とあるタクシードライバーの日々   作:サビサビボンプ

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「ほら、焼けたぞ。食え」

 

アイリと遭遇した後、騒ぐアイリをどうにか宥め、時間も時間だと森の提案で近くにある全席個室の焼肉屋に入る事にした。

個室に入るなり早々、アイリが注文を開始し、ミフネが網に並ぶ肉を返しては皿に運ぶ役になった。

 

「しかし、アイリちゃんもよく食うな」

「おめぇも知ってんだろ。昔っからこいつはこうだよ」

 

肉と白米をガンガン食い進めていく姿に、年頃の娘がこうでいいのかと疑問に思いはするが、食わずに研究に没頭して倒れた二人を知っているので、ミフネはそれには何も言わず兎に角焼けた端から肉をアイリの皿に積んでいく。

 

「あの、アイリ様? お野菜も食べないと……」

「うー」

「客に威嚇すんな」

「お父さんうるさい」

「んなっ?!」

 

はてさて、ここからどうなるのか。

森はとりあえず網の隅で焼いていた野菜を、信じられないものを見る様な目付きを向けるサティの皿に入れつつ、事の動向を見守る事にした。

 

「大体、お父さんなんで最近遅いの?」

「そりゃ仕事だ」

「普段読まない雑誌とかテレビも?」

「顧客のニーズに応えるってやつだ」

 

 

――ミフネよ、アイリちゃんが聞きたいのはそういう答えじゃないと思うんだが……

 

 

こちらの皿に避けてきたサティの野菜を、また戻しながら森は頼んでいた酒を呑む。絶望の目付きを向けてくるが知らん。

アイリが問いたいのは、イオとはどういう関係なのか、だ。

しかし、ミフネは顧客だと一点張り。事実そうなのだが、アイリはそうはいかない。

アイリは知っているし見てきて覚えているのだ。

その卓越した記憶力が忘れる事を許してはくれない。

あの十年前から、自分達に近寄ってきた者達の大半はアイリの両親の功績を奪おうとしてきた者ばかり。

最近になり店長達や邪兎屋にミホ達等、そんな事は知らんとただのミフネ・アイリとして対等に扱ってくれる者達と知り合い、どうにか鳴りを潜めていたが十年前から本来は疑り深い性格だ。

そこで突然現れ、ミフネに対して親しい態度を取るイオは当然猜疑の対象だ。

 

「本当にお客さんなの?」

「それ以外に何があるってんだ? ほれ、カルビ」

「本当にそうなんだよね?」

「アイリ」

 

ミフネの声にアイリが身を竦ませる。

森も久し振りに聞いたミフネの本気の声だ。

皿に積まれた野菜と格闘していたサティの手も止まり、イオに至っては何が起きているのか理解出来ていない。

 

 

――まあ、そろそろか

 

 

森はこのままでは余計に拗れてしまうと判断し、助け船を出す事にした。

 

「まあまあ、二人共落ち着け。私も話したが、イオ嬢はアイリちゃんが思っている様な人ではないさ」

 

それになミフネ

 

「アイリちゃんは心配なのさ。お前がイオ嬢に取られやしないかとな」

「はあ?」

「あら」

「森さん!?」

 

拳が飛んでくる。やんわりと片手で受け止めるが、迷い無く顎を撃ち抜こうとするのは周りの教育所以か。

 

「まあ、そういう事だ。さ、肉を食おう」

 

と、軽い調子の森に話を乱され、黙々と肉を焼き始める。

 

「……イオさん」

「はい、なんでしょうか」

「ごめんなさい」

 

アイリは素直に謝った。イオに非はないというのに、ただ疑わしいからと一人で突っ走ってしまった。

 

「そんな……。これも全て、アイリ様とトシゾーさんがお互いを大事に思っているからこそです」

 

それに対しイオはなんでもない当然の事だと、微笑んでアイリを許した。

 

「そう正面から言われると恥ずかしい」

「あら」

 

どうにか落ち着いた食卓を眺め、酒の代わりに茶を飲みつつ、焼けた肉をそのまま口に放り込む。肉やタレの味は感じないが、焼けた脂の匂いにミフネは少し懐かしさを覚える。

 

 

――そういや、あいつらもよくやってたな

 

 

愛那と理人、よく飲まず食わずで研究に没頭していた癖に、突然思い付いた様に鉄板を持ち出して肉やら魚やらを焼き出したりしていた。しかも研究所内で。

炭は使わなかったが、匂いと煙で研究所が大変な事になった。

あの時はイベルナにしこたま怒鳴られた。

ミフネは懐かしさに浸っていると、ふと動きを止めた。

 

 

――なんで今、あいつらを思い出した?

 

 

今の面子はイオ以外は普段と変わらない。

なのに、何故か一番賑やかだった記憶が甦る。

アイリを抱いた愛那と理人が居て、イベルナが呆れてフレデリックが笑い、ケンリョウやジンザン達が乱入してくる。

ヘファイストス研究所での記憶、それを何故今思い出した。

分からない。

 

「お父さん?」

「……ん? ああ、ちと食い過ぎた。煙草吸ってくるから、お前らまだ食ってろ」

「煙草辞めてって言ったじゃん」

「言うな。俺ぐらいの歳の機械人にゃ、煙草でもないとやってられん」

「ふむ、では私も行こう。あー、アイリちゃん、イオ嬢。サティが野菜を避けない様に見張っていてくれ」

「たいちょー!」

「アイリ、お前もだ。野菜食え。また腹壊しても知らんぞ」

 

何時の話してるの!!

と、喚くアイリを置いて二人は店先にある灰皿だけの喫煙所で並ぶ。

 

「煙草持ってんのか?」

「くれ」

「この野郎……。貰い煙草は貧乏するぞ」

「ふっ、サティのお陰で客が増えてな」

「ガキをダシにすんなよ」

 

言いながら、二人は紫煙を吐き出す。

そして、二回程煙を踊らせた森が口を開いた。

 

「なにか、あったか?」

「なんもねえよ。ただ、思い出しただけだ」

「思い出した?」

「あいつらをだ。あの二人を見て、何故かな」

 

イオと二人に何の繋がりも無い。

なのに、あの日々を思い出した。

それは何故なのか。

 

「ふむ……」

 

森は考える。

この男は戦場で生きて、晩年としようとした時間と親友を失った。

そして、親友の忘れ形見を一人で十年守り続けた。たった一人の十年、ここ最近は違うがそれでもだ。

その十年の負荷はこの男を凝り固まらせた。

もしかしたら悪意も害意も無く、利益を求める事も無く近くに接してくるイオの態度に、それが解けているのかもしれない。

独り身とは言え、森も長く人の営みを見てきた。イオも今はただの客だが、あの接し方からミフネに悪くない感情があるのは判る。

アイリとも上手くやっていける器量はあるだろう。

 

「いいんじゃないか?」

「何がだよ」

「たかが十年かもしれないが、もう十年だ。そろそろ一人で肩肘張るのもやめにしても」

「馬鹿言うな。あいつはまだガキだ」

「だが、それまでお前は一人で居続ける気か?」

「……うるせえ。まったく、戻るぞ」

「はいはい、頑固爺め」

「うるせえお喋り爺」

 

煙草を灰皿に放り捨てると、店の戸に手を掛ける。

 

「ん?」

 

不意に通りの向こう側が騒がしくなり始めた。

何事かと視線を向けると、消防局や治安局が忙しなく走り回っている。

 

「何があったんだ?」

「ふむ、長居は無用だな。今日はお開きにするか」

「そうだな……っと」

「お父さん、大変!」

 

再び店の戸に手を掛けたタイミングで、アイリが飛び出してきた。

見れば、後ろにはサティを抱き抱えたイオが困り顔で立っている。

 

「イオさんが泊まってるホテルで火事だって!」

「でけえ声で喚くな。で、状況は?」

「規模自体は大した事はなかった様なのですが、ライフライン系統が焼けてしまったと……」

 

イオの話だと自身が泊まっている部屋のあるフロアは無事だが、ライフライン関係全てがダウンしてしまい、これ以上の宿泊は難しいとの事。

 

「系列グループも全て満室……。なかなかに面倒な状況だな」

 

森がスマホで状況を確認するが、イオが泊まっているホテルの系列店は全て満室となっており、今から宿を探すにしても少々厳しいだろう。

 

「ど、どうしましょう?」

「どうするって言ってもな……。森」

「私の家は無理だぞ。私とサティで満杯だ」

 

大体、六畳一間だぞ。

森の家は無し。新しく宿を確保するのも難しい。

となると残る手は一つだけだ。

 

「お父さん、家は? 部屋は空いてるよ?」

「家か……」

 

確かに部屋は余っている。今の状況を考えれば、仕方あるまい。

 

「おい、家来るか?」

「よろしいのですか?」

「今の状況で放り出せる程、冷血じゃねえ」

 

アイリ

 

「森と一緒に部屋を片しとけ。俺は車回して荷物取ってくる」

「アイアイサー」

 

先程までの剣幕が嘘の様にイオに対する態度が軟化している。

 

「さ、イオさん。行こ」

「え、あの? 荷物の受け取りが……」

「……ホテルに俺が代理で行くと伝えとけ。無理なら明日取りに行く」

 

アイリに引き摺られる様に連行されるイオを見送り、ミフネは溜め息を吐く。

 

「いつの間に仲良くなったんだか……。若い娘は判らん」

「まったくだな」

「んじゃ、頼んだ」

 

ミフネはハンチング帽を被り直し、夜の街の喧騒。その足元へと向かった。

◯◯年後のミフネさん家

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