とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
真っ暗な夜になると(゚皿゚)←こんな感じで顔だけがぽっかり浮かび上がる事がある
「シーザー」
「ああ、準備出来てる」
ルーシーの呼び掛けにシーザーは堂々と前に出る。
郊外の強い日射しと砂塵に出迎えられ、一瞬目を細めてからそこに待つ仲間達を見据えた。
「ライト」
「抜かりねえぜ」
「パイパー」
「こいつも同じくだ」
「バーニス」
「大丈夫! 任せて!」
カリュドーンの子の仲間達の名を呼び、仲間達はそれに応えていく。
全員が普段のラフな格好とは違う。郊外での正式な服装に身を包んでいる。
そして、その中で一人だけ雰囲気が違う者が居た。
「エンカイ」
「……うす」
「泣くなよ。今日は特別な日だ。涙は俺達に似合わねえ」
「へい……!」
鋼の獣歯を軋ませ、エンカイが頷く。その丸まった背を、ライトが少し力を籠めて平手で叩く。
「門出の日だ。大将も言ったが、俺達に涙は似合わねえ」
「うっす、ライトの兄貴」
「……ルーシー」
「万事抜かりなく準備出来てますわ」
ルーシーが抱えて持ってきたのは、郊外で準備出来る華々。
見る者によれば毒々しいとも見える花束だが、今日の日射しはそれらを絢爛に仕立てていた。
「よし、じゃあ行くぞ」
シーザーの号令に各々が愛車に跨がり、エンジンの遠吠えを響かせる。
その鋼の叫びは、あの日の様に透ける様な青空に響き渡った。
「すごいですね」
「そんなもんか? こんなもんどっからでも見えるだろ」
荒廃した土と岩ばかりの中に、堂々とした道が走る郊外。そこをこれでもかとアクセルを踏み込み、エンジンの唸りに従い走る。
駆け抜ける景色は置き去りになる様に見えて、しかし郊外という都市とは違う無法の懐深さを感じる。
「今のサボテンですか?! あんなに大きいのは初めて見ました」
「へっ、サボテンにビビる様じゃあ、こっからは腰が抜けるかもな」
ミフネはバックミラーに目をやり、後続の姿を確認する。
口で笑みを作れないミフネはわざとらしく笑い、更にアクセルを踏み込んだ。
「と、トシゾーさん?!」
「来たぜ」
更なる加速に驚くイオを横目に、後続から鉄の嘶きが追い付いてくる。
その姿はミフネには見覚えのある姿。カリュドーンの子達だ。
「よう、オッサン」
「おう、嬢ちゃん」
パワーウインドウを開け、吹き荒ぶ風に負けぬ声で隣に並ぶ三輪バイクの主シーザーに応える。
「見覚えのあるタクシーだからつい煽っちまった。どうだ?」
「けっ、小童が勝てると思ってんのか?」
「爺さんが言うじゃねえか」
それじゃあ行くか
と、二人は更にエンジンを嘶かせる。
「おい、しっかりシートベルト締めとけよ」
「は、はいぃ……!」
予想外のレースが始まり、イオは目を回すがそんな事はお構いなしにミフネはアクセルを踏み込む。
「年季ってやつを見せてやるよ」
車体を叩く風圧とエンジン音、荒れた道路の揺れ。
それらは不慣れなイオが気を失うには十分過ぎた。
その結果、イオが目を覚ましたのはガッツポーズを掲げるミフネと、それを称える歓声が響く最中だった。
「いやー、悪い悪い。ついついやっちまった」
「シーザー! お客人になんて事を?!」
「ああ、いえ、私は大丈夫です……」
ルーシーから水を受け取り、ゆっくりと飲むイオ。
体内バランサーも回復し、一心地ついたところで狼のシリオンの様な機械人に拳骨を落としたミフネが歓声の中から戻ってくる。
「すまんな、はしゃぎすぎた」
「そうですわ。レディを隣に乗せて野蛮な!」
「若造の挑戦には乗る主義でな」
立てるか
ミフネが右手を差し出す。所々に治りきらない細かな傷が刻まれた鋼の掌、自身の軟質装甲とはまったく違う暖かさも柔らかさも無い手。
そこに自身の右手を置き、支えにして立ち上がり、シーザーとルーシーにカーテシーと共に挨拶をする。
「遅れながら、私イオ・バーンスタインと申します。どうぞお見知りおきを」
その堂々とした姿に、シーザーとルーシーは互いに顔を見合ってから挨拶を返した。
「おう、俺はカリュドーンの子のリーダーのシーザーだ。で、こいつが」
「ルーシーですわ。経理を担当していましてよ」
挨拶を終えると、ルーシーは仕事があるともどり、代わりにシーザーが拠点の案内を買って出た。
「んで、さっきオッサンに拳骨落とされてたのが、新入りのエンカイ。これで俺達カリュドーンの子は全員だ」
「色々な人が居て、賑やかなのですね」
「おうよ、騒ぎには事欠かねえぜ。なあ、バーニス」
一通りの紹介を終えて、三人が座るのはカリュドーンの子名物と言えるbar。
そこの主バーニス・ホワイトは並々と注がれたジョッキを器用に片手に三つ持ち、屈託のない笑顔で三人を迎えた。
「そうそう、ここはいつだって賑やかだよ。郊外に涙は似合わないってね!」
ニトロフューエルお待ち
と、並んだ木樽のジョッキをイオは不思議そうに眺める。
「酒は呑んだ事ねえか?」
「はい、初めてです」
「なら作法はこうだ」
言って、ミフネはジョッキを一息に煽り、半分程を流し込んだ辺りでジョッキを勢いよくカウンターに置き、深く息を吐き出す。
「相変わらず良い呑みっぷりだな」
「どう? オジサン用ブレンド」
「悪かねえ。次はもうちょいキツめで頼む」
「かしこま!」
そのやり取りを見ていたイオに、ミフネはやってみなとイオのジョッキを指差す。
初めての酒に緊張しながらも、両手でジョッキを抱える様に傾け、ミフネと同じ勢いで煽る。
「……っ!」
だが、予想外の刺激に喉が止まり、液晶視覚素子が涙目になる。
「っは!」
「がはは! 酒は無理か」
「い、いえ、そんな事は……」
言うが、体内の処理系統が混乱しているのが判る。
「今度、グレース先生に頼んで処理系統をアップデートしてみな」
「あ」
そう言いながらイオのジョッキを取り、ミフネは一息に飲み干した。
「へっ、随分甘い匂いだな」
「機械人専用ブレンドだよ。甘~い香りのオイルたっぷりのね!」
「そうかよ。灰皿あるか?」
「はいはーい」
バーニスがカウンターの奥にしゃがみ、ミフネはポケットから煙草を取り出す。
そして火を点けた辺りで、シーザーがやけに静かだとそちらに視線を向けると、何故か固まっていた。
「どうした? 嬢ちゃん」
「……あ! いや、なんでもねえぞ!」
なにやらモニョモニョと口を動かし、誤魔化す様にジョッキを傾けている。
首を傾げながら、バーニスが持ってきた灰皿に灰を落とし、自分のジョッキの中身を飲み干す。
ふと、隣を見るとイオも固まっていた。
「どうした? アルコールの処理が追い付かねえか?」
「い、いえ、大丈夫です……!」
「そうか」
一体なんなのか。
疑問に思いながらも、ミフネは紫煙を吐き出し、バーニスがついでに持ってきた豆を噛んだ。
平和なものだ。アラガキの件が嘘の様に。
このままの日々が続けばいい。
「嬢ちゃん、代わりを頼む。こいつも、酒以外でな」
「かしこま!」
何故か赤くなり俯くイオを横目に、ミフネは本心からそう願った。
「動きは無し、ですか」
「ああ、こちらもまったく掴めん」
森は治安局にある特務捜査班のオフィスで、資料を睨みながら朱鷺と溜め息を吐いていた。
手口や証拠からアラガキの手によるものだと、森は判断し嘗ての部下やリェンにも調べを続けさせているが、まったく尻尾が掴めない。
「奴め、相当深く潜っているな」
「念の為、TOPS関連企業にも情報提供を打診していますが、やはり……」
「今のTOPS連中の中には、アラガキの恐怖を知る者も居る。そう簡単には吐かんだろうさ」
特に反機械人団体と関係のあった者はな。
嘗てアラガキが起こしたテロ、あれは虐殺というより粛清に近かった。
徹底して反機械人団体や思想家を狙い打ちにし、その中には現TOPS関係者も含まれる。
あれを身をもって知っている以上、巻き込み事故を避けようとするのは当然だろう。
「それに脛に傷のある奴なら尚更、情報は吐かんだろう」
「手詰まり、ですか」
「今はな」
だが、アラガキは必ず動く。
治安局のネットワークを存分に生かし、機械人の素体パーツを扱うルートや、アラガキが使いそうな経路は監視が続いている上に、メーカーや流通にも警戒を促している。
いくら奴でも姿を隠し続けるのは限界が来る。
それに森は最近出来た個人的な繋がりから、軍にも調査を打診している。
「……彼女からの情報が早く来るといいんだが」
「以前言っていた防衛軍の知人ですか」
「ああ、サティの件で繋がりが出来てな。そこから辿れれば、一番の近道になる筈だ」
森はニット帽を被った頭を掻く。
まったく、なにが悲しくて引退したおでん屋の親父が治安局に出入りする事になるのか。
あれもこれも、全部アラガキが悪い。何を思って甦ってきやがったあのイカれ野郎。
「あの、朱鷺班長……」
内心で嘆いていると、オフィスの扉のノックと共に申し訳なさそうな治安官が資料を抱えて現れた。
「どうしました?」
「あの、こちらの捜査資料を朱鷺班長に渡してほしいと、あの……」
「……リェンか」
「え? あ! はい!」
奴め大胆な事を
大方、情報部時代の伝で治安局に流したのだろう。
森は朱鷺に目配せし、治安官に礼を言って資料を受け取った。
「これは……」
治安官が退室した後、二人は資料を確認する。
しかし、その資料にある情報はアラガキとは無関係と言える事件のものだった。
「え? ちょっとこれ、治安局でもまだ掴んでない情報があるんですが……」
「まあ、リェンだからな。元とはいえ軍の情報部、その一端の長を甘く見るとこうなるが……。これはなんだ?」
資料にあったのは、先日起きた倉庫火災の内容。そして現場で発見された身元不明の三人の犠牲者のものだった。
「……元赤牙組構成員、違法な素体部品販売、不動産取引……。顧客は……」
「確実にペーパーカンパニーですね」
「そして決定打はこれか。奴め、随分な影に隠れているな」
資料には元赤牙組構成員による違法販売と不動産取引の証拠。その流通経路と物品データ。
そして、その流通先が事細かに記されていた。
「赤牙組が所有していた物件、奴が買い取っていたか」
「言ってしまえば曰く付きですから、買い手は限られます。そこを隠れ蓑していたんですね」
「……朱鷺君」
「はい、今すぐ動きます」
「任せた。直に叩くぞ。しらを切られて取り逃しては何をしてくるか判らん」
「はい! ……って、森さんも来るんですか?!」
「ああ、私は奴の手口を知っている。案内役程度にはなれるさ」
本当ならミフネも呼びたいが、今ミフネをイオとアイリから離すのは嫌な予感がする。
長年の経験からこういう時の勘は当たると、森には嫌な確信がある。
「もしもの時は私が盾になる。準備を」
「は、はい!」
おでん屋の親父ではなく、嘗て防衛軍で〝死神〟と恐れられた男の顔になり、朱鷺は急いで隊の招集を始める。
「アラガキ。……嘗ての友よ、今度こそ引導を渡してやる」
「寝ちまったか」
やはりアルコールの処理が追い付かなかったのか。イオはカウンターに突っ伏して眠っていた。
「どうする? 宿なら都合出来るぜ」
「いや、帰る。アイリを放っとく訳にもいかん」
後から来たライトがそう提案するが、ミフネは断る。
アイリを放っておくと、護衛を頼んだ邪兎屋と一緒に冷蔵庫の中身と買い置きを食い散らしかねない。
ミフネはイオを起こさぬ様に、慎重に彼女を横抱きにして車へと運ぶ。
「そういや、旦那。彼女はどういう関係なんだ?」
ライトの何気ない疑問にミフネは足を止め、ただの客だと答えようとしたが、口が止まった。
「旦那?」
こちらに寄り添う様にして眠るイオ。
あの日から、結局は何も言えずにいる。
ただの客というにはあまりにも長く、あまりにも深く知ってしまった。
だから、どう言うべきか迷った。
「……当ててみな、若造」
「はっ、まさか嫁さんとか言わんだろ?」
「けっ、どうだろうな」
バーニスとシーザーが顔を見合わせているが、知った事ではない。
「じゃあな」
ミフネはそう言い残し、イオを乗せて新エリー都への帰路に着いた。
ライトの問にイオの髪型のセンサーモジュールが動いたのは寝相だろう。
そう思いながら。
「素晴らしい。流石はリェン君」
アラガキは喜色満面といった様子で、手下からの報告を聞いた。
嗚呼、本当に素晴らしい。人間に迎合してしまった同胞が、まだその手腕を失っていなかった事。
そして、その手腕を用いて同胞の安全を守る手を打った事。
人間の手を借りるという、アラガキの理想から少し外れはするが、それでも嘗ての友が同胞の為に動く。
アラガキは感無量だった。
だからこそ
「素晴らしいって、もうすぐ治安局が来る! どうするんだよ!?」
だからこそ、この感動を台無しにする肉塊が不快で仕方ない。
喚く、暴れる、脅す以外に能がない癖に態度だけは知的生命体を気取る肉塊。
蟲にも劣る下等な存在。否、蟲は不平不満を口にせず、ただシンプルに自身と自身の種の繁栄に邁進する存在。
このような肉塊と比べるなど、蟲に失礼だ。
アラガキは不快感を隠し、喚く肉塊に自身が出来る最大限に穏やかな口調で話しかける。
「心配には及びません。……策はもう既に打ってあります」
「はあ? そうなのか。じゃあ、安心だな」
「ええ、逆転の一手ですよ」
嗚呼、本当に不愉快だ。
ほんの少しの情を見せれば、誇りも何も無くすぐに尻尾を振る主体性の無い愚物。
だが、愚物は愚物なり使い用はある。
「さあ、先勝会と行きましょう。我輩が手ずから用意した美酒です」
喜色満面の笑みで走り去る手下に、アラガキはほぐそ笑む。
嗚呼、本当に愚かで使い易い肉塊だ、と。
◯◯年後のミフネさん家
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