とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
「皆、準備出来た?」
ニコが扉をノックし呼び掛けると、威勢の良い声が返ってくる。
「おう! 準備万端だぜ!」
「何時でも行ける」
「大丈夫だにゃあ」
全員が普段着ではなく、フォーマルな姿。
少し高くついたが貸衣装を選んで正解だった。
「よし、じゃあ行くわよ」
ニコの号令で邪兎屋が何時もの車ではなく、待たせていた黒塗りの高級車へと向かう。
「お待ちしておりました。邪兎屋の皆様」
「ごめんなさいね」
「いえ、まだ予定時刻には余裕が御座いますので」
黒塗りの高級車の運転手はヴィクトリア家政のライカン。彼もまた、普段よりも黒の強い服装だった。
「そうね。それじゃ、よろしく」
「畏まりました。……ビリー様?」
続々と高級車へと乗り込み、内装に驚く面々だが、ビリーだけは空を見上げていた。
「……ん? あ、ああ! なんでもねえ!」
「まったく、何やってるのよビリー」
「いやー、……良い天気だなってさ」
ビリーの言葉に全員が空を見上げた。
空はあの日の様に透ける様な青い空だった。
「まあ、そういう訳でな。暫くは腕っぷしに自信のある奴と行動してくれ」
〝RandomPlay〟でアキラとリンに今起きている事を伝え、頭を下げる。
「そんな、ミフネさんが悪い訳じゃないんだし……」
「そうだよ。そのアラガキって奴が悪いんじゃん」
「しかしな、俺らがもうちっとばかりちゃんとしてりゃこんな事にゃならんかった」
森とも何度も言い合ったが、結果は変わらない。
あの時、油断せずにもう少し調べていればこんな事は起きなかった。
「ミフネさん」
「とにかくだ。今は注意してくれ。奴は何をするか判らん」
アラガキは通常の理解の外にいる。
ある程度予測は出来るが、その予測を軽々と超えてくる。
「まあ、分かったよ。それで、そのアラガキという奴だけど動きはあったのかい?」
「いや、今のところは無い。前回の服屋以来、まるで動きを見せん」
朱鷺達、特務捜査班が主軸となり調査を進め、森も昔の伝を頼りに情報を集めているが、まったく引っ掛かる気配を見せない。
元々、アラガキは森と同じ特務憲兵隊。その中で隠密での破壊工作等を主とした部隊の出だ。
本気で隠れられたら、組織のバックアップ無しでは見付けるのは困難を極める。
「……お兄ちゃん、私達も手伝おうよ」
「ああ、そうくると思ったよ」
「店長、今回ばかりは……」
アキラとリンの申し出を断ろうとするミフネだったが、アキラに手のひらを向けられ、リンに指を指され止まる。
「ミフネさん。忘れてないかい?」
「私達は〝パエトーン〟。あなた達のプロキシだよ」
「いや、しかしだな……」
「しかしも駄菓子もないの。アイリとイオさんを安心させたいでしょ?」
「リン店長よ。アイリは解るが、なんであいつが……」
「惚けても無駄。わざわざ居候させて、アイリまで懐いてるんでしょ。私達にも初めはシャーシャーモードだったアイリがだよ? ミフネさんだって満載でもない癖に」
「…………」
無言は肯定とみなす。
リンはなにやらウキウキした様子で、アキラもやはり気になるらしい。
ミフネは溜め息を吐くが、ある意味では図星だ。
正直、居候を許してから悪い気はしていない。イオはよく気の回る娘で、居候にも関わらず家事も請負いアイリの面倒も見てくれ、アイリも前にも増してよく笑う様になった。
感謝している。だが
「……若い娘だ。こんな朦朧した老い耄れの連れ合いになんざ出来るかよ」
「そこはイオさん次第でしょ。ミフネさんが決める事じゃないよ」
「ミフネさん、あなたの考えはよく解るけど、イオさんが向けている想いも理解している筈だ」
イアスも頷いている。
それに、とアキラは続けた。
「ミフネさんも一人より二人の方がいい。そう思ってるんじゃないかい?」
「ぬ……」
アキラの言う通り、最近はやけに騒動が起き巻き込まれる事が増えた。
まるで、過去に置いてきたものが今になって追い付いてきた様に。
ミフネも自身の強さには自負はある。だが、それは虚狩りの様な絶対的な強さではない。自分より強い者、狡猾な者が居る事をよく知っている。
今までは森に頼んでいた。だが、森もサティが居る。
これ以上は頼めない。アキラとリンも何かを抱えていて、これ以上世話になる訳にはいかない。
解っていた。いつかは限界が来る。
その時、自分以外のアイリのすぐ傍に居てくれる誰かが必要だと。
「……どうすりゃいい?」
「ミフネさん次第だよ」
「老い耄れを突き放すじゃねえか。アキラ店長」
「年寄り扱いしたら怒る癖に」
「けっ」
だが、それはこちらの勝手だ。自分達の都合にイオを巻き込んでいいものか。
「ミフネさん、もう一度言うけどイオさんが決める事だからね」
「……解ってるよ」
ここで悩んでも答えは出ない。
ミフネはハンチング帽を被り直し、何度目かの溜め息を吐く。
「そうだな。……一度、聞いてみるか」
「そうだね。それがいいよ」
「あれ? そう言えばイオさんは?」
「あいつなら今日は足の調子が悪いって言ってたから、家でグレース先生に診てもらってる」
ついでに邪兎屋の若造共に護衛を頼んでる。
もしもの事があっても、邪兎屋ならどうにか出来るだろう。
「んじゃ、帰るわ。邪魔したな」
「いいよいいよ。私達の仲じゃん」
「そう言ってくれると助かる。あー、一応だが婦警さんに見回りも頼んでる。もし、森から何か連絡があったら伝えてやってくれ」
「了解。早い解決を祈ってるよ」
「……そうだな」
ミフネはそう言い残し、店を出た。
朦朧した老い耄れ、そう思っているがそうではないと見ている者が居る。
だが、本当にそうだろうか。あの年頃の娘に惚れた腫れたは付き物。一時の気の迷い、そう思ってもいた。
だが、イオの距離感はそういったものではないと、流石のミフネにも解る。
だからこそ、突き放すべきだ。
そのつもりで、ただの客として接してきた筈が、いつの間にか周りが埋まっていた。
「年甲斐もなく、何やってんだか」
ハンドルを握り、アクセルを踏む。
この歳で若い娘に懸想する訳ではない。
ないが、それでも答えは出すべきだ。
「ん?」
家の駐車場に入り、車から降りると、なにかやけに騒がしい。
何かあったかとも思ったが、そういう騒ぎではない。
邪兎屋が騒がしいのは何時もの事だが、弁えられない連中ではない。大方、ゲームか何かで熱中しているのだろう。
ミフネは家の戸を潜り靴を脱いだ。
「帰ったぞ」
「あ、トシゾーさん。お帰りなさい」
「あ、ああ。……何の騒ぎなんだ?」
台所から湯飲みと茶の入った土瓶と茶菓子を載せた盆を持って出てきたイオに、一瞬戸惑いながらも問う。
「実は……」
「だぁから! 俺はお触り禁止なの!」
「そんな事言わずに! ほら、ちょっとだけだから!」
「親分助けて!」
居間の障子を開けると、コミカルな動きでビリーがグレースから逃げていた。
「ビリー、ミフネさん家なんだから大人しくしなさい。って、おかえり」
「ああ、済まんな。他のは?」
「アンビーと猫又はアイリのお迎え」
「そうか」
言うと、ミフネは居間の隅に追いやられたビリーを無視して帽子とジャケットを衣紋掛けに掛け、定位置の卓袱台の前に座り新聞を広げる。
「お茶です」
「ああ、すまん」
座布団一枚分の距離にイオが正座で座り、湯飲みと茶菓子をミフネの前に置く。
「ニコ様も」
「いただくわ。ほら、あんた達もやめなさい」
「……っと、ミフネさん。戻ったんだね」
「おやぶーん、もうちょい早く……」
「情けない声出さないの。ほら、イオがお茶淹れてくれたわよ」
全員が座布団に座る。
湯飲みを傾ける音と茶菓子を食む音、新聞を捲る音だけになり、少ししてミフネが口を開いた。
「……足の、調子はどうだ?」
「あ、はい。グレース先生に診てもらって、油圧ロッドに負荷が掛かっていたみたいで」
「オイルも交換して、他も軽く磨いておいたからホロウにでも入らない限りは大丈夫だよ。いやー、しかし凄いね彼女の素体は。制作と設計の意地というか理想が見え隠れしていて、特に装甲や関節、アニマトロニクスなんて……」
「そうか」
顔を赤くしたイオを横目に、わざとらしく新聞を音を立てて捲り、グレースの感想を中断させる。
「すまん。助かったよ。グレース先生」
「いいさ。そうだ。ミフネさんも診察どうかな?」
「そうだな。近い内にそっちに行くとしよう」
湯飲みを傾け茶を啜る。
ビリーがニコを見ると、肩を竦めた。
よく分からない空気がミフネ家の居間を埋め尽くす。
「……いや、なにこの空気!?」
辛抱堪らず、ビリーが口火を切った。
「大将どうしちまったんだよ?! いつもなら「うるせぇぞガキ共!」って怒鳴るじゃねえか?! なんで今日に限って黙って新聞読んで茶ぁ飲んでんだよ!?」
「俺にもそういう気分じゃねえ時もある」
そう言うミフネを見たニコは何かに気付いたのか。グレースに目配せする。
対するグレースもイオを見て微笑み、ニコと共に茶を飲み干し、茶菓子を平らげて立ち上がった。
「さて、それじゃあ私達はお暇しようかしら」
「そうだね。私も用事は済んだし」
「え? 親分、アンビーと猫又がまだ戻ってねえぞ?」
「途中で合流すればいいのよ。グレース先生も送らなきゃだし」
「いいのかい? 助かるよ」
言いながらビリーの首根っこを掴み引き摺る様にして、ミフネが止める間も無くニコ達は居間を後にする。
残されたミフネは新聞を畳み、また茶を飲んだ。
「……あー、そのなんだ? 明日は動けそうか?」
「はい。トシゾーさんの方は大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だ」
胡座と正座、茶を飲む音だけが落ちては跳ねる。
やがて、湯飲みを飲み干したミフネが静かに息を吐き出し、イオの方を向いた。
「……なあ、もしもの話だ」
「はい? もしもの話ですか?」
ああ、もしもの話だ
と、きょとんとしたイオにミフネは前置きする。
自分達の都合を背負わせるのか、このまま時が過ぎこれまでの日常に戻るのか。
未来への不安から来る勘違い。ミフネはそう思っていたが、本当にそうだったのか。
だから、今日確かめる。
何かを察したかの様なイオを改めて見据え、ミフネは口を開いた。
「もし、このまま……」
「たっだいまー! お父さん聞いてよー、ニコ姉ったら私降ろしたらソッコで帰ったんだけど!」
ミフネが二の句を告げようと覚悟を決めたタイミングで、アイリが飛び込んできた。
「あれ? どうしたの?」
「……はぁ、なんでもねぇ」
「お帰りなさい、アイリちゃん」
「んぇ?」
「さっさと着替えてこい。カステラがある」
「カステラ! やった!」
派手な足音を立て、二階の自室に駆け上がっていくアイリに溜め息を吐き、ミフネは湯飲みを片手に立ち上がった。
「ちっと手伝ってくれ。箱のまま出したら、あいつは一本丸々食っちまう」
「じゃあ、私が切り分けますね」
「助かる。あんな柔らけえもんを切るのは苦手でな」
イオは盆に土瓶と全員分の湯飲みを載せ、ミフネの後に続く。
台所の戸棚、そこからカステラが入った箱を引き出すミフネの背を見ながら、イオは少し熱の入った声を掛けた。
「トシゾーさん……」
「……なんだ?」
「またいつか、先程の言葉の続きをお願い出来ますか」
「ああ」
カステラの箱をイオに手渡しながら、ミフネは応えた。
やがて、二階からの足音が近づくと二人は各々の作業に戻った。
「カステラ!」
「先に手ぇ洗え」
「イオさん、私大きいのがいい!」
「ちったぁ落ち着け!」
洗面所へ向かう足音に軽く怒鳴り、新しい茶葉を土瓶に入れ、ポットから湯を注ぐ。
イオはそんな二人を微笑ましく眺めた。
◯◯年後のミフネさん家
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