とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
「ねえ、アイリー。ここ教えてー!」
若々しい声で賑わう放課後の校舎で、アイリがスマホの画面を眺めていると、そんな声があった。
「ミホ、また?」
「数学苦手なんだよー、助けてー」
「もう、ここは使う公式は変わらないから、まずは公式を覚えないと」
「あ、そっか。って、またにらめっこ?」
少し苦い顔をしていたアイリに、ミホが問う。
ミホは知っている。アイリは日に何度かスマホのアプリで自身の貯金を確認しては、あるネットストアのページを眺めては溜め息を吐いている。
「中々貯まんない……」
「しゃあないって、私らまだバイト出来ないんだし。今はお小遣いと知り合いの手伝いの駄賃だけでしょ?」
それにさ
「機械人のパーツなんて、私らには超高級品じゃんか」
「そうだけどさー」
アイリの目的は機械人のとあるパーツ。
それも中古ではない新造の正規品。なんとかして、これをミフネに贈りたいのだが、成果は芳しいとは言えない。
「しかし、アイリは本当にお父さん好きだよね」
「は? そうじゃないし」
「いやいや、その態度は無理だよ」
むくれてみせるアイリだが、ミホや他の友人も知っている。
アイリはミフネの事が大好きで、口では愚痴を言うものの、出てくる話題は決まってミフネの事だ。
「アイリのお父さんも、アイリの事大好きじゃん。毎日ちゃんとしたお弁当作ってくれて、何かあったらすぐに迎えに来てくれたりするし」
「でも、門限とかうるさいし、洗濯物出しっぱなしにするし」
「大事にされてる証拠だよー」
妙に大人っぽい態度でミホが言えば、またむくれてそっぽを向く。
アイリとは小学生からの付き合いで、ミホもミフネの事をよく知っている。
初めて会った時はすぐにアイリの事を叱るわ、拳骨は痛いわで苦手ではあったが、ある日を境に本当は優しくしたいだけで、どうにもそれが苦手な不器用な人だと理解した。
小学生の頃、少し背伸びをしたい高学年になり怖いもの見たさにミホ達はホロウの近くまで探検に出かけ、運悪くホロウの裂け目に落ちてしまった。
あの時、アイリがスマホを落としていなかったらどうなっていたか。
エーテリアスになっていたか、エーテリアスに殺されていたか。運良く人に会えても、ホロウで会えるのは無法者のホロウレイダー。
幼いながら絶望して空き家の中に隠れていると、離れた場所から何か争いの様な音が聞こえ、ミフネがエーテリアスを蹴散らしながら必死にアイリの名前を呼んでいた。
「あの時も治安局より早く来てくれたじゃん」
「でも、めっちゃ怒られた」
「当たり前、拳骨一発で済んでよかった方だよ」
あの時、ホロウに迷い込んだのはミホとアイリを含めて六人。その全員がもれなくミフネの鉄拳を頭を落とされたし、これでもかと怒られた。
どうにかホロウから出て、救出に来た治安局員に思わず同情されてしまう程だった。
「毎日お弁当作ってくれて、何かあったらすぐに来てくれて、アイリのバイトも何も言わないんでしょ? 愛されてるし信じられてるよ」
「ふーん」
「もう、このむくれっ子め!」
むくれるアイリの頬を弄り微笑むミホ。
まったく素直じゃない。父と同じ時間を過ごしたいからと、ミフネの身体に合う希少なパーツを探し出し、それを買い取る為の資金稼ぎをしている。
「そういえばさ、アイリのお父さんの身体って、そんなに合うパーツ少ないの?」
「んー、大体のパーツ自体は大丈夫なんだけど、感覚素子系は本当に少ないね。知り合いの機械人の人にも協力してもらってるけどねえ」
ミフネの身体はアイリの両親が制作したワンオフ。
故にアイリを救出した十年前に破損した感覚素子は、市場に流通している物で代替出来るものは本当に希少になる。
その中でも、アイリが求めているのは新品の未使用品。中古では前使用者の癖が残っている可能性がある。
「あれ? あの人、アイリの知り合いじゃない?」
「あ、本当だ。ビリー兄だ」
校門の前で見覚えのある赤いジャケットの白髪の機械人が、やけにコミカルな動きをしながら隣に立つ少女に話し掛けている。
側には見覚えのある車。邪兎屋の面々が何故か、アイリの学校に現れた。
「ごめん、ミホ。私、今日は帰るね」
「あいよー、また来週ー」
荷物を手に早足で教室を後にし、アイリは校門へ急いだ。
今日はミフネが迎えに来る予定だった。なのに、来たのは邪兎屋。
ミフネに何かあったのか、心臓が早鐘の如く鳴る。
「よーう、アイリ。迎えに来たぜー!」
校庭を走り、半ばまで来たところでビリーがこちらに手を振りながら呼び掛けてくる。
様子は普段と変わらないが、ビリーはビリーでドライなところがあり、ミフネか誰かが態度を隠せと言えば隠し通すくらいはするだろう。
「ビリー兄、お父さんは?」
「ミフネの大将から用事が出来たからって、送迎を依頼されてな」
「用事? お父さんが?」
ミフネの交遊関係はよく知らない。知らないが、あまり遊び歩くタイプでもなく交遊関係は広くない筈だ。
だとすると、タクシードライバーの仕事で長距離の客に当たったか、もしくは荒事に当たったか。
「ねえ、アンビー。お父さんから何か聞いてない?」
「……聞いてない」
「そうなんだよな。なんか、暫くは店長の所に世話になれって言ってよ。ほら、これ」
ビリーが手渡してきたのは折り畳まれた一枚のメモ用紙、それを広げると
〝暫く仕事で留守にするから、その間は店長の所に世話になれ。飯は冷蔵庫に作り置きを置いてあるから、それをクーラーバッグに詰めていけ。あと、小遣いと通帳も纏めて机の上に置いておくから、足りなくなったら引いて、着替えもちゃんと持って行くように。俺が戻るまでは邪兎屋の若造共に送迎を依頼してある。ちゃんとして、店長達に迷惑をかけるなよ〟
と、まだまだ細々とした小言が書かれていたが、要は仕事で留守にするから〝RandomPlay〟に世話になれ、だ。
これは絶対、何かあった。
「あんの、バカ親父……!!」
「あ、アイリ、落ち着けって! まだ荒事って決まった訳じゃ……」
「……なんで荒事って言ったの? ビリー兄」
「え? あ、いやー」
わざとらしく口笛を吹いて、なんとか誤魔化そうとするビリーだが、ミフネに関する事でアイリの勘を誤魔化すのは容易ではない。
「……ああ、もう! あのバカ親父は後で説教は決定だとして、とりあえず帰ってから買い物行くから。ニコ姉、店長達が好きなお菓子屋にお願い」
「はいはい」
呆れ顔で苦笑しながら、ニコがハンドルを握る。
これは何時かの鬼が降臨する事になるだろう。そうなると、またあの頑固親父が正座で小さくなる姿が見られるかもしれない。
「まったく、本当にあのバカ親父は……!!」
しかしまあ、こう憤っているのもミフネが必ず帰ってくると信じているからなのだが。
それを今言うと、ただでさえ膨らんでいる頬が破裂しかねないので、ニコは苦笑のままミフネ宅へと車を走らせた。
◯◯年後のミフネさん家
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