とあるタクシードライバーの日々   作:サビサビボンプ

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花束を向かいの席に置き、ミフネは文庫本を開く。

暫く読んでいなかったが、それでも目を通せば内容を思い出せた。

 

「ご注文の品です」

「ああ、有難うよ」

 

店員がテーブルに二枚重ねの分厚いパンケーキと珈琲を置く。果物やクリームが載ったそれをミフネはナイフで切り分け、口へ運んでいく。

 

「……やっぱ甘ったりぃな」

 

珈琲を口にしながら、ミフネは花束へ言葉を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日が経ち、ミフネ家は以前より賑やかになった。

ミフネの性格が変わったとかではない。ただ、一人増えただけだ。

 

「平和なもんだ」

 

日の当たる縁側で一人、茶を啜りながら新聞を広げる。

見出しは最近相次ぐボヤ騒ぎと衛非地区でのスクープ。なんでも輝磁の採掘で健康被害が相次いでいるらしい。

 

「しかしまあ、ポーセルメックスも強気だな」

 

内容から健康被害は輝磁の採掘が直接の原因とは言えないとして、採掘業の元締めであるポーセルメックスは訴訟も視野に入れているらしい。

まあ、自分には関係が無い話だとミフネはその記事を流し読み、ボヤ騒ぎの紙面で気になる単語を見付ける。

 

「反機械人団体ねえ? よくやるもんだ」

 

記事によるとボヤ騒ぎがあった施設や企業は、反機械人団体に資金提供等の繋がりや疑惑があったらしい。

しかし、それも噂程度の様で記事からは裏付けらしいものは読み取れない。

まあ、仮に反機械人団体のシンパなら、イオがあのホテルに泊まれる訳がない。それらしい繋がりからの推測記事だろう。

 

「はぁ、散歩でも行くか」

 

立ち上がり、湯飲みと急須を片付けてジャケットとハンチング帽を身に付け、家を出る。

よく晴れた昼下がり、散歩にはうってつけだ。

 

「……また軋み出したか」

 

少し歩き、近所の公園に差し掛かった辺りで、膝と腰が軋み始める。

〝ケラヴノス〟は強力だが、身体への負荷は強大だ。

 

「またグレース先生に頼むか」

 

ビリーはグレースを恐れているが、ミフネはそうでもない。寧ろ懐かしさすらある。

愛那と理人にグレースはそっくりだ。特に自身の未知である機械を前にした時は、イベルナと二人がかりで縛り上げてようやく大人しくなる。

恐らく〝ケラヴノス〟の存在に、グレースは気付いている。気付いていて何も言わない。

だから、信頼出来る。

ベンチに座り、公園を眺める。

子供や親子連れ、老人まで様々な人種の人々が穏やかな時間を過ごしている。

 

 

――俺らが守った、か……

 

 

思わず吐き捨てそうになった言葉を飲み込む。

ハタ、カヤマ、ジンザン、ケンリョウ。すぐに思い出せる名と姿。もう居ない戦友達。

アラガキの馬鹿は除くが、全員が兵器ではなく軍人として民を守り散っていった。

そして自分はただ生き残った。若者が散り一番の老骨が生き残る。とんだ皮肉だ。

 

「やってられんな」

「なにがやってられないの? ミフネさん」

 

背後を見れば見知った顔、ニコ・デマラが居た。

 

「小娘か。借金取りにでも追われてんのか?」

「残念。今日は孤児院の引率よ」

「んな腹放り出して引率か。腹壊すぞ」

「余計なお世話よ。で、ミフネさん。なにがやってられないの?」

 

話を逸らそうとしたが駄目だった。

 

「もしかして、噂の美人さん? アイリも懐いてるって」

「そうじゃねえよ」

 

言って、視線を公園に戻す。

ニコもミフネと同じ方向を見るが、そこには家族の団欒と自分が引率する孤児院の子供達が居るだけだ。

なら、なにがやってられないのか。

ニコは答えを待ち、何も言わないミフネの隣に座った。

 

「ただ……、生き残っちまったな、とな」

「……旧都陥落ならミフネがどうこうって話じゃないじゃない」

「違う。老い耄れが生き残って若造共が死んだ。そんな考えが出ただけだ」

 

重い声は何時もと変わらない。だが、声に力が無い。

ニコは旧都陥落以前の事を知らない。無論、知識としては知ってはいるが、ミフネ達が生きた時代を見てきた訳ではない。

だから、ミフネが背負っているものに軽々しく同意出来ない。出来ないが、蹴り飛ばす事は出来る。

 

「あっきれた。あのミフネさんがそんな事考えてたの?」

「そんな事ってなんだおめえ」

「そんな事はそんな事よ。第一、ミフネさんがくたばったらアイリはどうなるのよ。それにね、言っちゃ悪いけどこの世界は生き残った奴の勝ちなの」

 

それに

 

「生き残ったって事は託されたって事よ。老い耄れだろうが関係無い。生きて託されて、稼いで高笑いしてる奴が勝ち。勿論、託した側もね」

 

見なさいよ。

ニコは公園を指差す。

 

「あの子達はミフネさん達が守ったの。だから、こうしていられてるし笑っていられる。アイリだってそうよ」

「……そうだな」

 

 

――トシゾー、僕達はもう無理だ

――だから、お願い。アイリを守って

 

 

あの日、託された。

だから今生きている。

アイリも、森もそうだ。託されて生き残った。

だから今ここに居る。

 

「それにさ、そろそろ自分の事も考えたら? 話だけ聞いたら、ミフネさんも満更でもないんでしょ?」

「んな訳あるか、小娘」

 

言いながら立ち上がる。軋みが目立つが、もう慣れた。

 

「あら、もう行くの?」

「おめえのにやけ面も飽きたんでな。馴染みの喫茶でも行くとするさ」

「なーによそれ。心配して損したわ」

「へっ、まあ有難うよ」

 

鼻で笑いながらも礼を言い、ミフネはまた歩き出す。

暫く歩き、空を見上げる。

ハンチング帽のつば越しにしか、最近は見上げていなかったが透ける様な空だ。

 

「小娘が、一端の口を利きやがる」

 

まあ、そうだ。生き残って、生きているのだ。

分かっていた筈なのに、あんな小娘に言われるとは耄碌したものだ。

 

「あ、お父さん」

「お前ら、なんでこんな所に居んだ?」

 

自身の老いを自覚しつつ、馴染みの喫茶店への途中、最近出来たというファンシーショップからイオとアイリの二人が出てきた。

 

「トシゾーさん、今日はお休みでは?」

「だから散歩してんだ」

「お父さん、今から何時もの喫茶店でしょ? 行こ! イオさんもお父さんの行き着け知りたいでしょ」

 

この数日で、アイリは一気にイオに懐いた。

今までミフネとの二人暮らしで、同性と暮らした経験が母以外ほぼ無い。

そんな中、突然始まったイオの居候でアイリの好奇心が爆発した。

アイリは悪意や害意に敏感な分、その警戒心を越えてきた相手には無防備になる。そして、抑えていた好奇心を全開にして距離を詰めてくる。

イオはアイリの警戒心を起こしはしたが引っ掛からず、好奇心の引き金を弾いた。

その結果がこれだ。

 

「トシゾーさん」

「はぁ……。珈琲飲むだけだぞ」

「じゃあ、決まり! 私ケーキセットね」

「自分で頼め」

「えー。ま、いっか。イオさん、行こ」

 

イオの手を引き、先へ行くアイリ。

その二人の姿を見つつ、歩を進めた時、視界にノイズが走った。

 

 

――トシゾー、ほら行くぞ

――早く行きましょ、トシゾー

 

 

ノイズの後、アイリとイオの後ろ姿が一瞬だけ懐かしい二人の姿に重なる。

 

「待っ……」

 

その一瞬の光景に思わず手を伸ばしかけるが、そこにあるのはアイリとイオの不思議そうな顔だ。

 

「お父さん、どうしたの?」

「……なんでもねぇ。つか、お前。この間、ダイエットがどうとか言ってなかったか?」

「あれは体重計が壊れてただけ!」

「トシゾーさん、年頃の子にそれはデリカシーが……」

 

へいへい

ハンチング帽越しに頭を掻き、軽い溜め息と共にミフネは二人の後を歩いていった。

◯◯年後のミフネさん家

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