とあるタクシードライバーの日々   作:サビサビボンプ

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はい、そろそろです




――……時のニュースです。本日未明、十四分街にて身元不明の三名の……

――衛非地区ではいまだに企業と労働者間での緊張状態が……

――今週のヒットチャートはやはりこの方……

 

「ふむ」

 

森はラジオを弄りながら、湯飲みを傾け茶を啜る。

時刻は夕刻に近い昼過ぎ、もうじき繁忙期の夜がやって来る。その前に長めの休憩を兼ねて客との話のネタを集めようとラジオのチャンネルを弄る。

だが、明るい話題は最近の流行りに掻き消された。

 

――速報です。本日正午前、六分街にて火災が発生。治安局はこれを一連の放火犯の仕業とし……

 

「またか」

 

呆れ声で溜め息を吐く。

ここ最近続くボヤ騒ぎ、先日起きたホテル火災から放火と治安局は断定し捜査を続けている。例のブリンガーの件以降、信用回復の為治安局の活躍は目覚ましい。良い事だ。若い芽が己が信念の為に尽力し、結果に結び付いている。

だが、それでもこの放火犯は捕まらない。

森の経験からの見立てでは、反乱軍かそれに与する輩の犯行の可能性を見ているが、それにしても無軌道過ぎる。

 

――治安局は被害に遭った施設が何らかの組織と関係している可能性を……

 

ゴシップ誌では反機械人団体との繋がりを謳っていたが、今のご時世に反機械人団体という差別団体に援助をする企業がそうあるとは思えない。

 

 

――軍ではヴェロニカ君達が頑張っていたんだが……

 

 

やはりそう上手くはいかないのだろうか。

森が思案に耽っている中、昼寝をしていたサティが顔を上げた。

 

「……たいちょー、おきゃく」

「む? そうか」

 

気配に敏感なサティはそれだけを言うと、再び眠りに着いた。

森はラジオを止め、座っていたコンテナから腰を上げる。

 

「らっしゃい。まだ仕込み中だがそれでも良ければ」

「お久し振りです。森さん」

「おお、セス君じゃないか。それに朱鷺君に青衣さんまで。休憩かね?」

 

暖簾を潜り現れたのは、朱鷺を始めとした特務捜査班の主要メンバーの三人だった。

 

「うむ、久しいのう。森よ」

「すみません、森さん。仕込み中に」

「構わないさ。今煮込んでいる最中だ。で、何を用意する?」

「では、これを頼めるか?」

 

そう言って、青衣が差し出してきたのは注文を書いたメモではなく、やけに写りが悪い一枚の写真だった。

 

「この機械人に見覚えは?」

「待て待て待て。ここはおでん屋で、私はただのおでん屋の親父だ。そんな事を言われても困る」

 

というか

 

「おでん屋に来たならおでんを頼め。がんもがよく煮えてる」

「青衣先輩! す、すみません、森さん。では、がんもとおすすめを人数分」

「あいよ」

 

森は鍋の蓋を開け、手際良くがんもと大根、念の為に残しておいた厚揚げを二つずつ皿に乗せ、三人の前に並べる。

 

「ふむ、やはり良い香りじゃの」

「それはどうも。で、その写真がなんだって?」

「はい、実は……」

 

セスが持っていた資料を受け取り、朱鷺が声を潜めて説明を始める。

森は青衣から受け取った写真を眺めながら話を要約する。

 

「つまり、噂の放火現場のほぼ全てでこいつが目撃されている、と?」

「正確には監視カメラに写り込んでおる。じゃな」

「ふむ、しかし写りが悪いな」

 

質の低いカメラの映像を無理矢理引き伸ばした写真は、所々がぼやけてはっきりとした姿が写っていない。

森は自身の目でスキャンし、電脳内で情報を整理する。

 

「……青衣さんよ。あんた、判っててここに来たろ」

「はて、何の事やら」

 

青衣は分かりやすく惚けた顔で、がんもを口に運ぶ。

 

「青衣先輩、何が判ってたんですか?」

「うむ、セス坊。此度の犯行、恐らくはこやつの関係者によるものじゃ」

「人聞きの悪い事を言わないでくれ。私だけではない、ミフネもだ」

「ミフネさんも?!」

 

セスと朱鷺が驚き、青衣と森を交互に見る。

 

「と言っても、有り得ん話だ」

「どういう事じゃ?」

「この写真の機械人の素体は確かに軍、それも私が在籍していた時代のものに違いない。だが、現在は廃止されている」

 

それに

 

「こいつは既に死んでいる」

「はい? あの、森さん。それはどういう……?」

「言葉の通りだ。こいつ、〝アラガキ・ヒガネ〟は四十年程前にテロを起こし、そこで私とミフネが処理した」

 

と言っても、最期は奴の自爆だったがな

森は鍋の火加減を調節しながら語る。

アラガキ・ヒガネ、元々は森と同じ特務憲兵隊の所属だったが、ある技能を買われて対テロ・対反乱軍用部隊に転属となった男だ。

 

「奴は火薬、爆発物。まあ、とにかく何かを狙って燃やす事を得意としていてな。テロリストや不穏分子の処理部隊の実働隊を率いていた」

「それが何でテロなんかを……」

「思想がな、ちょっとあれな奴でな。私達が若かりし頃に流行った〝機械人優性思想〟に傾倒していた」

「ほう、久々に聞いた」

「機械人優性思想。確か、学校の授業で……」

「まあ、朱鷺君達の世代だとそうなるか。流行ったと言っても一部で流行ったカルトみたいなものだ」

 

だが奴はそれに傾倒した。

森が語るにはアラガキは元々、優れた機械人兵士だった。しかし、その任務の中で疑問に衝突した。

 

「対テロ任務の最中、その思想家を始末する事になり、それか決定打になった。何故軍はただの思想家をテロリストとしたのか。それは人間達の世界がこの思想を恐れたからだ。とな」

「え? それはちょっと急というか……」

「セス坊、歴史の授業は好きだったか?」

「あ、いえ、少し苦手でした……」

 

少しばつが悪そうに肩を竦めるセスの皿に、森は大根を乗せながら言う。

 

「まあ、いいさ。勉強は何歳でも出来る。四十年程前は機械人差別の最後のピークでな。私やミフネも相当な扱いを受けたものだ」

「その中で機械人優性思想が?」

「朱鷺君、話を急ぐな。私の様な老い耄れは思い出すのに時間がかかる」

 

笑いつつ、朱鷺の皿にも大根を乗せる。

 

「嘗ての時代、軍では機械人に今の様な当たり前の権利は無いに等しかった。簡単に言えば兵士ではなく兵器の扱いだった」

 

壊れたら直すか廃棄、論理コアの乗せ換えが当然。

そこにある個人や人格など、無いも同然だった時代。

ある思想家の考えを元に、機械人優性思想は生まれた。

 

「元々は機械人の権利向上、ただそれだけの何の害も無い思想だった。だが、発案者が事故で死んでから狂った」

 

一部の機械人や活動家達が、まだ浸透していなかったその思想を書き変え、自分達に都合の良い形にして広めた。

 

「機械人は人間やシリオンよりエーテルに耐性があり、両人種に出来ない事が出来る。それは何故か。我々機械人は元々、人間やシリオンを支配する立場にあったからだ。とな」

「……ちょっと無理がある様な気がします」

「ははは、そうだろ? ミフネなんて大笑いした後、冊子を破いて紙飛行機にしてたからな」

 

しかしまあ

 

「真面目な奴だからこそ、染まったんだろうな」

 

アラガキは真面目な男だった。軍の異端児だったミフネや冷静な判断を下せる森とは違い、真面目過ぎた。

だからこそ、染まってしまった。

 

「しかし、死者が何故?」

「そこは判らん。アラガキは木っ端微塵に吹き飛んだ。それは確かだ。まあ、どうしても気になるならセス君、リェンに聞くといい」

「リェンさんですか」

「ああ、ミフネは私以上の情報は持ってないだろうし、それに奴は若い娘に入れ込んでるからな」

「ミフネさんが?!」

「うむ、あの耄碌した頑固爺がだ」

 

驚く朱鷺とセスにケラケラ笑いながら、森は片手鍋にペットボトルから水を注ぎ、火に掛ける。

 

「なかなかに器量良しな娘だった。アイリちゃんも懐いている」

「いや、でもあのミフネさんが? だとしたら、噂は本当だった?」

「なんだ、知ってたのか」

「うむ、若い治安官達の間でのう。ミフネのオヤジが、とな」

「ミフネのオヤジ? あいつは私と違って爺だぞ」

 

さりげなく、自分の方が若いとしながら森は沸いた鍋に何かを放り込みながら問う。

 

「えっと、フレデリックの件から、ミフネさんには時たま情報提供をお願いしてまして……」

「あー、成る程。あいつ、変なところで面倒見がいいからな。若い連中が慕ってる訳か」

「実際は一般の方に頼るべきではないのですが……」

「まあ、年寄りの知恵は好きに使えばいいさ。しかし、奴が人気となると私は更に人気になれるな」

「はい?」

 

森は軽く笑うと、茹で上がったそれを丼へ入れる。

 

「あんな暗い窓にぽっかり目が光ってる厳つい爺より、私の様なスマートなイケオジの方がウケる」

「そのブリキのクルミ割り人形の様な顔でか?」

「ふっ、青衣さんよ。この顔はチャーミングというやつだ。さ、折角だから新作の味見を頼む」

 

そう言いながら丼と小鉢を三人の前に出す。

丼の中身は具の無いラーメンだった。

 

「あの、一応職務中でして」

「人間は食わねば死ぬだろう? 危険を伴う治安官なら尚更だ。さ、食え」

「班長。これ、食わないと終わらないパターンです」

 

二人よりはこの屋台に来ているセスが小鉢を手に取り、麺とスープを分けていく。

森は時折、常連客や顔馴染みに新作の味見を押し付けてくる。特にサティが眠って起きない時に多い。

 

「サティだと美味しい以外の感想が出んし、出したら出した分食い尽くすから頼む」

 

コンテナと綿を詰めに詰め込んだ座布団で作った簡易ベッドで、涎を垂らして眠る健康優良児に溜め息を吐く森。

それに同情した訳ではないが、三人は箸で麺を手繰り啜る。

味としてはそこまで美味という訳ではないが、なんと言うか不思議で馴染み深く親しみのある醤油風味。

 

「どうだ? 私手製ラーメンは」

「うむ。悪くない」

「はい、普通に美味しいです」

「そうかそうか。店主特製ラーメンとして売り出すつもりだったがイケそうだな」

「森さん、これどうやって……」

 

と、どうやっておでん鍋が占拠する屋台で作ったのか。朱鷺がレシピを聞こうと顔を上げたところで、森が市販のラーメンスープの小袋を裂いて鍋に放り込んでいた。

 

「ん? どうした?」

「森さん、インスタントはダメじゃないですか?」

「はっはっはっ、セス君。ちゃんとおでん出汁も使ってるぞ」

 

む、分量はどうだったか。

まあ、いいかとお玉でおでんの煮汁を適当にスープの入った片手鍋に流し込んでいく。

 

「森さん、これ幾らで出すつもりで?」

「そうだな……。大体、800ディニーくらいか」

「班長、これ何らかの詐偽になりません?」

「え? いや、でも一応お出汁は使ってるし……」

「森よ、一応逮捕するか?」

「何故だ?! ただのラーメンだぞ!」

 

森は驚愕するが、治安官三人は割りと真面目に森の逮捕を検討した。




森のモツ煮

モツ煮と銘打っているが、実際は肉と野菜のごった煮。
その日の買い出しで安い肉と根菜を雑に刻んで味噌で煮込んだものなので、味が安定しない。
しかし、常連客はそれを楽しんでいるようだ。

◯◯年後のミフネさん家

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