とあるタクシードライバーの日々   作:サビサビボンプ

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「で、なんだってんだ?」

 

ミフネは治安局にある特務捜査班のオフィスで、紙コップの水を飲みながら難しい顔をした朱鷺に問うた。

 

「まあ、落ち着け」

「うるせえぞ、食品偽造犯」

「私は無実だ。第一、商品として売り出してない」

 

官警の横暴だ

とかなにやら言っているが、どうにもキレがない。

また何か起きたのかと、煙草を吸えないオフィスでミフネは溜め息を吐いた。

 

「……ミフネさん、こちらを」

「んだこりゃ? 写真?」

「ミフネ、その呆けた目でよーく見てみろ」

「うるせえぞ爺」

 

悪態を吐きつつ、差し出された写真を見る。

無理矢理引き伸ばされた解像度の低い写真だが、ある一点にズームされている。

その一点、その顔を見た瞬間、ミフネは森に顔を向けた。

 

「……嘘だろ?」

「嘘で真面目な朱鷺君が連行するか?」

「待て待て待て、こいつは、イカれのアラガキは確かに死んだ。おめぇも見ただろうが」

「お前が見ても、やっぱりアラガキだよなぁ」

 

深く溜め息を吐く老い耄れ機械人二人。

その様子に朱鷺はどう話を切り出すか迷ったが、ミフネが話し始めた。

 

「素体も論理コアユニットも粉々で、なんで生きてんだこいつ? 気持ちわりい」

「それについてだが、先程セス君に頼んでリェンに連絡を入れさせた。……まあ、十中八九軍の仕業だろう」

「あぁ? 軍がこのイカれ生かす理由があんのかよ」

「ある。いや、ある連中がまだ居るとしたら?」

「だとしたら相当おめでたい頭してんぞ、そいつら」

「あの、軍の仕業とは?」

 

一気に始まった話に置いていかれた朱鷺だったが、このままだと話が判らないままになると、半ば強引に話に入る。

 

「機械人優性思想については話したな。あれ、実は軍の一部の機械人に流行ってな」

「そうだったな。いや、あれは笑った」

「お前ぐらいだぞ? あれで爆笑してたのは」

「そこはいいのですが……。それが何故、軍の関与を疑う事に?」

「まあ、あいつはイカれだったが変な人望があってな。特にその思想に染まった連中のリーダー格だった訳だ」

 

思い出すのは、嫌みったらしく高慢で賢しらかつ慇懃無礼な態度の角ばった面。

同じ軍の同胞や民間人でも機械人ではないと見るや、平然と見捨てる異常性。

その上、自身が選ばれた存在だと信じて疑わない傲慢。

よく、軍の審査で引っ掛からなかったものだ。

 

「しかし、死んだんですよね?」

「ああ、確かにな」

「自爆の瞬間は見ていないが、現場に残された残骸は確かにアラガキのもので、軍の検死官もアラガキだと判断した」

 

それは間違いない。

と、ミフネと森の二人は頷く。

だが、この写真のガスマスク型の顔は確かにアラガキだ。

二人は首を傾げ、なんだかんだと言い合い始める。

 

「つかよ、あん時おめぇが突入渋らなかったらこうはなってなかったんじゃねえか?」

「それを言うならお前だって、あそこまできれいに罠に引っ掛からなかったら、奴の自爆を阻止出来ただろう?」

「あ? やるか?」

「ふっ、最近素体をアップデートしてな。その旧型で勝てるか?」

「上等だこら」

「やめてください。今は犯人にどう対処するかです」

 

アイリちゃんに言いつけますよ?

そう言うと、立ち上がっていた爺二人は大人しく座り直した。

 

「……とりあえず、大人数で追い回すのは得策ではないな」

「機械人だけの捜査班も駄目ですか?」

「やめとけ。機械人だけだと奴は試しを始める。被害がでかくなるだけだ」

「試し?」

「奴の理想は機械人だけの機械人による世界。今の世界で皆がしている助け合いを、同胞が出来るかどうかを試す。その為なら、民間人の体に爆弾を仕込む事だって平気でする」

 

私達の同僚すら何人も犠牲になった

アラガキにとっての理想は機械人が主権を握り、人間とシリオンと同等の権利を有し虐げられない世界だった。少なくとも、人間やシリオンを否定する世界ではなかった。

だが、奴は変わり果てた。思想と現実の板挟みになり、狂った思想に出会った事で同じ機械人すら毒牙にかける狂人に成り果てた。

 

「婦警さんよ。念の為、治安局の機械人もメンテナンス入れとけ。どっから何仕込まれてるか判らんぞ」

「そこまでするんですか?」

「奴はやる。いや、出来る。軍の流通にすら入り込み、同胞を兵器に変えた男だ」

「俺らも後で信頼出来る筋で受ける。今はそれを最優先にしろ」

 

もう、あんなもんごめんだ

ミフネと森、二人の記憶にある同胞達の最期。自身の最期を悟り、爆弾となった身でこちらに手を伸ばし粉々に砕け散っていく光景。

もう怒りも悲しみも飲み込んだ。今更、復讐しようなどと考えるつもりもない。

だから止めねばならない。奴が本物だろうが偽物だろうが、危険人物に変わりはない。

 

「後は消防隊と連携は必須だな」

「ああ、奴は爆弾と火の専門家だ。誘い出して狙撃が一番好ましいが……」

「問題はそこだよな」

「問題?」

「奴の素体が過去のものだとすると、奴の身体は人型の燃料タンクと言っても過言ではない」

「しかも、あいつの使う燃料は特殊でな。あいつの特製ブレンドで貼り付くんだわ」

 

こう、ベタっと

ミフネと森の説明曰く、アラガキはその体内に大容量の燃料タンクを備え、その燃料は粘着性と可燃性が異様に高く、特殊な消火剤でなければ安全に消火する事は難しい。

しかも、それを両手や全身から吹き出し、辺りを火の海に変える戦法を取ってくる。

朱鷺は頭を悩ませた。治安局でも急な火災に対応する為の装備や訓練も用意している。

だがそれは、発生した火災に対するものだ。

自分から迫ってくる火災に対する用意ではない。

それに加えて

 

「つまり、最小の被害で納める為には、その燃料タンクを避けて無力化出来るスナイパーが必要になる、と?」

「そうだ」

 

これだ。

治安局にもスナイパーは居る。しかし、正確に体内の燃料タンクを避けて、機械人を無力化出来る腕前を持つ者が居るかどうか。

仮に居たとしても、それを選抜する間にも被害は広がる。

どうするべきか。三人が頭を悩ませている最中、オフィスの扉が勢いよく開かれた。

 

「たいちょー」

「……サティ、どうした?」

「たいきあきた」

 

オフィスに飛び込み、椅子に座る森の膝に飛び乗ってきたサティが不満を口にする。

 

「ごめんね、サティちゃん。今、森さん達と大事な話をしてるの。もうちょっとだけ待ってもらえる?」

「んー」

 

朱鷺が優しく諭すが、サティは本当に飽きたらしく、森の顎をカタカタと揺らして遊び始めてしまう。

その光景にどうしたものかと、二人が考えていると再びオフィスの扉が開かれた。

 

「す、すみません班長……。止められませんでした」

 

髪や尾にリボンやシールを大量に着けたセスが、ぐったりとした表情でサティの回収に来た。

そして、背後には申し訳なさそうな顔のアイリとイオも居る。

 

「すみません、皆さん。サティちゃん、本当に待ちくたびれちゃったみたいで……」

「ほら、サティちゃん。森さんは大事な話してるから……。すごい力!?」

「うおー、ひとさらいー」

「あががが」

「アイリ、それ以上引っ張んな。森の顎が取れる」

 

見た目に合わず力が強いサティは森の顎を両手で掴んで離さない。

これはもうどうにもならんと、ミフネは話を一旦切り上げる事にした。

 

「婦警さんよ、今日はもう遅い。また後日にしようや」

「しかし……」

「今すぐに動いても隙を見せるだけだ。それより先に機械人局員と装備品の点検しとけ」

 

足元掬われんのはごめんだ

ミフネは立ち上がり、肩を回す。せっかくの休みだったが馬鹿のせいで台無しになった。

イオとアイリを連れ、帰ろうと扉の方を向くと、非常に味わい深い表情をした青衣が一枚の紙切れをこちらに見せている。

 

「んだこりゃ?」

「出前の代金じゃ」

「ちょっと待て」

 

振り向き、アイリ達を見る。その瞬間、二人はさっと目を逸らした。

 

「おめぇらどんだけ食ってんだ?!」

 

伝票の数字は単純計算で一人当たり二~三人前は食べた計算になる。

しかもよりによって、ミフネも極希にしか行かない様な店の出前だ。

 

「……美味しかった!」

「そうかそうか、このバカ娘。食欲に正直過ぎんだろうが!」

「あの、トシゾーさん。私の分は自分で払いますので……」

「居候は大人しくしとけ」

 

財布の中身を思い出し、計算する。

どうにか足りる。が、それはイオとアイリの二人分だけだ。

 

「森、チビスケの分はてめえで払えよ」

「え、マジか?」

「マジだ」

 

森に伝票を渡すと固まった。

 

「サティ?」

「びみだった!」

「だろうな……」

 

サティを抱き抱え、天を仰ぐ。

食欲旺盛健康優良児の加減の無さを甘く見ていた。

まさか森家二人分の食費、一週間分が軽く消し飛んでいた。

 

「あの、ミフネさん。捜査協力費という形で経費で落とせますので……」

「そうか……。助かる」

 

財布が空にならずに済んだミフネと森は胸を撫で下ろし、全員を引き連れて治安局から出る。

 

「まったく、散々な目に会った」

「お父さん。ほら、星が綺麗」

「おめぇはちったぁ反省しろ!」

「トシゾーさん、やっぱり私の分だけでも……」

「……明日からもどっか行くんだろ? それを代わりにしろ」

 

焦げ跡が着いたジャケットから煙草を取り出し、数時間振りの喫煙にありつく。

 

「お父さん、煙草辞めてってば!」

「俺ぐれえの歳の機械人にゃ要るんだよ」

 

イオは立ち止まり、そうやって言い合う二人の姿を本当に嬉しそうに見ていた。

 

 

――嗚呼、本当に来てよかった

 

 

奇跡が起きたら、何かの偶然で出会えないかと、名前と立場だけで新エリー都を彷徨い、もう会えないと諦めかけていた日。ようやく出会えた。

そっと、左胸に手を当てる。目を覚まして、初めて見て、恥ずかしげもなく憧れて、ここまで来れた。

 

「イオさん? どうしたの?」

「え? あ、な、なんでもないですよ」

「食い過ぎか?」

「お父さん、デリカシー!」

「ねえ、トシゾーさん」

「あん?」

 

暗い夜だとぽっかりと開いた穴の様に見える両目、それでも不思議そうにこちらを見ているのが解る。

少し行儀の悪い咥え煙草を挟むブリキの玩具の様な口、開く度に乱暴でがさつな言葉しか出ないが、それでもそれが嬉しかった。

 

「また明日もよろしくお願い致します」

「……おう」

「お父さん、……照れてる?」

「どういう流れでそうなんだ?! バカ娘!」

 

アイリに軽く拳骨を落とし、ミフネは煙草を吹かしながら愛車へと足を向けた。

◯◯年後のミフネさん家

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