とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
一体、どういう事なのか。
イオは確かに何処から来たのか出自は不明で、どう過ごしていたのかも判らない部分が多い。
それはイオが語りたがらないからで、二人も無理に聞き出す様な事でもないと判断している。
短い間柄だが、それでもイオは悪人ではない。もしそうなら、アイリが懐く筈もなくミフネだって親身にはならない。
それに、イオに何かあればミフネが黙っていない。
「……突然のご依頼内容、不快に思われる事でしょう。私共も驚いております」
「ライカンさん。アラガキは解るが、何故イオさんを? はっきり言うけど、今の彼女に手を出すのはミフネさんと敵対する事になる」
「それは……」
『そこからは私が話そう』
ライカンが口を開いたタイミングで、彼が持っていた端末がそれを遮った。
「市長、どういう事なの? イオさんは……」
『すまない、ライカンを急かし過ぎてしまった。アラガキの件に関しては、文字通り受け取ってもらって構わない。だが、バーンスタイン嬢に関しては、少々込み入った事情の説明が必要になる』
重厚で落ち着いた声が一度止まり、何故イオの保護が必要なのか。
市長はゆっくりと語り始めた。
『私は前々から高羽博士達の研究資料、それの捜索を行っていた。理由は君達も理解出来る筈だ』
「それはそうですが、何故高羽博士が?」
アイリの両親である高羽愛那・理人夫妻。
二人は機械人素体とそれにまつわるエーテル工学の天才だ。もし、存命なら新エリー都の技術は十年は未来へ進めると謡われる程に。
しかし旧都陥落により、その研究資料と結果は零号ホロウの深部に飲み込まれ、市政やTOPSはいまだにそのサルベージを計画している。
『博士達は以前より、軍の無茶な作戦で命を落とす高知能機械人達の身を案じていた。どうにか出来ないかと、軍に極秘で研究を進めていた』
嫌な汗が二人の背を伝った。
市長の言葉から予測されるのは、最悪の事実だ。
『〝アスクレピオス計画〟、高羽博士達はそう名付けた。その研究は一度命を落とした機械人を復活させる。生命倫理に挑む計画だった』
「つまり、イオさんは……」
『まだ調査段階で確証は無い。だが、高い確率で被験者の可能性がある。しかし、問題なのはそこではないのだ』
市長が一泊置くと、ライカンが資料を手渡してきた。
それには〝アスクレピオス計画〟の概要と、無人の研究施設の写真。機械人の治療に使われる専門の寝台が写っていた。
『高羽博士の研究を追って、ライカンに調査させたものだ。場所は零号ホロウ近辺にある廃病院、〝アスクレピオス計画〟に関するはっきりとした証拠は無かったが、寝台の側のテーブルにイオ・バーンスタイン嬢の名が書かれたメモがあった』
「彼女はそこから来た、という事か」
『現状の証拠だけで判断するならそうなる。そして問題だが、〝アスクレピオス計画〟は途中で凍結した計画だ』
「凍結?」
『ああ、軍が計画を嗅ぎ付けた事に気付いた博士達は、すぐさま計画を凍結破棄し、軍に計画自体存在しなかったとしている。それと思わしきものが今になって動き出していた』
何故、それが問題なのか。
ミフネ達から過去を聞いていたアキラとリンはすぐに納得した。
曾ての防衛軍内での機械人達の扱いは劣悪で、兵士ではなく兵器として扱われていた。
軍という組織は最少コストで最大利益を求める。
機械人という個性を持つ兵器、それを使い捨てにするのはコストが嵩む。そこに死んだ機械人を甦らせる技術があれば軍は迷いなく飛び付き、最悪の使い方をするだろう。
高羽博士達はそれを危惧し、計画を凍結させた。
そして、凍結させた筈の計画が人知れず動いていた。
『〝アスクレピオス計画〟は高羽博士達亡き今、動いてはならない計画だ。だからこそ、被験者の疑惑があるイオ・バーンスタイン嬢の保護を頼みたい』
「それに関してはミフネさんの所に居るから大丈夫だと思うよ。気になるのは、イオさんは本当にそうなのかだけど」
「それについては私共の方でお調べしました。ですが、旧都陥落以前の戸籍データは消失が多く……」
ライカンが申し訳なさそうに頭を下げる。
旧都以前の戸籍データは陥落により消失、いまだに復旧の目処が立たず行方不明者が多数存在する。
〝アスクレピオス計画〟が実際に動いていたとして、イオがその被験者だと断定できる証拠が無い。
『それについては、私は重要視していない。仮に被験者だったとしても、彼女は今生きている。計画の被験者だからと、彼女の権利や生き方を侵害するつもりはない。寧ろ、ミフネ。彼が彼女を保護している現状に安堵している』
「まあ、ミフネさんならイオさんがそうだっとしても、そうかで終わらせるだろうし」
『その通りだ。私の望みは高羽博士達の研究が悪用されない事と、彼女に話を聞きたい。それだけなのだ。問題はアラガキ、奴だ』
ライカンがもう一つ、資料を二人に渡す。
『アラガキについて、防衛軍の高官達に頼み込んで用意させた情報だ。しかし、軍も奴の動向を掴み切れていない』
「確かに、ミフネさんや森さん達から聞いた話ばかりだ」
『これについてはこちらの落ち度だ。申し訳ない。だが、一つだけ確かな事がある。奴は収監されていた監獄から脱獄している。その際に軍、もしくは関係者の手引きがあった事は確かになった』
「つまり、軍に内通者が居る?」
『可能性は高い。子供達、頼んだ手前でこのような事を言うが、くれぐれも気を付けてくれ。念の為、ライカン達ヴィクトリア家政を護衛に着ける。重ねて言うが、くれぐれも気を付けてくれ。奴の狡猾さは厄介だ』
その言葉を最後に、市長からの声は途切れた。
アキラは一つ息を吐くと、ライカンに向き直る。
「ライカンさん、アラガキは人質を取ると思うかい?」
「それについてはご心配なく。前々よりミフネ様にお頼みされ、既にリナとカリンをイオ様を伴いアイリ様の元へ向かわせております」
「流石ライカンさん」
と、リンがライカンを褒めたところで、アキラの携帯が鳴った。
着信はミフネからだった。
「ミフネさん、どうしたんだい?」
『あー、アキラ店長。すまんがちょっと頼まれてくれんか。例の件で治安局に居るんだが、少し長引きそうでな』
「アイリの迎えかい? それならライカンさん達が行ってくれるそうだよ」
『助かる。なんでも急に半ドンになったみてえで、今は学校近くの喫茶店に友達と居るみてえだな』
ミフネの言葉にアキラはライカンを見る。
ライカンはすぐさま携帯を手に、イオの護衛をしているリナへ連絡を入れる。
ミフネからの電話が切れ、アキラの背に冷たいものが伝った。
「ライカンさん」
「リナを急ぎ向かわせております。もう間も無く合流する筈です」
「嫌な予感がする」
しかし、下手に動けば、それこそアラガキの思う壺になるかもしれない。
疑心暗鬼、どこにアラガキの狙いがあるか判らない現状、これ以上の動きを見せていいのか。
いや、まずこちらを警戒しているのか。
三人は暗澹な気持ちで連絡を待った。
「キエラ、ニィルひっさしぶりー」
こちらに手を振る機械人二人に、アイリは飛び付き抱き着いた。
「わあっ!」
「アイリ、あんたねぇ……」
「俺は?」
「あ、トシアキもおひさー」
「軽ぅい! まあいいけど」
キエラ、ニィル、トシアキ。これにアイリ、ミホ、テオを入れてよく六人でつるんでいたが、中学に上がるに学区の違いから別の学校へ進学する事になった。
「うーす、トシアキ」
「よっす、テオ。最近どうよ?」
「チャットで言ったべ? 部活がやべえ」
「アイリ、相変わらず良い赤色ねえ。ヘアケア何使ってんのよ?」
「え? なんもしてないけど」
「はあ? 何もしてないのにこれ?!」
「キエラ、やめなよー」
「皆、変わってないね」
同じ運動部に所属するテオとトシアキは部活の話、キエラとニィルはアイリの髪を弄り倒し、ミホはそれを見て笑っている。
ほんの一年と少し前はこれが毎日だった。
毎日、こうして六人で過ごして笑ったり泣いたり怒ったり、今とは違う楽しさがあった。
「で、こっからどうするよ?」
「んー、いつものカフェで駄弁ろ。迎え来るまで時間あるし」
「迎えって、おじ様来るの?」
「いや、今日はお父さんの知り合いの人」
「なぁんだ。おじ様じゃないのね」
キエラは手鏡とクロスを鞄から取り出し、急にヘアユニットを磨き始めるが、ミフネではないと聞くとすぐに止めた。
「キエラ、お父さん狙いやめてなかったの?」
「あら、おじ様は素敵よ。……絶対、浮気しないだろうし」
「まあ、おやっさんはしねえだろ」
「てかさ、キエラ。またなの?」
「そうよ、ミホ。あんの男、ちょっと素体の出来が良いからって……」
「だからやめといた方がいいって言ったじゃんかー」
「ああ、あの噂はホントだったのか」
まったく失礼な話よ
キエラが吐き捨て、恒例の愚痴が始まる前に話題を変えようとした時、不意に六人に声が掛けられた。
「もし、そこの若人達……」
瞬間、アイリの赤い癖毛が逆立ち、近くに落ちていたゴミ箱を声の主に投げつけた。
「……っ!!?」
「総員ダッシュ!!」
アイリの突然の行動に驚く事すらせず、五人は一斉に走り出した。
「うわ、久しぶりだ。アイリの対悪意超センサー!」
「いや、いいのかあれ!? わりと顔面いったぞ?」
「いい! あれは無理! 小さい頃に会ったお父さんの上司の人と同じ感じした!」
「それはそれでどうなのよ?!」
「ほら、キエラ急いでー!」
「こっちだ。まだ抜け道残ってる!」
過去の出来事から自分と周りに向けられる悪意に対して、アイリは異常に敏感だ。
この特技で六人は周りの悪意から逃げ回ってきた。
「アイリ、おやっさんに連絡!」
「してる! けど、電話が繋がんない!」
「はあ?! どうなってんだ?!」
声の主は各々に喚き走り去る六人を見送りながら、自身に振りかかったゴミ箱の中身を払う。
「……いやはや、戦を知らぬ若人と甘く見過ぎましたか」
黒衣の機械人はガスマスクの様なフェイスユニットの奥にあるカメラアイを細く歪めると、ゆっくりとした歩みで六人を追い始める。
「しかし、我輩らの悲願の為、貴女が必須なのは明白。まあ、ゆっくりと追わせて戴きましょう」
黒衣の機械人、アラガキは散歩にでも行くかの様な足取りでアイリ達の追跡を開始した。
◯◯年後のミフネさん家
-
◯
-
✕