け、座席へと乗り込むイオ。

その様子をライカンは離れた場所から見ていた。

 

「…………」

「ボス、どうしたの?」

「……いえ、問題ありません。戻りましょう、エレン」

 

僅かな違和感。ミフネや森、ビリー達とは何かが違う。

何が違うとは言えない程に僅かな違和感。それが、ほんの一瞬だけイオにあった。

それがシリオンの自分から見た機械人のイオの個性なのか。それは分からなかったが、ミフネが気付いていないとは思えない。

合流したエレンを伴い、ライカンはその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、あんたが見たかったってのはこれか?」

 

新エリー都にある展望台、そこでベンチに座り紫煙を踊らせながらミフネは小さな背中に問うた。

新エリー行くにありふれたこの展望台だが、あまり人は居ない。何故か。

それは見えてしまうからだ。嘗ての災厄、忘れようにも忘れられない十年の傷が。

 

「忘れない為に作られた場所。ちょっと不謹慎ですけど、素敵だと思いません?」

「どうだろうな。少なくとも、俺は見たいとは思わん」

「ふふ、私もです。でも、見てみたかった」

 

時刻は夕暮れ、沈んでいく太陽が焦げ付く様に色を変え、暗い夜が降りてきている。

 

「まるで、一足先に来た夜みたい」

「けっ、あれ見てそう思えるなんざ相当胆が据わってんな」

「それは一人であんな裏路地を歩く世間知らずですから」

「へっ」

 

ミフネは鼻で笑い、イオ越しの過去。零号ホロウを眺める。

誰も助けられず、誰も救えず、どうにか助け出せたのはアイリとその他の民間人。一番助けたかった、救いたかった二人と仲間達を見殺しにして、過去を忘れきれずに生きている。

情けない話、まだ夢を見る。アイリの側に二人が居て、少し離れた場所に自分が居る夢。

もうどうする事も出来ない過去、それが目の前にある。

 

「……戻りましょう。あまり長居する場所でもないですから」

「はいよ」

 

煙草を携帯灰皿へ押し込み、車へと向かう。

帰路は静かだった。仕事終わりのサラリーマンや、これからが本番だろう飲食店を尻目にミフネはアクセルを緩く踏み、傷痕を乗り越えようとする街を走る。

 

「あ、この辺りで大丈夫ですよ」

「また絡まれんなよ」

「そこは大丈夫です。宿は近くですから」

「へいへい。んじゃ、本日はご乗車誠に有難う御座います。全部で27565ディニーになります」

「では、こちらで」

 

代金を受け取り、イオが車を降りるのを見送る。

 

「トシゾーさん」

「なんだ?」

「明日もまたお願い出来ますか?」

「なら、乗り合い所か森ん所に来い。俺は大体そこに居る」

「ええ、覚えてます」

 

なら、そうしろ。

そして、車のエンジンを掛けた時だった。

 

「居たー!!」

 

サティを背負った森を伴い、息を切らせたアイリが現れた。

◯◯年後のミフネさん家

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