とあるタクシードライバーの日々   作:サビサビボンプ

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ちょっと仕事に追われながら、花粉症と右足の怪我で身動きが取れなくなり、超かぐや姫に脳をこんがりローストされ遅れました




「イオさん、こっちこっち!」

 

イオの手を引くアイリは浮かれていた。

それもそうだ。この十年、ミフネ一人に守られ、近付いてくる者の大半は両親の遺産狙いの不届き者ばかり。

そんな中で突然降って湧いた自身の警戒心にも触れず、あの気難しいミフネすら絆される相手。

しかも、それが今度から共に暮らすとなれば、寂しがりのアイリが浮かれない筈も無い。

 

「ち、ちょっと待ってアイリちゃん!」

 

イオが機械の身体だろうが、アイリには関係無い。座布団に座ったまま動かないミフネを、無理矢理押し退ける事が出来る程度の膂力はあるのだ。

ミフネより遥かに軽いイオなら、抵抗すら意味なく引っ張れる。

 

「アイリちゃん、力強いですね……」

「そう? ママもそうだったからそうなのかな。それより、これとかどう?!」

 

もし何かが違っていたら、腕利きのホロウレイダーか調査員になっていただろう愛那の血を引くアイリ。

機械の身体で見た目より重かろうが、お構い無しイオを連れ回し必要な家財をあれやこれやと買い揃え、配送の手続きを済ませ、休憩所のベンチに座る。

 

「うーん、お父さんを連れてくるべきだったかな」

「ようやくの休みですから、ゆっくりしてほしかったですけどこれは……」

 

イオの部屋の面積を記憶しているアイリが選んだ家具だが、完全に引っ越しのそれとなってしまった。

ミフネが居れば、この箪笥や机等軽々と運び配送料を節約出来たが、ミフネは今アラガキ関係で漸く取れた休みだ。

只でさえ軋んでいる身体は、アラガキとの戦闘でいきなり出力を跳ね上げたせいで、またあちこちが軋み始めている。お陰でメンテナンス用オイルも在庫切れだ。

 

「ま、言ってもしょうがないし軽いのだけ持って……」

 

ベンチから立ち上がったアイリの動きが止まった。

 

「アイリちゃん?」

 

突然の静止に心配したイオが呼び掛けるが言葉の応答は無く、代わりにイオの手をアイリは掴んでいた。

何があったのかと、イオはアイリの視線の先に目を向けるが特にこれといった異変は無い。

老若男女が行き交うよくあるショッピングモールの風景しかない。が、その中で一つ。吹き抜けを挟んだ向こう側の通路で引っ掛かる人影があった。

 

「森様……?」

 

違う。一瞬、森と見間違えたが外見フレームが似ているだけの別人だ。

その何をする訳でもなく、杖を片手にただ壁に背を着け佇んでいるだけの機械人にアイリは何故か反応した。

そして、

 

「ちょっ、アイリちゃん?!」

 

無言でイオの手を引いて走り出した。

目は真っ直ぐ、足取り直線で人混みを掻き分けショッピングモールの出口へと向かう。

足早に、しかし走らず、アイリは兎に角出口を目指す。

その様子にイオは急いで歩調を合わせて、隣に並ぶ。

ミフネからアイリの危機察知能力は聞いている。

対人については一種の予知能力とも言える精度で、外れた事はこの十年で片手で数える程度しかないと。

そのアイリがここまで急ぐという事は、あの機械人に何かがあるという事だ。

 

「急ごうイオさん」

「アイリちゃん、ヤバいんですか?」

「あれはダメ。アラガキとかいう奴よりダメ。本気でヤバい奴」

「え……?!」

 

アイリの額には冷や汗が浮かんでいた。

あれだけの体験して、それでもアラガキ以上の危険を感じ取った。

イオもアラガキと対峙した事で、あの男の危険性は理解出来ている。あれは絶対に市井に解き放ってはいけない存在だ。

心の底から自身の正しさだけを盲信し、それ以外を排除する異常者。だが、アラガキには自身の盲信する正しさに準ずる者に対する敬意はあった。

故に奇跡的にあの程度で済んだのだ。

 

「ん? あれ、電話繋がんない」

「お前も? なんか電波悪いよな」

 

そして、周りから聞こえたこの言葉が、ミフネに連絡を取ろうとした二人の背筋に冷たいものを走らせた。

 

「まっずい……!!」

 

アイリは再度イオの手を握り直し、足を早める。

エレベーターではなくエスカレーターを半ば強引に駆け降り、一階のフロア中央まで走る。

首筋に冷たい熱を感じる。同じだ。十年前、家族を喪ったあの日と同じ感覚が背後から迫っている。

賑わう人々が交差する出入口、それが見えた瞬間、安堵からアイリは気を緩めた。

緩めてしまった。

 

「キャッ!?」

「な、なに?! 火事?!」

 

けたたましいサイレンと避難誘導のアナウンスがモール全体に鳴り響き、人々がパニックに陥る。

従業員が現状の確認と避難誘導を進めている中、人々がまだ店内に居るのにシャッターが降りた。

そして、加速するパニックの中でアイリは見た。

自分達の直上のフロア、そこの吹き抜けからこちらを見下ろし、恭しく右手を胸に当て腰を折る機械人の姿を。

 

「……なんであいつ、捕まった筈じゃ……」

 

機械人にはマスターティンの様に同型の者も居る。だから見間違いという事もあるが、あれは違う。

あの明らかな異物感、あれは間違いなくアラガキだ。

 

「アイリちゃん!!」

 

イオに引かれるまま、驚愕に固まったアイリはそちらの方へ倒れる。

 

「あ、危なかった」

 

イオに抱き抱えられる様に支えられるアイリが見たのは、モールの床に刺さるナイフだった。

もしあのまま立っていたら、足か腰の辺りにあれが突き立っていただろう。

 

「アイリちゃん、こっちへ」

 

アイリに覆い被さる様に遮蔽となるダミーの植え込みへ身を隠すイオ。

 

「イオさん慣れてるね」

「伊達にトシゾーさんを探して旅をしてませんし、それに私これでも戦えるんですよ」

 

力こぶを作る仕草を見せるイオだが、その目に不安は隠しきれていない。

 

「イオさん……」

「それにアイリちゃんと連絡が取れないなら、トシゾーさんが飛んで来てくれます」

 

そうだよね

アイリはそう返事を返すが、内心ではあまり無理をしてほしくない。

身体の軋みも前より酷く、グレースの元でメンテナンスを受ける回数も増えている。

それに軍用とは言え十年以上前、アイリが産まれるより前の身体なのだ。軍の機械人での型式で言えば単純に三世代は前の型式。

対ホロウ災害、反乱軍が関係して防衛軍内での新陳代謝は早い。三世代前ともなれば、完全に型落ちの旧式でしかない。

だが、それと同時に不思議もある。

あの二人が、愛那と理人の二人がたった十数年でガタがきて型落ちとなる様な素体を作るだろうか。

 

「アイリちゃん?」

「ん? あ、大丈夫。ちょっと考え事」

 

〝ケラヴノス〟が影響しているのか。だがそれなら、〝ケラヴノス〟本体が搭載されている両腕に不調が出る筈なのに、基本的に不調が出るのは胴体だ。

 

 

――……なんで今こんな事。やっぱりあいつが原因?

 

 

関係無い。関係無い筈なのに、あの杖を持つ機械人を見てからどうやっても十年前の記憶が甦る。

 

「おい、どうなってんだよこれ!?」

「わ、私共にも何が起きているのか……」

「責任者出せ! まずは現状の確認だ!」

 

パニックになりながらも、ホロウという生きた災害の側で暮らす人々は次第に冷静さを取り戻し、現状の確認に走り出した。

 

「アイリちゃん、私達も……」

 

と、イオがアイリの手を引き立ち上がろうとした時だった。

いやに穏やかな曲調のBGMと共に、狂気を孕んだアナウンスが流れ出した。

 

『親愛なる新エリー都の皆様、本日はお日柄も良く外出日和だった事でしょう。そんな日に、我輩主催の舞台にお越しいただき誠に感謝します』

 

この慇懃な声は間違いなくアラガキだ。

アイリは身構え、どうにか脱出する方法が無いか視線を巡らせる。

 

『本日の演目は〝爆炎と悲鳴、そして狂気〟。さあ皆様お気の済むまで後堪能ください』

「あいつ、なにを……」

 

誰かが疑問した瞬間だった。

アイリ達の後方、カフェテラスの方向から小さいが確実は爆発が起きた。

 

「なに?!」

「カフェの店員が爆発した!!」

「嘘だろ……」

 

幸い、カフェのスプリンクラーが起動し火災には至らなかったが、人々は限界だった。

そこに最後の一押しが入る。

 

『疑問に思われている方もいらっしゃいます事でしょう。我輩の名はアラガキ・ヒガネ、全ての機械人の幸福の為に貴様ら肉塊と畜生の支配から同胞を解き放つ者。解放者です』

 

そして

 

『先程のカフェの店員は哀れでしたが、その同胞に肉塊と畜生に従属する者は居ません。そして、我が同胞達よ。気付いていますか? 貴方達を見る隣人の目に。友だ家族だと嘯き、欺いてきた愚者の目に』

 

その言葉に、アイリは冷や汗を流した。

この状況はまずい。

 

『ただほんの少し、意思ある者なら当然起きるミスや事故、それが起きただけで自身を見る目に。さあ、隣人は今の貴方達をどう見ているでしょうか』

 

閉じ込められ、相手の目的も不明瞭なまま、ただ爆発という命を奪える現象が起き、明言はしてないがそれを起こしたのは自分だと、アラガキは高らかに宣言した。

この流れはまずい。起きた事に呆然とするイオの手を握り締め、アイリは少しずつ動き出す。

ゆっくりと、しかし確実に、周りを刺激しない様に出来る限り人々から距離を取る。

あれから、アイリ達は機械人の歴史を調べた。知る必要があると思ったから、だからアラガキが起こした最悪のテロも知った。

アラガキが手を下すのはほんの一部、あとは恐慌した人々が勝手に争い合い最悪の結末を辿る。

 

『さあ、どうですか? その目は隣人を見る目でしょうか? それとも……』

 

二度目の爆発、それはモールの警備員だった。

 

『自身を脅かす兵器でしょうか』

 

恐慌が始まった。

◯◯年後のミフネさん家

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