とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
拙作世界線では、高羽式を始めとした摂食ユニットが一般販売されており、機械人でも人間やシリオンと同様に食事を行う事が出来る様になります。
「……つう訳だ。二人にゃ世話になったがそろそろな」
「そっか。でも、いきなりじゃないんだよね?」
「まあ、そりゃあな。世話になった分、二人の頼みなら聞くぞ」
苦笑しながら時計を見る。聞いた話では、そろそろの筈だ。
「それはいいんだけどミフネさん」
「なんだ?」
「アラガキはどうなったの?」
時刻は昼過ぎ、森からの話だとアラガキは黙秘を続けているらしく、治安局主導の捜査では無理な尋問も行えないと、今日軍から審問官が派遣されるらしい。
その事を二人に説明すると、アキラは妙に納得した様に頷いていた。
「だからか。実は昨日、トリガーさんから連絡があってね。それで電話口から『離せ! 私があの腐れ外道に引導を渡してやる!!』って、物凄い声がしたんだ」
「はー、そりゃまた活きのいい奴が居たもんだ。あの〝泣き虫〟そっくりだな」
「〝泣き虫〟?」
「ん? 俺が軍で教官やってた時期にな。まあ、生意気な小娘が居たんだ」
今頃は何処でなにやってんだか
少し昔を懐かしむ様にミフネのカメラアイが細くなる。
直情的で真っ直ぐな若者、噂に聞けばかなりの腕前になっていた。
教官からヘファイストス警護隊に移ってからは、とんと会ってないが何処かで活躍している事だろう。
「それで連絡ってのはなんだったんだ?」
「ああ、なんでも軍からの派遣が一日ズレるみたいだよ」
「一日ズレる?」
アキラの言葉にミフネは疑問を抱いた。
別に軍でも予定変更は珍しくない。兵站なぞ予定変更の連続だ。
しかし、アラガキの件については以前から軍と治安局が動いていた案件だ。
逮捕から数日が経っている今、急な予定変更となると軍で何か起きたか横槍が入ったかのどちらかになる。
「理由は聞いたのか?」
「いや、理由までは分からないけど、なんでもその派遣される人が急に動けなくなったとかじゃないかな?」
「……だといいがな」
どうにも嫌な予感がする。
時計を見るが、針はあまり進んでいない。
相手はライカン達ヴィクトリア家政、もしもの事があってもへまはしないだろうが、やはり無理を通して自分が行くべきだったか。
そんな時計を何度も見るミフネに、可笑しくなったリンが吹き出した。
「プッ。ミフネさんも心配なんだ」
「あん?」
「大丈夫だって。ライカンさん達が着いてるんだから」
「そりゃそうだがな……」
出会った当初は一時敵対したからライカン達の実力は知っている。
だからこそ、何か胸騒ぎがする。
だが、それをどうする。何が出来る。
今までは肩肘張って、出来る限りでどうにかしてきたが、蓋を開ければ現役を引退して十年は経つ老骨。
傷だらけの手を動かせば軋み、判断も現役時より劣っている。
若人に負ける気は無いが、それでも身を引くべきだ。
これから先、守るべき者は一人ではないのだから。
「それにしてもあのミフネさんが引退かー」
「なんだよ? リン店長」
「だってさ、ミフネさんって私達お爺ちゃんお婆ちゃんになってもドンパチしてそうなイメージあったかさ」
「確かに。生涯というより永遠に現役なイメージがあったよ」
「……どんなイメージ持たれてんだ、俺」
二人の言う通り、そのつもりだった。
アイリが一人立ちして、老いて去るまでそのつもりだった。
だが、無理だった。
老骨一人で出来る事には限りがあり、悪意に晒されない為には悪意が向かって来ない場所に行くしかない。
だが悪意が向かって来ない場所は無い。だからこそ荒事から身を引き、悪意に向かわない様にする。
それが今出来る事だ。
「っと、電話だ。……ライカンさんからだ」
携帯を手にアキラは二言三言応答すると電話を切り、用件をミフネに伝える。
「もうすぐ着くみたいだよ」
「そうか」
「あれ? ミフネさん何処行くの?」
「煙草だ」
微笑む二人を背に、ミフネは店の外に出て煙草とライター、携帯灰皿を手に店の裏側の壁に凭れ火を点ける。
アラガキの件はもう手を離れた。後はただの一市民として生きていくだけだ。
「……そんなもんでいいだろうよ」
ただの老い耄れ、ここまで来れただけでも幸運だったのだ。
アキラとリン、森やライカン達と出会い、人の縁でどうにかなった。後はこの縁を切らずに静かに生きていく。
そう考え紫煙を深く吐き、聞き慣れない静かなエンジン音がセンサーに届くと、ミフネはまだ残っている煙草を携帯灰皿に押し込み店の表へ出る。
「……あ、トシゾーさん」
「おう、話は終わったか?」
「はい」
そうか
と、黒塗りの高級車からちょうど降りてきたイオを出迎える。
「ライカンも手間掛けたな」
「いえ、お気になさらず」
ライカンが恭しく頭を下げ、イオの方を見る。
「イオ様……」
「私は大丈夫です。ライカン様」
イオは自身の知らない自身の過去を知る為、ライカン達と共に自身が目覚めた場所へ向かった。
普段よりも大人しいのは、そこで何か見たからだろう。
ミフネがライカンに目配せすると、ライカンは頷いた。
「……少し歩くか」
「え?」
「たまにはいいだろうよ。歩いて回るのも。ライカン、済まんが車を頼む」
「畏まりました」
ミフネは愛車の鍵をライカンに渡すと、イオの背を押し歩き出す。
「トシゾーさん」
「最近、歩かないとどうにも頭がぼやけてくる。歳かもしれんな」
「……それは、いけません、ね」
「だろう? ちょっと付き合え」
重い足取りで先を行くミフネに並ぶ。
六分街は相変わらず賑やかで、最近の放火魔騒ぎが嘘の様に活気に満ちている。
「お、あれとかどうだ」
「はい?」
暫く歩いているとミフネがある店を指差す。
新しく出来たティーミルクの店だ。
「トシゾーさん、甘いのは苦手だって……」
「たまにはいいだろ。たまにはな」
待ってろ
そう言うと、ミフネは人混みに分け入りさっと注文を済ませ、商品を受け取り戻ってくる。
「ほれ、クリーム入り。好きだったろ」
「あ、はい」
生クリームの浮いたプラスチックカップを手渡し、近くにある人通りの少ない場所にあるベンチに座る。
そして、二人並んでストローを咥え吸い込む。
濃い茶と甘いシロップとクリーム、普段なら喜ぶ味だが、今のイオにはそんな好みの味も上滑りしていく。
「トシゾーさんのは……」
「無糖の濃く煮出したやつだ」
飲むか
ミフネは自身のカップを手渡す。
イオは一口吸うと、甘さの欠片も無い渋味と苦味、茶の香気だけが口内に広がる。
「お煙草もそうですけど、トシゾーさんはこういった味が好みなのですか?」
「まあ、一番判りやすいからな」
ミフネは言うと、煙草を取り出し火を点ける。
暫しの無言、ストローを吸う音と煙草が弾ける僅かな音だけが二人の間にあった。
そして、ミフネが煙草を携帯灰皿に押し込んだ辺りで、イオが口を開いた。
「……私、見てきました」
「そうか」
「あそこには、何も、なにもありませんでした。私の過去も何もかも、私にはなにもありませんでした」
イオの言葉をミフネは黙って聞いた。そうするべきだと思った。
「市長様ともお話をして、私には過去も何も無い。このイオ・バーンスタインという自我も、誰かに用意されたもの……」
イオの話、それはミフネの想像を越えていた。
愛那と理人が計画した〝アスクレピオス計画〟は、非業の死を遂げた機械人救済の為の苦肉の策。
ミフネにすら秘匿していた計画、それを用いた誰かによってイオは蘇生された。
そこだけは合っていた。
「本当の私は一体誰なのでしょうか? 私は私の論理コアがイオ・バーンスタインだと認識しています。なのに、私には過去が存在しない……。トシゾーさん、私は本当にイオ・バーンスタインなのですか?」
だが、ライカン達と共に廃病院を調べた結果、〝アスクレピオス計画〟に使われた技術によって、イオはあの場所で目覚めただけで、イオ・バーンスタインという個人の存在証明になるものは何一つ見付からなかった。
そして、市長側で調べた結果も同じ。
イオ・バーンスタインという個人に関する情報は発見されなかった。
誰が何故、彼女を蘇生させたのか。何故、その名を与えたのか。それすらも解らない。
ただ伽藍堂の知能構造体が〝イオ・バーンスタイン〟という名を与えられ名乗っていただけ。
イオに与えられた現実は非情で、目を背けたくなるもので、ミフネの想像を越えていた。
越えていただけだった。
「……そうか」
「そうかって……」
ミフネの素っ気ない態度に、イオは反論しようとしたが膝に置いていた手にミフネ手が重ねられ止まった。
「落ち着け。俺は誰だ?」
「え? あの、ミフネ・トシゾーさんですよ?」
「そうだ。俺はミフネ・トシゾーだ。元軍人のタクシードライバーで、古臭い知能機械人のな」
傷だらけの大きい手とノイズ混じりの太い声、間違いなくイオの知るミフネ・トシゾーだ。
なら何故、いきなりそんな事を言い出したのか。
「俺の自我も、元を辿れば何もねえ。まっさらの論理コアの中にひょっこり現れたのが俺だ」
「それは……」
「そんな事言い出せば、世の機械人全員そうだぞ。皆、まっさらの論理コアから始まってる。なあ、イオ」
イオの手に重なる手に僅かに力が入る。
見上げると液晶に映る丸い目と錻の玩具の様な口がある。
人らしさの欠片も無い、見るからにロボットの顔。
感情は見えない筈なのに、その顔には確かな感情があった。
「俺が知るお前は、世間知らずでいきなりチンピラに絡まれて、こんな老い耄れを振り回して気付いたら俺の家に転がりこんだお転婆娘だ」
「え、あの、はい?」
「まあ聞け。最初はアイリの両親の遺産でも狙ってるかとも思ってたが、こんな小娘にそんな大層な真似は出来ん」
「そんな事思ってたんですか?!」
「今まで色々あったんだよ。最初のアイリの警戒もそれが原因だ。しかしまあ、そんな小娘に振り回される日々も悪くない。そう思えたし思ってる」
だからよ
「そんな日々をくれたお前が、自分が誰か解らねえって言うんなら俺が言ってやる。お前はそんなイオ・バーンスタインで、俺ミフネ・トシゾーの女だ」
それじゃあ駄目か
ミフネは言う。
まるで、罅が走った薄い氷の上で行き先も判らぬまま立ち、沈むのを待つだけだったイオの心は、その言葉で引き戻された。
「……いいんですか? 私、結構我が儘言いますよ」
「けっ、我が儘娘は慣れてる」
「いっぱい迷惑かけますよ?」
「なら、軍隊でも連れて来い。片っ端から叩き潰してやる」
「私、案外重い女かもしれませんよ?」
「へっ、お前一人背負えん男に見えるか?」
「いえ」
「なら、そういう事だ」
ほら
と、ミフネは立ち上がり手を差し出す。
きょとんとした顔でイオはその手を見る。
「なにやってんだ。帰るぞ」
「え? でも……」
「でももヘチマもねえ。帰るぞ、家に」
手を引かれ立ち上がる。
自分はイオ・バーンスタインではないのかもしれない。だがそれでも、イオ・バーンスタインでいたい。
だから、イオはミフネの手を取り歩き出す。
「さて、今日の晩飯はどうするか」
「どうしましょうか」
「まあ、肉でも焼いてやればいいか」
ミフネとイオは並んで、二人で帰路を歩いた。
「……おや、君ですか。いやはや待ちくたびれましたよ」
暗闇の中、アラガキは檻の向こうに立つ姿に笑む。
「ええ、君がここに来たという事は計画は順調という事なのでしょう」
軋みを立てて、アラガキは拘束された身体を動かし天井を見上げる。
「ええ、全ては同胞の幸福の為。我輩は世界に火を投じましょう」
暗闇の中、アラガキは満面の笑みで呟いた
◯◯年後のミフネさん家
-
◯
-
✕