とあるタクシードライバーの日々 作:サビサビボンプ
「今、何が起きたの……?」
アイリが避難所で見たものはただの破壊だった。
爆発的な風と破壊的な衝撃、それらが一瞬にしてショッピングモールの一部を倒壊させた。
「じ、状況確認……!!」
「救助者に被害者無し! しかし、特別捜査協力員の二人とセス巡査が……」
「……仕方ありません。各員、救助者の避難を最優先! 同時に再突入準備!」
治安官達が朱鷺の指示に慌ただしく動く中、アイリは気を失ったイオの側でただ破壊の音が続くモールを見る事しか出来なかった。
「ぐ、ぬ……、セス君、無事か」
「な、なんとか……」
セスの防御が無ければ、流石に危うかった。
しかし、セスの盾も表面装甲が剥離し、内部機構が露出している上、森自身も無視出来ないダメージがある。
「今のは……」
「なんと言う酷い事を、よりによってアラガキにV.M.C.Aを積むとは……」
「V.M.C.A?」
「脊柱搭載式圧縮武装群、元は機械人兵士の武装搭載量を増やす為の外付けキャリアーだったものだ」
まだ晴れない土煙の中に立ち上がり、周囲を確認しつつセスに出来ればしたくない説明をする。
「元々はそうだった。だが、当時は戦況が逼迫していてな。強力な打開策が必要になった。そこで軍の開発部はエーテル合金の形状記憶能力に目を付けた」
エーテル合金は加工、記録された形状を記憶する特性があり、変形や圧縮を施しても余程の欠損が無い限りは、命令通りに記憶された形状に戻る。
これがエーテル合金特有の強度にも繋がっていて、この合金が無ければ、今の文明は無かったとも言われる。
「とにかく前線に戦力を、しかし兵站の維持もと欲張った上層部の願いに応える為、兵士に前線での補給能力も持たせてしまえばいい。そんな馬鹿な考えから生まれた狂気だ」
「いや、そんな事って……」
可能なんですか?
セスの疑問も尤もだ。兵士、軍隊というのはとにかく物資と金を消費する。それは稼働していなくてもだ。
だから、軍は常に補給問題の解決にぶつかっているし、平時でもそれなら戦時となればそれは最早もう一つの戦場だ。
それなのに、一兵士に補給能力を持たせる事は可能なのか。
大元になる補給先があれば、兵士にも補給能力を持たせる事は可能だろう。しかし、それは後方支援部隊だ。
森が言っている事と、アラガキの背から突出した機械群はそれではない。
「攻撃、防御、補給、それら全ての能力を兵士一人一人に搭載する。人体で広い面積を確保しつつ、直接的な攻撃を受ける可能性が低く、かつ耐久性が高い箇所にな」
「いやいやいや、ちょっと待ってください。それって人体改造……、いや人体改造が違法では……」
「そうだな」
長い歴史で欠損した部位を人工の物で補う事は、義肢や人工臓器、歯科治療等で続いている事で、違法でも倫理観に悖る行為ではない。
だが、これは違う。法も倫理観も全て無視した結果生まれてしまった狂気だ。
「だが、当時の軍は倫理観を捨てた。そして、失敗した」
「失敗?」
「セス君、よく考えてみろ。脊柱という人体で最も重要な器官とその周りを丸ごと機械に置き換えるんだ。しかも、脳まで弄くってな。正気を保てるか?」
「それは……」
無理だ。
脳や脊柱だけでなく、その周りもとなると臓器のほぼ全てが機械になる。
そんなもの、正気を保てる筈が無い。
「そして、軍はそれを戦災孤児や機械人で実験した。それがアラガキの狂気の源泉だ。ミフネ!」
「ああ、生きてる」
瓦礫を押し退け、ミフネが起き上がる。
装甲の至る処が凹み、黒煙を吐いている箇所もあるが本人は平気な様だ。
「まったく、あれの起動時の衝撃を直に食らってそれで済むのか」
「うるせえ。ゲンジョウは?」
「姿が見えん。温度感知にも引っ掛からん」
「相変わらず厄介な奴だ。小僧、お前は退いて救援を呼んでこい。森、あのなんとかって小隊の連絡先伝えとけ」
「それは構わないが、オボルス小隊が動くかどうかは……」
「V.M.C.A流出とか言えばすっ飛んでくる。防衛軍にとっちゃ、あれはアラガキ以上に隠したいもんだ」
言いながらポケットから煙草を取り出すが、先程受けた衝撃波で殆どが潰れて中身の葉を撒き散らしていた。
「クソが。さっさと終わらせるぞ」
「同感、だ……!!」
土煙を突き破り、飛来してきた二つの影を二人が受け止め、森に背を押されたセスが歯噛みしながら走り出す。
「ほう? 若者を庇うか。変わらんなぁ」
「黙れ! 過去に縋るしかない亡霊が!」
「ああ、ミフネ君。そこに居たのですね」
「けっ、イカれ野郎が! んなもん頼るのかよ?!」
ゲンジョウの凶刃とアラガキの巨大な鉄拳、それらを受け止めた二人を背にセスは叫ぶ。
「必ず助けを呼びます! それまで持ちこたえて!」
「だとよ、森」
「当然。いや、それまでに終わらせる」
ミフネの前腕装甲が展開し、唸りを挙げて回転を始め、森がゲンジョウを押し返す。
「久しいなぁ。本当に久しいなぁ、森よ」
「亡霊が喋るな」
「そう! 我らは亡霊! 自らの行いに恐怖した人々が忘れ去った亡霊なのですよ!」
「喧しい!」
全身から蒸気を吹き上げ振るうミフネの両腕がアラガキの巨腕を抉り、森とゲンジョウの剣劇が辺りを膾に切り裂いていく。
「あぶねえ! 森、そいつ抑えとけよ!?」
「無茶言うな!」
「どうした? 耄碌したなぁ、森」
「お前の様な人斬り嗜好は無いのでな!」
森との剣劇の最中でも、ゲンジョウはミフネの背後に迫り白刃を振るってくる。
今のアラガキ相手にこれ以上余計な損耗は避けたい。
「どうしました? 年、ですかな?」
「うるせえ! 年ならてめぇも変わらねえだろうが!」
強がりはするが、V.M.C.A起動時の衝撃波をもろに食らったのが効いている。
視覚素子が一部イカれ、バランサーもダメージを受けている。素体の自動修復機能が急ピッチで、損傷箇所の修復を行っているが、長期戦は不利だ。
「さあ、始めましょう。我らはアインの献身に応えねばならぬのです!」
V.M.C.Aが起動し、アラガキの動きは常軌を逸していた。
羽化した昆虫の様に背から突き出た兵器群を支える為、大量のスラスターが火を吹き、それが簡易的なホバー移動を為し異形の姿を高速で動かし、背部から生えてきた多種多様な火器による斉射が始まる。
――これだから嫌なんだこいつは!
V.M.C.Aとの戦闘はこの異常な高起動と高火力を相手にする事になる。
軍の制式型素体の時代だった時に比べ、今の高羽式素体は装甲と出力が勝るが機動力に劣る。
だが、それ故に耐えられる。制式型素体なら最初の衝撃波で大破し、既にスクラップになっていた。
「分かりますかミフネ君! 我らは罪を精算せねばならないのです!」
「何が罪だ! ますます話通じなくなりやがって! それがアインがてめえに望んだ姿か……?!」
「……そうですとも! 死者に言葉は無くとも、我ら生者に届く意志がある! 君もそうでしょう。だから、彼女を守る!」
「てめえと一緒にすんじゃねえ!」
拳を振り抜くが、機動力の差が顕著に出て掠りもしない。
V.M.C.Aには種類があり、火力制圧型や高機動強襲型、あるホロウで猛威を奮ったという遠距離狙撃型。
そして、実在するかどうか怪しい噂のみが歩く全領域対応型。
アラガキのそれは高機動強襲型だ。
とにかく動き回り、手数で押し潰しにくる。このままでは流石のミフネの装甲も限界を迎え、最悪の結果に行き着く。
だが、V.M.C.Aには壊滅的な欠点がある。
ミフネの予測が正しければ、アラガキのこの攻勢はすぐに破綻する。
だから、ミフネは防御を固めてアラガキを観察した。
「どうしましたミフネ君? 君らしくもない」
「……けっ! てめえみてぇにはしゃいでねえだけだ」
「はしゃぐ? これは異なことを。我輩は歓喜に打ち震えて……」
「焼けたおつむでも気づけるんだな」
V.M.C.Aの欠点、それは神経系と伝達系への異常な負荷。
莫大な量の兵器だけでなく、修繕や補給用の資材や弾薬まで搭載した異物。それを体内に格納するのだ。
その管理と維持の為、神経系や伝達系には異常なまでの負荷が掛かり続ける。
故に対策として補助電脳をハブとして噛ませ、軍の組織的バックアップを加味して、ようやく長時間運用を可能とする。
それをアラガキは補助電脳のみで運用した。
そうなれば、結果は分かりきった事だ。
「が、ガガガガガ?!」
「バカが……。あん時、見ただろうがよ。あのガキ、アインがどうなったか……?!」
「アイ、ン……?!」
顔や全身の排熱系からオイルや循環液を流し、痙攣するアラガキ。
全身に論理コアからの命令を伝える伝達系が焼け、電脳や各部の冷却を果たす筈の循環液が神経系の冷却に間に合わず、素体保全機能が暴走し異物として排除を始めている。
「このイカれ野郎が……」
よく保ったもんだ。
バックアップ無しの補助電脳のみでの稼働時間は記録上数分程度。それも、稼働状態ではない待機状態でそれだ。
アラガキが何時V.M.C.Aを搭載したのか。脱獄の後だろうが、それでも一日は経っている。
「アイ、ン、あイン、アイン……」
「あの世でガキに謝ってこい。あいつと同じ場所に行けたらな」
ミフネは渾身の力を籠め、右拳を構えた。
もしここで捕まえても、ゲンジョウを引き入れられる連中がバックにいるなら、また脱獄してくるのは確実だ。
だから、ここで終わらせる。
ミフネは前腕部のスラスターを最大出力で吹かし、一撃でアラガキの電脳と論理コアユニットを破壊しに掛かった。
「ミフネ、避けろ!」
「あ? おい!!」
ミフネの拳がアラガキの頭に到達するか否かのタイミングで、森が弾き飛ばされてきた。
「えぇい、なぁにやってやがんだおめぇ?!」
「まったく、あの狂人め……。また厄介になってやがる」
弾き飛ばされてミフネに激突した森は、太刀を杖代わりに立ち上がる。
見れば、全身が刀傷だらけで自慢のコートも無残なものに成り果てていた。
「困るなぁ。こいつにはまだ、やってもらわねばならん事があるんだ」
「世迷い言を。お前達が何を……」
「嗚呼、そうです。我輩は応えねばならない」
対するゲンジョウは細かい傷はあれど、ほぼ無傷。
そして、痙攣していたアラガキも痙攣が治まり復帰してきた。
「ああ、くそったれ。森、まだ保つか」
「舐めるなよ。ここで立たねば散っていった同胞達に顔向け出来ん」
戦線は膠着、否、ミフネと森が不利な状態へと戻った。
V.M.C.A¦脊柱搭載式圧縮武装群。元ネタはノー・ガンズ・ライフのガンスレイブユニット。
数十年前、異民族と対ホロウ戦線が押され、力尽くでも戦線を食い破る必要が生まれ、苦肉の策として製造された禁忌の技術。
実験的な投入こそされたが、搭載者に対する精神的負荷が凄まじく、投薬や機械的補助を用いても安定稼働に辿り着けず実験機として、防衛軍の記録から抹消される事になる。
◯◯年後のミフネさん家
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