とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
あと、体調崩しついでに今章はチェンソーマンのレゼ編を見て思い付いた話になります。
とりあえず言える事、やれる事はやった。
後はアラガキの件が終わる事を待つだけとなったミフネは、久々の休みに縁側に座っていた。
「…………」
一人の家は静かだ。
今日、アイリとイオは二人で出掛けている。
共に暮らす事になり、本格的に家財道具を買い揃える為だ。
同行しようとしたが、女子会だかなんだか言い負かされて大人しく留守番となった。
文庫本を片手で広げ、目の前の将棋盤に並ぶ駒を見据える。
少しばかり久し振りに趣味の将棋に没頭するが、どうにも味気が無い。
詰め将棋も悪くはないが、やはり相手が居た方がいい。
「出るか」
そう言うが、足が動かない。
留守番を頼まれた手前、ほいほい出歩いては示しがつかない。
さて、どうしたものか。文庫本を畳み、煙草に火を点け考える。
テレビもイオとアイリが居なければ観る気になれない。ポケットからイオに貰った収納式ブラシを取り出して、手指の溝にある埃を掻き出したりしてみるが、やはり手持ち無沙汰になる。
紫煙を吐き、空を見上げる。
空は本当に透ける様な空だった。
そんな空を見上げ、紫煙を踊らせていると玄関の方から気配がした。
ミフネは下駄脱ぎに置いてある草履を履いて、玄関の方へ歩く。
「よう、暇か」
森だった。
完全に普段着というより、何処か浮かれた柄のシャツに短パンとニット帽。はっきり言って、ガラの悪い中年だ。
「おめぇ、どこのチンピラだよ」
「兵隊崩れとでも返すか?」
「けっ、まあいい。上がってけ、貰いもんの羊羮ぐれえは出してやる」
「四切れくれ」
「欲張りやがんな」
言いながら台所へ行き、茶と湯飲み。羊羮を切って小皿に並べて縁側に戻る。
戻ってみれば将棋盤を押し退け、森がさっさと煙草を吹かしていた。
「おめぇよう、家主に茶ぁ用意させて自分は咥え煙草か?」
「普段とは逆だな」
「うるせえ」
羊羮を齧り、茶で流し込むと新しい煙草に火を点ける。
二人分の紫煙が踊り、透ける様な空に解けて消えていく。
「そう言えば二人はどうした?」
「女子会だかなんだか言って、あいつの家財道具買いに行った」
「爺はハブられた訳か」
「るせえ。そう言うおめぇこそ、チビスケはどうしたよ?」
「サティにも最近友人が出来てな」
「そうか。ガキの成長は早いからな。こっから靴やら服やら入り用になるぞ」
「最近は食費が倍になってるのにか」
暫く茶を啜る音と煙草の燃える音、途切れ途切れの雑談が続き、森が数本目の煙草を灰皿に押し込んだ辺りで、ポケットから折り畳んだメモ用紙を手渡してきた。
「……アラガキの件だ」
「おめぇ……、俺はもう退いた身だぞ。それに、あのイカれは治安局と軍の管轄だろ」
「リェンからアラガキの周りに妙な動きを見つけた、とな」
舌打ちをして、折り畳んだメモ用紙を広げる。
中身は四十年前のアラガキとその周りの動きを大まかに纏めたもので、特にこれと言って気になる様なものは無い様に見えた。
「下、一覧を見てみろ」
「あ? ……おい、なんでこいつらの名前があるんだ?」
物品や人物の動きの他、関係者欄にはミフネと森もよく知る戦友達の名が記されていた。
「ハタ、ドライ、ヤクモ、ヒードル……。全員、あの日死んだ奴らだ」
「まだあるぞ。ヨハンの名まである」
「つー事はヒュプノス小隊は……」
「〝アルゴス〟の開発は軍の技研、これは相当に根が深い話になるぞ」
ミフネは頭を抱えた。
これが本当なら、同期で当時の機械人兵士の主力だった者達の半分近くは、アラガキとその背後と繋がりがあった事になる。
「……軍の動きが鈍い訳だな。自分達の行いのせいで、獅子身中の虫を育てた事になるからな」
「オボルスの小娘二人だけの派遣の理由はこれか……。おいおい、待て。ゲンジョウって、あのゲンジョウか?」
「ああ、あの〝人斬り〟ゲンジョウだ」
マジかよ……
ミフネは思わず咥えていた煙草を噛み切りそうになった。
〝人斬り〟ゲンジョウ、森よりもずっと深い軍の暗部に居た暗殺専門の機械人兵士。
ある異民族の首長暗殺任務中に失敗し戦死したのだが、アラガキの件がある以上最悪の想像が頭を過る。
「あれが生きてたら厄介だぞ。あいつぁ、自身の邪魔になるって判断したら見境がねえ」
「もし生きてたら、私とお前の二人がかりでどうにかするしかないが……」
「勘弁してくれ。この歳であの野郎の相手とか、身体の換えがいくらあっても足りん」
「同感だ。私も、あれの相手は正直嫌だ」
どうか、くたばっててくれ
二人して手を合わせ、曾ての同胞の死を願う。
それほどまでに厄介な相手だ。
茶を飲み、羊羮を齧る。
「ミフネ」
「んだよ」
「本当に引退するのか?」
「ああ、おめぇもだろうが」
「まあ、それはそうなんだが……」
「もう軍属でもねぇ。ここいらが限界だ」
「そうか……。ん?」
何処か寂しげな森が煙草を灰皿に押し込んだタイミングで、彼の携帯が鳴り始める。
「もしもし……、セス君か。どうしたんだ?」
「小僧か?」
なんだかんだ可愛がっている若者からの連絡に、煙草で燻された爺二人は少しばかりウキウキする。
正直な話、引退するのはいいが仕事以外での暇潰しが上手くない二人、事件が解決に向かい飯の誘いでも来たかと思ったが、電話口からの声音に明るさはなかった。
それに森は気を引き締め、ミフネも同様にセスからの言葉を待った。
「……そうか。分かった。セス君も気を付けろ」
「小僧はなんだって?」
「軍からの審問官が到着し尋問を開始しようとしたところ、奴は独房内で自害。コアユニットごと焼けた」
「は? またか?!」
「ああ、また、だ。これはもう完璧に軍に居るな」
治安局も二人からの話を知っている以上、犯人死亡で迷宮入りにするつもりは無いらしいが、このタイミングで逃げ出せたという事は軍だけでなく、限りなく低いが下手をするとTOPSにも関わりがある可能性も出てくる。
「……ああ、くそっ!」
「ミフネ、どうした?」
「二人迎えに行く! 奴の狙いはアイリだ!」
「しまった……」
ジャケットとハンチング帽を引ったくる様に身に付け、愛車へと急ぐ。
奴の言う〝パンドラの箱〟とやらが何なのかは解らない。解らないが、きっと碌でもないものなのは決まっている。
「ミフネ、二人の場所は?」
「今の時間なら昼飯食いにショッピングモールに居る筈だ」
アクセルを踏み込み、派手なスキール音を立てて車体を道路へと踊り出させる。
――アイリ、イオ……!!
もう二度と、喪うのは御免だ
ミフネは急いでシートベルトを締める森を無視して、タクシードライバーではなく軍属時代の走りで、一路ショッピングモールへと向かった。
◯◯年後のミフネさん家
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