とあるタクシードライバーの日々   作:サビサビボンプ

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治安局は上から下にと大騒ぎとなった。

久々の大捕物、ブリンガーの件もあり信頼回復に躍起になっている上層部は、一も二もなく朱鷺達特務捜査班を主軸に連続放火犯逮捕へ指令を出し、治安局でも腕利きの局員達は特務捜査班指揮の元、元赤牙組のアジトへと向かっていた。

 

「森さん。お待たせしました」

「セス君、ご苦労」

 

サティを寝かしつけ、子持ちの局員達に子守りを頼んだセスは、普段よりも重装備で持ち場に合流した。

そして、セス達突入班は緊迫していた。

アラガキという脅威だけではない。目の前で太刀を杖代わりにして座る特別捜査協力員という機械人から漏れ出る殺気に対してもだ。

 

「森さん、その装備は……」

「古巣の制服だ。一応、難燃性の素材も使われている」

 

話せば、あの屋台に立つ気のいい店主のままだが、セスの勘が告げている。

目の前の男は特級の危険人物でもあると。

 

「突入は警告の後、即座に行う。各員、装備の点検と確認を相互に。特に耐火装備は念入りにだ」

 

治安局が扱う中で最高の性能だが、それ故に動きはかなり制限される。

セスを含む若い隊員は最初、この装備の必要性を疑問視したが、森が持ち込んだアラガキの映像資料を見て、全員が急いで装備を着込んだ。

 

「森さん、奴は……」

「セス君、奴に関してだけは逮捕しよう等という考えは捨てろ。私が引導を渡す」

「しかし!」

「セス君」

 

解ってくれ。

 

「君の正義、治安官である君達の正義を否定する気は無い。だが、奴だけは終わらせねばならない」

 

セスはまだ何か言いたげではあったが、森の言葉と映像からアラガキはフレデリックとは違う。

本当の意味で狂人なのだと、無理矢理自身を納得させ口を噤んだ。

 

「……もうすぐ突入が始まります」

「了解した」

 

森は立ち上がり、窓から見える階下の倉庫を睨んだ。

 

 

――ミフネが居ればすぐに終わったのだがな……

 

 

嘗ても同じ様にミフネの重装甲と出力任せに突撃を敢行し、寸でのところまで追い詰めた。

今のミフネの素体は当時以上の耐久性を誇る。故に寸前まで呼びつけようか迷っていたが、やはり嫌な予感がする。

何か言い様の無い怪物の意思のまま、断崖絶壁への航海をしている気分だ。

 

「突入始まりました!」

「セス君!」

「各員、森特別協力員に続け!」

 

怒号と喧騒、銃声が鳴り響く倉庫目掛けて、森はセス達を率いて窓から飛び下りた。

そして、時を同じくして突入班を指揮する朱鷺は、何か違和感を覚えていた。

 

「班長、何か妙です」

「……ええ、抵抗はありますが、これは……」

 

赤牙組は元々、地域を守る自警団として始まった。

外から来るならず者やホロウレイダー等から、自分達の町を守る為、構成員は基本的に武闘派が多く、ヴィジョンコーポレーションの件でも治安局は苦労した。

なのに、反応が遅い。

一体どうしたのか。

 

「くそっ! あの酒なにが……っ!」

「酒?」

 

組伏せた構成員の言葉に、背に悪寒が走る。

まさか、アラガキは構成員に毒を盛ったのか。

朱鷺の背筋に冷たいものが伝う。

 

「……っ! 医療班を!」

「はっ!」

 

朱鷺は念の為、離れた場所に待機させていた医療班を呼び出す事に決めた。

アラガキは機械人至上主義者、人間やシリオンはただの喋る肉塊とした認識していない。

ならば、口封じで毒を盛るくらいはする。

最悪のシナリオを防ぐ指示を飛ばし、構成員の攻撃をいなしながら確保を続けていると、倉庫の屋根が斬り裂かれ、黒いコートの機械人が着地する。

森だ。

 

「森さん!」

「朱鷺君、状況は?!」

「構成員の半数以上は確保、残りもまもなく! しかしアラガキの姿は確認されていません!」

 

セス達もロープを伝い降下してくる中、青衣が叫んだ。

 

「居たぞ! アラガキだ!」

 

倉庫上部、森達が立つ正面のキャットウォーク上に、森とよく似た服装のアラガキは立っていた。

そして、辺りを見渡し森を見付けると実に気さくな声で呼び掛けた。

 

「おや、我が友である森君ではありませんか。本日は一体どの様なご用件かな?」

「惚けるな! アラガキ、貴様何故生きてこの様な凶行を?!」

「いやはや、相変わらず真っ直ぐな人だ。余興を楽しむ暇さえくれないとは」

 

やれやれといった様子で、アラガキは両手を上に向け肩を竦める。

森ならこの距離を一足飛びに駆け、アラガキの首を落とす事が出来る。

だが、奴の足元には朱鷺達が居る。もし奴が燃料を投下すれば、あそこに居る人々は誰も助からない。

 

「しかし、職務と正義に実直な君だからこそ、我輩は信用していたのですよ」

 

まるで朗読でも始めたかの様な口振り。

森は苛立ちながらも、朱鷺達が拘束した構成員を連れて逃げる時間を稼ぐ事にした。

 

「一体、何が言いたい」

「んー、謹厳実直。正に君らしい。ミフネ君とは違いますね」

「アラガキ、もう一度聞く。何が言いたい」

「ふぅむ、演出というものが解ってませんね。今度、演劇を鑑賞してみては? 人間という肉塊が生み出したものでも、演劇だけは素晴らしい。あれだけは我輩も認めているのですよ」

「御託はいい! 貴様、何が目的だ!」

 

森の言葉に、アラガキは笑い出した。

本当に、心の底から可笑しいと言いたげに。

 

「目的? 我輩の目的、信念、思想はあの日から変わらない。ただただひたすらにシンプル、我らの同胞の解放ですよ」

 

変わらない、変われない。

目の前に立つ男は何年経とうと変わる事は無い。

相変わらず狂ったまま、自分の信念のままに生きている。

 

「まあ、しかし、我輩も老いました。あのような者達を使わなくては為せないとは……」

「ふざけるな! さっきから聞いていたら好き放題!」

 

セスが吠えた。

はっきり言って赤牙組は法に仇為すならず者。だが、それでも新エリー都に住まう市民である事に変わりはない。

赤牙組を抜け、市井で更正しやり直している者が居る事を知っている。だから、セスは許せなかった。

今、拘束されている構成員達は全員、更正しやり直せるチャンスがあった。

それをアラガキは自身の目的の為に、彼らの人生を使い潰そうとしたのだ。

 

「こんな真似をして、お前は一体何がしたいんだ!?」

「……森君、畜生の躾くらいはきちんとすべきでは? 言葉を喋るなど、畜生には過ぎた知恵ですよ」

「なっ……!」

「黙れ。貴様ごときが彼を侮辱するな」

 

辟易とした様子のアラガキだったが、森がセスを庇った事でその表情が変わった。

怒り、ではない。あれは悲しみ、そして憐れみだ。

 

「嗚呼、嗚呼! なんという事か! 森君、君はその様な肉塊に隷属するというのか! いや、否! 君の様な誇り高い同胞がその様な事を! 森君、君は騙されている!」

「……森さん、あれ」

「だから言ったろ。あれは無理だって。更正とかそんな次元じゃない」

 

森へありもしない洗脳を解こうと、響きもしない言葉を役者の如く身振り手振りを交えて並べ立てるアラガキに、心底辟易した口振りでセスに語る。

 

「あれの頭の中は自身と自身が見たい世界しか無い。まったくどうやって生き返ったんだか」

 

破綻してるんだよ

呆れ果てた森に、何か響くものを感じたのか。

アラガキは止まり、いまだ抵抗し待避が済んでいない階下の構成員達に視線を向ける。

 

「そう、そうですとも! 森君、君も見れば解る! 人間など恐れるに足らんと!」

「貴様、一体なにを……?!」

 

森が手摺に足を掛け、アラガキの首を斬ろうとした瞬間、構成員の一人が突如と嘔吐を始めた。

一人、また一人と吐瀉物を吐き出す音と苦悶の呻きが倉庫に響き、饐えた臭いが充満し始める。

そして、森の臭気センサーが反応した。

 

「総員離れろ……!」

 

森の叫びと異変は同時だった。

朱鷺達突入班が飛び退いた一瞬の後、構成員達は文字通り火を吹いた。

口から、鼻から、目から。おおよそ胃と直結しているだろう穴から火を吹き出し、それでもと踠く松明となって燃え盛った。

 

「なんという、事を……!!」

「いやはや、使い勝手の悪い道具でしたが、よく燃える。そこだけは評価に値しますな」

「アラガキぃ……!」

 

森は跳んだ。

太刀を抜き、真っ直ぐにアラガキの首目掛けて刃を滑らせた。

 

「森君、なにを?!」

「貴様、仮にも元軍人が無辜の民を手に掛けるとは!」

「無辜の民? 我輩は同胞には手出しはしていませんよ?」

 

森の刃を腕で止め、不思議そうに言葉を発する。

アラガキには最早理解出来ないのだろう。

人に差は無く、差を作っているのは自分自身だという事に。

 

「貴様……!」

「ふむ、君が言いたい事は解りませんが、総隊長には感謝せねば。なにせ、君達とまた語らう事が出来るのですから」

「貴様と語る事など!」

「ありますとも! あの日より四十年、総隊長より戴いた天啓はいまだ我輩の中で燃え盛っている!」

「森さん、早く確保を!」

 

見れば松明となった構成員の炎が吐瀉物を伝わり、倉庫のあちこちに燃え広がっていた。

 

「外道が……」

「いやいや、これは浄化。汚れた肉塊もこれで来世は同胞となれる」

 

支離滅裂だ。

憎んだり受け入れたり、アラガキの言葉に一貫性は無い。

森がその言葉ごとアラガキを断とうと、太刀を振り上げた瞬間、森の腹と胸を赤い熱が貫いた。

 

「森さん!!」

「……いけない。いけないですよ。森君、我輩の武器は全身。それを忘れては不覚も仕方がない」

「ぐ……っ!」

「……おお!」

 

大量のオイルを吐き、倒れ行く森だが踏み止まり、返す刀で刃を入れた左腕を斬り落とした。

 

「美事! 御美事! 最新の特殊合金フレームを入れたこの腕を斬れるとは、やはり君は素晴らしい……!」

「ア、ラガキ……!」

 

致死量一歩手前のオイルを流し、それでも森は立ち上がろうとする。

 

「やめた方がいいですよ。脊椎ユニットを焼き切りましたからな」

 

アラガキの言う通り、腰から下の反応が無い。

 

「ではでは、我輩はこれにて。名残惜しいですが〝パンドラの箱〟も確保せねばなりませんので」

 

また会いましょう森君

立ち去るアラガキの背を追おうとするが、緊急閉鎖システムが起動し、森の意識が遠退く。

 

 

――すまん、ミフネ……

 

 

「森さん!!」

 

燃え盛る炎の中、セスが己を呼ぶ声を最後に森の意識は完全に途切れた。

◯◯年後のミフネさん家

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